オカルト哲学 3-64

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第六十四章 香や塗油といったものの特有の宗教の行い、儀礼、儀式について


 ゆえに、汝が何の(魔術の)部門の作業をなそうとしても、まず最初に唯一の父なる神に嘆願し、それらへの神の恩恵を受ける価値ある者となるようにせよ。
 自らの内外と(作業する)場所を清浄にせよ。なぜなら、なぜならレビ記に、何にせよ主に捧げる聖なるものに、汚れた身で近づくならば、主の御前から断たれるとあるからだ*1。それゆえ、しばしば自らの身を洗い、神秘の数に従った儀式の日に近づいたら、清潔な衣を着て、全ての不浄さ、腐敗、性交を避けよ。ポルピュリオスが言うように、神々は性の行いを何日も断っていない者の嘆願には耳を貸さないからである。
 汚れていたり月経の女とは交わってはならない。また痔の女にもだ。不浄なものや死体にも触れてはならない。それらについてポルピュリオスが言うには、死体に触れた者は、神託を行えなくなる。おそらくは、墓場の病んだ気に影響をされ、精神が腐敗し、神的な影響を受けるには適さなくなるからであろう。
 汝は体を洗い、油を塗り、自らに香をまぶし、供犠を捧げよ。神は浄化され、良く規律をとる人による、最も甘い香りをする供犠を受け入れるからだ。さらにこれらの香を焚きつつも、へりくだった祈りもせよ。詩篇作者が、主よ、私の祈りを、御前に捧げる香のようにみなしたまえと詠うようにである*2。さらに魂は神自身の子であり像であるので、これらの香や香りも喜び、これらを受け取るならば、それによって、物質の人間の中にも入り、それによりヨブが証言するように*3、最も生ける諸霊が時には送られるが、これらは人の心臓には留まれず、胆汁や肝臓が湧きたっている者らもである。これらについて、ある者らは、嗅覚は全ての感覚の中でも最も生きており霊的であると考えている。
 さらに、香、供犠、塗油は万物を貫き、エレメンツと天の門を開き、これらを通じて人は神の諸秘密、天の事柄、天を超えた事柄を見れる。さらに、天使のように天から降りてくる者らや、深淵の穴の霊ら、深遠な場所、荒野での現れも見て、それらを汝に来るようにさせ、目に見えて表し、汝に従うようにさせる。また、全ての霊らを宥め、磁石が鉄になすように引き寄せ、エレメンツらと加わらせ、霊らが体を取るようにさせる。真に霊的な体は、これらによって大いに強められ、より粗雑な物質にするからである。これらの生き物は気体、香、供犠の匂いで生きるからである。
 さらに、汝が何を作業するにせよ、真剣な愛情と心からの望みとともになせ。それにより天の善意と諸惑星は汝に恩寵を与えよう。これらの恩寵は、適切な場所、時間、仕事、習慣、食事、癖、実践といったもので、より容易に得られ、驚異的に導こう。これらの性質の力は、変化させるだけではなく乗り越えさせるからである。
 また幸運な場所は、さらに多くの恩寵へと導く。主がアブラハムに示した場所へ行くように述べたのは故無しでは無い。そしてアブラハムは立ち、南へ向かって旅をした*4。同様にイサクもゲラルへと赴き、地に種を撒き、百倍も増やして大いに豊かとなった*5
 だが、どの場所がそれぞれの個人に適しているかは、出生チャートで見つけなくてはならず、それを知らない者は、自らの霊が特に安らぎ、感覚はより活性化され、肉体が健康であり、その力が最も活発で、彼の仕事は最良に成功し、最も恩恵があり、その敵らは圧倒されるような場所を探し知るようにせよ。この場所は神とその天使らにより、この者に予め定められており、また天により良く配置され準備されている。それゆえ、この場所を崇敬し、汝の時や仕事に応じて変えるようにするが、常に不幸な場所からは逃れるようにせよ。
 また幸運な名前も、物事をより幸運にし、不幸な名前はより不幸にする。ゆえに、ローマ人は兵士らを昇格させるのには慎重で、不幸な名前を持つ者らは底辺に置いたままにし、また属国の貢物を収めさせたり、彼らの軍や属州兵を招集するためには、彼らは良き名前のケンソルを選ぶようにしていた*6。さらに彼らは不幸な名前の者が幸運な名前へと変えたら、その者の運命も良くなると信じていた。そのため、エピダムヌスの町をローマ軍が征服したら、この名前だと漁民が不幸になろうとデュラキウスと変えた。同じ理由から、悪い空気を意味するマレウェントゥムの町を征服した時に、良き空気を意味するベネウェントゥムと変えた。また彼らはルカス ルクリヌスと呼ぶのが良いとも考えた。良き名前は、全てにおいて最も幸運となるからである。
