オカルト哲学 3-48

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第48章 アポローンによる第3の種類の熱狂について


 次にアポローンすなわち世界精神より来る、第3の種類の熱狂についてである。これには特別な聖なる密儀、誓約、供犠、崇拝、招聘、特別な聖なる行動や秘密の糖剤により行われ、それらにより神の霊は魂に美徳を満たさせ、魂を精神よりも高め、神々やダイモンと合一させるのである。
 私がエポデについて読んだ話では、これは預言にも用いられていた*1。また大集会の書のエリアザルの章でも、ラビ イスラエルが特別なパンを焼き、そこに特別な神名と天使の御名を書いて聖別した後に、信仰、希望、慈悲の心を持って食べると、預言の霊が降りてくると記されていた。また同書の他の部分でも、ヨハハドの息子のラビ ヨヘナがこの様にしてエレアザルという文字も読めない粗野な田舎者を啓明させ、突然の知性の輝きへと導き、賢人らの集会で律法の高次の神秘について演説させ、その場にいた者らを仰天させたのである。
 また、エジプト人のヘルウィスクスという男が、そのような神的な性質を授けられ、神々が降り立った神像の近くにいた事により、ある種の神的な熱狂へと刺激されたと言われている。
 また聖書においても、サウルが預言者らの間にいた時に、主の霊が降りてきて預言をさせたが、預言者の集会から去ったら、預言が止まったとある。同様の事が、サウルがダビデを捕まえようと追っ手を送った時にも起きて、追っ手はサムエルを中心とした預言者の集団と出会い、彼らに主の霊が降りて預言をなしたとある*2。預言者の中で神の光が満ちるとともに、しばしば神的な熱狂へともたらされ、その側にいた者らすらも巻き込まれ、同じ熱狂の霊を持つようになるのである。
 そのため愚者が賢者となったり、賢者が愚者となったりするのも驚く事ではない。純粋な精神を伝え、飾り、啓明し、それにより無知の闇を取り除き、知恵の光をもたらす、ごく少数の者のみが知る特別な術があるからである。一方では、学識あり賢明でありつつも、不明瞭で信仰無き精神の者らを、再び愚者へと戻す特別な隠された秘密の方法もある。
 また人の精神、特にシンプルで純粋な時には、アプレイウスが見たと証言するように、ある神聖で神秘的な休息や宥めによって、眠りへともたらされ、現在の事柄を完全に忘れ、神的な性質へともたらされ、神的な光で啓明され、神的な熱狂に晒され、未来の事について告げたり、ある驚異的な効果の性質を受け取ったりする。これらについてイアンブリコスは述べるには、預言者らが神から啓明されると、何も恐れる事は無くなる。彼らは通過不能な場所を歩き、怪我する事無く火に入ったり川を渡るからである。
 そのため、神々に捧げられていたり、密儀により造られていたりする、アポローンやトロフォーニウスの洞窟といったような特定の洞窟や、三脚の台、ほら穴、泉、湖で、神官らは預言の霊を引き寄せられよう。イアンブリコスが預言について述べている話では、デルポイのシビュラは微細なアルコールか火の2つの方法によって神託を受けていたという。洞窟の入り口で煙をまぶして、彼女は入り口で神に捧げられた青銅の三脚台に座り、そこで神的な啓明を受け、預言を口走るのである。あるいは、洞窟からの火が女預言者の周囲を包み、それに刺激されて神に満たされ、預言をなしていた。
 さらに、ブランキの女預言者という者もいて、車輪に座り両手には杖を持ち神託に入ったり、彼女の足を洗い、時には衣の裾も水に濡らされたり、水から出る火の煙に晒されたりした。これら全てによって彼女は神の光輝に満たされ、多くの神託をなしたという。
 また私が読んだ話では、トラキア地方にはバッコス神に捧げられた洞窟があり、そこでは予言や神託が与えられていたという。これらの神殿では神官らが多くのワインを飲み、奇妙な事を行っていたという。またクレタ島の住人の間でも、アポローン神の神殿では多くの神的な事柄が与えられており、彼らは多くのワインを飲んで奇妙な事をしていたという。
 また(ギリシアの)アカイア地方には父なる神の予言の泉というものもあり、ケレース女神の神殿の前に建てられており、そこでは水の表面に悪しき出来事があるかを尋ね、また特別な香も焚かれると、未来の出来事が表面に浮かぶという。
 また(ギリシアの)ラコニア地方のエピダウロスという町からそう遠くない場所に深い沼があり、住民はそれをユーノーの水と呼んでいて、小麦のケーキを投げ込むと返答が返ってくる。水面が静かなままだったら幸運であり、嘲りとともに返されると不幸を予兆するという。同様の事が(シチリアの)アエトナの洞窟にもあり、金や生贄を置くと、受け取ったり拒否したりする事で幸運や不幸を示したという。
 似たような事がディオンの「ローマの歴史」で記されている。その場所は住人はニンフと呼び、炎の中にフランキンセンスを投げ込むと、知りたいと望む事全て、特に死や結婚に関連する事の神託を得られるという。
 またアリストテレスはシチリアのパリスカンの泉の驚異についても述べている。ここで人々は誓約を結び、それらを板に記して、泉へと投げ入れていた。それらが真実ならば、板は沈んでいき、偽りならばこちらも板は沈むが、突然に火が噴き出してきて、偽誓した者を燃やして灰にするという。
 また(ギリシア北西部の)ドードーナという町にはあるオークの樹があり、入ったらすぐに、枝を動かし音を作って返答を与えるという。またここには杖を持つ神像もあり、それが水盤を叩き、水盤は水紋を変える事で返答をするという。これについては、アウソニウス*3がパウリヌスへ送った手紙の中に以下の様に記されているのを私は読んでいる。


「ドードーナの水盤にて、温和な一撃により
 返答は与えられた。かくも柔順であった。」


オカルト哲学 3-49
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 エポデは古代ヘブライ宗教で神官が着ていた衣。大祭司のものは金、紫、深紅だった。ダビデがこれにより預言を受け取る記述がある(サムエル記上 第30章7-8節)。
*2 サムエル記上 第19章20節。
*3 デキムス マグヌス アウソニウス。310年 - 393年頃。帝政ローマ末期の政治家、著述家。