古今の秘密の教え アメリカインディアンの象徴主義

ページ名:古今の秘密の教え アメリカインディアンの象徴主義

アメリカ インディアンの象徴主義


 北米インディアン*1は、生来の象徴主義者、神秘家、哲学者である。ほとんどの原住民らと同様に、彼らの魂はその発現である宇宙的動者らと調和している。その神話ではマニトウ(神霊)らが雲の上の御座より創造をなしたのみならず、人の世界へと降りてきて、その赤き肌の子らと混ざり合った。彼らにとって地平線に見える灰色の雲は、神々のカルメット*2から放たれる煙であり、この神々は彗星を火種として用いて珪化木から火を起こすことができた。アメリカ インディアンは、森や川、空で無数の超自然的で不可視の存在らと共に暮らしてきた。また、全員が湖の底で暮らしているインディアン部族についてや、昼間には見られず夜に隠れ場所の洞窟から出てきて旅人を襲う種族に関する伝説もある。蝙蝠のインディアンについての話もあり、人間の体に蝙蝠のような羽根を持ち、深い森の中や到達不能の崖の上で暮らして、木の大枝や岩の上に露出した部分から、逆さまに吊るされて寝ているという。エレメンタルの生き物への、この「レッドマン」らの哲学は、明らかに自然との密接な接触の結果であり、それらの説明不能の驚異は、このような形而上学的な憶測を起こすこととなった。


 太古の北欧人と同様に、北米インディアンらは、大地(大いなる母)は中間の界であり、その上には天の圏(大霊の住処)が、その下には闇で恐ろしい冥府(影と潜在的な諸力の住処)が密接していると考えていた。またカルデア人と同様に、大地と天の間も、雲により構成されている部分や、諸惑星の軌道のものなど、様々な階層に分割していた。冥府も同様に分割され、ギリシア人の体系のように、低位の諸密儀の秘儀参入者の家を表していた。2つ以上のエレメンツの機能のある生き物らは、これらの様々な諸界の霊らの間の使者と考えられていた。死者の霊の住処は、上の天や、地の底、この世界の遠い隅、海の中など遠い場所にあると見做されていた。時には、死者の世界と生者の世界の間には川が流れていて、これらに関してエジプト人、ギリシア人、キリスト教徒の神学と共通している。インディアンには4の数は特に聖なる数であり、おそらくは大霊が自らの世界を正方形の炎の中に造ったからであろう。これはピュタゴラス学派が4つ組テトラドを、創造主の象徴として崇拝していた事を思い出させる。肉体を保持しつつも、死者の領域にも関与していた奇妙な冒険者らの伝説の言い伝えは、北米のレッドマンらの間に密儀のカルトが存在していた明白な証拠である。密儀が確立された場所では、死の哲学的な同等物も認識されており、この儀礼を通過した者らは、まだ肉体の中にありつつも、死後の状態全てを経験していたのである。儀礼を通過する事で、秘儀参入者は実際に肉体の内外へと(アストラル体が)自由に出入りできる能力を得ていた。これはインディアンの影の国、幽霊らの世界への冒険の寓話の哲学的な基盤である。


 ハートレイ バー アレクサンダーはこう書いている。「大西洋沿岸から太平洋沿岸にかけて、インディアンの祭壇の聖なるカルメットとその煙は、天への適切な供犠であった。」(「万国の神話」を参照)同書の注記では、このパイプの儀式について以下の様に説明している。


「儀礼の師は再び立ち上がると、平和のパイプを自らの火で点火し、3つの煙の輪を描き、1つを天頂へ、1つを大地へ、1つを太陽へと向けて放った。この第1の行動により、師は去年の間に部族の命を保持し、この会合に現れるのを認めた大霊への感謝をした。第2の行動により、その母である大地への、部族を保持させる様々な生産への感謝をした。第3の行動により、永遠の光が万物へと輝く太陽へ感謝をした。」


 インディアンにとって、カルメットのための赤い石を取る石切り場を保持するのは不可欠であった。ここでは、遥か昔に大霊が来て、自らの手で大いなるパイプを造ると、それにより創造の四隅へ向かって煙を吐き、それにより最も聖なる儀礼を教えたのである。多くのインディアン部族らは――その一部は、数千マイルを旅して――この唯一の石切り場、大霊が永遠の平和が統治すべきと宣言した場所の聖なる石を保持していた。


