薔薇十字団の真の歴史 2

ページ名:薔薇十字団の真の歴史 2

第2章 パラケルススの予言と、世界全体の総体的な改革


 パラケルススは「諸金属に対しての論文」の第8章で以下の予言を述べている。「Quod utilius Deus patefieri sinet, quod autem majoris momenti est, vulgo adhuc latet usque ad Eliae Artistae adventum, quando is venerit(神は造られた至高の重要物が見つかるのを許すであろう。だがそれは術師エリヤの降臨まで隠されなくてはならない)」同書の第1章でもパラケルススはこう述べている。「Hoc item verum est nihil est absconditum quod non sit retegendum; ideo, post me veniet cujus magnale nundum vivit qui multa revelabit.(そして、発見されず隠されたままのものは無いのは真実である。これらにより、我が後に、今はまだ生きていない驚くべき者が来て、多くの事を明らかにするであろう。)」これらの文は、薔薇十字団の創始者の事を指すと考えられてきた。そしてこの種の予言の性質は、通常は個人的なインスピレーションというよりも一般的な願望によるものであるが、今では多くの知識人らが社会の新たな救い主を求めている現状を思うに、これらは興味深い証拠である。17世紀の初頭には、ブールが言う「大いなる総体的な改革――人類の倫理の向上のための、ルターが達成したものよりも、より過激で直接的な改革――が、最後の審判の日の先駆けとして、人類に迫り来ると信じられていた。」1572年の彗星の到来は、パラケルススによって「近づきつつある革命の前兆と徴」だと宣言された。そして、パラケルススの多数の弟子らが、その主張の多くが師の予言を基盤とし、改革に向かうための至高の要素として崇拝していた秘密結社を受け入れるのは容易に信じられよう。だがパラケルススはさらに詳細な予知を残していた。すなわち、「皇帝ルドルフ*1の死後すぐに、3つの文書が見つかるであろう。だが、それらは先には明かされたりはしない。」これらの文書は、本章と次の2つの章で私が読者に示すつもりの薔薇十字団の三部作の事であると考えられてきた。


 1614年ごろに、ドイツで「Die Reformation der Ganzen Weiten Welt(全世界の改革)」と呼ばれる匿名のパンフレットが出版された。これはド クインシーによると、その目的を人類の公共の福祉とする秘密結社の創設についての、明白な提案も含まれているという。だがこの説明は単純に真実では無い。この「総体的な改革」は、実際にはアポローン神の命による古代の時代から現代までの賢者らによる、時代の進歩を助けるために行われ、失敗した試みについての、面白くも風刺的な内容である。この書はボッカリーニの風刺小説「パルナッソス詳報」の抜粋の直訳である。これと薔薇十字主義との内なる繋がりについては明白では無いが、団の宣言書とよく合わせて再版されていた。また錬金術的な解釈もなされており、様々な著者らから、この書は友愛団の最初の出版物と見做されていた。私はこの書を信ぴょう性のある文書のコレクションである本書に含めるよう決めていた。そしてその目的のために既に英語で存在する3つの版を用い、モンマス伯ヘンリーによるイタリア語からの直訳を基盤とする事にした*2。私はこの訳を原書と、さらに1704年*3と1706年*4の訳とも比較した。そして私は不要で厄介に冗長な部分を可能ならば要略した。


 不幸なトライアノ ボッカリーニは、薔薇十字兄弟団とは何の関係も無かったのは言うまでもない。最初の「ケントゥリア」は1612年にヴェネツィアで出版され、ボッカリーニは翌年には悲劇的で暴力的な死を遂げているのである。


神アポローンの命による全世界の総体的な改革は、ギリシアの7人の賢者らと、その他の知識人らにより公布される


 皇帝ユスティニアヌス*5、この要録と法典の高名な編者は、ある日、自殺を禁じる新法について承認を求めるべくアポローン神のもとへと赴いた。アポローンはいたく驚き、深いため息をつくと言った。「ユスティニアヌスよ、人々が自らを殺すほどに大きな無秩序に陥っているならば、人類の政府は良きものだろうか? そして、我はこれまでは無限の数の倫理哲学者らに恩恵を与え、彼らの言葉や書により人々が死の不安を減らすようにしていたが、今では彼らすらも、もはや生きるのを望まず、死する満足に対して自らを燃やす事も出来ずにいる程に、世は乱れたというのか? 我が知識人ら全てがこの無気力な眠りにある無秩序の中に我はいるのか?」 ユスティニアヌスは神に答えて、この法は不可欠であり、既に絶望的に世を去るのを望む多くの者らにより、多数の暴力的な死が起きており、この大きな無秩序への何らかの治療が無ければ、さらに酷い事にもなるのを恐れると述べた。


