古今の秘密の教え ピュタゴラスの音楽と色の理論

ページ名:古今の秘密の教え ピュタゴラスの音楽と色の理論

ピュタゴラスの音楽と色の理論


 調和は偉大な哲学者らから、美の直接的な前提と見做されていた。混合された物は、それらが全て調和とともにある場合にのみ美と呼ばれた。この世界は美と呼ばれ、その創造主は善を示すが、それは善なる行いは自らの性質とも一致して行わねばならないからであり、自らの性質に従った善き行いは調和を作る。成し遂げた善は存在の善と調和をなし、そのため美とは形成の世界での自らの生来の性質を発現させた調和である。


 この宇宙は善の段階的変化とともに作られていき、それらの段階は物質(善の中でも最底の段階に位置する)から霊(善の中でも最高の段階にある)へ向けて上昇していく。人においては、その至高の性質はsummum bonum(最高善)である。そのため、自らの至高の性質は最も善を認識する。なぜなら、世界の中で彼の外部に存在する善は、彼の魂の善の段階と調和的な比率にあるからである。そのため、人が悪と呼ぶものは、物質と共通するもので、その対照物とはわずかにのみ共通する。同様に最低限の善は最低限の調和と美を前提とする。よって醜さ(悪)は、個々の中での自然な調和の要素の組み合わせが最も少ないものを指す。醜さは非自然のものである。万物の総合が善であるならば、万物は善の部分に参加しているのが自然であり、それらの組み合わせは調和的だからである。調和は永遠の善の意志の発現された表現である。


音楽の哲学


 ギリシアの秘儀参入者らが、音楽の哲学、治療の様相をエジプト人から学び、そのエジプト人自身はこの術の創始者と見做されていたヘルメース(トート)神から学んだ可能性は高い。ある言い伝えでは、この神は亀の甲羅の模様に沿って糸を伸ばす事により、最初の竪琴を作ったとされる。イシス女神とオシリス神は両者とも音楽と詩の保護者だった。プラトンはエジプト人のこれらの術の古さについて記す中で、エジプトでは歌と詩は少なくとも10,000年前から存在し、これらは神々と神の如き人間のみが作曲できるような高みに達し、啓明的な性質があったと宣言している。密儀において竪琴は人間の構成の秘密の象徴であり、肉体は物理的な形態を表す楽器で、糸は神経であり、音楽家は霊である。よって神経を奏でる事により、霊は通常の機能の調和を造り出すが、もし人の心身のバランスが崩れたら、不和となるのである。


 初期の中国人、インド人、ペルシア人、エジプト人、イスラエル人、ギリシア人は宗教儀式で声と楽器の両方の音楽を用いており、また彼らの詩と演劇でも補助としていた。そしてピュタゴラスは音楽の数学的基盤を示す事によって、この術を真の威厳にまで高めた。ピュタゴラス自身は音楽家では無かったと言われているが、現在ではピュタゴラスは全音階の発見者だと一般的に見做されている。ピュタゴラスはまず最初に彼を受け入れた密儀の神官らから、音楽の神的な理論を学び、それから何年も協和音と不協和音を支配する法則について熟考した。ピュタゴラスが実際にどのようにこの問題を解決したかは不明であるが、以下の説明が考え出されている。


 ある日、調和の問題について黙想しながら歩いていると、ピュタゴラスは真ちゅう細工師の店を通った。そこで職人が金属を鉄床に置いて作業をしている中で、巨大な金槌と小さな道具によって作られる音に気づいた。これらの音の組み合わせからの調和と不協和音を慎重に検討している中で、全音階についての最初の閃きを得た。ピュタゴラスは店に入ると、道具を慎重に調べて、それらの重さについても記憶すると、家に帰って部屋の壁から伸びる腕木を造った。この腕木に定期的な間隔で4本の同じ構成、大きさ、重さの糸を結び付けた。これらの中の第1の糸の先に12ポンドの重りを結び付け、第2には9ポンドの重りを、第3には8ポンドの重りを、第4には6ポンドの重りを繋げた。これらの重りの違いは、真ちゅう細工師の金槌の大きさと比例していた。


