薔薇十字団の真の歴史 序文

ページ名:薔薇十字団の真の歴史 序文

序文


「十字より真の知恵の圏は来る」――ヘルメースの格言


「薔薇は常に美、命、愛、喜びの象徴であり、再生の顕現の全てを神秘的に主張していた。(略)十字架の上に集められた薔薇は、高次の秘儀参入により与えられた問題であった」――エリファス レヴィ


 薔薇十字団の名前の由来には3つの説がある。第1の説は確実に最も明らかであるが、この団の創設者とされるクリスティアン ローゼンクロイツの名前から来たものである。だが私は、この人物の歴史は明らかに神話的、寓意的なものであるのを後に示すつもりであり、そのためこの説明は単に疑問に対して別の疑問、ではRosenkreuzeの語源は何かと投げかけているのに過ぎない。第2の説は、ラテン語の言葉、Ros(滴)と、Crux(十字)から来たというものである。これは(研究者の)モシェイムが支持し、リーの百科事典やその他の書らもそれを受け継いでいる。この論拠は以下の彼の著の引用により明白に表せるだろう。「自然の全ての物質の中でも、滴は金を溶かす最も強力なものだと思われていた。そして十字は化学(錬金術)の用語では、光と同義語であった。なぜなら、この十字の形は、同時にラテン語の言葉LUX(光)の3つの文字を示していたからである。そして今、光は呼ばれ(略)赤竜の種あるいは溶媒、言い方を変えれば、粗雑で世俗的な光は、適切に消化され精錬されたら、金を作り出す。ゆえにこの語源を認めるならば、滴の十字の哲学者とは、滴の介在や助けとともに、光、言い方を変えると哲学者の石と呼ばれる物質を求める者である*1。」


 この意見は、錬金術師らが滴に与えた属性の意味合いを誇張しすぎている。普遍的溶媒は様々な名前の下にあったが、その中でも滴は一般的では決してない。包括的な「錬金術辞書」にも、これは記されていない。ガストン ル ドゥの「ヘルメース学辞典」によれば、単純に呼ばれる時の滴は水銀を意味した。哲学者の滴は、主に哲学的な卵を循環させている間や、錬金術師が操作している時の石の物質の事である。賢者の白き天の滴は、白く完成した状態の哲学者の石の事である。モシェイムは自らの意見を、ピエール ガッサンディ*2と、エウセビウス レナンドトの「Conferences Publiques」*3の著者から得ていたが、この著者は実は薔薇十字団について何も知らず、この主題について(適当に)語るように命ぜられたと告白している。彼はこう述べている。「金の最も強力な溶媒であり、自然の間で見つかり、非腐食性の物質である滴とは、凝固され物質化した光以外の何物でもない。これを錬金術により適切な期間、それ自身の器の中で造り、消化したならば、赤竜、すなわち金の真の溶媒、哲学者の真の物質となる。この秘密の徴を後世に伝えようと望んだ組織は、Frares de la Rozee Cuiteという名を得る事となった。」この結社の神秘的な3つ文字、F.R.C.は、そのため、このFratres Roris Cocti、造られた、あるいは高められた滴の兄弟団の頭文字と解釈された。だがこの解釈はほとんどあり得そうに無い。


 ペルネッツは自著「ヘルメース神話哲学辞典」の中で、こう述べている。「幾人かの錬金術師らは、5月と9月の滴を大いなる作業の物質と見做しており、それは滴は自然の普遍的な霊の溶媒であるという様々な著者らの意見に疑い無く影響を与えていた。だが真剣に真の哲学者らの文書を研究するなら、そこでは蛇が滴を表しているが、すぐに錬金術師らはその類似性についてのみ語っていたと確信できる。つまりこれらは金属性であり、水銀の液体が瓶の中で気化し、そこから公正な雨の形で底に沈殿するのを意味した。そのため錬金術師らが5月の滴について書く時は、通常の黄道12宮とは違う錬金術の黄道12宮のうちの双児宮により支配される、それらの哲学的な春を表していた。トーマス ヴォーンは、これらの滴は腐敗より起き上がる水銀の水であると言ったであろう。」


 第3の説は、団の始まりの頃から薔薇十字団と直接、間接的に繋がっていた著者らから、一般に受け入れられていた。この団の名前は、rosaあるいはroseとcruxの言葉から導かれたものであるという内容である。これは団の権威ある文書の様々な版で是認されていた。これらの文書では、団の名前はBroederschafft des Roosen Creutzes、つまり、薔薇十字の者たちとなる。またラテン語での「友愛団の信条」ではFratres Rosatae Crucisであり、ここでは滴という説は完全に否定されている。なぜなら、ドイツ語で滴はThauであり、ラテン語で滴の十字の兄弟団は、Fratres Roratae Crucisとなるだろうからだ。またこの説は、団の象徴とされるものによっても支持されていた。