 そこでアポローンは自ら熱心に下界を見て回り、多くの者らが命も資産にも価値が無く、そのために自殺しようとする程に世は乱れているのを見つけた。この無秩序は神に速急にそれらに対処する必要を感じさせ、地上で知恵と良き生活で最も高名な者らによる結社を立てるよう絶対的に駆り立てた。だがこの重大な試みの入り口で、神は対処できない困難と出会った。なぜなら、多くの哲学者ら、さらにほとんど無限の数の大家らの間で、神は仲間の人類の改革のための必定な質の半分に満たない者らすらも見つけられずにいたからである。人々は自らの改革者らが模範となる生活をする方が、彼らに与えられる最良の統治によるものよりも、より良く向上するのを神は良く知っていた。この必要条件に適した人物が欠りない事に対して、アポローンはギリシアの7人の賢者らに総体的な改革の指導者となるように命じた。彼らはパルナッソス地方で高名な者らで、古代で無駄に働いていた黒人を白くするよう洗う技法を見つけたと全ての者らは考えた。ギリシア人はこの知らせに対して、アポローンが彼らの国に与えた名誉を喜んだが、ラテン人は悲しみ、これによって多く傷つけられたと考えていた。アポローンは改革者に対しての偏見が、改革により望まれる果実を防ぐだろうと良く理解し、さらに満足を与える方が、人々が好まないが服従するしかない法の力によるよりも、民らの憤慨する心を自然と和らげるのも理解していたので、ギリシアの7人の賢者らの会合に、マルクス アンナエウス セネカ*6も加えたらローマ人も満足するだろうとし、また現代イタリアの哲学者らのために、チェゼーナのヤコポ マッツォーニ*7もこの会合の書記とし、さらに会合での投票権も与える事にした。


 先月の14日に、7人の賢者らと先に述べた追加の者らは、この国の選ばれた大家らの集団に伴われて、この改革のために与えられた場所であるデルポイの宮殿へと向かった。知識人らは大勢の衒学者を見て喜んだ。彼らはバスケットを片手に、賢者らが歩むとともに零れ落ちる文や格言を拾い集めていた。翌日、宮殿の荘厳な玄関で彼らは最初の会合を開いて、ギリシアの賢者らの第1の者であるミレトスのターレスはかく述べた。


「我らが出会った最も賢い哲学者らとのこの試みは、人間の理解により扱えるものとしては最高のものである。大昔に骨折した骨を繋げたり、瘻孔のできた傷や、治癒不能の癌を治すほどに、この試みは難しいものであるが、他者が恐れるようなこの困難に、我らは絶望してはならない。この不可能性は、(成功したら)我らの栄光を強めるだろうからだ。さらに、私はこの現在の腐敗の毒に対しての真の解毒剤を既に見つけていると諸君らに保証するのだ。私は確信しているが、今のこの時代よりも腐敗した時代は無く、隠れた憎しみ、偽りの愛、不純さ、さらに正直さや宗教や慈善への愛という偽りの仮面の下でのダブルスタンダードの不実といったものが蔓延っていると我らは全員信じている。これらの悪に対して、紳士諸君、自らも顧みる必要がある。火と剃刀を用意し、私が諸君や人類の中に見つけた傷の膿を取り出すべきだ。それらが彼らの悪意の理由であり、死へと導き、医者に渡すべきと言われるであろうし、これらを行えば、彼らは誠実で正直となり、言うことが真となり、過去の時代のように彼らは聖なる生活となろう。ゆえに、現在の悪に対する真にして速やかな治癒は、正直な精神と純粋な心で生きる必要によるものである。それらのためは、神がしばしば最も忠実な大家らに約束していたように、人の胸に小さな窓を開く以上に良い効果のあるものは無いのである*8。このような術を用いられた者は、発言と行動の一致を強制される窓を持つようになり、そこから彼らの心臓を見る事ができよう。彼らは存在の優れた美徳とすべきでない行いについて学ぶであろう。彼らの言葉は行いと一致するようになり、その舌は心から誠実なものとなる。全人類は嘘と偽りを言わなくなり、偽善の悪魔的な霊は、今悪鬼に憑依されている多くの者らを捨てざるを得なくなるであろう」