 また作業における時間と日にちも考慮せよ。我らの救い主イエスが、昼には12時間あると言わなかったか?*7 占星術師らは、時間には我々の生活に特定の運命を与えられると教えているからである。魔術師らも同様に観察しており、さらに言うと、古の全ての賢者らもこれらに同意していた。これらは大いに考慮すべきことで、その時間、その天の配置は、この世界の自然であろうと人工物であろうと万物に影響を及ぼすのである。これらが送られると、その最初の動きには全ての運勢はそれに拠るほど大いなる力があるからである。それらから、先に運勢を知る事も出来よう。同様に、あらゆる幸運な成功から、何事の始まりも、これらの(占星術のチャートの)中に見つけられると人々は堅固に信じており、経験し、証言している。
 占星術師のスッラも、カリギュラ帝が自らの運命について尋ねた時に、最も確実な破滅が近づいていると予兆をした。占星術師メテオンもアテナイのシチリア島のシラクサへの遠征の後に起こる戦火を予兆していた。さらに占星術師メソンは大嵐での遠征軍の破滅を予兆した。アナクサゴラスも、この時の知識から、太陽から大いなる石が落ちてくる*8のは何時かを予兆し、その後にトラキア地方のアエゴス川で起きた。一方で、L. タルヌキウス フィルミアヌスは、ロムヌスの生涯と運勢から逆算して、その誕生日を見つけている。この者はまた、ローマ市の成功や幸運から逆算して建設の時も見つけている。ゆえに、マテルヌスはこの世界の始まりと創造の時すらも、その後の様々な出来事によって見つけられると述べている。
 これらの時は自然なものの中で多く発現する事も、多くの例によって示されている。ポプラ、ニレ、オリーブ、シナノキ、白柳といった木々は、夏至の後に葉を落とすようになる。また、貝、蟹、カキは月が増大する時期には活発となり、月が減少する時には静まる。また波の満ち引きも月の動きと対応している。エウボエア地方では7回も激しい満ち引きがあったではないか? だが、月の7日目、8日目、9日目の3日間は穏やかとなっていた。また、隠者らの間では、ある湖があるのが知られており、そこでは1日に3回塩辛くなり、それからまた甘くなるのである。さらに冬時には、他の全てが枯れて乾燥しているのに、ボレイハッカは繁殖しているのである。また冬には、気泡が破れ、低い柳とザクロの木の葉の向きが変わると言われている。また誰でも知っており、私もフランスとイタリアで見ており、自らも植えて知っているが、堅果樹は常に乾燥しているように見えるが、聖ヨハネの日の前夜*9には葉と花を造り、果実が熟するのである。そしてこの奇跡は、この木が植えられてから常に観察されるのである。
 さらに一部の人工的なものにも時を示す驚異的な力があり、占星術師らが建築物や彫像についての書において常に確証している。これらについて私がプルタルコスの書の中で読んだ話によると、そのような術によってペルシア人はある像を造り、何らかの方法で動揺していたり恐れたりする者を見たならば、この像は叩くので、これを見る時には誰も恐れないようにしていたという。また私がアポロニウスの伝記で読んだ話では、バビロンの魔術師らが、彼らの家の屋根に4匹の黄金の鳥を結び付け、それに彼らが神々の声で呼びかけると、これらは人々の心に王への愛と服従を起こす力があったという。また、キオス島にはディアーナ女神の頭の像が高く置かれており、誰かが来たら悲しい顔つきに見え、去っていくと喜びの顔つきに見えたという。トロアではミルネウァ女神の神像への生贄が純粋なものでなければ、そのまま残されたという。
 キプロス島のパフォスの町にあるウェヌス神殿の主殿には雨が決して降らなかったという。また、(アイネイアースに従った武将の一人の)アンテウスの墓から何かを盗んだ者には、天から雨が降り注ぐようになり、元の場所に返すまでそれが続いたという。またポントスのビブリア王の墓には、ある花輪が置かれており、そこから枝を壊して取って船へと運んだ者には、喧嘩が絶えなくなり、それを投げ捨てるまで続いたという。ボリステネス島にあるアキレウスの館には、鳥は留まろうとはしないという。またローマの雄牛市場にあるヘーラクレースの神殿には、犬も鳥も入ろうとはしなかった。トラキア地方のオリンツスには、虫が入ったら落ちる場所があり、出る事が出来ずにもがいて死ぬという。
