オカルト哲学 3-53

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第53章 神託を受ける者はどう備えるべきか


 ゆえに、魂の至高の状態に至り、神託を受けるのを望む者は、魂は何の穢れもなく浄化され、全ての罪から自由でいるようにすべく、高潔かつ崇敬を抱き、純粋で清浄に追い求めるべきである。また精神と肉体も全ての病、情熱、錆が鉄に付着するような全ての不合理な状態から、可能な限り純粋にし、精神を静寂に属するもので正しく構成するようにする。これにより、より真で効果的な神託を受けられるようになるだろうからである。
 次に何により精神は浄化され神的な純粋さにまで純化されかを知るには、我々は宗教と知恵から学ばねばならない。宗教無き知恵も、知恵無き宗教も適切なものではないからである。ソロモン王が言うように*1、知恵はそれを捕える者には命の樹だからである。またルクレティウスは、知恵は神の意図あるいは神の呼吸であると、以下のように詠っている。


「いと高名なるメンミウスよ! この御方こそ神、
 命の君主、理性ある者、
 我ら全てが知恵と呼ぶものを最初に見つけ、
 その術により困難、闇から命を取り除き自由にし、
 光と平和へと変える者よ。」


 神託を受けた者はまた、神の実例となる道を理解する。これらについて、デモクリトスは神的な熱狂に打たれた者以外は、賢者では無いと考えていた。クレタのメノス王が、イダ山でしばしば神々と交流し、ユーピテルから万物について学んだと言われるようにである。同様に、メロサゴラ エレウシウスはニンフらから学んだとアテナイ人は述べている。また私が読んだ話では、詩人のヘーシオドスはかつてはボエティアの羊飼いであって、ヘリコン山の近くに羊の群れを保持していた。ある日、ムーサイから幾つかのペンを貰い、それを受けたら即座に詩人となり、その速さは人間技では無く、神の啓示によるものであったという。
 それは神は自らを聖なる魂らへと運び、人々を預言者や奇跡の働き手にし、その働きや発言を強力にするからである。プラトンやメルクリウス(ヘルメース)が確言するように、またピュタゴラス学派のクィストスが言うように、そのような人は神の神殿であり、神は彼の客だからである。我々の使徒パウロも同様に、人を神の神殿だと呼び*2、別の箇所でも神が力付けてくれるので何でも出来ると述べる。神は我らの力であり、使徒が言うように*3神無しには我々は何も行えないからである。またアリストテレスも、「気象学」や「倫理学」において、神無しには自然や倫理に何の徳性も無いと述べている。また「秘奥の書」では、たとえ良くて公正な知性といえども、神的な性質の影響無しには自然の秘密において何も行えないと述べている。
 次に我々は自らを重荷の障害、現世的、地上的な事柄、外的な刺激から解放した時にのみ、この神的な性質の影響を受ける。かすんでたり不純な目が強すぎる光を見れないように、その精神が浄化されていない者は神的な事柄を受けられないのからである。そして我々はこの精神の純粋さには、段階的に進まなくてはならない。誰もこの密儀に新しく秘儀参入されただけで、全てを明白に理解できるわけではなく、自らの精神を段階的に慣れさせる必要がある。そして最終的には知性がより啓明され、神的な光を受けられるようになり、それと交わるのである。
 そのため人間の魂が正しく浄化され高められたなら、全ての不純さが緩められ、自由な動きによりそれらから解放され、上昇していき、神的な事柄を受け取る。その方法は幸運にもいずこかから知るようである。自らの理性によって修練も記憶も必要なく行える。魂の頭であり操縦手である精神によって、自らの性質により天使を真似て、時間を使わずに瞬時に望むものを得られるのである。
 ゆえにダビデ王は学習する事無く、羊飼いから預言者となり*4、神的な事柄の最も卓越した者となった。ソロモン王もある夜の夢で、天や地の万物の知識で満たされた*5。またイザヤ、エゼキエル、ダニエルや他の預言者らや使徒らも教えられる事無くなったのである。
 ピュタゴラス学派やプラトン学派の一般的な意見では、魂は浄化の方法によって、他のどんな学習や探究も必要とせずに、認識可能なものを容易で照応的に天から受け取り、知り得る万物の完全な知識を獲得するからである。また、これは外的な贖いによっても獲得し、その実体によって見えない部分の万物も理解するのである。
 清め、節制、慈悲深さ、施しによって精神が浄化され高められたら、特別な聖なる教授へと導かれ、それらを発見するであろう。魂は宗教の学習によって癒され、一般にオカルトと呼ばれるものも、その公正さを回復し、真理により確認され、神の恵みにより堅固となり、震えられ恐れられる事も無くなるであろう。


オカルト哲学 3-54
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 箴言 第3章18節。
*2 コリント人への手紙第一 第3章16-17節。
*3 フィリピ人への手紙 第4章13節。
*4 サムエル記上 第16章13節。
*5 列王記上 第3章5-15節。