 ゴッドフリー ヒギンズはこう述べている。「この団の記章、モノグラム、宝石は、十字架に付けられた赤い薔薇であった。そのため、行える時には薔薇は栄光とともに十字架に結び付けられていた。そして薔薇がカーネリアン石、柘榴石、ルビー、赤いガラスで造られ、衣服に付けられる時には、十字架は一般的に除外されていた。」*4


 ハーグレイヴ ジェニングス氏も、何の引用元も示さずに、この文全体を引用している*5。また、こうも述べていた。「薔薇十字団の宝石は、透明な赤い石で造られ、片方は赤い十字架が、もう片方には赤い薔薇があり、十字架に付けられた薔薇となった。」


 だが、これらの説全ては、それぞれにやや疑問とあやふやな部分がある。この団の公的な宣言書には、「友愛団の名声」と「友愛団の信条」が含まれるが、これらのオリジナルの版では、団の名前は単純に「Fraternitas de R.C.」と記されていて、さらにその創設者の頭文字はC.R.としている。1616年にストラスブルグで匿名で出版された「クリスティアン ローゼンクロイツの化学の結婚」は団と繋がりがあるのは否定できないが、団の名前をBrotherhood of the Rose-Crossとし、その創設者をFater Rosycrossと記している。これらの名称はいずれもすぐにドイツでも用いられるようになり、宣言書の両方の次の版から現れている。もっとも少なくとも1618年の錬金術師ミヒャエル マイヤーの書「黄金の巨人、R.C.の友愛団の規則について扱った書」ではこの点で違った意見を表明している。「この団がその書により知られるようになってから、それらの文字(R.C.)が薔薇十字を意味すると解釈されるまではそう長くは無かった。この意見は現在まで残っているが、兄弟団の続いての書ではそれはかくも広がっている間違いであると告げており、R.C.の文字は彼らの創始者の名前から来ていると証言している*6。もしある人の心が別の人の心も知る事ができて、彼らの間で概念や感覚的、知的な形態を形成できたとしたら、彼らの間で探究したり書いたりする必要は無かっただろう。だがそれらは我らには許されておらず、我らは世俗の性質に属し、疑い無く純粋な知性も許されているものの、我々はお互いに理解的な概念を言語や書の象徴により説明するのである。そのため文字は社会全体に受け入れられ、そこに秩序を保つ限りにおいて最も効果があるのであり、奇特な者が統合された名前、家族の状況、場所や人物、人物の秘密の事柄から神託を導く機会を与えたりはしないのである。」


 自らの定義を提唱しつつ、彼はさらに述べる。「私は鳥占師でも預言者でも無いが、かつては月桂樹(での神託の儀式?)に加わり、(ギリシアの霊山)パルナッソスの影の下で少しばかり休んだことがある。にもかかわらず、もし私が間違ってなければ、私はR.C.の文字の意味合いについて、黄金の図の象徴の第6の書の謎で示した事がある。そこでは、Rはペガサスを意味し、Cは文字の音を考慮しないならば、lilium(百合)である。この奥義の知識が汝への鍵とならん事を。見よ、我は汝に奥義を与えた! d. wmml. zii. w. sgqqhka. x. 汝が行えるならば開けよ。(略)これは赤い獅子の蹄や、ヒッポクレネの霊泉の滴なるや?」これらの意味不明のたわごとの下には、我々は薔薇の象徴主義の寓意を見分けられる。ギリシア神話の言い伝えでは、赤薔薇はアドーニス神の血より育つが、ペガサスはメデューサの血から生まれた翼ある馬であり、ヒッポクレネの泉はペガサスの蹄の一撃により吹きだしたのである。


 イングランドでは「Summum Bonum(善の頂点)」の中で、ロバート フラッドと思われる匿名の著者が、薔薇十字の象徴の純粋に宗教的な説明を与え、それは「キリストの薔薇の血が振りまかれた十字架」だと断言している*7。これらの意見の一般的なコンセンサスは風変わりな解釈を好む傾向にあり、そのため宣言書らは沈黙し、個々の錬金術師らの抗議があろうとも、RosaとCruxの言葉を薔薇十字の名前を表すものとして安全に取り、兄弟 R.C.を兄弟 Roseae Crucisとして理解する事ができよう。


