薔薇十字団の真の歴史 7

ページ名:薔薇十字団の真の歴史 7

第7章 薔薇十字友愛団の古さについて


 私が先に述べたように、ルネッサンス後の時代に用いられた薔薇や十字の象徴の古さは、団の古さの何の証拠にもならないが、ジョン ヘイドンによると、薔薇十字団は「キリストの生きていた時代以来存在」し、彼らは「天の近くに住んでい」て、「大いなる王の目や耳として、万物を見たり聴いたりしていた」という。アストラル界、あるいは4次元世界に「神的な友愛団」は存在し、「セラフ的に啓明され」、「世界の大元帥」が授けた彼らの力は、ただの人間の歴史家が探究しうるものを遥かに超えているという。だが、研究者らは自らの限界――すなわち、物理世界の時空――の中で、薔薇十字団は17世紀初頭より前には何の痕跡も無かったと断言しており、この団の起源の古さへの信念は、先験的な思考と思索家らの好みと偏見によるもので、それらの信念と想像は判断力というよりも進展と環境に片寄っており、この歴史の疑問には諸事実の光によるというよりも、自らの理解の閃きによって決めているのである。


 そのような人々は批評主義の範疇を超えており、彼らは多くも重要でも無いので、今日のような幻滅の時代には興味深い、楽しくも異常な陽光を浴びるままにしておけば良かろう。だが、世界の全ての時代に存在し、たまに流行ったりした、薔薇十字哲学の根源でもあるこれらの神智学的な考えは、真剣な研究者らにすら団の起源を遥かに古いと考えさせてきた――秘密結社の不可視の糸、単独の原初の源から発し、儀礼、秘密、目的はほぼ同一であった全ての支流に連なるものと繋がるのを望んでいた者らに好まれた説であった。


 これらの学徒らに私自身も含むと考える中、私はブール教授にこう言うであろう。この説を受け入れる者が示す必要があるものは、まず最初にこの団と近世史との関連との推論であり、それは全く不満足なものである。第2に、遥かに古い起源があると仮定するならば、これまでの16世紀の間のどの時代の著者らも、この団についての何の言及もしていない事への説明が要る。


 ヨーハン ザロモ ゼムラー*1は、その学識には疑いが無く、この観点を支持している少数の著者の1人である。だがゼムラーが引用する諸事実は全く証拠不足である。ゼムラーは「哲学者の石を発見するために知識と労働を共にする医者と錬金術師の組織」の存在を証明したが、これは1613年のストラスブルグで印刷された「化学の劇場」*2で、錬金術師ライムンドゥス ルルス*3が引用したと思われる組織である。この組織は秘密結社としてイタリアに14世紀の間中存在し、この首領は自然哲学の王と呼ばれていた。フィグルス*4は、この組織は1410年に設立され、1607年頃に薔薇十字団と合併したと主張している。この慎重な研究者は、16世紀の終わりに書かれた匿名の手紙を引用し、この秘密結社が2,000年以上存続していたと述べている。また錬金術師のニコラス バルナウドが1591年に、カバラ学の研究に身を捧げた神智学の神秘家らの秘密会合を開く事を考え、フランスとドイツでこの計画のための準備をしていたと言われる。最後に、「兄弟R.C.の神の啓明された団の残響」という本の中では、1597年に実際にバルナウドの立てた線に従った結社を設立する試みがなされたと述べてある。さらに、この奇妙な本の前文の「キリスト教読者への序文」には、1597年6月と出版日が書かれているのは注目すべき事実である。一方で、この兄弟団は1615年11月1日に設立されたとあり、この本自身は1620年になるまで世間には現れてはいなかった。


 これらの諸事実や主張は最も興味深いもので、それ自身の範囲で非常に考えるべき重要性があるが、2,000年の歴史のあるとされる秘密結社は無論、他のたまに確立しようとした結社についても、薔薇十字友愛団との繋がりや同一視するような何の証拠も無く、その暴力的な反教皇の偏見や、超プロテスタントの諸原理は、ルター以後に団の起源がある充分な証拠である。