 このターレスの意見は、会議では満場一致で同意されるほどに受け入れられ、マッツォーニ書記は速やかにアポローンにこの提案を送り、神はこの意見を完全に承認した。そして彼らはなるべく早く、人類の胸に窓を造るようにと命じた。だが外科医らが手術道具を手に取ったまさにその時、ホメーロス、ウェルギリウス、プラトン、アリストテレス、イブン ルシュド、その他の高名な知識人らがアポローンの下へと赴き、人類が世界を治めるために用いる主な方法は、評判によるものだと知る必要があり、神は哲学者らの会議と大家らの名誉ある大学が、清廉な生活態度により普遍的に得ていた評判を重んじるのを望むと述べた。もし神が不意に全ての人間の胸を開いたら、それまで最も高く評価されてきた哲学者らが屈辱の憂き目に遭ったり、それまでその哲学者が無垢だと思っていた者に欠点を見つけ出すかもしれない。そのため、このような重要な試みをなす前には、神はその大家らに自ら魂を洗い清める充分な時間を与えるべきであると。アポローンはこのような著名な詩人や哲学者らからの助言を喜び、8日間の猶予を公的に発布し、その間に誰もが自らの魂を全ての欠点、隠された悪徳、憎しみ、偽りの愛から清められるようにした。その結果、全てのパルナッソスの地方の食料雑貨屋や薬屋から蜂が群がる薔薇、スッコリー、ニッケイ草、シェーナ、セイヨウヒルガオ、シロップの下剤は無くなった。さらに好奇心のある者らが観察したのは、プラトン学派、逍遙学派、その他の倫理哲学者らが住んでいる場所では、地域の全ての便所が解き放たれたかのような悪臭があり、一方でラテンとイタリアの詩人らが住む場所の匂いは、キャベツが腐ったようなものだけだった。


 そして浄化のために定められた時間はほぼ終わり、作業が始まる前日に、ヒッポクラテース、ガレノス、コルネリウス、ケルスス、その他のこの国の最も優秀な医者らが、アポローンの下へと赴き、こう述べた。「神よ、自由諸学の主よ、(この作業をすると)かくも高貴で奇跡的に建てられた小宇宙(人体)が奇形化する可能性があります。それを、ごく少数の愚か者の利益のために行うのですか? 最も賢い者のみならず、平均的な能力の者にも、たかだか4日間詐欺師と話すだけで、その心の深奥まで見通せるというのに」


 この医者らの意見の提出は、アポローンの心を強く動かし、先の決定を覆す事にした。そしてアウソニウス ガッヌスにより、改革の哲学者らは自らの次の意見を続ける事になった。


 そして、ソロンは言い始めた。「紳士諸君、我が意見では、現在の大いに混乱した時代は、残酷な憎しみと意地悪い妬みが人々の間に蔓延っているからである。そのため、現在の悪に対しての全ての希望は、我らの神が人類へ主に命じたように、我らが隣人への慈善、相互の愛情、聖なる愛への推奨であろう。そのため、我らは人の心の中を占める、これらの憎しみが起きるのを取り除くべく、全ての技を用いる必要がある。我らがそれらに影響を与えられるならば、他の動物が本能によって自らの種を愛し、結果として全ての憎しみと怨恨を心から取り除くように、人々は同意するようになろう。我が友よ、私は全ての人間の憎しみの主な原因は何だろうかと長い間考えており、それは悪意の絶望、地獄の所有争いの習慣から来ているという、我が古い意見をなおも保持しているのである。もしこれらが動物にも与えられていたら、我らがお互いに争うような共食いをしたとしても、それでも彼らは平等に生活し、我らが妬ましく思うほどに平和を保持する祝福にあろう。人は似たような生き物であるが、理性がある。全能の神が世界を創造された時、人はこの中で平和に過ごすようにとし、我らの間で欲望による分裂を起こし、我ら全てをこのような混沌へと押し込む所有争いへと習慣を変えるべきではないのである。ゆえに強欲、野心、暴君による人の魂の堕落が、現在の不平等を起こしているのは明らかである。そして、我ら全てが告白するように、全人類の先祖は1組の父母から来ているのが真実だとすれば、我らは全て兄弟のような末裔であり、人々が兄弟の共有を持たないとしたら何の正義があろうか? 一部の者が扱える以上の資産を持ち、他の者らが扱えるほどの資産を持たないとしたら、なんと大きな不均衡であろうか? だがこの無限に悪化した時代では、通常は美徳のある人物が乞食をして、悪人や馬鹿が金持ちとなっている。そしてこの不均衡の根から、金持ちは貧者を傷つけ、貧者は金持ちを妬むのが起き上がっているのである。