 次に沸き起こってくる疑問は、この興味深いエンブレム、赤い薔薇が、赤い、あるいは一部の著者によれば黄金の十字架に貼り付けにされているものの意味合いである。この疑問への決定的な回答は得られそうに無い。秘密結社のサインは、結社自体と同様に神秘的な性質があり、特別な意味合いを与えられているからである。だが、その知的な部分については、普遍的な象徴主義により分析する事である程度は理解できるだろう。ところで、この薔薇と十字は、それぞれが違った意味合いで、最も価値があり、古くからあった象徴である。


 インドのブラフマン僧らの楽園には、タマラ プアと呼ばれる銀の薔薇がある。「この楽園は天の庭園であり、地上の圏から上昇してきた天の霊らはここで最初に受け入れられる。この薔薇には真珠のように輝き美しい2人の女性の像が含まれる。これらの2人は実際には1人であるが、天や地上の媒介を通じて分離しているように見える。彼女の片方の相は口の婦人と呼ばれ、もう片方は唇の婦人、あるいは唇の霊と呼ばれる。この銀の薔薇の中心には、神が永遠に住んでいる。」


 この神的な女性あるいは乙女――2人にして1人と、ロゴスの典型、知恵の霊、真理の霊――そして、ヨハネの黙示録の霊の諸刃の剣――ラテン教会の待降節の荘厳な聖歌で呼ばれる、Sapientia quae ex ore Altissimii prodiit(いと高き方の口から放たれる知恵)との照応は容易に認められるであろう。寓意的な庭園の中心にある神秘の薔薇は、多くの伝説で常に出会う。仏陀は庭園の花を盗もうとしたため、十字架に架けられたと言われる*8。そして神話では良くある事だが、このインドの神的な化身はそのために受難を受けたものと同一視されるようになり、仏陀自身が「薔薇、蓮華、あるいは百合の花」となった。このように仏陀は十字架に架けられた薔薇であり、我々は薔薇十字団のエンブレムの起源を東洋に探す必要がある。ゴッドフリー ヒギンズによると、これは「イスレン、タムル、シャロンの薔薇であり、人々の救いのために十字架に架けられた。これは春分の時の天に十字架刑にされたのである。」この繋がりで、キリストは最高天で十字架に架けられたというグノーシスの伝説を思い起こす。そしてナザレは聖ヒエロニムスによれば花を意味し、カルメルの「神の庭園」に位置した。そのためナザレのイエスは、象徴主義によくある拡張によって、時には十字架に架けられた花と同一視されていた*9


 古代の言い伝えでは、フリギア王ミダスの庭園はヴェルミオ山脈の麓に位置し、60枚の花弁のある薔薇とその強い芳香で高名だった。ところで、この薔薇はディオニューソス、バッコス神に捧げられており、バッコスはミダス王に何でも黄金へと変える力を授けている。そのため、ここに薔薇と錬金術の間の直接的な繋がりがある。


 アプレイウスの小説「変容」の中で、(ロバにされた)主人公ルキウスは薔薇の花飾りを食べる事で、人間の姿に戻っている。このような類型は至る所にある。メキシコのアステカ神話版のイヴは、アルボルの果実とも呼ばれる薔薇を摘んだことで罪とされた*10。天からの使者が、このメキシコのイヴに、彼女は男の子を生み、その子は蛇の頭を打つであろうと告げた。そして彼女に薔薇を送り、それからの時期はインドで蓮華の時代と呼ばれたように、薔薇の時代となった。


 ヘブライの聖書でも薔薇は時たま現れているが、それらは奥義的な象徴というより詩的なイメージとしてである。そのため、薔薇は詩人らに常に大いに好まれていた*11


 西洋では、中世の「薔薇物語」の「四角形の庭園」での中心的なテーマとして、薔薇は寓意的な文献に初めて現れた。一般的な意見によれば、この詩集の最初の部分は、1260年より前にギヨーム ド ロリスにより書かれ、1316年に死んだジャン ド マンがこれを完成させた。このかつては普遍的な人気を得ていた大著は、注釈者の一部が認めるには、錬金術の解釈が可能であり、大いなる作業の諸原理を公言しているという*12。この庭園、古フランスのvergierには、薔薇が含まれ、その外側の壁には憎しみ、裏切り、悪意、貪欲、強欲、妬み、悲しみ、老衰、偽善、貧困――全ての死すべき人間の悪意と不幸――の象徴的な人物が豊かに彫られていた。そして怠惰さの像は主人公へ門を開き、陽気さの像は彼に挨拶し、踊りへと誘い、それから彼は愛の神を見て、さらにDour-Regars、弓矢を持つ若者、美、富、寛大さ、率直さ、親切を表す像らが続いた。そして彼が薔薇の愛らしさについて熟考している間に、恋人の放つ神の矢により貫かれた。(略)そして損傷を受けつつも、彼は薔薇を得ようとする試みを止めはせず、牢屋に入れられたり、様々な冒険の後に、


