ディーの日記 1583年4月11日

ページ名:ディーの日記 1583年4月11日

1583年4月11日 木曜日


 午後4時に宮廷から家に帰り、しばらく研究をしてから、先に述べたエドワード ケリー*1から余にもたらし、彼が解読を望んでいた巻物の暗号を解読しようと思いついた。最初は見当がつかなかったが、多くの分析をし、(やがては)これはラテン語ではないかと推測し、余はこれが真のアルファベットであるのを見つけた。神は余に忍耐を与えた。



 そして、最初にあった長い文は、以下の様に解読した。


「これは、メナボン、我がゴルダニル、デンマーク人の戦士にして追放された君主、さらに多くの他の(ブリテン島の南半分の)高名な者らと、彼らに対して戦った現地の戦士らの持ち物と隠された宝の場所の図である。親友らの同意のもとに、余はやがては帰還するであろう我が廷臣らの便宜と助けのために、これらを隠して埋める事にした。この巻物を理解する事で、彼らは容易に隠された宝を日の下へともたらす事が出来るだろう*2。」


 そして、10の宝の場所について記されたものを解読すると、以下の様に順に読めた。


(1行目左)1. Gilds cros hic o ... mer id io onali ot on
(1行目右)2. blankis*3 Suters croces
(2行目左)3. Marsars got cros
(2行目中)4. Huteos cros
(2行目右)5. Fleds grenul
(3行目左)6. Mons Mene
(3行目中)7. Mountegles arnid
(3行目右)8. Lan sapant
(4行目左)9. Corts nelds
(4行目右)10. Mnrr Merse*4


ディーの日記 1583年4月15日
↑ ディーの日記


*1 ディー注。これらは、霊的な生き物(天使)の導きにより、彼らがHuets Crossで見つけた魔術と錬金術の書などである。おそらく、このCrosはHuteos Crosと呼ばれる、以下の巻物の4番目の場所であろう。
*2 ディー注。最後にデンマーク人がここにいたのは、1040年頃である。 訳注。ノルマン征服として知られる1066年のノルマンディー公ギヨーム2世(英国王ウィリアム1世)の征服により、デンマーク系の王朝はイングランドから勢力を失った。
*3 ディー注。この文字が「k」かに余は疑いがまだある。
*4 ディー注。現在のfortè Marrである。