 さて紳士諸君、私が諸君に病気について示したので、それについての医薬を当てはめるのは容易である。この時代の改革には、世界を新たに分割し、それぞれが均等に持つようにするより良いものは無い。それにより、もはや不調和になる事は無いであろう。また私は未来のために、全ての売買を禁止するよう助言する。それにより私自身や他の立法家らがこれまで得ようと辛苦してきた、物質の均等、公共の平和の母が確立しよう」


 ソロンの意見は長い議論の的となった。これは良き考えだけではなく必要でもあると、ビアス、ペリアンドロス、ピッタクスらは主張したが、残りの全ての者らに反対され、最終的にはセネカの意見が主流となり、以下の理由から会議の面々を確信させた。すなわち、世界が新たな分割をされるとしたら、さらなる大きな不和が必然的に起きるであろう。資産の多くが愚者どもの手に渡り、勇敢な者たちに僅かしか与えられないからである。そして、疫病、飢餓、戦争は神の最悪の懲罰とはならないだろう。これらの人類の苦難は、悪人らを豊かにするだろうからである、と。


 こうしてソロンの意見が脇に置かれると、スパルタのキロが以下の様に論じた。「諸君、最も賢明な哲学者らよ。金への過剰な渇望が、今では我らが見たり感じたりしているような害悪とともに世界に満ちていると気づいているかね? これらの悪行は、もしそれで豊かになれないとしたら、人々は望んでなしたりはしなかっただろう。そのため、我らの時代に蔓延る全ての悪徳を取り除くには、この世界から2つの悪名高い金属、金と銀を永遠に消し去るより良い方法は無い、という私の意見に満場一致で結論すべきである。我らの現在の不和の原因が取り除かれれば、悪は必然的に消え去るだろうからである」


 キロの意見は一見もっともらしく聞こえたが、試される事は無かっただろう。人は万物の測りと釣り合いの重りとして、さらに望むものを買うための値段分の何らかの金属や他の物を持つのを必要としたので、金や銀を得るためにかくも労苦していたが、もしも金や銀が無かったとしても、人は代わりに別のものを用いていただろうし、その価値の高騰は同様になっていただろう。それはインドで平明に見る事ができる。この国ではザルガイの貝殻がカネの代わりに用いられていて、それらは金や銀よりも価値があるのである。クレオブロスは特にこの意見に熱心に論駁して、心の動揺とともに言った。「我が師らよ、世界から代わりに鉄を追放すべきです。この金属は我らの現在の悪しき状況を作っているからです。金と銀は神に捧げる目的に仕えられますが、一方で鉄は自然はすきの刃、踏みすき、鍬を造るために生み出したものの、人は悪意と悪用によって、剣、短剣、その他の危険な道具を造るのに用いられているからです」と。


 クレオブロスの意見は真実であると判断されたが、鉄を追放するのは不可能であり、鉄を掴んで胴鎧に付ける事で、多くの悪用へ抵抗するようになろう。すなわち一方を癒そうとしたら、他方を傷つける事になると会議全体から結論づけられた。そのため折衷案として、金と銀の鉱脈はそのままにするが、精練の機械はそれらを良く洗うようにさせられ、テレビン脈から取り除かれるまでは火から取られないようにした。これらが、金と銀が善良で正直な者の指にすら付着する原因だったからである。