物語の結論は、
彼の全ての望みだった薔薇を
彼を喜ばせるために取ってきた恋人を
見たというものである。


 この寓意の意味合いを解読するのに、象徴主義者の技法に熟達する必要は無いだろう。


 La Rose c’est d’Amour le guerdon gracieux(薔薇は恵み深き愛の報酬)*13


 そして少し時代が下ってから、この薔薇の象徴は、ダンテの荘厳な詩に再び現れる。「神曲」の中には、エリファス レヴィによれば、「エゼキエルのペンタクルのように、十字架により分割されるカバラの諸円の連なりがあり、薔薇はこの十字架の中心に咲いている。そしてこれは、歴史上初めて、我々が薔薇十字団の象徴を公に、ほとんど無条件に明かされたものを見つけているのである。」


 この薔薇に関連する文は、以下のものである。


「天には光があり、その美しき輝きは、
 被造物全てに創造主を見せ、
 この神を見る事によってのみで平和を持てる。
 さらに、大きく広がった円があり、
 その円周は太陽の進む帯とするには緩すぎる。
 全ては1つの光線、第一動者の頂点からの反射、
 それらは動き、ゆえに生き物らは活力を受け取る。
 崖のように、底辺からの目には
 神の像は水晶の海に照らされる。
 崇めるように、草木や花に
 その華やかさは現れる。
 かくも回転し、
 100万の座天使よりも強く光を放ち、
 立ち、輝き、我らが大地からの何であれ
 空へ出たものは帰らねばならぬ。
 この「薔薇」の葉はいかに広がっていることか
 その低位のステップには、幅広い輝きの空間が取り囲む!
 その広さも高さも邪魔する事無く、
 我が視野は容易にこの喜びの全ての次元を見て取る。
 近くとも遠くても、これらが用いられる場所では
 神は即座に支配する*14
 そして自然は恐れ、彼女の揺れを止められるのか? 
 この永生の黄色い薔薇にて、輝きが広がる中で、
 光線は徐々に広がっていき、
 冬に沈む事なき太陽を、その芳香で称える。(略)
 ベアトリーチェ、我を導きたまえ。(略)


 我が視野の前に、白雪の薔薇のように
 聖人らの群衆が広がり、そこでは
 キリストの血が称えられる。
 一方で他の(天使の)集団は彼らが愛する
 キリストの栄光を見て称えるために
 上昇して周囲を旋回し、 
 春の甘味の中にある蜂の集団のように、
 今降りていき、これらの香りのある
 労働の果実が育った場所に集まり、
 この力強き花へと降りていく。
 薔薇の芳醇な花弁から、
 彼らの喜びの不動の住居へと戻り、
 彼らの顔を神の炎へと向け、黄金の翼持つ。
 残りの者らは、降る雪よりも白く、
 花の中へと飛び降りていき、
 その腰の羽根を羽ばたかせ、
 その柔らかき選別から勝ち得た
 平和と熱意を囁く。
 そこには影は無く、数えきれない飛翔の群れが
 天から花へと送られるか、
 視線が何かに遮られる。
 宇宙を通じて、何の価値があれど
 天の光は自由に歩み、
 何の障害も防がないからである。


 ダンテ「神曲」 第30、31歌章


 レヴィはさらに言う。「驚くべき発見であるが、この『薔薇物語』と『神曲』は、同じ作業――知的独立への秘儀参入、全ての現在の教会への風刺、薔薇十字団の大いなる諸秘密の寓意的な公式化――の2つの対照的な形式である。これらのオカルティズムの重要な表現物は、テンプル騎士団の没落の出来事と重なり合っており、ジャン ド マンあるいはクロピネルは老年のダンテと同時代人であり、フィリップ4世端麗王の宮廷でその最も輝かしい時期で活躍していたからである。『薔薇物語』は古きフランスの傑作である。その一見してのつまらない見た目の下にある深遠な書である。アプレイウスの書と同様に、見る者の目からは、オカルティズムの諸神秘の展示物である。フラメルの薔薇、ジャン ド マンの薔薇、ダンテの薔薇は、同じ薔薇の木から咲いているのである。」


