オカルト哲学 3-44

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第44章 魂の段階とそれらの破壊や不死について


 精神は神や知性界から来るので、不死であり永遠である。だが理性は天の星々の源からの利益により長く生きているが、物質の奥から来て束の間の性質に拠っているので感覚的であり、破壊や腐敗するものに属する。そのため魂はその精神により不死であり、その理性によりエーテルの乗り物の中で長く生きるが、これは分解する事もあり、それはやがて新しい体の周期*1のもとで回復するまで続く。そのため不死の精神と統一するまでは不死では無い。
 また、魂の感覚あるいは感覚的、動物的魂は、有形の物質の奥から生み出されたものゆえ、肉体が(死んでから)分解する際に共に消え去るか、その影として分解する肉体の傍に気体のようにして短い期間のみ留まり、これらもより深遠な力と統一しない限りは不死とは何ら関りが無い。
 ゆえに、精神と統一した魂は、倒れる事の無く立つ魂と呼ばれる。だが、全ての人間がこの精神を得る訳では無い。ヘルメースが述べたように、神は魂らの成熟の比率に応じた報酬として与えているからである。そしてこれらを無視し、精神無いまま地上の感覚に溺れ、非合理な生き物のように生きた者らは、それらと同じく破壊されるようにされる。コヘレトの言葉*2にあるように、人と獣には同じ破壊があり同じ状態にある。人が死ぬように、獣も死ぬ。これら全ては一息のみがある。ゆえに、人は獣に対して優位には無く、遥かに遠いのだ。
 そのため多くの神学者は、この種の人の魂は、肉体を去った後には不死には無く、全ての人間が蘇る最後の審判の日を待つのみだと考える。アウグスティヌスはこれらはアラビア人の異端説だと唱え、魂は肉体とともに消え去り、最後の審判の日に再び蘇るのだと確言していた。
 そのため、神の恵みにより自らの働きに応じた精神を得た者らは不死となり、ヘルメースが言うように、これらの理解により地や海や天にある万物について理解し、さらに天の上にあるものもであり、彼らは善者(神)自身すらも見るのだ。
 だが、これらの中間の生き方をした者ら、神の知性を得たりはしないが、特定の理性的知性を持つ者らは、死んで肉体から魂が離れると、特別な秘密の置き場へと結び付けられ、そこで彼らは感覚的な諸力に影響され、特有の活動を行う。そして、想像力や怒りっぽさや好色な性質によって、極めて喜びのあるか、ひどく悲しみのある体験をする。聖アウグスティヌスもこれらの意見を持ち、霊と魂に関する書の中で、インド、ペルシア、エジプト、カルデアの賢者らは、魂はその肉体より遥かに長く生きるが、変容しない限りは不死では無いと伝えていると述べている。
 だが我々の神学者らはこれらの事柄については違った哲学化をしている。全ての魂らには同じ源と始まりがあるが、創造主によって様々な段階に区別されており、それらは偶然だけではなく意図的にもであり、それらの根源に拠るものである。それにより一つの魂は別の魂とは違い、それ自身に適切なものである。この意見はエリウゲナ*3が保持していたもので、パリの神学者らが自らの書で多く宣言しているものである。
 正直者は良き魂、すなわち多くの者らよりも良い魂を得ると賢者が言うように、またこの魂の不平等さから、誰もが自らの段階と範囲に応じて得ており、この賜物は自由に神から与えられており、福音書に記されているように*4、ある者には5タラントを、別の者にはタラントを、さらに別の者には1タラントを、それぞれの性質に応じて与えられている。そして使徒が言うように*5、イエスはある者を使徒とし、ある者を預言者とし、ある者を伝道者や博士としてお立てになった。それは、聖徒たちを整えて奉仕のわざをさせ、キリストの体を建てさせるためであったと。
 オリゲネスが言うように、世には特別な不可視の完成があり、地上へと配られたものに関連づけられていて、それらは小さな差ではなく、また人々の中で必要とされるものである。
 そのため、ある者は高い知恵と威厳を持ち、ある者は獣らとは大して変わらず、獣らを養って半分獣となっている。別の者は美徳と富が豊富であり、また別の者は少しか全く無い。そしてしばしば、少し持っている物を取り去られ、多く持っている者に与えられるのである。そしてこれは賜物の分配の神の正義であり、あらゆる受け取り手の徳性に応じており、その報酬も働きに応じているのである。そして賜物から賜物へと、賞罰から賞罰への同じ比率に従って、報酬から報酬があるのである。
 結論として、あらゆる高貴な魂には、4つの働きを持つと我々は知る必要がある。1番目は神的なもので、神的な性質の像である。2番目は知性であり、知性体との結びつきによるものである。3番目は理性であり、その適切な本質の完成によるものである。4番目は動物的あるいは自然的なもので、肉体とそれらの低位のものとの一致によるものである。ゆえに、人の魂よりも素晴らしく、驚異的で、崇拝に値する働きは世界全体に無いのである。魔術師らはこれを倒れずに立つ魂と呼び、外的な助け無しには自らの力では達成できないものである。そのため、全ての魔力の形は、倒れずに立っている人の魂から来るのである。


オカルト哲学 3-45
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 転生しての新たな体の事を指している。
*2 コヘレトの言葉 第3章19節。この書は旧約の諸書の中の一冊である。
*3 ヨハネス スコトゥス エリウゲナ。815年 - 877年。神学者、哲学者。西フランク王シャルル2世の宮廷学校長となり、カロリング朝ルネサンスを進める。スコラ学の先駆者とされる。
*4 マタイによる福音書 第25章15節。
*5 エフェソへの手紙 第4章11節。