 インディアンは太陽を崇拝はしていなかった。むしろ、この輝く天体を、永遠に命をこの赤い子らに注いでいる、大いなる良き霊の相応しい象徴と見做していた。インディアンの象徴主義では、蛇――特に大蛇――は北米大陸の諸密儀の実在の別の証拠を指し示している。空を飛ぶ蛇はアトランティスの秘儀参入の徴であり、7つの頭のある蛇はアトランティスの7つの大いなる島(キボラの諸都市?)を表し、また秘教哲学の7つの大いなる太古の学院も表していた。さらに、オハイオ州のアダムズ郡にある大いなる蛇塚、存在の卵を吐き出す者としてこの巨大な爬虫類が表わされているものを見て、アメリカ大陸での秘密教義の実在に疑いを持つ者がいようか? 多くのアメリカインディアン部族らは生まれ変わりを信じ、一部は輪廻転生主義者だった。彼らは自らの子らを前世で生きていたと考える名前で呼ぶ事すらした。さらに、両親が不注意に赤子に間違った名前を付けたら、この間違いが正されるまで赤子が泣き続ける例すらある! 生まれ変わりの信仰は、エスキモーの間にも優勢である。老いたエスキモーが、新たに結婚した愛する者らのもとへ生まれ変わるために自殺するのは珍しくはない。


 アメリカインディアンは幽霊と、死者の実際の魂との違いも認識しており、この知識は密儀の秘儀参入者らに制限されていた。プラトン学派と同様に、彼らも地上の界に発現する前の全ての形のパターンが実在するアーキタイプの圏の諸原理を理解していた。動物の種を監督する集合霊、あるいは長老の霊の理論も同様であった。レッドマンらの守護霊に関する信仰は、パラケルススの心を共感させたであろう。部族全体の守護者である重要な存在を得たら、これらの守護者らはトーテムと呼ばれた。一部の部族では印象深い祭儀がなされ、若者らが森の中へと送られ、そこで守護霊が彼らの前に現れるまで断食と祈りをなしていた。現れた生き物は、彼らの特有の精霊となり、部族が危機の時にそれらに懇願していた。


 北米インディアン民話での卓越した英雄は、ハイアワサである。この名前はルイス スペンスによると、「貝殻玉のベルトを探す者」という意味である。ハイアワサは、数世紀後のウッドロー ウィルソン大統領の大切な夢であった国際連盟と似た考えを持っていた。学術的調査をする中で、ロングフェローはイロコイの歴史上のハイアワサと、アルゴンキン族とオジブワ族の神話的英雄マナボゾとを混同していた。イロコイのハイアワサは、多くの困難と失望の後に、イロコイ地方の5つの大部族らを「5国連邦」へと統一するのに成功した。連邦の元の目的――調停委員会により、戦争を根絶する――のは完全に成功はしなかったが、この「銀の鎖」の力は、イロコイ連邦を他のどの北米インディアン連合も得られなかった堅固さを与えた。だがハイアワサは、時代や種族に関係なく、あらゆる偉大な理想主義者らが向き合った抵抗にも遭った。部族のシャーマンらは、彼に対して魔術を行い、ある言い伝えによれば、彼らは邪悪な鳥を創造し、それは天から舞い降りて、彼の唯一の娘を目の前でバラバラにしたという。ハイアワサは自らの任務を終えると、自己推進するカヌーに乗って、日没の道を通って航海へと去っていった。人々は彼らの恩人の真の偉大さに気づき、彼を半神の地位まで高めた。ロングフェローは「ハイアワサの詩」の中で、この偉大なインディアンの政治家に対して、詩人は魔術と魅惑を投げかけている。だが象徴と寓話の迷宮の中から、秘儀参入者ハイアワサの姿が常に微かに見えている――レッドマンとその哲学の化身として。


ナヴァホ族の砂絵

ハスティーン クラーの元の絵より


 ナヴァホ族の砂絵は、柔らかい砂の上に様々な色の顔料土を振りまいて造られたものである。ここで再現したものは、その外側では虹の女神により取り囲まれ、ナヴァホ族の神話的世界観の1つのエピソードを描いたものである。これをデザインしたナヴァホ族の砂絵の神官ハスティーン クラーによると、ナヴァホ族は偶像を信じておらず、そのため彼らの神々の像を造ったりはせずに、それらの精神的な概念のみを描いているという。神々が動く雲に絵を描くように、神官らは砂の上に絵を描き、描く目的が満たされたならば、この絵は手でかき混ぜる事で消される。この情報提供者によると、ズニ族、ホピ族、ナヴァホ族の国々は共通の創造神話を持っており、彼ら全ては大地へと来て、それから3つの国々に分かれたという。


 ナヴァホ族が歴史に最初に現れたのは3000年前に、現在のコロラド州のラプラタ山周辺からである。ナヴァホ族は4つの山、ラプラタ山、テイラー山、ナヴァホ山、サンフランシスコ山を聖なる山としていた。これらの3つの国々は、この4つの山々の範囲の中にあった。東の山々は白色で、南の山々は青く、西の山々は黄色で、北の山々は黒く描かれている。これらの山々の上昇と下降は、昼間と夜の変化をもたらすと信じられていた。白い山々が上昇すると地上は昼となり、黄色い山々が上昇すると夕方となり、黒い山々は夜をもたらし、青い山々は夜明けをもたらす。ナヴァホ族は7柱の主な神々を持っていたが、インディアンがこれらの神々と7惑星とを関連づけていたかどうかについて、ハスティーン クラーは述べる事が出来なかった。この7大神の1柱のバコキッディーは、白い光を持つ体で、赤っぽい髪に灰色の目を持っていた。その父は太陽光線であり、その母は日の光であった。この神は天を上昇し、ある意味ではその生涯はキリストのものと似ている。魚の神カホトソデは、自らの子が誘拐された事への復讐として、大洪水を引き起こした。破滅から逃れるため、ズニ族、ホピ族、ナヴァホ族は地上へとやってきた。