 これは独創的で興味深い説だが、この問題の、ある点を事実と決め込んでいる。すなわち、薔薇十字友愛団の古さについてで、言うまでも無い事だが、古い時代の神秘的な詩にそれらの象徴が存在したくらいでは、証明はされないのである。だがダンテの「神曲」では、この薔薇の象徴の歴史を追い、定め、理由を持って確信できる事がある。これは至高の中央天にあり、その中には扱えない光の扱う事のできる発現、ラビの神智学(カバラ)でいうシェキナー*15、神の選んだ住居がある。「聖なる薔薇、光の花は、百万の太陽よりも輝き、無垢で接触不能であり、巨大で壮麗に激しく、神の周囲を百万のヴェールのように取り囲む。この象徴的な薔薇は古代の東方の巨大な神殿や宮殿から、中央アメリカの巨大な廃墟まで、一般的なヒエログラムである。」*16


 ゲルフとギベリンの時代*17、紋章では薔薇のエンブレムは一般的であった。この形は我らの英国の貨幣にも用いられている。またヨーク家とランカスター家の英国の内戦「薔薇戦争」でも、薔薇はロイヤルバッジとして用いられていた。そして何よりも、薔薇は神の母(聖母マリア)の中世の大いなる崇拝と関連づけられてきた。百合が聖ヨセフの特性であるように、薔薇はその優越性から我らが貴婦人の花とされた。「この乙女のエンブレムとして、薔薇は、赤も白も、非常に初期の頃から現れていた。これは特に聖ドミニコにより認められていて、この聖人がロザリオの献身行を教えている時には、薔薇は聖母マリアと直接的に関連づけられ、これらの祈りは薔薇として象徴されていた。」*18


 北欧では「薔薇の娘」と呼ばれていた女神ホルダにこの花は捧げられていた。「薔薇は、ホルダ、フレイヤ、ウェヌスの他のエンブレムのように、ドイツでは「Mariën-Röschen(薔薇のマリア)」としばしば呼ばれていた聖母の属性へと部分的に移っていった。(略)だが白薔薇は乙女マリアに、主にその祭日から関連づけられる傾向があった。一方で、『薔薇の娘』から受け継いだより世俗的な感覚は、赤薔薇と関連している迷信の中でなおも表されていた。」


 ドイツでは、薔薇は沈黙の象徴としても用いられていた。宴席の間の天井に彫られる事で、来訪客らにここで聞いた事は他言無用と警告をしていた。「白薔薇は特に沈黙に捧げられていた。古代の食堂の中央でも同様の理由から彫られていた。」そして、Sub Rosa(薔薇の下で)という表現は、ローマ人の間では神聖な誓約と同義語であった。これは元は古代人にはアプロディーテーの花として捧げられていた。また、沈黙の神ハルポクラテースに愛の女神の情事を隠すためにクピードー(キューピット)が行った新たな清めとも関連していた。


 中世の錬金術では、薔薇はタルタル(歯石)を表していた。そしてバジル バレンタインの第12の鍵では、その中心から男根が起き上がっている瓶あるいは女陰が記されていて、その両側は小枝があり、薔薇に取り囲まれていた。



 上記の図はよく知られたエンブレムであるが、大いなる作業の達成を象徴し、その開かれた窓を通じて太陽と月がその恵み深い影響を零していき、同時に神聖な作業の成就を起こす*19


 同様の薔薇の象徴は、ニコラ フラメルのヒエログリフの中にも見つけられる。


 ヘルメースの言い伝えの神秘の薔薇は、
 輝きと美しさを放ち、
 奇妙な徳質がその中の樹液を循環する。
 世界霊の息の下で、
 水銀の石より。


 最後に、1598年に至高の錬金術の達人、ハインリヒ クンナートは「永遠の知の劇場」を出版し、そこには9つのペンタクルが含まれていたが、その中の第5のものは光の薔薇であり、その中心には人間の姿をしたものがあり、両腕を伸ばして十字架の形をしていて、それによって順序を逆にしている。


 十字はおそらくは、薔薇のエンブレムよりも古いヒエログラムである。少なくとも、より普遍的で、より高遠で奥義の意味合いを含んでいる。エジプト十字の最古の形は、



であるが、ある権威らによると隠された知恵や来るべき世界の命を意味する。別の者らによると、これは男根である。金星のヒエログリフ的なサインとして、これは古代の寓意的な図形であり、錬金術の類型学では銅を表していた。このエジプト十字とタウの字


Τ


は、ほとんどのエジプトの記念碑に存在する。後者の形は、創造と生成のエネルギーのエンブレムであり、ペイン ナイトによれば、キリスト教時代の以前から既に救いを表すサインだったという。