 1610年以前で薔薇十字団と適切に比較できそうな唯一の宗派あるいは組織は、Militia Crucifera Evangelica(福音的十字市民軍)であろう。この組織は1598年にルーネンブルグで神秘家、神智学者のシモン スチュディオンによって建てられたものである。この一連の出来事は創設者自身の手により、「ナオメトリア、あるいは内側と外側に書かれた、明かされた第一の書。聖書全体のみならず、自然と神秘の全ての知識を開くダヴィデ王の鍵とペン(杖のごとき)であり、簡潔な導入のみならず、(1572年の明けの明星と、それらの指導者ら)の予知でもある。キリストの再来、罪びとたる教皇、破滅の娘たるムハンマドの没落、世界の再建のための集会と政府、これらの背後には堅固にして唯一の羊飼いがいる事を告げる。恵みの福音的十字市民軍により。その創始者は蠍らの中にあるシモン スチュディオンである。」という題名の非印刷の本により記録されている。この本は文書の形でしか存在せず、英国のどの公共図書館にもこの文書の写本も無いので、この本の内容と、この著者が代表する宗派についての私の主な知識は、ブール教授の不満足な注記からきたものしか無い。教授はこの民兵組織を、終末思想的な夢で頭がいかれているプロテスタント宗派で、この会合の目的は、明白に「排他的に宗教と繋がっている」ものだと述べている。だがスチュディオンの生涯の記録から明らかなのは、彼は情熱的に錬金術の研究に捧げており、大いなる作業の霊的な側面はおそらくはこの情熱の目的であり、他の場合にはこれらの観点は、薔薇十字の啓明者らと同一であった。ヨハネの黙示録や自然の書はintus et foris scripti、内側と外側に書かれていて、神秘の知恵の秘儀参入者のみが知る秘密の意味合いが含まれると信じ、空に新しい奇妙な星々が現れるのは近い未来の重要な出来事を意味すると考え、世界の終末は近く、教皇はアンチキリストで罪びとである、というように両者の考えは酷似している。最後にブール教授自身が告白するように、「ナオメトリア」には、薔薇と十字に関する神秘主義や預言が多数含まれていた。


 これらの類似点は、私が思うに、福音的十字市民軍と薔薇十字団との繋がりを論理的思考において確立するには不十分であるが、これらは確実に興味深いものである。次の章では、この両者の組織で薔薇と十字の象徴が共通する理由について示すつもりである。


 薔薇十字団が太古から存在するというのは、私が先に仄めかしたように、現在では少数のみしか支持者がいない。この観点は主に、疑似薔薇十字結社の会員らによるものと、ハーグレイヴ ジェニングス氏のような団の疑似歴史家によるものである。この著者の浅はかな考えで書かれた価値無き本に奇妙に帰するフィクションの内容を信じる読者のために、この結論では「薔薇十字団、その儀礼と密儀」での支離滅裂で妄想的なたわごとについて、少し注記しておく必要があるだろう。ジェニングス氏は「かの卓越した秘教の文学者」と自画自賛をし、今世紀や他のあらゆる世紀で最悪の英語を書いているが、優れた人物であり、この肩書の意味合いにおいて、第一級の「魔術師」である。私はこの主題への彼の本が、学徒らに抵抗できない魅惑をなすほどに良く書かれているのを認めるのにやぶさかでは無い。この本の「古代の火と蛇崇拝、また古代の哲学者らの記念碑と護符に現される神秘的象徴の説明」の諸章は、素晴らしいとしか言いようがない。これは「強い妄想」であり、この本の躊躇する購入者を誘惑し、その神秘的な魅惑の微細さによって、しばしば信じ込みやすい読者を「信じさせる」ようにしてきた――実際には、その正反対が真実である事を。