 ここで再現した砂絵は、病を癒すための医療儀式の部分である。この医療の儀式では、患者は聖なるホーガン(土の住居)の中に描かれたこの絵の上に置かれて、他の者ら全ては入る事が許されなかった。この絵の中央にある聖なる卍は、ほとんど普遍的な宗教の記章で、世界の4隅を表しているのであろう。右と左にいる2柱の背を曲げた神々は、それらの背中から大いなる雲が現れていることで、その出現を保証する。ナヴァホ族の宗教画では、男の神々は常に丸い頭で描かれ、女神らは四角の頭で描かれていた。


ポポル ヴフ


 密儀哲学の大いなる学院の秘儀参入儀礼の説明において、ポポル ヴフほどに完全なものは他のどの聖典にも無い。この書のみで、並ぶ者無き赤い種族の哲学的優越性を示すのには充分である。


 ジェームズ モルガン プライスはこう書いている。「この赤い肌の『太陽の子ら』は、唯一の神を崇拝してはいなかった。彼らにとって、唯一の神は絶対的な非人格的なものであり、この唯一の神から流出する全ての諸力は人格的なものだからである。これは西洋での主要な考えである人格神と非人格的な自然の諸力とは対照的である。これらの信念のどちらがより哲学的であるかは読者自身で決めて欲しい。彼ら太陽の子らは、太陽の使者である羽毛のある蛇を崇めていた。この神はメキシコではケツァルコアトルと、キチェ地方ではグクマッツと、ペルーではアマルと呼ばれていた。この最後の言葉から我々のアメリカという言葉は来ているのである*3。このアマルカを直訳すると、「羽毛のある蛇の国」である。この平和の神の神官らは、この山脈の彼らの中心地から、南北両アメリカ大陸を支配していた。古代宗教に今も忠実なレッドマンら全ては、なおも彼らの支配下にある。彼らの中心地の1つはグァテマラにあり、その教団はポポル ヴフと呼ばれる書を書いている。キチェ語でのグクマッツはナワトル語のケツァルコアトルと正確に同等のものである。ケツァルは楽園の鳥を、コアトルは蛇を意味し、楽園の鳥の羽毛に包まれた蛇となる!」


 ポポル ヴフは、(ドミニコ会の)ヒメーネス司祭により17世紀末に発見され、1861年にブラッスール ド ブールブールによってフランス語に翻訳され出版された。唯一の英訳本は「ワード」誌の初期に掲載されていたケネス シルバン ガスリー訳のもので、本記事はこれを基にしている。またポポル ヴフの一部はジェームズ モルガン プライスによって翻訳され、非常に価値のある注釈も加えられているが、残念ながら完訳では無い。ポポル ヴフの第2の書は、キチェ国の秘儀参入諸儀礼についての内容に多くを割いている。これらの儀礼は、メイソンリーの象徴主義と神秘哲学の学徒には最重要のものである。彼らはアメリカ大陸の古にして神的な密儀の学院を建てたのは疑いが無いからである。


 ルイス スペンスは、ポポル ヴフの説明の中で、この文書自身の題名について幾つかの翻訳を与えている。「マトの書」や「集会の記録」などの中で、最も正確な題名は「書かれた葉の集まり」と彼は考えている。ポポルは「準備された樹皮」を意味し、ヴフはuoch「書く」の動詞から来た「書」を意味する。ガスリー博士はポポル ヴフという言葉を「議会の書」あるいは「聖なる集会の書」と解釈している。ブラッスール ド ブールブールは「聖なる書」と呼び、ヒメーネス司祭はこの書を「国の書」と呼んでいた。ポポル ヴフの第15の書でルシファーが現れている事についての記事で、ジョームズ モルガン プライスは神秘主義の観点からアプローチし、この書を「紺碧のヴェールの書」と呼んだ。ポポル ヴフそのものは古代の記録であり、これを編纂したキリスト教化したインディアンらは、「影の国での人間存在の物語、そしてどのように人は光と命を見たか」として引用していた。