 私は古人らが神像についての術や時の観測での話で、これらよりもさらに驚異的な数えきれないほどの例を挙げられるが、それらは時の彼方へと休ませ、伝説にしておこう。私は、今日においてすら残されている、より最近の話をもたらす事にする。さらに、幾つかの人工的な驚異についても加えるとしよう。
 像の術によって、ビザンティン帝国では危害を加えない蛇や、室内では飛ばないコクマルガラスがいたという。またクレタ島では夜フクロウはおらず、ナポリ地方ではバッタは決して聞くことが無かった。ヴェネツィアの床屋の公的な館には、どの鳥も入ろうとはしない。トレドの曲がりくねった路地には、白い年老いた有名な鳥以外はどの鳥も飛ぼうとはしなかったという。
 また私は前の書で既に時と流儀について述べており、それらを観察する事によって、これらの事柄や似たような事は行えるであろう。さらに、汝は特に発言と言葉の性質について観察すべきである。これらにより、魂は低位の物質、石、金属、植物、動物、全ての自然物へと入り、様々な形や情熱をそれらに植え付け、特定の影響によってこれら全ての生き物を強制し、動かすからである。
 ゆえにカトーは、疲れた雄牛もそれらの言葉で元気を取り戻すと証言し、また汝は祈りや言葉によってテルース*10から通常でない木を得るであろう。また木々はこの方法によって、別の場所へと運ばれて育てられよう。カブは植える者らや、その家族、隣人のために利益となるよう植えられたら、より育つであろう。クジャクも褒められたら、その羽根を伸ばすという。
 だが一方では、経験により見つけられているのは、バシル草を植えたら、悪天候や雨がより多くなるという。またザリガニの一種には、その間に名前を呼ばないならば火傷を癒したりする。さらに魔女術で用いられているものでは、これらを称える事で樹々を殺し、植えた穀類やその子らを痛めつけるという。さらに、人の呪いの中には大いなる力があり、悪霊らすらも追い払うと言われる。エウセビウスはエジプト人はセラピス神の名を唱える事で、悪魔を追い払っていたと伝えている。さらに彼は、悪魔が人々を誘惑するために、どのように野獣へと変わるかについても教えている。
 結論として、何よりも重要なのは、汝の目の前に神を置く事である。申命記では、汝が主なる神を求めるならば見出すだろうと述べる*11。また我々がマルコの福音書で読むように、何でも祈り求める事は、すでに叶えられたと信じよ。そうすれば、そのとおりになるであろう、とある *12。またマタイでは、汝らに芥子種一つほどの信仰もあるならば、何も不可能ではなくなるとある*13。さらに義人の熱烈な祈りは多くに勝るが、ヤコブが言うように、預言者エリヤは我らのように(世俗の)情熱を持っており、雨が地に降らないように世俗的に祈ったら、3年と6ヶ月の間雨が降らなくなった。そして再び祈ったら、天は雨を授け、地は果実をもたらしたのである*14。だが汝の祈りには気を付け、虚しき事や神の意志に反する事のための望みは持たないようにせよ。神は全ての良きものを持つゆえ、汝はその神名を虚しき事のために用いたりしないようにせよ。神は虚しき事のために神名を使う者らを罰さずにはおかないからである。節制し、施しをなせ。天使がトビアに言ったように、断食と施しとともに行う祈りは良いものだからだ*15。また我々がユディト記で読むように、汝が主の御前にて断食と祈りを保つならば、主は汝の祈りを聞くであろうと知れ、とある*16


オカルト哲学 3-65
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 レビ記 第22章3節。
*2 詩篇 第141篇2節。
*3 ヨブ記 第27章3節。
*4 創世記 第12章1-9節。
*5 創世記 第26章12節。
*6 共和制ローマの2人の人口調査をする監察官の役職で、また徴兵時には騎士階級のリストから、悪い名前の者を省く権力も持っていた。
*7 ヨハネによる福音書 第11章9節。
*8 隕石のことか?
*9 夏至の前夜で、歌や踊り、火で祝われる。また死者の霊が帰ってくる日とも信じられていた。
*10 古代ローマの大地の女神。テラ。
*11 申命記 第4章29節。
*12 マルコによる福音書 第11章24節。
*13 マタイによる福音書 第17章20節。
*14 ヤコブの手紙 第5章16-18節。
*15 外典トビト書 第12章8節。
*16 外典ユディト記 第4章13節。