オカルト哲学 3-46

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第46章 ムーサイによる第1の種類の熱狂について


 熱狂とは神々やダイモンから魂に示されるものである。ゆえに、オウィディウスはこう詠った。


「神々は我らの中にあり、御座より交渉する。
 神々、上からの霊は降り立つ。」


 プラトンはこれを遠ざけられると縛られることと定義した。これらにより抽象化し、それにより肉体の感覚は刺激され、動物的人間から離れて神に近づくようになり、自らの力では知り得ない事柄を受け取るからである。精神が自由になリ、肉体の手綱は緩められ、閉ざされた牢獄から出て、これらの部分から上昇し、何事もそれを防ぐ事は無く、自らの扇動と神の霊により刺激され、万物について理解したり未来の事柄を予知したりするのである。
 次に、神の熱狂には様々な神々から来る4つの種類がある。すなわち、ムーサイから、ディオニューソスから、アポローンから、ウェヌスから来るものである。
 それゆえ、第1の熱狂はムーサイから来るものであり、精神を刺激し、自然物により上位のものを低位のものへと引き寄せる事によって、これを神的なものとする。そしてムーサイは天の諸圏の魂であり、それらについては幾つかの段階があると知られている。それによって、彼女らは上位のものを低位のものへと引き寄せるのである。
 月の圏に似ている低位物は、草、木の果実、根といった植物や、石、金属、それらの混合物や懸濁物といった堅い物質で月の性質を持つものである。それらの中でも、セレナイト石、すなわち月石や、ジャコウネコの石は神託をもたらし、クマツヅラや天使草は未来を予知させると言われる。
 第2のものは水星に似ていて動物の姿をしたものや、液体や肉などの様々な自然なものの混合として構成されているものである。これらの中で、まだ暖かく鼓動するモグラの心臓を食べた者は、未来の事柄を予知すると言われる。またラビ モーセスがレビ記への注釈書で述べるには、イェドゥア ידוע と呼ばれる人間の姿をした動物があり、その臍の中心から糸が出てきて、ヒョウタンのように大地へと絡みついて、糸が遠くまで伸びたら、それは緑色の草の全てを食べ、さらに視覚を欺くので、取ることが出来なくなる。だが弓矢の一撃によって糸を切ったら、この生き物は死ぬという。この生き物の骨を特殊な形で口に含むなら、その者は熱狂に陥り、未来について語るという。
 第3のものは金星の圏のもので、微細な粉、気体、匂い、香水、香で、先の章で私が述べたもので作られているものである。
 第4のものは太陽の圏に属する。これらは声、言葉、歌、調和する音で、その甘美な調和により精神を動かし、平穏にさせる。これらについてヘルメース、ピュタゴラス、プラトンは歌や調和する音によって不機嫌な精神を宥め、平穏にさせるよう助言している。ゆえに、ティモテオスは音楽によって、アレクサンドロス王を熱狂するよう刺激したと言われる。また、アウレリウス アウグストゥス帝が見た話によると、あるカラムの神官は特別な種類の音の調和によって、自由に肉体から離脱して、魂が天へと赴きエクスタシーに入るというが、これについては私は先の書で既に述べている。
 第5のものは火星が応じられるものであり、巨大な想像力や精神の病であり、自負心もそうであり、先に述べた全ての動きもである。
 第6のものは木星に応じるもので、理性、熟考、相談、倫理の浄化に関連している。これらについて私は先の章で部分的に語っており、残りは後にも語るつもりである。また称賛や崇敬とも関連し、それらが高められたら、幻想や理性が時には強く押さえつけられ、これらは突然に自ら動き出すようになり、精神はそれらから自由となり、神にのみ向き合い、いずれかの神やダイモンから超自然的で神的な影響、すなわち先に考慮していた事柄を受け取るのである。これらについて、私が読んだ話では、シビュラらやピューティアーの女神官ら*1がユーピテルやアポローンの洞窟で神託を受けていたという。
 第7のものは土星に似たものであり、より秘密の知性や精神の静かな黙想に属する。私がここで黙想と呼んだものは、精神の自由な洞察により、知恵に属するものを崇める事である。謎や像によって作られた考えは、木星に属する特定の種類の思索であり、ここでの黙想では無いからである。
 第8のものは星座の星々に似たものである。これは天の星々の状況、動き、光線、光を観察する。また、天の規則に従って作られた彫像や指輪などにも関連するが、それらについて私は既に先の章で述べている。
 第9のものは第一動者、すなわち広大な宇宙である第9圏に対応する。これらは数、図形、文字といったような、より抽象的なものと関連する。また、天の知性体のオカルトの影響や、他の神秘を観察する。なぜなら、これらは天の星々のエネルギーを生み出し、招聘された霊らは容易にこれらを引き寄せ、強制的に一つのものとし、それらは容易には元に戻らなくするからである。これらについて、ポルピュリオスの神託の書で私はかく読んでいる。


「今や言葉を休ませ、命に休息を与えよ。
 古き諸圏を解体し休ませよ(我が汝に求める)。
 それらの形を無くし、
 経かたびらを緩めよ――」

 また別の箇所でもこう書いてある。

「汝ら花輪よ、透明な水により足を緩め、
 それらを振りまき、緑の花輪は
 手から取り除かれ、あらゆる線と文字は
 拭い去られよ――」


 これらについて私は充分に扱ってきたので、さらに次の事について扱うつもりである。



オカルト哲学 3-47
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 シビュラは主にアポローンの神託を受ける巫女でデルポイが有名だった。ピューティアーはデルポイの神託所に仕えていた女神官らで、よくシビュラと混同されるが別物である。