 乏しい原住民の記録からも、中央、南アメリカの後期の諸文明は、彼らの神官団の黒魔術によって絶望的に支配されていた多くの証拠が含まれている。磁気化された凸状鏡によって、インディオの妖術師らはエレメンタルの知性体らを捕らえたり、これらの忌わしい道具の深淵を凝視する事で、やがては杖に使える王錫を造ったりもした。クロテンの毛皮のローブを着て、真理を求める新入りニオファイトらは、彼らの邪悪な指導によって、混乱した降霊術の道へと導かれていった。左道により、彼らは冥府の世界の陰気な深みへと沈み込み、そこで石に喋らせる力を与えたり、人々の心を彼らの呪文と呪具によって微細に支配する方法を学んだ。邪道に落ちた者らの典型で、人間が彼らの手により生贄とされ、犠牲者の血の流れる心臓が取り除かれて、不気味な石像の顔の前へと掲げられるまで、彼らのより大いなる密儀には到達できなかった。これらの石像は神官団により造られ、彼らは人が造ったデーモンの真の性質について、あえて認めるよりも多くの事に気づいていた。この中央アメリカのインディオらによって行われていた、血なまぐさく、筆舌に尽くしがたい儀礼は、おそらくは古代の太陽密儀の後のアトランティス人の曲解の残存物であろう。秘密の言い伝えによると、後期アトランティスの時代に、黒魔術と妖術が秘教の諸学院を支配し、結果として血の生贄の儀式やグロテスクな偶像崇拝が行われ、それらは最終的にアトランティス帝国を転覆させ、アーリア人宗教世界にすら浸透しているのである。


インディアンの土器の断片

アリス パルマー ヘンダーソン嬢の御好意による


 この興味深い断片は、アリゾナ州のカーサグランデの遺跡からそう遠くない場所の、インディアンの土器の破片の山の4フィート地下から発見された。これは重要なもので、なぜならメイソンリーのコンパスと直角定規に類似しているからである。インディアンの土器や毛布には、しばしば特別にメイソン的で哲学的に興味深いデザインの飾りが描かれていた。


シバルバーの密儀


 冥界シバルバーの君主らは、(ポポル ヴフで述べられているには)グァテマラ山脈の彼らの砦での秘儀参入の場へとすぐに来るようにと、フン フンアフプーとヴクブ フン フンアフプーに4匹のフクロウの使者を送った。だが彼らはシバルバーの君主らの与えた試練に失敗し、この2人の兄弟らは――古の言い伝えによると――そのために死ぬ事となった。この2人とも共に埋められたが、フン フンアフプーの頭蓋骨の頭のみは、この恐ろしいシバルバーの密儀への導く道の途中に育っていた聖なるカラバッシュの樹の枝の間に置かれた。即座に、このカラバッシュの樹は自らを果実で覆い、フン フンアフプーの頭は見えなくなった。この頭は樹の他の果実らと再統合したからである。そして、君主クチュマキックの処女の娘イシュキックは、父から素晴らしいカラバッシュの樹について聞き、その果実の幾つかを得たいと望んだ。彼女は1人で樹がある陰気な場所へと旅をし、イシュキックが樹の果実を取ろうと手を伸ばした時、その手にフン フンアフプーの唾が幾つか入った。この頭はイシュキックに「この唾と泡は、私がお前に与えた我が子孫だ。今や我が頭は語る事が出来なくなるだろう。なぜなら、これは死体の頭にすぎず、もはや肉も無いからだ」と述べた。


 フン フンアフプーの忠告に従い、この若い娘は家に帰った。父クチュマキックは後に、娘が懐妊して母となろうとしているのに気づき、その父親は誰かと尋ねた。イシュキックはカラバッシュの樹にあったフン フンアフプーの頭を見ている時に子を授かり、彼女はまだ男を知らないと答えた。クチュマキックはその話を信じずに、シバルバーの君主らの示唆によって、ヒカラ(ヒカロの樹の実による器)に入れた彼女の心臓を求めた。イシュキックは処刑者のミミズクらに連れられている中、殺しは良くないと説得した。そして彼らが同意すると、彼女の心臓の代わりにグラナの赤樹という樹から血のような樹液を採ってヒカラに入れさせた。すると血が固まって心臓の形になった。シバルバーの君主らが、この偽の心臓を祭壇の燃える炭に入れて燃やすと、放たれる香りを心臓のものだと思った。彼らは皆、香りのある木の実を燃やした事を知らなかったからである。


 イシュキックは2柱の双子の息子らを産み、フンアフプーとイシュバランケーと名付けた。彼らはフン フンアフプーとヴクブ フン フンアフプーの死への復讐を誓った。時は過ぎ、この2柱の少年が大人となり、優れた働きをするようになった。特に彼らはテニスと呼ばれるが、実際にはホッケーに近いスポーツに卓越していた。この若者らの名声を聞いて、シバルバーの君主らは「では、我らの頭の上でゲームを始め、大地を揺らすのを躊躇わない者らは誰か? 我らの面前で自らを高めるのを望んだ、フン フンアフプーとヴクブ フン フンアフプーは死んだのでは無かったのか?」と尋ねた。そのため、シバルバーの君主らは、フンアフプーとイシュバランケーの2柱の若者らを滅ぼすべく、7日間の密儀の試練のあるシバルバーへと招待した。出発する前に2柱の兄弟らは祖母に別れの挨拶をし、トウモロコシを家の中に植えて、このトウモロコシが生きている間は、自分たちも生きていると彼女は知るだろうと述べた。「我が祖母よ、母よ、泣かないでください。ここにある我が言葉の徴を見てください」と言うと、フンアフプーとイシュバランケーはシバルバーへと出発した。それぞれはサバルカン(吹管)を持ち、危険な曲道を何日もかかって旅をしていき、曲がりくねった峡谷を降りて、険しい崖を巡り、奇妙な鳥や泡立つ泉を通り抜け、最終的にシバルバーの聖域へと到達した。