 この十字、「象徴の中の象徴」は様々な民族に用いられていた。カルデア人も用いて、フェニキア人は貨幣の中に記し、メキシコ人は十字架に架けられ不死となった風の神を表し称え、ペルー人はその王宮の聖なる間にて、単独の美しい碧玉や大理石から彫って華麗に飾った十字を保持して崇めており、ブリテン島のドルイド僧も同様である。またこの十字はエジプトの旗のエンブレムとしても用いられ、反対側の中国でも「稲と豊穣の土地」を表すのに用いられていた。これは4つの均等な部分に分割されるならば、人の原初の住居、伝説のエデンの楽園を象徴した。十字はオシリス神、ユピテル=アモン神、サトゥルヌス神のモノグラムにも入っている。それに続くキリスト教徒も十字を同様に用いて、コンスタンティヌス大帝のラバルム*20はオシリス神のものとそっくりであった。十字はインドでも同様に一般的であり、ウィルフォード大佐によると、葉、花、果実が付いているマニ教の十字架と同等の形をしていた。これは神性の樹、神々の樹、命と知識の樹とも呼ばれ、全ての良き望ましいものを生み出すとされた*21


 ゴッドフリー ヒギンズによれば、十字の起源を求めるためには我々は仏教徒の下へと行かなくてはならないようである。「そして、チベットのラマという言葉は、チベット語でLamhである十字からその名を取っている。」宇宙樹ヤムバ、あるいはウィルフォードが命と知識の樹と呼ぶ樹は、インドの世界地図の中にある図形で、84ヨージャナ(十字架を登り切るのに84年かかるのを意味する)あるいは423マイルの高さで、そこにはカトリックの作法と同一であるカルヴァリーの3つのステップも含んでいる。またインドの秘儀参入者の新入りニオファイトは、十字の印によって聖別され、それは彼の体のあらゆる部分に記される。そして彼の完全な再生がなされると、その額にはΤの字が、その胸には⊥の字が再び描かれる*22


 ユダヤ教の過ぎ越し祭での子羊は十字の形をした木製の焼きぐしで焼かれる。そしてエゼキエルはこの印を破壊者として選ばれた者らに記すように命じている。そのため、この図形は救いの象徴でもあるが、ギリシア古典神話では十字架刑の発明者をイクシーオーンとし、そして最初の犠牲者ともなった。だが、この苦しみと死の道具としては、古代の記念碑には見つからない。これはローマ人がその目的のために用いる際にこの形にし、犠牲者は結び付けられるか釘付けにされ、「通常は飢えと渇きによって死ぬのに任せた。」*23


 キリスト教の東方と西方の両教会での、この神の象徴の歴史はよく知られているので、ここで繰り返す必要は無いだろう。この点について学徒は「古代キリスト教辞典」を読むならば、多くの情報を集められるだろう。


 以下のペルネッツの興味深い文は、錬金術と十字との繋がりについて示すだろう。「一般の化学では、十字の形の性質は坩堝、酢、蒸留した酢を示す。だがヘルメース学では、十字は4大エレメンツの象徴である。そして哲学者の石は粗雑なエレメンツの最も純粋な物質から構成されるように(略)、十字架に救いはありと言われる。十字架の樹に吊るされたイエス キリストの血により我らの魂の救いが得られたようにである。錬金術師らの一部はさらに大胆になり、彼らの寓意と謎に対して新約聖書の言葉を用いるのを恐れなかった。ルペシッサのヨハネスの名で知られるロクタイヤードのヨハネスと、アルナルドゥス デ ビラ・ノバは、彼らの書の中で哲学者の石の構成について、栄光を得る前に、人の子が十字架に吊るされる必要があると述べている。これは物質の固体と火の部分の揮発を意味した。」*24


 私は薔薇と十字の類型の歴史を簡潔に辿ってきた。私が先に既に述べたように、ルネッサンス以後の時代に団により用いられていたこれらのエンブレムの古さは、団の古さの何の証拠にもならないのは明らかである。団の位階的な諸秘密への秘儀参入が、旧世界(ヨーロッパ世界)でこれらの特有の象徴によって要約できるかすら仮定できない。そのような知識は薔薇十字団の古さが含まれるのかという疑問はある。その象徴の意味合いを秘儀参入をされていない研究者らに明かすために墓から掘り起こすのに、最初に出版物が出てから後で充分な時間が経っているからだ。薔薇と十字の古代の密儀の祭司らが用いたような意味合いと、薔薇十字友愛団が用いた薔薇十字との間に、照応は確立できるだろうか? これは突き止めるべき点である。もし繋がりがあったとしたら、我々が知らない何らかの方法で、秘密は世代ごとに伝えられていき、17世紀の初頭に突如としてその存在を宣言した神秘的な兄弟団は、ほとんど歴史の始まりより存在し、大衆の妄信の対象として、そして賢者には光として、それらの寓意と象徴を作り出していたエジプトやインドの密儀の祭司らと密接な関係があると見做せよう。