 それらによりピュタゴラスは、第1と第4の糸を共に鳴らすとオクターブの調和的な音が作られるのを発見した。糸の重りを2倍にしたり半分にしても同じ効果があった。第1の糸の張力は第4の糸の2倍であり、その比率は2:1あるいは2拍子と名付けられた。似たような実験によって、彼は第1と第3の間には、ディアペンテ、完全5度を造り出すのを見つけた。第1の糸の張力は第3の糸のものの1.5倍であり、3:2あるいはセスクイアルテラルと名付けられた。同様に第2と第4の糸では、第1と第3のと同じ比率にあり、ディアペンテのハーモニーを造り出した。ピュタゴラスはさらに第1と第2の糸が、ディアテッサロン、完全4度の音程を造るのにも気付いた。そして第1の糸の張力は第2より糸よりも1/3だけ強く、その比率は4:3あるいはセスクィテルキアンと名付けられた。第3と第4の糸は、第1と第2の糸と同じ比率にあり、ディアテッサロンの別のハーモニーを造り出した。イアンブリコスによれば、第2と第3の糸の比率は8:9、エポグドアンにあったという。


 ハーモニーの比率の鍵は、有名なピュタゴラスのテトラクティス、点によるピラミッドの中に隠されている。テトラクティスは最初の4つの数――1、2、3、4――から作られ、これらの比率はオクターブ、ディアペンテ、ディアテッサロンの音程を明らかにする。先に述べたハーモニーの音程の法則は真実であるが、金槌を金属に叩いた事で作られる音は、これらに帰する様々な音程を作ったりはしないだろう。そのため、ピュタゴラスは実際には単弦琴からハーモニーの理論を造り出した可能性が高い。この楽器は一本の糸をねじで上下で留めたもので、さらに移動可能なフレットが付いているものである。


諸圏の音程とハーモニー

スタンレーの「哲学の歴史」より


 ピュタゴラスの諸圏の音楽の概念において、地球と恒星の圏との間の間隔は、ディアパソン――最も完全なハーモニーの音程――と見做されていた。この図で示される配置は、地球と恒星の圏までの間の諸惑星の音程として、最も一般的に受け入れられていたものである。地球の圏から月の圏は1音程であり、月の圏から水星の圏までは半音程。水星から金星までは半音程。金星から太陽までは1音程半。太陽から火星までは1音程。火星から木星までは半音程。木星から土星までは半音程。土星から恒星圏までは半音程である。これらの間隔の合計はオクターブの6音程全てとなる。


単弦琴の調和

フラッドの「一般の音楽について」より


 この扇形図形は、地上のエレメンタルと絶対的な無条件の力との間にあるエネルギーと形質の主な段階を表している。最上位から始めて、15の圏が以下の順番で降りていく。限界無き永遠の命、最高天の上位、中位、下位、7惑星、4大エレメンツと続く。フラッドはエネルギーをピラミッドにより象徴しており、その規定は最高天の上位の凹面の表面に置かれ、実体として別のピラミッドが地の圏(地球ではない)の表面の凸状の上にある。これら2つのピラミッドは、15の存在の諸界の複合体に入ったエネルギーと形質の相対的な比率を示している。形質の上昇するピラミッドが、第15の圏――無限にして永遠の命――に触れていない事は注記する必要があるだろう。同様に、下降するエネルギーのピラミッドは第1の圏――形質の最も粗雑な世界(物質宇宙)――に触れていない事もである。太陽の界は均衡の圏と名付けられている。ここでは、エネルギーと形質のいずれも上位に無いからである。ここにある単弦琴は、エネルギーのピラミッドの基盤から形質のピラミッドの基盤へと向けて伸ばされた仮想的な弦によって作られている。


 ピュタゴラスの音楽は、神の数学に従属するものであり、そのハーモニーは数学の比率によって堅固に制御されている。ピュタゴラス学派は、数学は至高善(神)がこの宇宙を確立し維持している正確な方法を示すと断言していた。ゆえに数はハーモニーに先立つものである。数は全てのハーモニーの比率を支配する不変の法則だからである。これらのハーモニーの比率を発見した後、ピュタゴラスは徐々に弟子らに彼の密儀の中でも至高の奥義として伝授していた。ピュタゴラスは創造された広大な諸界、諸圏を様々な部分に分割し、それぞれに音色、ハーモニーの音程、数、名前、色、形を割り当てていた。それから彼は最も抽象的論理的な原因の世界から、最も具体的な幾何学立体へと並んでいる知性と形質の諸界を示す事により、自らの思弁の正確さを証明していた。これらの様々な証明の方法による同意により、彼は特定の自然の諸法の明白な実在を確立していった。