 それから、ピッタクスがとても重い声音で述べ始めた。「最も学識ある哲学者らよ、我らが立て直そうとしている世界はかくも嘆かわしい状況となっている。なぜなら、今日の人々は美徳で舗装された道を旅するのを諦め、悪徳のわき道を用いて、この腐敗した時代には、それにより(本来は)美徳のための報酬を得ている。このような嘆かわしい時代には、誰も威厳、名誉の宮殿の入り口に入ったり、美点の門をくぐらずに、盗人のように誤魔化しの梯子を用いて窓から入ったり、一部の者は機転と幸運によって、名誉の館の屋根を開いて入ったりすらしている。諸君がこの腐った時代を改革しようと望むならば、我が意見は人々を美徳の道を歩むように強制すべきであり、厳しい法律を作り、至高の威厳へと導かれる道を旅しようとする者は、ワゴンに乗せて砂漠へ送り、美徳への確実なガイドとともに旅させるべきである。結果として、アフリカのイナゴよりも急速に増殖して世界に悪影響を広げている、野心的な者や現在の偽善者らにより見つかった十字路や曲がった道を廃止するように諸君は命じるべきだ。これらの人間の屑が出世の玉座に座っていて、誰もどのようにして彼がそこまで到達したか思いつけない以上に美徳を侮辱する事はあろうか? その結果、多くの者らが、偽善の魔術によってそこまで到達できると考えるようになり、賢明な君主らの心にすらも、これらによって魔術師らは呪文をかけているのだ」


 ピッタクスの意見は会議全体から称賛されるのみならず、大いに崇められ、ペリアンドロスが以下の演説によって彼らの考えを変えなければ、確実に最も優れたものとして承認も受けたであろう。「紳士諸君、ピッタクスが述べたこの世界の混乱はまことに真実である。だが、我らが主に考えなくてはならない事は、普段は目端が効いて、国家運営に興味を持っている君主らが、なぜ我らの時代の有能で称賛を受けるべき人物らを(古き時代のように)高い地位に就けたりせず、代わりに価値や名誉が無いような新参者らを出世させるのかである。君主らは腐肉も愛すべきであるという者らの意見は誤りである。彼らは国家に対して全く関心も無く、同胞を無視して、自らの子供らにすら残酷に扱う。今までのところ君主らは自らの手下への盲目の愛情によって、自らを腐らせているのである。君主らは思い付きによって動くべきではなく、自らの情熱により行いを導くべきでもない。だが君主らは興味から物事を起こし、廷臣らへには過ちと怠慢を起こしているのが現在の政治の正確な状況である。国家運営について書かれた全ての書が率直に認めているが、王国を良く統治する最良の方法は、有能で価値と名誉が知られる者らに高い地位を授ける事である。これは君主らにもよく知られている真実であり、彼らはそれを実践していないのは明らかに見えるが、彼らがその軽率さから行わないと信じる者は愚者である。これらについて長く学んできた私は確信しているが、愚者や粗雑な者、才能無き者は、学識あり価値ある人物らより好まれており、それは君主の過ちというよりも、(私はこれを述べるのは心苦しいのだが)大家の欠点からである。君主らは学識ある廷臣や熟練した勇士らが必要であるが、同時に忠実な僕も必要であると私は認めている。もし価値ある者らや武勇の士が、その能力に比例するだけの忠誠心もあったとしたら、価値無き小人が巨人となり、愚者が美徳の座に座り、勇士の法廷で愚行がなされるのを見るような、現在の混乱への我々は文句を言わなかったであろう。自らの価値を過大評価するのは人間全体に共通するが、大家は自らの善を誇る事が多すぎて、申し入れを受け入れる事で君主の評判へと加えるよりも、君主の気前良さを受け入れる事で自らの評判を高める方を選ぶのを好むのである。私は自らの作業を愚かしいほどに引き付ける多数の者を知っている。彼らは君主が自らを称える方が、他者が啓蒙された君主に出会うよりも幸福であると考えているのだ。そのような者らは、自らに与えられた恩恵全てを受けるに値すると考え、自らの必要物への恩人に対して恩知らずであり、不実であると嫌われ、現在の不平の原因となっている。そのため君主らは輝ける才能よりも忠実な者を探すようになり、彼らが必要となった時に、感謝すると確信しているのである」