 「魔術の歴史」の第5の書で、エリファス レヴィは薔薇十字団の象徴について以下の論評を与えている。


「薔薇は歴史の遥か過去より美と命、愛と喜びの象徴であり、ルネッサンスの全ての主張を神秘的な方法により表現していた。薔薇は霊の抑圧に対して反逆する肉であり、自然の神の恵み、娘といったような彼女自身のあるべき姿の宣言であり、宗教的独身主義により圧迫されるのを拒む愛であり、もはや不毛を望まない命であり、愛と理性に満ち、薔薇が象徴する秘儀参入者の生と繁栄の存在の調和の啓示に基盤を持つ、自然宗教への大志を持つ人間性である。薔薇は実際にはペンタクルである。その形は円形であり、その花冠の葉は心臓の形をし、お互いを平和に支え合う。その色は原初の色合いの最も繊細なニュアンスを与える。その萼は紫と金である。(略)薔薇の征服は秘儀参入により諸学へと与えられた問題であり、一方で宗教は十字架の普遍的、排他的、決定的勝利の準備と確立のために骨折っていた。このような薔薇と十字の再統一は、至高の秘儀参入により与えられる問題であり、事実上のオカルト哲学、普遍的な総合であり、全ての存在の事象を考慮しなくてはならない。」


 この極端に挑発的な説明は、神智学の密儀の祭司らの精巧さの特徴があるが、薔薇十字団の達人らの表面的、確認できる意図への何の妥当性も無く、この奇妙な寓意を洞察する知的鋭敏さと詩的才能の産物である。これは真剣な歴史研究には全くの的外れであり、私がここで引用したのは、単にその存在があるのを示すためである。つまり十字架に架けられた薔薇の意味合いと団との繋がりとの問題全体は、純粋に憶測によるものばかりで、どの薔薇十字団の宣言書も、認められている兄弟(団員)も、これに関する説明は与えておらず、この団の古さに対してや、普遍的象徴主義との繋がりについて、これらの象徴を用いる事に関連する何の仮定も無いのである。


 概ね優秀な様々な著者らの研究では、エジプト十字は男根と女陰の結合の典型として既に確立している。エジプトのタウは、その派生と共に男性の潜在性の典型であり、薔薇は女性原理のエンブレムである。それから自然の類型論の進展により、十字は原初の形質の測り知れないマトリックスを養い、この世界へと命をもたらす神の創造的エネルギーを表すようになった。この薔薇と十字の単純な結合は、エジプト十字と同じ意味合いを示唆している。もっとも、十字架に架けられた仏教の薔薇の意味合いだとすると、これは自然の煩悩を破壊する苦行の象徴であろう。いずれにせよ、それらは現存する薔薇十字団の教義とは僅かな照応しかない。そのため、この薔薇十字の象徴は、古代の象徴主義とは別個のものであり、純粋に恣意的なもので、ゆえに説明不能な印であるか、その意味合いは別に探すものであろう。


 これから私は薔薇十字団は元はドイツで起きた、思想界を革命させ、ヨーロッパの様相を変容するのを目指すムーブメントと結びついているのを本書で示すつもりである。そして薔薇と十字はこのムーブメントと主に奇妙に結びついており、結果としてこの秘密結社がこれらのエンブレムを選んだのは、この繋がりの事実から自然と従ったものであり、これらにより容易に説明出来る。だがこの証明を満足に達成するためには、私はまず最初に我が読者に対して、この友愛団に関して私が集めた諸事実と文書を示さねばなるまい。