 シバルバーの密儀の実際の試練は7つあった。だがその前に2柱の冒険者らは泥の川と血の放流を通り抜ける必要があったが、サバルカンを橋として用いる事でこの難行を達成した。そして道を通っていると、2柱は黒い道、白い道、赤い道、緑の道の4つの道の交差点に到着した。今やフンアフプーとイシュバランケーは、彼らの最初の試練はシバルバーの君主らと、それらと似せた服を着せた木の彫像とを区別する事だと知った。また彼らは情報を与えられる事無く、君主らの正しい名前も呼ばなくてはならなかった。この情報を得るために、フンアフプーは足から毛を1本引き抜くと、それはイサンという名の奇妙な虫となった。イサンは黒い道を這いずっていき、やがてシバルバーの君主らの会議室へと入った。そして扉の近くにいた者の足を刺すと、それは彫像であるのに気づいた。同様に、第2の者も木像であるのが示され、第3の者を刺したら、それは即座に反応をした。ここに集っていた12柱の君主らを順に刺していくことで、この虫はそれぞれの名前も知った。なぜなら、この謎の刺し傷について、君主らはお互いに名前で呼び合って話し合ったからである。この巧みな方法によって必要な情報を得たら、この虫はフンアフプーとイシュバランケーのもとへと帰っていった。2柱はこの情報によって恐れる事無くシバルバーの境界へと近づいていき、12柱の君主らの前に立った。


 この王を崇めよ、と指さした相手に向かって、フンアフプーとイシュバランケーは笑った。なぜなら彼らは指さされた相手は命無き人形であるのを知っていたからである。次に若い冒険者らは12柱の君主らの名前を尋ねられた。若者らは「フン カメーを称えます。ヴクブ カメーを称えます。シキリパットを称えます。クチュマキックを称えます。アハルプーを称えます。アハルガナーを称えます。チャミアバックを称えます。チャミアホロムを称えます。クイクキックを称えます。パタンを称えます。クイクレーを称えます。クイクリキクァクを称えます」と述べた。それからシバルバーの君主らに、大きな石のベンチに座るように言われると、フンアフプーとイシュバランケーは断り、この石は熱せられていて、もし座ったならば燃えて死ぬのを良く知っていると述べた。そのためシバルバーの君主らは、フンアフプーとイシュバランケーに、影の館にて夜を過ごすように命じた。これにより、シバルバーの密儀の第1の段階は完成した。


 第2の試練は影の館にて与えられた。ここでは、それぞれの志願者らに松の松明と煙草が与えられ、夜全体で灯し続けつつ、翌朝にはこれらが消費されていないようにせよと命ぜられた。この試練の失敗は死を意味するのを知っていた若者らは、松の砕片(松明に非常に似ていた)のある場所でアラス鳥の羽根を燃やした。また、ホタルを煙草の尖端へと付けた。観察していた者らがこの光を見て、フンアフプーとイシュバランケーは罠にかかったと確信したが、朝が来てから守衛らに松明と煙草が返されると、それらは消耗されておらず、いまだ燃えていた。恐れ驚きつつシバルバーの君主らはこれらを凝視するのみだった。これまで誰も無事には返していなかったからである。


 第3の試練はおそらくは槍の館と呼ばれる洞窟で行われた。ここでは槍を持つ最強にして最も技量のある戦士らの攻撃から、何度となく自らの身を守る必要があった。フンアフプーとイシュバランケーは槍の戦士らを宥めて、彼らを攻撃しないようにした。次に彼らは第2にして最も難しい試練を与えられた。最も稀な花を入れた4つの花瓶を造るが、それらを集めるためにこの神殿から出てはならないというものだった。守衛らを通り抜ける事が出来ないので、2柱の若者らは蟻らの助けを借りた。これらの小さな生き物らは、神殿の庭園へと這っていき、花を持ち帰った。そのため朝には、これらの花瓶は全て満たされた。フンアフプーとイシュバランケーが、これらの花を12柱の君主らに渡すと、それらの花が彼らの個人的な庭園から取られたのに気づいた。驚きと共にシバルバーの君主らは、どのようにこの大胆な新入りニオファイトらを滅ぼすかを話し合い、すぐに次の試練の準備をした。


 第4の試練では、2柱の兄弟らは寒冷の館へと入るように命ぜられ、ここで彼らは1夜を過ごす事になった。シバルバーの君主らは、この氷の洞窟の冷たさは耐えられないだろうと考え、ここを「冷たい北風の住居」と呼んでいた。だがフンアフプーとイシュバランケーは松ぼっくりの火を起こすことで、この冷たい風の致死的な影響から身を守った。これらの暖かさは、寒冷の霊らを洞窟から追いやり、若者らは死ぬ事無く朝を迎えた。守衛らによって会議場へと連れてこられたフンアフプーとイシュバランケーを見ると、シバルバーの君主らはさらに驚かされた。


