ディーの日記 1583年4月29日 後編

ページ名:ディーの日記 1583年4月29日 後編

同日 夕食後、午後8時


 余は祈祷室へと向かい、霊的な敵、特に先に天使に述べられたものを複写したエドワード ケリーの手や文字を、かくも突然に微細かつ詳細に偽造した、ここに現した悪しき者に対して激しい祈りをなした。同様にエドワード ケリーも(暖炉の近くにある緑の椅子の傍で)跪いて祈った。この祈りが終わった後、余は、というより余らの両方が終わる前に余の側で、エドワード ケリーが霊的な生き物が余のテーブルに来るのを見た。彼はそれをイルだと述べて、彼はここにいると言った。そのため、余は我が机に向かい、筆記を始めた。そして余が始める前に、我が意図の部分のリハーサルをし、神に祈りによって唱え、それが必要に思えるので神自身に対しても我が祈りを向けた。すると、この霊的な生き物は、それまでは何も喋らなかったのが、突然にこれらの言葉――を用いた。余はこれらは書かない事にする。


ケリー「ウリエルが近づいて来て、イルは去っていくように私には見えました」
 そして、新しく来た生き物がこのように述べた。
ウリエル「最も豊富にあるものは、神を真に疑い無く畏れ、称え、信じる者らへの、その偉大な慈悲である。主は汝らの祈りを聞いた。そして我はウリエルであり、神の平和をもたらし、それは汝にとともにあろう。
(主が述べた)我がこの行動を完全にせずに、汝の行う目的のために汝の中で完全に働かなかったとしたら、さらに、肉の腐敗の下劣さに侵されていない無限の数、無数の魂への我が恵みを持たなかったとしたら*1、あるいは我が下界を見て、我が神殿の苦しみを見る事が無かったとしたら。だが我はその約束と我が王国を確立するために、我が恵みを人の子らに与えると確言している。そのために我は汝ら3人を、我が決定した目的を告げる口、道具として選んでいる。それゆえ、我と我が真の目的のために、我に対して忠実で勇敢な心であれ*2。そして誘惑の襲撃に対して恐れるなかれ。なぜなら我が先に述べたように、我は汝らと共にあるからだ。だが、悔悛する者に恵みが必要で、信仰深さは彼らの罪を忘れさせるように、誘惑もまた必要であり、普通の人間には、勝利の清めの光線による啓明は喜びとなろう。
 もしも誘惑が無かったとしたら、我が慈悲深いと人の子らがどう知ろうか? だが我は地獄で栄光を受け、冒涜者らの間で崇められる。彼らは戦うであろう。だが勝利は汝のものである。にもかかわらず、我は来るべき無慈悲な日々から汝を守り、汝を完全な者とするであろう。それにより、我が完全な働きを汝も完全に始められよう。だが何と? 汝(サタン)は勝てると思っているのか?(義の神が述べた)見よ、我は汝の僕らをこの場と地域から追放し、汝の僕らの足の前に躓きの石を置く*3。ゆえに、汝が受けるに値するようになした。そして、この者らと聖なる場所に(我が述べる神の意志として)闇無き光を、偽り無き真理を、悪しき働き無き正義を置く。我はそれを述べ、それはなされる。
 だが汝、おお、若者(だが古き罪びと)よ*4、なぜ汝は自らの盲目を増やし苦しむのか? 永遠なる真理に仕え満たそうとしないのか? 汝の心を引き上げ、鈍感になるなかれ。終わりの知識へと導く道に従え。神の王国のために確証された言葉により、神へと目を開け。
 汝はこれらの小さな諸図から始めている。だが、信仰深くあれ。さすれば汝は完全で終わりなき記念の諸図に書かれるだろうからだ。真理、神のメッセージ、すなわち真、完全、来るべき最も栄光の生の命の泉を考えよ。(神の)愛に従い、その中にある神秘を熱心に考えよ。この悪行をなした者は、汝らに対して罪をなしたのみならず、神とその真理に対してもなしている。裁きは我の管轄ではなく、ゆえに我はそれを述べられないが、その裁きについては彼自身が知っている。彼の名はベルマゲル(BELMAGEL)であり、汝の魂に始まりより従ってきて、その破滅を求めていた扇動者だ*5。この悪しき者は汝の霊らの主要な君主で支配者であり、彼以上に偽造が得意な者がいようか? そして、汝の監督者ほどに、人の指の秘密を得ている者がいようか? 我が言葉は告発ではなく、そのような宣言で汚れるのは我に属するものでもない*6。だが我は汝に通常の助言をなし、さらに恵みと語られざる慈悲の霊を通じて汝に告げる。
 今夜、もし汝の祈りが、真に、それらが上天に座する神の御座に届かなかったとしたら、汝は(真に)汝は北方の荒野へと連れ去られて、汝の破滅がそれに続いていたであろう*7。それゆえ、汝の若さの働きを捨て去り、肉の虚しき行為から離れよ。汝がこの臨在に喜びが無かったとしても、神の栄光のために汝は選ばれたのである。
 我は強く言おう。謙虚で柔順であれ。これまで語られてきた全ての事は来るからだ。そして、この預言の書の文字は消え去りはしない。最後に神は汝を祝福し、誘惑から守り続け、慈悲深くあり、汝の職*8の威厳のために汝を完成させるであろう。それにより、我らと、全ての生き物、神自身の御顔の光の下で、永遠にこの世界で称えられよう」
ディー「アーメン、アーメン、アーメン」


 このため、余は最も謙虚に祈りをし、我が神への、その助け、慰め、今回の我らが敵に対しての裁きへ心から感謝もなした。(それにより、神の栄光について深く考えた)そして余が立ちあがるとともに、ウリエルはエドワード ケリーの目から消え去ったと余は理解した。だが余は彼へも感謝を述べて、神を称えた。ウリエルは神の忠実な御使いであり、この激しい誘惑の中で、余らに必要な慰めをなしたからだ。


 全ての称賛、誉れ、感謝を我らが全能の神に今も永遠に。アーメン。


ディーの日記 1583年5月5日
↑ ディーの日記


*1 ディー注。魂は肉体が生まれる前に造られたのに注意せよ。
*2 ディー注。神の力と神ゆえに。
*3 ディー注。余らを用いようと望んだ悪霊に対しての裁きである。
*4 ディー注。彼はケリーに向けて言っている。
*5 ディー注。エドワード ケリー自身に属する悪しき天使である。
*6 ディー注。悪魔らは適切に告発者である。
*7 ディー注。エドワード ケリーが熱心な祈りをしていなかったならば、この夜の始まりでの行動で現れていたように、神の怒りによって彼は連れ去られたであろう。
*8 ディー注。我が職は真の哲学である。第1の書を見よ。