 ペリアンドロスが演説を終えると、ビアスがこのように述べた。「最も賢明な哲学者らよ、諸君ら全ては充分に知っているだろうが、この世界の腐敗は、神が人類に世界全体を住居として与えた時に、同時に行う様に授けた聖なる法を恥知らずにも捨て去った事のみが原因である。神はフランス人をフランスに、スペイン人をスペインに、オランダ人をドイツに置いたりはせず、世界の平和を見続けるために地獄の悪鬼らを縛り付けたのである。だが貪欲さと野心(常に人々を最大の悪へと扇動する拍車である)が国々を他国への侵略を起こすようにし、我らが今改めようとするこれらの悪の原因となっているのである。それが真実だとしたら、そして我ら全てはそう告白するが、有難い事に神は無益な事は何もせず、スペイン人とイタリア人の間に通過不能のピレネー山脈を置いて、イタリア人とドイツ人の間に岩の多いアルプス山脈を置き、フランス人とイングランド人の間には荒れる英仏海峡を置き、アフリカとヨーロッパの間に地中海を置いたのでは無かったのか? 神が無限に広大なユーフラテス川、インダス川、ガンジス川、残りの大河を造ったのは、それらの通過の困難さから、人々が自らの国に住むのに満足するようにするためでは無かったか? そして神の知恵は、もし人が自らの与えられた限界を超えるならば、普遍的平和の調和は失われ、世界は治癒不能の病に満たされると知っており、先に述べた通過不能の場所に、さらに無数の様々な言語も加えさせた。それらが無ければ、同じ種の全ての動物が同様に唄い、吠え、鳴くように、全ての人は同じ言語を喋っていたであろう。だが人の勇敢さは、山脈を通過させ、最も幅があり流れの早い川を超えさせ、小さな木の船で広大な海を超えさせたりすらし、自らとその資産を破滅させたのである。これは他の国々については言うに及ばず、古のローマ人に、他の者らを破滅させ、自らも不安定にさせ、イタリア半島全体の統治では満足させないようにしたのである。ゆえに、この大いなる混乱の真の治療薬はまず最初に、全ての国々に自らの地方へと帰らせるように強制し、それから未来の混乱を防ぐために、私の意見では、充分に広く川を通過させるための橋を全て破壊し、さらに山脈を通過する道も完全に破壊し、山脈そのものも元の自然がそうするよりも人の技術によってさらに通過不能にすべきである。それから、全ての航海を厳罰とともに禁止して、最小のボートも川を通過させないようにすべきであると私は主張する」


 ビアスの意見は只ならぬ注意を引いたが、会議の最良の賢者らにより良く検討された後、そう良いものではないと判断された。国々の間の最大の敵意は、国籍によるものではなく、「分割して統治せよ」の格言に熟達した策略を好む君主らによるものだと、全ての哲学者らは知っていたからである。そして完全となるには、特定の国では無く全ての国々にあるものを集めなくてはならず、大オデュッセウスを飾った完全な知恵を得るためには、旅は不可欠である。これは航海に完全に帰する利益であり、人類にはとても必要なものである。神がこの世界をほとんど無限に偉大に造り、貴重なもので満たし、あらゆる地域に特有の航海術を授けた。この驚異的な術によって、モルッカ諸島の香油はイタリアからは15,000マイルも離れているにも関わらず距離を大いに縮めて、イタリア人が自らの庭園で育てられるようにしたのである。


 よってビアスの意見が脇に置かれると、クレオブロスが立ちあがり低く会釈をすると、発言を要求しているように見え、そう行われた。「最も賢明なる紳士諸君、私は現在の時代の改革そのものは明らかに容易であると見ている。だが、我々の意見が様々で纏まらないので、困難というより不可能となっているのだ。そして、この宮殿での試みについての発言の自由から、それに気づくのは我が心を悲しませるが、我々の間ですら野心的で才覚を誇る欠点があり、演壇に登ったら、有益な勧告と公正な教義により聴衆に利益を与えるよりも、自らの新しく奇抜な考えをひけらかす事に努めているのだ。腐敗した泥沼に落ちた人類を起き上がらせるのに、タレースが助言したような胸に小さな窓を造る危険な手術に何の意味があろうか? さらにソロンの提案のように世界を均等に分割する必要がなぜあるのか? あるいはキロが示したような、世界から金と銀を追放するとは? あるいはピッタクスの言う、人々を利益と美徳の道に歩くように強制するとは? 最後にビアスが述べたような、山脈を自然よりも高く上げて通過が困難にするとともに、最大の人類の巧妙さの証明である航海の奇跡を禁止するとは? なんとまあ怪物的で小賢しい空想であるか。改革者が主に考えるべき事は、実行可能な提案で、速やかで秘密裏に働き、改革をする対象が喜んで行うような医薬である。さもなければ、我々は世界を進歩させるのではなく、悪化させるであろう。この主張には大きな理由があるのだ。ある医者がいて、用いるのが不可能で病よりも悪化させるような医薬を患者に与えていたとしたら、非難に値するだろう。そのため、改革者が損傷に気づく前に確実な医薬を与えるのは、必要な任務である。人々の悪徳を公にして名誉棄損をし、彼らの病は育ちすぎて治癒不能であると世界に示すのは、愚かなだけではなく不遜でもある。ゆえに、常に正しく理解した場合にのみ目的を話すようにしていた大タキトゥスは、乗り越えられないような大きな悪徳は、それが発現するようにするよりも、そのままにせよ*9と人々に助言していたのだ。古いオークの樹に登った者は、頂上の枝を切り取り始めるよう忠告されたら落ちるであろう。そのため紳士諸君、我らが真の方法は、私が今行うように、根元に斧を置いて、現在の時代の改革はこれらの短い言葉『信賞必罰』で現す事が出来る」