 第5の試練もまた夜のものであり、フンアフプーとイシュバランケーは恐ろしいジャガーらがいる大部屋へと入れられ、ここで1夜を過ごすように命ぜられた。若者らはジャガーらに骨を投げると、獣らは強い顎で粉々に砕いた。ジャガーの館を観察していたシバルバーの君主らは、獣らが骨を噛んでいるのを見て、お互いに「ついに、彼らはシバルバーの力を知るのを学び、自らを獣らに与えたのだろう」と言った。だが、朝になって、フンアフプーとイシュバランケーが傷一つ無くジャガーの館から出てくるのを見ると、「お前らは何という種族なのか!?」と叫んだ。彼らは、人間がジャガーの怒りから逃れられるとは考えられなかったからである。そしてシバルバーの君主らは、2柱の兄弟の次の試練を準備した。


 第6の試練は、日の入りから翌日の日の出まで、焔の館で留まるものだった。フンアフプーとイシュバランケーはかまどのような大きな館へと入れられた。壁の全てでは炎が吹き上がり、息苦しい熱風がした。この部屋に入った者は数分のみしか生きられないだろうと思えるほどに激しい熱があった。だが、日の出とともに、かまどの扉が開いたら、フンアフプーとイシュバランケーは炎に焼かれずに出てきた。シバルバーの君主らは、この2柱の勇敢な若者らが、彼らの破滅のために準備された試練を全て通過していくのを見て、シバルバーの秘密全てがこのフンアフプーとイシュバランケーの手に落ちるのではないかと恐怖した。そのため、彼らは最後の、誰も通過した事の無い試練の準備をし、若者らはこの恐ろしい試練には耐えられないだろうと確信した。


 第7の試練は蝙蝠の館で行われ、ここでは闇の地下迷宮があり、そこには奇妙で不快で危険な化け物らが多く放たれていた。巨大な蝙蝠らが通路を陰気に飛び交い、畳んだ翼とともに壁と天井からぶら下がっていた。ここにはまた、蝙蝠の神カマソッソも住んでいた。人間の体と蝙蝠の翼と頭のある恐ろしい化け物である。カマソッソは大剣を身にまとい、闇の中を歩み、この恐るべき迷宮で見かけた侵入者をその剣の一閃で切り裂いていた。イシュバランケーはこの試練を通過する事が出来たが、フンアフプーはこのカマソッソに見つかり、頭を切り落とされた。


 後にフンアフプーは魔術によって生き返り、この兄弟はこうしてシバルバーの住人による命を取ろうとする全ての試みをくじいた。フン フンアフプーとヴクブ フン フンアフプーの殺害への復讐を果たすのに良い機会を作るため、焚火のそばに連れてこられると兄弟は自ら火に飛び込んで死んだ。それから彼らの骨は川に投げられたが、そこで事前の準備によって即座に蘇った。後には、老人の姿に変装して、シバルバーの住人らと踊り、奇妙な手品を行った。片方がもう片方を殺してから一言で蘇らせたり、家を魔術により燃やしてすぐに建てたりもした。この2人の踊り手――実際にはフンアフプーとイシュバランケー――の噂は最終的にシバルバーの君主らの耳にも入り、彼らの前でこの2人の奇跡使いの奇妙な手品を見たいと望んだ。フンアフプーとイシュバランケーは君主らの犬を殺してから蘇らせ、王宮を燃やしてからすぐに再建させ、その他の魔力を示すと、シバルバーの君主らは魔術師らに、では彼らを滅ぼし復活させてみよと命じた。そのためフンアフプーとイシュバランケーはシバルバーの君主らを殺したが、復活はさせず、フン フンアフプーとヴクブ フン フンアフプーの殺害への復讐を果たした。後に彼ら英雄は天へと昇り、天の光となったという。


カバノキの皮へのミデウィウィンの記録

アリス パルマー ヘンダーソン嬢の御好意による


 このカバノキの皮の巻物は、北米インディアンのオジブワ族の大メディスン結社、ミデウィウィンの秘儀参入に関する最も聖なる記録の1つである。これらの巻物について、ギャーリック マレリー大佐はこう記している。「秘密結社に精通している者にとって、このミデウィウィンの図はメイソンリー結社の俗にいうトレスルボードが良き比較対象となるだろう。これらは印刷され、出版され、公に晒されているが、それでいて結社のどの秘密も示していないのである。そして、これらは儀礼の詳細な意味合いだけではなく、その秘教的な内容を記憶するのにも有用である。」このミデウィウィンの最も完全で信頼できるものは、W.J. ホフマンがアメリカ民俗局第7次年次報告で示すものである。彼はこう記している。