 この本の薔薇十字団に関連する部分のみについては、「スタッフォードシャーの歴史的冒険」の内容より始まる。これは安っぽいセンセーショナリズムで奇妙に歪められている。それから「世間の不十分さ」についての多弁な内容の後に、第7章で序文も弁明も無くいきなり「フルール・ド・リスの神話的歴史」、ドルイドの環状列石、グノーシスのアブラクサスの宝石の内容へと入る。この本の残りの部分は、章題について見るならば確実に薔薇十字団と関連しているが、それだけである。例えば、「インド、エジプト、ギリシア、ローマ、中世の記念碑の中の薔薇十字」とか、「キリスト教建築の中にある薔薇十字団の実在」などの章題であるが、章自身はリンガム*5や大ピラミッド、ペルシアのゾロアスター教の火崇拝、男根と蛇の象徴主義、さらにゴッドフリー ヒギンズすら仰天させ、ケネーリーも否定しただろう突飛な語源の推察を扱ったものである。疑い無くこれらはハーグレイヴ ジェニングス氏の頭の中では彼の神秘的で遍在する兄弟団とは繋がっていた。「魔女術を信じる者が、どこでも妖術やまじないを見る」ように、氏の病んだ想像力では薔薇十字団をどこでも知覚したからである。だがこれらの繋がりについて、ジェニングス氏は確立しようと努めたりはせず、この薄っぺらな主張があらゆるものに押し付けられているのは驚くべきものがある。またジェニングス氏が友愛団について提案した幾つかの説は、価値無きものとして拒絶すべきである。例えば、錬金術は薔薇十字団の物理的な部門であり、薔薇十字団は錬金術師らの間で神智学の宗派だったというような内容である。


 私は世間で言われるようなテンプル騎士団と薔薇十字団との間の繋がりについては考える価値も無いと思っている。この説は一般的には無関係な別の組織に拠るからである。すなわち、先の2つの組織とフリーメイソンリーとの繋がりである。テンプル騎士らは錬金術師では無く、学問の主張をしたりもせず、彼らの秘密は確認できる限りにおいてはアンチキリストの類の宗教的な秘密であった。一方で薔薇十字団は卓越した学者の結社であり、またキリスト教の宗派でもあったと述べれば充分であろう。


薔薇十字団の真の歴史 8
↑ 薔薇十字団


*1 1725年 - 1791年。ドイツの神学者。
*2 原注。第87章。139ページ。
*3 原注。この人物と、「Ars Magna Sciendi(大いなる智の術)」の著者(アタナシウス キルヒャー)を混同してはいけない。ルルスはマヨルカ島のパルマの町の啓明された哲学者にして宣教師、聖人にして科学者、形而上学者にして説教者、使徒にして遍歴教授、弁証家にして殉教者を兼ねた、驚異的な人物である。錬金術師ライムンドゥス ルルス、エリファス レヴィによれば「この術の大いなる深遠な熟達者の1人」の1315年に殉教するまでの歴史は、その驚異的な金属変容の逸話以外はほとんど知られていない。ルルスはフェラーゴに滞在し、「ユダヤ人の秘儀参入者」と記されている。やがてウエストミンスター修道院長ジョン クレイマーがルルスをイングランド王エドワード1世に紹介し、王は金属変容のための塔をルルスに与えた。だが客人はすぐに自らが囚人であるのに気づき、困難の末に脱走した。"Museum Hermeticum"での"Cremeri Abatis Westmonasteriensis Testamentum"を参照。また、カムデンの「"Ecclesiastical Monuments"でも、ルルスの英国滞在についての詳細を記している。
*4 原注。ベネディクトゥス フィグルスは錬金術師で、"Pandora Magnalium"、"Paradisus Aureolus Hermeticus"、"Rosarium Novum Olympicum et Benedictum"、"Thesaurinella Olympica"の著者である。これら全ては1608年に出版された。
*5 インドのシヴァ神を表した男根の像。