 そしてクレオブロスは演説を止めると、自らの意見が危険だと言われたタレースは激しく対立したが、良く賢明であるという評判の者から真実を語られたので、厳しい表情でこれらの言葉を述べた。「最も賢明なるクレオブロスよ、貴殿が詭弁的で単なる怪物的だと拒絶した意見を持つ私自身とこれらの賢人らは、現在の悪徳を癒す新しくて奇跡的な解毒剤をもたらす、貴殿の稀な知恵を期待していた。だが貴殿は、容易な医薬と称しているが、高次の神秘を知ると称するガイウス プリニウスやアルベルトゥス マグヌスが想像するような、最も困難で不可能なものを提出している。我がクレオブロスよ、貴殿が楽しげに述べたような、世界の改革は信賞必罰に完全に拠ると知らない者は、ここには誰もいまい。だが今の時代に誰が完全に善であり、誰が正確に病んでいるかと尋ねるのを許してほしい。また私は生ける誰もが見つけられずにいる真の善を、その反対から区別する事があなたの目により出来るのかを知りたいと思う。現在の偽善家らは巧みに自らを隠して、我らの不幸な時代には最も正確に善人であると見える者が実際には悪しき者で、誠実に生き、純粋な魂、率直で偽りではない善意を持つ者らが、恥ずべき醜い者と考えられているのを、あなたは知らない様である。誰もが自然の本能により、良き者を好み、悪しき者を憎むものだが、君主らは直観と関心から行い、偽善家や他の詐欺師らが大人物と見做され、一方で善人が抑圧され過小評価されるのは、君主ら自身が選んだからではなく、他者の悪用を通じてなのである。真の美徳は神にのみ知られ報われ、悪徳もまた神にのみ見つけられ罰せられる。神のみが人の心の奥底まで見通しており、私が提案した窓によって、我々もまた見る事が出来よう。そこで人類の敵が悪しきものを植える場所に、私は良き助言の麦を植えているのである。そして新しい法がどれだけ良いものであろうとも、懲罰を受けるであろう悪意のある者らにより、常に反対されているのである」


(略)


 会議全体は、セネカの意見により大きく影響されたが、マッツォーニの改革への影響には僅かしか期待していなかった。彼は新参者にすぎず、多くの者が聞こうとする徴は見せたが、少なからぬ者が落胆していた。ともあれ彼は述べた。「最も賢明な哲学者らよ、この高名な集会に参加するのを私がアポローンにより認められたのは、私の長所からではなく、神の恩恵によるものだった。そして私は自らの舌よりも耳を用いる方が良いのも良く知っている。そして確実に、別の機会では私は口を開こうとはしなかっただろう。だが、私が遅れて来た時には、改革と改革者について皆が喋っているので、誰もが自らの平和を保ち、我が発言のみが聴かれるのを望みたい。数学でのエウクレイデス(ユークリッド)に匹敵するほど、私はこの試みに自信があるのだ。そのため、貴殿らは自らの意見と関連づける発言を控えるよう懇願する。私にはそれらは軽率な医者が患者らの病を健診したり、自ら患者の声を聞くことなく、処方を出すように見える。紳士諸君、我らの試みは自然の働きの中での現在の時代の病を治癒する事であり、我々全てはこれまで病気の原因と適切な医薬を探るべく努めてきたが、我々の誰も病人を訪問するほど賢くは無かった。そのため私は現在の『時代』にここに来てもらい、診断されるべきだと助言したい。それにより我々は病を詳しく調べて、病んだ部分がはっきりとするだろう。これにより、我々が今必死に考えている治癒は容易となるだろう」