「このミデウィウィン――ミデ(シャーマン)の結社――は男女のミデらの不定数で構成されている。この結社は4つの違った位階があるが、第1の位階以上のものは実質的には繰り返しにすぎないと一般的には考えられている。位階の上昇により力を得るのは、神官らの手で「メディスンの袋で叩かれ」認められる事に拠っている。(略)ミデの神官らはカバノキの皮の記録を保持する習慣があった。ここで刻まれた線によって、視覚的に所有者の位階を示していたのである。このような記録あるいは図は、聖なるものとされ、決して一般に見られるようにはしなかった。」


 この絵にある2つの四角形はミデ結社での2つの位階を、中央の直線は各位階を貫く霊的な道、あるいは「直線で狭い道」を表していた。この中央の線に接して走る幾つかの線は、誘惑を表していて、この線の末端にある顔は、マニトゥ、力ある霊らである。アメリカ インディアン研究の大権威、スクールクラフトはこのミデウィウィンについて、こう述べている。「このミデウィウィン結社の目的は、霊的存在の高次の教義と、その人々に働く影響を教える事にあった。これは部族の間で知られる至高の知識を持つと公言する者らによる組織であった。」


 伝説によると、大霊ドゼ マニトゥの僕である大ウサギのナナボゾが、オジブワ族の先祖を見ていて、彼らが霊的な知識を持っていないのに気づくと、ミデウィウィンの密儀をそこにいたカワウソに教えたという。ナナボゾはミデウィガンを建てて、そこでカワウソに秘儀伝授をし、聖なるミギス(小さな貝殻。ミデの聖なる象徴)をカワウソの体へと埋め込んだ。それから、この動物に不死を授け、この大メディスン結社の諸秘密を任せたという。この結社の秘儀参入儀礼は、まず心地よい沐浴を行い、主に悪しきマニトゥらの影響を乗り越える事から構成されていた。また秘儀参入者はヒーリングの術と(ホフマン氏の記事の3つ目の絵から判断するに)人間の体にある生命の諸センター(チャクラ)を動く諸力を方向付ける知識についても教えられた。十字架はミデウィウィンでも重要な象徴であったが、ミデの神官らは自らの宗教を捨ててキリスト教に改宗する事に堅固に抵抗していた事は記す価値がある。


シバルバーの密儀の鍵


 マヤ文明研究者のオーギュスト ル プロンジョンはこう記している。「これらの秘儀参入は、エノクが見た幻について述べた事を生き生きと思い起こさせないだろうか? 水晶の館、燃える炎に冷たい氷――火の弓、矢筒、炎の剣のある場所――泡立つ流れと火の川を通過した場所――巨大な獣や鳥らで満ちた極地――太陽の球に座る大いなる栄光の住居――最後にエノクが知識の樹であると教えられた地の中心にあるタマリンドの樹は、シバルバーの住人が秘儀参入の第1の試練に失敗して生贄にされたフン フンアフプーの頭を置いた道の中心にあるカラバッシュの樹と似ていなくは無いだろうか?(略)これらが聖なる密儀への志願者がシバルバーを通じて通過しなくてはならない恐るべき試練である。これらはエレウシスの密儀、またそれらの元となったエジプトのより偉大な密儀への秘儀参入の中で起きた事の正確な対称物に思えないだろうか? このシバルバーの密儀の志願者らの物語は、受け入れられる前に知る事が求められていた。(略)マハトマ、インドの聖人らが行ったとされる事や、ダニエルの書の中にある事と、これらは驚くほど似ているのを思い起こす必要がある。預言者ダニエルはカルデアやマギの密儀の秘儀参入を受けており、エウブロスによれば、これらは3つの位階に分かれていて、その至高の位階は最も博識ある者らとされていなかったろうか?」(「マヤとキチェ人の聖なる密儀」を参照)


 ポポル ヴフの序文解説の中で、ガスリー博士はキチェ人のこの聖なる書と他の偉大な諸文明の聖なる書らの間の主な類似点を数え上げている。フンアフプーとイシュバランケーが通過しなくてはならなかった諸試練は、エジプト人、カルデア人、ギリシア人の密儀で用いられていた黄道の宮と以下の様に類似しているのを博士は発見している。


「白羊宮では泥の川を通り抜け、金牛宮では血の川を渡った。双児宮では2つの偽りの王らを見つけている。巨蟹宮では闇の館で、獅子宮は槍の館、処女宮は寒冷の館(冥府への通常の旅)、天秤宮はジャガーの館(猫のようなバランス)、天蝎宮は燃える館、人馬宮はカマソッソ神が英雄らの1人の首を斬った蝙蝠の館である。磨羯宮は燃える処刑場(2匹のフェニックス)で、宝瓶宮は灰がばら撒かれた川、双魚宮はそれらの灰が人魚へと戻り、後には完全な人間の形になったのを表している。」


 血の川を白羊宮、泥の川を金牛宮へと割り当てた方がより相応しいように思え、古代において伝説での川の順序がすり替わっていた可能性も無くも無い。それはともかく、ガスリー博士の最も驚くべき結論は、シバルバーと古代のアトランティス大陸を同一視する試みである。博士はシバルバーの12柱の君主らは、アトランティス帝国の統治者らであり、フンアフプーとイシュバランケーの魔術によるこれらの君主らの破滅は、アトランティスの悲劇的な最期の寓意的な説明と見ている。だが秘儀参入者の目には、アトランティスは単純に原初の密儀の象徴物であるのは明らかである。


