オカルト哲学 3-38

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第38章 人は上位の世界、様々な知性体の位階や諸天から何の神的な賜物を受け取るか


 7つの惑星を道具として、善の至高の泉(神)から全ての力は人へと流れてくる。
 土星により流れてくるものは、微細な思考と深遠な理解、堅固な判断力と思弁、安定と不動の決意である。
 木星からは、揺るぎない思慮分別、節制、慈悲、敬虔さ、穏健さ、正義、信仰、恩寵、宗教、公正、仁慈、王権である。
 火星からは、真理、恐れる事は無いもの、絶えざる勇気と不屈、憎しみへの強い望み、活動の力、実践、心の止められない熱情である。
 太陽からは、心の高貴さ、想像の明快さ、知識と意見の性質、成熟、助言、熱意、正義、正しいものと間違ったものを区別する理性と判断の光、無知の闇を光で除く、見つけ出した真理の栄光、全ての美徳の女王である慈悲である。
 金星からは、熱烈な愛、最も甘い希望、欲望の動き、秩序、情欲、美、甘さ、自らを増やし繁殖したい欲望である。
 水星からは、鋭い信仰と信念、明晰な理性、説明したり発言する事への熱意、重い発言、鋭い機智、理性の配置、感覚の素早い動きである。
 月からは、平和を作る一貫性、肥沃さ、生成と大いに育つ力、増大や減少する力、適度な気質、全てに向けられる表のものとオカルトのものの精通への信頼、また命の法により、自らや他者への生長を与える、地を耕す動きについてもである。
 だが、これらの影響は主に、神の御前に立ち、これらの美徳の座である魂へと分配する7つの知性体から来る。惑星は肉体にのみ分配し、善の気質と比例に応じた様相を与え、過去も今も知性体の道具である。だが神は万物への影響と増大の両方を与える主要な原因である。
 また、魂の美徳と様々な気質を備えた者(ダイモン)は、様々な方法の理由により様々な性質を得るようにされ、それによりこれらは我々へ向けた(エネルギーの)通路を持つ。そして、これらの魂は星々の特別な配置にない限りは肉体とは加わらない。そのため、木星の気質のある肉体には、賢者らは、木星の力と知性体によりその魂が影響され満たされたと考える。そして残りの惑星も同様である。そして魂が肉体と良く共同していたら、(死んだときに)肉体から魂が離れる際に、自らが降りてきた神的な力と宿へと戻るのである。
 さらに、天使の9位階からも、人は素晴らしい性質で強められるのである。すなわち、
 天使エンジェルズから受ける性質により、我々は神の意志の使者となり、神の心の解釈者となるだろう。
 大天使アークエンジェルズにより、我々は野の獣、海の魚、風の鳥ら全てを支配し、それらを命ずるようになろう。
 権天使プリンシパリティーズにより、万物は抑制され、万物の力を理解し、最も秘密で超越天的な特別な力により、それらの全ての力を自らへと引き寄せるだろう。
 力天使ヴァーチュースにより、力を受け取り、それによって真理の敵と常に戦い、その恩賞により生涯において我々はある種族を治めるだろう。
 能天使パワーズにより、この地上の幕屋の敵らに対して力を持つだろう。
 主天使ドミニオンズにより、その助けによって我々は内なる敵全てを服従させ、望んだものを得られるようになるだろう。
 座天使スローンズにより、万物を結び付け、我々の元へと集め、これらの永遠の幻視により我々の記憶を確固なものとするだろう。
 智天使ケルビムは、心の光、知恵の力、非常に高い幻影と姿であり、これにより我々は神的な事柄すらも熟考する事が出来るようになるだろう。
 熾天使セラフィムにより、その愛の完全な炎により、我々はついにこれら全てを備えるであろう。
 これらが位階であり、梯子であり、これらにより人は容易に全ての種類の諸力へと上昇し、特別な自然の繋がりと戦車によって、肉体と心の様々な配置に従い、また星々の恩寵により、肉体を配置や、これらを支配する知性体らや、魂が降りてきた性質によって、色ガラスを光が通過するように、神の至高の力の恩寵が流れてくる。神から来るものは全てにおいて善であり、それ無しには何の善も完成も得られないのである。
 そのため、自然の性質と、低位の物事の力と恩寵のみを信用し、神的な事柄を得れると考える者の(魔術の)労働は全て無駄なものとなり、諸天へと喜んで足を運ぶ者は、天の恵みによりこれらを得るが、それらは全て神のみから受け取るのである。これらの低位物、私が意味するのは動物、薬草、石、金属だが、これらには天に従ってのこれら自身の力があるが、この天はさらに知性体から来て、さらに神から来るものであり、神の中に存在する前の全ての偉大な力はあるのである。それは小宇宙である人間の中には、エレメント、植物、知性体、さらにアーキタイプ(神)での測定や計算と照応しない部分が無いようにであるが、この人体については私は先の章で既に示している。


オカルト哲学 3-39
↑ オカルト哲学 第三の書