 会議全体は、マッツォーニの意見に喜び、改革者らは即座に「時代」に来てもらうように命じて、デルポイの宮殿へと1年の四季によって、椅子に乗ったままもたらされた。彼は何年も生きてきたが、その顔つきはなおも活発で、まだ何年も生きるように見えた。だが彼は息切れしており、その声はとても弱く、哲学者らは大いに不思議に思い、その赤い顔つきは自然な熱と生命力、良き胃腸の徴でありつつも、何の理由でそうも弱っているのかと尋ねた。すると四季らが答えて、数百年前には黄疸があるように見えたほどに顔は黄色かったが、自由に喋る事ができて、今よりも健康に見えたと述べ、その病を癒すために呼ばれたので、彼は自らの苦しみについて自由に語るべきだとも述べた。


 よって「時代」は答えた。「紳士諸君、私が生まれてすぐに、今苦しんでいるような病にかかった。我が顔は新鮮で赤っぽいのは、人々が湖を汚染したからであり、我が病は海の満ち引きに似ている。それらが寄せては返すものの常に同じ水なのであるように、我が見た目が良い時にはその病は内側にあり(それが今の状態である)、我が顔が病んで見える時には、内側は最良の状態なのである。我を苦しめる病弱については、ある良き人々が腐った体を覆わせたこの外衣を取り除き、自然のままの我が裸を見るがよい」


 これらの言葉により、哲学者らは時代から外衣を取り除くと、この悲惨な者には4インチの厚さの垢に全身が覆われているのを見つけた。彼らはただちに10枚の剃刀を買ってくるように命じて、それで大いに削るように努めた。だがそれらが骨まで食い尽くしていて、1インチの新鮮な肉すらも残っていないのを見つけた。恐怖と絶望とともに彼らは患者の衣を再び着せて、彼を退出させた。そしてこの病は治癒不能であると結論付け、共に諦めて、公共のための大義を捨てて、自らの評判の安全を保つ事にした。マッツォーニは残りの改革者らの口述を書き記して、宣言書として出した。そこではアポローン神が自らの知識人らの美徳ある生活や全人類の幸福を大いに気にかけている事や、総体的な改革をなすために、改革者らが労苦した事を含ませた。それから細部へと向かい、彼らはニシン魚、キャベツ、カボチャの値段を適正なものにした。会議では別の改革も行われ、ターレスが、エンドウ豆やサクランボを売る者らが、小さな量りを用いていて、それらを適正にしないのは恥であると述べると、会議はターレスにこの事を伝えたのを感謝し、秤はより大きく作るようにとの内容も改革に加えた。それから宮殿の門が開かれて、定められた場所で総体的な改革が布告され、市場では人々が集まって、パルナッソスの全てでは喜びの叫びとともに喝采した。大衆は些細な事に満足するからである。だが一方で判断力のある者らは知っていた。vitia erunt donec homines*10――人がいる限り、過ちはあるだろう――地上の人間は勿論良くは無いが、可能な限りは病を小さくする、それこそが、世界を見つけたままにしておく分別の中にある人間の知恵の高みである。


薔薇十字団の真の歴史 6
↑ 薔薇十字団


*1 神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世 1552年 - 1612年。
*2 原注。「パルナッソス詳報、あるいはパルナッソスからの政治的な試金石の2世紀の詳報は、正しくも名誉あるモンマス伯ヘンリー殿により英訳された。」1656年の文書より。
*3 原注。「パルナッソス詳報は、原書はイタリア語で高名なるトライアノ ボッカリーニにより書かれる。そして新たに英語でも行われ、現在の文体に修正される。」 3 vols. 8vo. 1704。これは下手な意訳である。
*4 原注。「2世紀における政治的試金石のパルナッソス詳報とその付録」は、トライアノ ボッカリーニにより書かれ、何人もの手により翻訳される。」1706年のロンドンの文書。文体に関しては最良であるが、モンマス伯のものよりも正確な訳では無い。
*5 在位527年 - 565年。東ローマ帝国皇帝。蛮族に占拠されていたローマ市の再征服を含めた帝国の復興を目指したが、最終的には失敗した。
*6 大セネカ。紀元前54年頃 - 紀元後39年頃。古代ローマの修辞学者、著作家。
*7 1548年 - 1598年。イタリア人哲学者。ピサ大学教授でガリレオの友人でもあった。
*8 心の中の思いを他人が自由に見れるようにするということ。
*9 原注。タキトゥスの「年代記」第3巻より。
*10 原注。タキトゥスの「同時代史」第4巻より。