ディーの日記 1583年6月18日

ページ名:ディーの日記 1583年6月18日

1583年6月18日 火曜日 午前9時


 余はまず祈り、行われるべき神の約束のこの日に、余らは参列すると宣言するなどをした。


ガルアー「4時間がまだ来ませんのですか? 私は(その時には)準備が出来るでしょう。
 私がこの丘を登るまで、知恵の働きは秘密のままですか?
 麦が熟する時に、収穫の準備ば出来ていますか?
 労働者は彼らの道具が用意された時の準備が出来ていますか?
 我はかく語りき。
 全ての知恵は永遠なる意思により数えられます。そして述べられるまでは、いかなる行動も耐えられません。そのため太陽が輝く時に、私は貴方がたの前に現れるでしょう。来たれと言われる時、私は準備が出来ましょう。貴方がたの父祖らの日々は祝福されていましたが、この書が書かれた時、聖別されましょう。まことに、知的な理解の中にて。
 この書の中には、アダムの創造がその罪と共に書かれているからです。アダムが持っていた威厳と知恵もです。
 アダムが没落した過ちと恐怖、さらにまことに、万物へのいと高き働きの広がる力もです。
 あらゆる(生き物の)肉体の中に特有の魂あるいは燃える火があるように(私は理性を意味します)、それらに与えられた普遍的な火と光の輝きがありますが、それらは一つであり、全体を通じて輝き、まことに始まりより万物に均等に測られるのです。
 万物の命はここで知られます。
 死の報いは、命の報いを受けた者らにあります。
 これらの行いによる報い以外のものはありません。それらには2つの種類があります。
 1. その悪しき行いにより死の報いを受ける者たち。
 2. 同様に、その忠実な生活により命の報いを受ける者たち。
 天使らの間でも過ちを犯すことがあり、その罪によって彼らが栄光の輝きから没落する事もあります。
 ですが、人の魂(かつては栄光があった)の罪は(それらよりも)膨大であり、まことに大きく対立しています。ですが、その威厳は完全に失われたり、汚れたり、歪んだりはしておらず、ここで義と真の知恵の作業とともに獲得するでしょう。
 (神の決意とともに、それはなすべしと言われた)始まりよりあったものは、ここで取り囲むでしょう。
 そのため、この日は主の御前で貴方がたが神聖となり聖別されます。
 預言者らが主(イエス)の昇天の日を崇めていたように、貴方がたも(第1の受肉を貴方がたは味わったように、今や第2の裁きの秘密を味わうでしょう)主の降臨に栄光を帰せるべきです。ですが、貴方がたの中にサタンが忙しく働いています。その剛毛は立ち、その羽根は散りばめられています。
 そのため、よく見て祈りなさい。宴会へ行く者は上着を身に着けるようにです。貴方がたの間には、堅固な信仰がなく、神の与える幸福の範囲にあるとも考えてはいけません。ですが主は未来をよく知っており、その敵サタンにも重荷を負わせ、時には宿場にて説教もするのです。主は終わりには勝利し、上にあるように自らをここに置くと言われる通りです。主は定められた終わりの時まで、扉を開いたりはしないでしょう。そのため、よく見て祈りなさい。そして、熱心に周囲を見渡しなさい。聖なる方へと明らかにされていないものが、貴方がたの前に開かれるからです。
 肉なる者が、義の働きを続ける事は何と難しいことか!
 まことに、汚れた混ざりものが知恵を得る事は何と難しいことか!
 貴方の衣を清め、自らの心を引き上げ、過ちを砕きなさい。それにより、1つの心、1つの同意、1つの目的、万物の1つにして目的である主と一致し、主のために、主の真理の中にて、その偉大なる憐れみを受けるでしょう。主は世々限りなく称えられますように」
ディー「アーメン」
ケリー「彼女が喋っている間全てで、神秘的な水晶玉から輝く光線が彼女の体へと向かい、最後には彼女は上昇していき消えていきました」


 この返答と教授の直後に、余は砂時計を4時間後にセットして待つ事にした。


4時間後


 火曜日。昼食後、1時間半が過ぎてから、余らはいと高き方の慈悲(の会合)に参列した。
 太陽の大いに喜ばしい輝き(先の最後の言葉以来、太陽はそれまで僅かで微かにしか輝いていなかった)とともに、水晶玉の傍にある緑のシルクのサーセネット織物の端に霊が現れた。彼女はその顔はガルアーのような女のものであったが、その衣服は(アイルランドの)フォインズ地方の毛皮の男物のガウンであり、あるいは淑女がガウンを着ているようであった。