薔薇十字団の真の歴史 1
↑ 薔薇十字団


*1 原注。モシェイムの第4の書 第1部。
*2 原注。Examen Philosophiae Fluddanae," sect. 15, op. iii,, 261.
*3 原注。"Conferences du Bureau d’Addresse," vol. v., p. 509.
*4 原注。アナカリプシス 第2部 243ページ。
*5 原注。"The Rosicrucians," &c., p. 281. Ed. 1870.
*6 原注。「友愛団の名声」では、その創設者を意味するものとしてC.R.の略語を用いて、その後にはR.C.やC.R.C.も用いている。
*7 原注。その他の箇所では著者はF.R.C.はFaith(信仰)、Religion(宗教)、Charity(慈善)を意味すると解釈している。Renandotの「Conferences Publiques」の509ページを参照。
*8 原注。インドラ神にも同じ物語があり、ヒンドゥーの楽園の管理人らにより、花を盗もうとした罪で十字架に架けられている。
*9 原注。マックス ミューラー教授は、古代ギリシア語のῥόδον(薔薇)という言葉は元はアーリア系で、単純に小枝か花を意味したと考えている。
*10 原注。"Mexican Antiquities"vol.vi. p.120.
*11 原注。ペルシアでは薔薇はナイチンゲールの鳥と関連づけられていた。あるペルシア詩人は述べる。「言い伝えによれば、この鳥は薔薇が集まるといつも悲しげに鳴き、花咲く時には薔薇の周囲を円形に飛び、やがて香気に圧倒されると、地面へと落ちたという。薔薇はナイチンゲールが鳴くとともにその蕾を開くとされた。(略)」ペルシアでは薔薇の祭りというものもあり、花が咲いている期間続いたという。
*12 原注。16914から16997の詩と、精霊の発言を特に参照せよ。ラングレット ドゥ フレスノイは「ヘルメース哲学の歴史」でこう述べている。「ジャン ド マンはパリと教皇ヨハネ22世の宮廷で人気を博していた。そしてこの時代の流行に従い、奇妙な諸学、特にヘルメース哲学に没頭していた。彼は「錬金術師への自然の諫め」と「自然への錬金術師の返答」という2冊の論文を書いている。」
*13 原注。ジャン=アントワーヌ ド バイフの「シャルル9世へのソネット」より。
*14 原注。これを先に引用した神が常に住んでいる銀の薔薇の東洋の伝説と比較せよ。これは東洋と西洋の天の象徴主義が同一である稀な例である。
*15 原注。クロル フォン ローゼンロート男爵の「カバラ デヌダタ」によると、薔薇はシェキナーを意味する。その理由は「ゾーハル」の愛の部に書かれており、「薔薇を水に多く入れたら芳香を放つように、マルクトはビナーから放たれる芳香を嗅いで楽しむ。」ジョン ヘイドンのR.C.の文字に関する定義は、歴史的な基盤とするには遅すぎる。「R.C.とは何を意味するかと尋ねられるならば、黄金の薔薇が花咲く漆黒の十字架の儀式の事である。十字架は我らの罪のために十字架刑とされたキリストの受難を表し、黄金の薔薇はその死から生への復活の栄光と美を示す。これはメセク、カスクル、アパメア、カウラテア、ヴィリッサ カウミク、ゴルゴタの丘、ハラン、シナイ山に運ばれ、これらを持つ者らは望む時に会合をし、全ての彼らの行動の計画を立てて、外国へと出発する。そして彼らの喜びは常にこれらの場所で行われ、時の始まりから終わりまでの世界の諸問題はそこで全て解決される。そして彼らは薔薇十字団の者と呼ばれるのである。」
*16 原注。"The Book of God," part iii., p. 511.
*17 中世イタリアでの教皇派と皇帝派のこと。ちなみにダンテは代表的な皇帝派で、そのために教皇派が牛耳るフィレンツェを追われた。
*18 原注。Hilderic Friend, "Flowers and Flower-Lore."
*19 原注。これは水星、メルクリウスのサインであるが、バジル バレンタインの第12の鍵では、より深く、アルカナ(奥義)の意味合いを示している。エリファス レヴィは(「魔術の密儀」202ページ)こう述べている。「命ある金、命ある硫黄、哲学者の真の火は、メルクリウスの家にて求めるものである。哲学者の硫黄、水銀、塩は、順に濃縮し、揮発すると、哲学者のアゾットを作り出す。」ツホウディ男爵の「達人、あるいは深遠で未知の新入り哲学者の位階のための教理問答」(「L’Etoile Flamboyante」参照)によると、錬金術の「硫黄の香膏」は、これもまた哲学者の水銀である「根本的な湿気」、自然の3界のあらゆる種の基礎と同一物だという。だがこれは特に、哲学的に準備し、ヘルメースの作業をなすには不要な物を取り除き、必要な物を加えたならば、金属の種にして基礎となるという。この点について、ペルネッツの「ヘルメース神話哲学辞典」を参照。
*20 PXの組み合わせ文字。
*21 原注。"Asiatic Researches," x. 124. キリスト教以前の十字は、樹や樹々と関連づけられるのは珍しくも無かった。Balfour, "Cyclop. of India," i., p. 891.
*22 原注。"History of Initiations."
*23 原注。Higgins’ "Anacalypsis," i., pp. 500, 503.
*24 原注。「ヘルメース神話哲学辞典」より