 神秘的解剖学の諸問題を主に語る中で、プライス氏はポポル ヴフで記されている様々な象徴を、人体内にあるオカルトの諸センター(チャクラ)と関連づけている。それらによると、弾力性のある球を松果体と、フンアフプーとイシュバランケーを脊柱に流れている2つの電流と見ている。残念ながら、プライス氏はポポル ヴフの中で秘儀参入儀礼と直接関連する部分を翻訳していない。氏はシバルバーを、密儀の教えによれば惑星の中に位置するエーテルの球の影と考えている。ポポル ヴフの第4の書では、大神殿の建設に関して扱っている。全てが白い神殿の中には、立方体の形をした秘密の黒い神石が保存されていた。グクマッツ(あるいはケツァルコアトル)はソロモン王と多くの属性を共にしている。ポポル ヴフに記されている神殿の建築については、ソロモン王の神殿の物語を思い出させ、疑い無く似たような意味合いがあった。ブラッスール ド ブールブールがポポル ヴフの比較宗教学の研究に最初に魅せられたのは、神殿とそこにある黒石は、カアバハと呼ばれており、それはイスラームの聖なる黒石があるカアバ神殿と驚くほど似た名前である事からであった。


 このフンアフプーとイシュバランケーの偉業は、人類が実際に造られる前に行われたとされ、そのため本質的には霊的な密儀として考えるべきである。シバルバーは疑いなく、カルデアやピュタゴラス哲学での低位の宇宙を意味する。シバルバーの君主らは、低位の宇宙の12の支配者らであり、2体の木像、マネキンは、星々の密儀を世俗の者には理解できないようにするために挿入された古代の2つの偽りの宮を表すのであろう。フンアフプーとイシュバランケーが吹管サバルカンで作った橋により川を渡る事でシバルバーの地下世界へと降りていく話は、人の霊的な性質が、おそらく吹管あるいは管と関連する特有の超物理的なチャンネルを通じて肉体の中へと降りてきた事の深遠な寓意であろう。またこのサバルカンは脊柱と、その小さな中央の入り口にある力(クンダリニー)の適切な象徴である。この2人の若者らは死神らに「命のゲーム」をプレイすべく招かれ、「賢者」らにより彼らに授けられた超自然的な力の助けによってのみ、これらの陰鬱な君主らに打ち勝てたのである。ここでの諸試練は魂の創造された世界での黄道の宮を巡る旅を表しており、彼らの死の君主らへの最終的な勝利は、低位の性質に対しての霊的、啓明された意識の上昇を意味し、この低位の部分は霊的な浄化の火により完全に燃え尽されているのである。


 キチェ族が再生の密儀の鍵を持っていたのは、彼らの神官や神々の像にある象徴を分析する事から明らかである。メキシコ国立博物館編書の第2巻には、ケツァルコアトルのものと見做される像の頭が再現されている。この彫刻の性質は明らかに東洋のものであり、その頭頂には1000の花弁の付いた霊的啓明の日輪と解放された霊的な火の蛇の両方がある。これがヒンドゥーのチャクラであるのは疑いなく、これは3つのアメリカの部族の宗教画にしばしば現れている。また中央アメリカで発見された石板の1つには、2匹の象の頭とその象使いらの絵が彫られている。この動物は有史以前には西半球には存在しなかったので、これらの彫刻がアジアの遠い大陸との接触があった結果であるのは明らかである。中央アメリカのインディオの密儀の中での聖別されたマントに関する内容は、ヨーロッパでは魔術のケープと呼ばれるものと似ていた。神々の栄光は世俗の者の目には致命的だったので、神々が秘儀参入をした神官らの前に現れる時には、これらのマントを身に着けていた。これは秘密教義が常に包まれているマントの寓話である。そのような秘められた魔術のケープこそ、ポポル ヴフなのであり、その深遠にはキチェ哲学の神が座している。同様に中央アメリカにある巨大なピラミッド、神殿、モノリスらは神々の足と関連しており、この神々の上位の部分は不可視の魔術のマントで包まれていよう。


古今の秘密の教え 密儀とその使者達
↑ 古今の秘密の教え


*1 現在の学術、メディアではアメリカ原住民という呼称がよく使われるが、インディアン自身がこの歴史的呼称に誇りを持っており、それを原住民と呼び変えるのは白人の偽善かつ過去の罪を隠蔽しようとする行いだという批判もある。ここではとりあえず原書のAmerican Indianをそのまま用いる事にする。
*2 インディアンがタバコを吸うためなどに用いる長いパイプ。
*3 実際には、イタリア人探検家、地理学者のアメリゴ ヴェスプッチが、この発見した大陸をインドでは無く新大陸と初めて呼んだのが由来である。