ディーの日記 1583年4月23日

ページ名:ディーの日記 1583年4月23日

1583年4月23日 火曜日 朝8時


 余らが共に祈りを捧げ、さらに余は机で神に、余らの欲望や出しゃばりのためではなく、神の栄光のために、憐れみを持って我らに向き合うよう求めて、長い祈りをした。やがて、水晶玉に7つの角のある白い雲が現れた。そして、雲の背後には稲妻が放たれているようだった。


声「我が汝らを集めた時、汝らは不正な者たちの中から選ばれた。我は汝らに自らの手で造り拵えた衣を着せた。我は在りし者。信じよ」
ディー「我らが不幸をこうも慈悲深く救われる、いと高き方に余らは祈り感謝します」
声「我は在りし者である」
ケリー「今、ウリエルが雲の上に立ち、跪いたように見え、言いました」
ウリエル「天と地と、さらに地下の秘密の部分において、永遠、主権、支配、全ての力は神よ、神よ、真に神よ、他でも無く神のみに。人の性質の早急さと頑迷さ、罪びとの群れ、悪に満ちて、不浄と忌わしさから逃れる場所は見つけられない者らを超え、その御名の栄光を称える者らへの、御身の憐れみは無限。栄光は神に、全ての力と荘厳は神に。時から時に、さらに時の終わり無く、世々限りなく、その中間や数においても、その御手は働く。それらの者らのために御身は天の永遠の庭園の花を準備していたからである。
 その憐れみにより、彼らに(主よ)授けたまえ。御身は苦しみの中で...を*1求めたからではないか? 御身はその正義に基づいて裁くならば、世界の創造の前に封じられた自らの決定と書に対して、どのようにその御名は称えられようか? 御身の正義の炎は自らの座を燃やし、御身の中には何の力も足りないものは無い。それが御身を喜ばせるならば、投げ捨てて、風が雪にするように彼らを集めて、山々へと彼らを埋めるなら、彼らが罪びととして起き上がる事の無いであろう。だが御身があり、御身があり、御身が望む事は御身はなせよう。アーメン」
ディー「アーメン」
ウリエル「我は時を測っており(主に向かって言う)天の諸惑星にその軌跡を定め、これらはそれを通過しまい。人の罪は敵(サタン)に関わらず腐ろう。だが、永遠の火は決して消えたり失ったりはしない。それらは語る事も出来ない。我らは自らを観察する者を観察する事は出来ない」



 書き記し、気を付けよ。
声「だが(これは主が言う)見よ、汝がこれ以上に我にトラブルを起こしたり、我が動く前に、我が優れた翼に触れるならば、我は汝を地獄の子らとして地から取り去り、我が力により静かな心の者らを終わらせるであろう。汝は信じていない主に対して信仰深いとは言えない。にも関わらず、我は汝らのうちの片方の心を鍛練した。真に、我は彼を火打石のように堅め、杉の灰とともに混ぜて燃やした。それにより彼は我が作業の義を証し、我が栄光の力を強めるだろうからだ。彼の心を不正な者らの悪しき心に向けるなかれ。これら不正な者らから、我は彼を我が威厳の最初の地の証人として選んだからだ*2
ウリエル「汝の言葉はまだ神を不快にはしていない。それゆえ、我らにも語られた事で不快なものは無い。それらは行われ、立たなくてはならない*3。確かに、我が既に選んだ数においてである。
 書き記せ。



声(これは主が述べた)「汝が世俗のもののように我を用いようとするならば、我は確実に汝に我が腕を伸ばし、それは重い一撃となろう。最後に我は言おう。
 信仰深くあれ。
 神を真に称えよ。
 心から神を信じよ」
ケリー「ウリエルは跪いて、祈っているように見えます。それから今、彼は立ち上がりました」



ウリエル「書き記せ。増大する数が常に大きくなるように、この世界は衰退しており、主は力強く栄光を与えられるべきである。神と争わずに、神が授けるものを受けよ。我がメッセージの恵みは、汝らの曖昧さと鈍さを静める。我は毒の感染の事を意味する。地は復讐に叫んでいるのを見よ。来たれ、神の栄光のために。今がその時である。アーメン」
ディー「40日以内に書を完成させなくてはならず、さらに書が完成するまで余らの前の教授者らは現れないと言われ、またここでは書はエドワード ケリーの目に現れ、それを彼は書き写しており、これまで彼はそうしてきたものの、今ではこの書は現れなくなりました。そして、この作業での書を勤勉に見つけたく、書く機会を失いたくないと余らは望んでおります。余らは何を取るべきか、警告を余らに与えられるべきか、この目的のために何時が使えられるかなどを喜んで知りたいと思います」
ウリエル「愚行の日である。我はかく語りき」
ケリー「雲の周囲に稲妻と雷鳴があります。そして、今では全てが消え去りました」


 さらにケリーが言うには、この日の活動の最初で、(この日の)最初の声が表現され時、彼の腹は火で満たされているように思えて、彼は自らの内臓が燃やされたのではないかと真剣に考えた。そして彼は火の中に何かが見えるのではと足へ視線を降ろしたら、後にはロンドンの聖ブリギッド教会近くでの大人の男女の姿が彼の心に偶然に見えた。また、終わりには彼は自らの腹が以前よりも遥かに広げられたように考えたとの事。
 余は、自らが跪き、エドワード ケリーも跪いて、全能の我らが神、最も慈悲深い御父への特定の祈りをすれば、様々な時に答えられるだろう、アーメンと述べた。
 この後、余らはエイドリアン ギルバートに、これらのいと高き方の憐れみについて理解させ、彼は大いに喜んで、主を称えた。また、エドワード ケリーも彼の疑いについて完全に満足した。そしてエイドリアン ギルバートと彼は、昨日喧嘩をしていたのだが、その大いなる不和への仲直りをした、などがあった。


 主よ、栄光を我らにではではなく、我らにでは無く、あなたの御名にのみ帰したまえ。我らは全ての誉れと名誉を永遠に与える*4。アーメン。


ディーの日記 1583年4月26日
↑ ディーの日記


*1 ディー注。ここで余は聞いた言葉を忘れた。
*2 ディー注。余らの1人は、主によって常にある目的があると確証された。
*3 ディー注。この前に「主が述べた事は」の文が欠けているように思える。
*4 詩篇 第115篇1節から取られている。