ディー「その汝の衣服の違いから、余らは汝がガルアーか否かと尋ねる。あるいは汝も、余がなしたように、自らの晴れ着を着ているのか?」
ガルアー「神を畏れなさい」
ケリー「彼女は1ステップ前へと進みました」
ガルアー「私の衣服は、HOXMARCHと呼ばれていて、貴方がたの言葉では……」
ディー「主への畏れは知恵の始まり。余らはそれを古き真の教訓であり、幸福への道の最初のステップであると認めている」
ガルアー「畏れとは何でしょうか?」
ディー「畏れには2つの種類があるという。1つは、filialis(息子)のものと呼ばれ、もう1つはservilis(奴隷)のものと呼ばれる」
ガルアー「義人には全ての畏れは喜びです。そのため、平穏への始まりにして入り口です。真の平穏と休息は知恵です。心にはこれらを知るのは大いなる休息と静けさです。悪を分ける娘は畏れです。
 この畏れは破滅へと告発する最初のものです。ですが、完全に賢かったり、知恵を味わう者には、終わりを知ります。
 そして、その畏れは為されるべきものです。これは神への真の畏れであり、我らが罪を畏れるならば、我らはそれをなします。なぜなら、我らはそれを憎むからです。
 我らが善行を学ぶならば、それは我らの畏れのトークンです。我らが神を畏れるトークンを得て、神を愛し、称えるならば、我らの学習は良く進むでしょう。
 これは生ける畏れも、生きていない畏れにも、全て言えるでしょう。
 この書に触れなさい。これは Logahと呼ばれ、貴方たちの言語では神が話された事を意味します。
 L O A G A E T Hという風に書きなさい。これはLogahの音となります。



 この言葉には大いなる意味合いがあります。その深遠さについてを私は意味します。
 この最初の見開きのページは(貴方がたが呼ぶように)この書の最後です。
 そして最初の見開きは秩序無く混ざり合っていて、世界の不調和を意味し、預言の不調和を述べています*1
 この書を(貴方の順で)逆向きに書きなさい。でずか、文字の形を変えてはならず、それらの場所について私は述べます」
ケリー「今、光線が水晶玉から放たれ、彼(女)の頭を通過して口から出ています。彼(女)の顔は私からディー殿へと向いています」
ガルアー「この第49のページを書きなさい。貴方がたは既に48までを終えています。
 この最初の文を新たに分けた紙の上に書きなさい。


 Loagaeth seg lovi brtne (20文字)
 Larzed dox ner habzilb adnor (24文字)
 今や、海が現れる。
 doncha Larb vors hirobra (21文字)
 exi vr zednip taiip chimvane (24文字)
 chermach lendix nor zandox (23文字)」


 エドワード ケリーが言うには、ガルアーの頭は輝く火であり、見る事は出来なかった。額は鍛冶屋の鉄床で鉄を打つような火花と輝きがあり、特にあらゆる言葉を発音する時に強くなった。また注記すべき事として、彼女が一部の言葉を発音した時には、獣らと世界の全ての生き物らが、それらの種と姿でそれぞれ現れたが、特に全ての蛇、竜、カエル、全ての醜くて忌わしい姿の生き物らが出てきて、それら全ては最も醜い顔立ちをして、エドワード ケリーに襲い掛かろうとしていたが、反対方向へと飛ばされて、ガルアーの下へと落ちていった。また注記すべき事として、順番に第2の光線が来て、第3の光線も水晶玉からガルアーへと来て、これら3つの光線全てが集まったように見えた。そして第3が他の2つと混ざり合った。第2の光線はLarbという言葉が発音された時に来て、またカエルや蛇なども現れた。そして第3の光線はExiという言葉が発音された時に来た。また他に注記すべき事として、火の輝きはかくも強く、怪物らの恐ろしい顔立ちは、エドワード ケリーには怖ろしく、耐え難く、不快だったので、部分的には彼の心身に深い苦しみを与え、別の部分的にはここに現れた生き物らが良き生き物では無く、余らに啓示された神秘に高められるには、このような不快な視野は不必要であり疑わしかったので、彼は全てを捨てて去ろうとした。だが再び余は彼に合理的に説得をし、神の摂理と命令もあったので、彼の苦しみと不安をある程度は和らげた。


ガルアー「これらは7つあります」
ディー「三位一体の神に祝福と称賛が世々限りなくあるように。また力ある御使いや支配者らにも常に栄光があるように*2
ガルアー「貴方の愚かさと弱さは大きいですが、神は貴方を慰めるでしょう」


 ガルアーはエドワード ケリーに向かって、その落ち着きの無さと彼女の真実と善意への疑いに対して述べている。
 注意。今や、光線は全て水晶玉へと戻り、同様に全ての生き物、毒のあるもの、醜い獣らも去っていった。また余らも様々な回数で祈るように望まれた。エドワード ケリーの苦しみと落ち着きの無さについての様々な嘆き、様々な発言がこの霊的な生き物により語られた。それらについて記しておく。


ガルアー「怒る者は良く見る事は出来ません。ひねくれた者には神はその面を逸らします。懲罰を留めるのは神の慈悲であり、選んだ者らに罪を帰したりはしません。そのため、忍耐強く、神と自らを和解しなさい」
ケリー「私は全ての謙遜と心からの誠実さにより、神に恵みによる助けを懇願します。私は自らでは行えず、それでいて私は疑い深いトマス*3のタイプで、その果実を見るならば信じるでしょう」
 この生き物と(この活動に参加している)残りの者らが良き者なのか否か、全ての停滞の虚無なのか、余らを欺いているのか、彼は再び疑っているように見えた。
ケリー「貴方がたが欺く者ではないと、私にどのように確信させられますか?」
ガルアー「私はそれを逆の場合により証するでしょう*4
 闇の僕らは、その衣は染められ、その口は冒涜と嘘の言葉を放ちますが、私達の衣はそうではなく、我が唇も真理以外を話しません。そのため、私達は神に属する者らです。なぜなら、真理に属するものは何であれ、神に属するからです。
 さらに、悪魔は神の働きにより知られます。神の霊はこれらを支配するからです。そして神の霊は我らと同意し、それに対して支配しようとはせず、そのため私達は悪魔的なものではありません。
 これらにより、貴方は私達が悪魔から違うのを知るでしょう。
 悪霊らは憐れみの言葉を常に嫌っています。
 ですが、憐れみは貴方がたに向かって我らが説教する教義であり、そのため我らは悪ではありません。
 このやり方により堅固になるように教え、悪しき者には躓きの石です。ですがこの城の美しさは表現できません。
 幸いなるは、義の真珠で覆われ、その頭に信心の花輪がある者です。彼らは真の知恵の泉を味わえるからです。
 それはこの書に書かれ、全ての自然を教えてはいませんか?
 その判断は知的なものです。
 貴方がたの足を洗い、私に従いなさい」
ディー「主は我らの足を洗う。さもなければ、我らは清められまい*5
ガルアー「貴方が神をどう知るでしょう? ですが、これにより貴方自身を慰めなさい。
 この言葉が消え去る事はなく、貴方がたが奴隷のままにある事もありません。なぜなら、貴方がたは神のうちに、神のために成功するだろうからです。私はそのように貴方がたを留めます」
ディー「余が今受け取った21の言葉に対して、何をなすべきか?」
ガルアー「これらは最初の見開きの言葉のみです」
ディー「どのように、これらを授ける、あるいは配置すべきか教えてくださらないか?」
ガルアー「これらの中には三位一体の神性、我らの創造の神秘、多くの年の時代、この世界の結末があります。
 私には、これらは称えられるべきものですが、語るべきではなく、明かす訳にもいきません。これらは我が理解の光線であり、私が飲む泉だからです」
ディー「最初の見開きで、どのようにこれらの名前を書くべきかを懇願する」
ガルアー「これらは5つの図表に書き、それぞれの図表には21の文字があります」
ディー「どのように、この5つの図表を見開きのそれぞれの面に置くべきか? 第1ページに3つを置いて、第2ページに2つなのか、第1ページに1つのみで、第2ページに4つなのか、それ以外なのか?」
ガルアー「貴方が良いと思うようにしなさい」
ディー「余はこれらを黄金の文字で書くべきか?」
ガルアー「これらは貴方の裁量で、書くのに相応しいと思えるもので書くようにしなさい。また第1ページには3つの図表を書いて、第2ページには2つにしなさい」
ディー「では、どのように?」
ガルアー「それらは今は置いておきなさい。私は貴方の判断を導くでしょう」
ディー「何時か、今か?」
ガルアー「今ではありません」
ケリー「彼女は去りました」
ディー「我らの神に称賛と名誉と永遠の感謝を。アーメン」


ディーの日記 1583年6月19日
↑ ディーの日記


*1 ディー注。余はこの解くべきではない最初の見開きにして実際は無論、最後のものが、悪しき地獄のものであるのを理解した。前の第4の書を参照せよ。
*2 この次には1583が書かれている。
*3 12使徒の1人で、イエスが復活したという話を聞いても、「自分は主の手と脇腹の傷を見るまで信じないぞ」と強情に言い続けた。やがて復活したイエスが来て、手と脇腹の傷を見せようとすると、そうせずとも信じますと答えて、イエスは「見ずに信じる者は幸いである」と述べた。以後、トマスは「疑い深い」と呼ばれ、やや不名誉な使徒となった。
*4 ディー注。我らの教授者が良き天使らであるのを示すための論拠である。
*5 最後の晩餐でイエスが使徒らの足を洗った故事。ヨハネによる福音書 第13章4-11節など。