 音楽を厳密な学問として確立した後、ピュタゴラスは新たに発見したハーモニーの音程の法則を、全ての自然現象に当てはめようとし、惑星や星座、エレメンツの間にすらハーモニーの関係にあるのを示そうとした。この古代の哲学的到達の現代での確証として有名な例は、ハーモニーの比率に基づいたエレメンツの発達である。ジョン A.ニューランドは、物質の原子の質量を降順に並べてたリストを作っている時に、あらゆる8番目の要素が、明白な特性の繰り返しをしている事に気づいた。この発見は現代化学ではオクターブの法則と呼ばれている。


 ハーモニーは感覚によるものではなく、理性と数学により決められなければならないと考えたので、ピュタゴラス学派は自らを正典論者と呼び、ハーモニーの真の規範的原理は感覚と好みによるものだと主張していたハーモニー学派の音楽家たちと自らを区別した。だが、感覚と感情への音楽の深い効果についても認めていたピュタゴラスは、彼が名付けた「音楽治療」で患者の心身に影響を与えるのを躊躇わなかった。


 ピュタゴラスは弦楽器を強く好み、弟子らにフルートやシンバルの音で耳を腐らせる事に対して警告すらしていた。さらに、竪琴に伴う声の歌からすらも魂を浄化しなくてはならないと断言した。ハーモニーの治療効果の探究の中で、ピュタゴラスは音楽の7つのギリシア音楽のモード、キーには特定の感情を刺激したり和らげたりするのを発見した。この内容と関連した話があり、かつてピュタゴラスは夜に星を観察していると、一人の若者と出会った。若者は大きく酔っぱらって、嫉妬に狂っており、彼の女主人の家の扉に薪を置いていき、燃やそうとしていた。若者の熱狂は少し離れた場所にいたフルート奏者が吹く情熱的なフリギアモードによって煽り立てられていた。ピュタゴラスは音楽家にゆっくりとしたリズミカルな音の神殿で捧げる時のモードに変えるように頼み、それにより熱狂していた若者は、ふと冷静になり、薪を集めると抱えて、静かに自分の家へと帰っていった。


 またピュタゴラスの弟子のエンペドクレスの似たような話もある。彼の主人アンキトゥスはある男から剣で殺されそうになった。この男の父を彼はかつて処刑するよう判決していたからである。その時、エンペドクレスは音楽のモードを速やかに変える事によって、アンキトゥスの命を救ったのだった。また、ギリシア人医師のエスクラピウスが、患者の前でトランペットを大きく鳴らず事によって、坐骨神経痛や他の神経の病を癒していたと話もある。


 ピュタゴラスは霊、魂、肉体の多くの病を、特別に用意した音楽を損傷者の前で演奏したり、ヘーシオドスやホメーロスのような古典詩人からの短い詩句を唱えさせる事によって癒していた。クロトンでの学院では、ピュタゴラス学派の学徒らは朝と夕に歌を歌うのが習慣だった。朝に歌うものは、眠りから精神を明瞭にし、昼の活動へと啓明させるものだった。夕方にはゆったりとしリラックスしたモードで、休息の助けとなるものだった。春分の日には、ピュタゴラスは弟子らに円陣にさせて、その一人が彼らを歌うのを導き、伴奏として竪琴を鳴らしていた。


 ピュタゴラスの治癒の音楽は、イアンブリコスにより以下の様に記されている。「そして、魂の情熱や落胆、悲しみに対しての薬として考えだされた特別なメロディーがあった。これらは、病気に対して大いに助けとなっていた。そして再び、ピュタゴラスは他のメロディーも怒りや魂の異常に対して用いていた。また、欲望に対しての薬として考え出された別の種類のモードもあった。」(「ピュタゴラスの生涯」を参照)


 ピュタゴラス学派は、7つのギリシアのモードと7惑星との間に繋がりがあると考えた可能性も高い。例えば、プリニウスは土星がドーリアのモードで、木星がフリギアのモードで動くと述べている。気質も様々なモードと関連し、情熱も同様である。よって、怒り――これは火の情熱である――は火的なモードにより煽られて、水的なモードにより静められるだろう。


 ギリシア文化で音楽により行われていた遠大な効果については、エミル ナウマンの以下の文で要約されよう。「プラトンは音楽は愉快で楽しい感情を造り出す事のみを目的としているという考えを見下し、高貴なもの全てへの愛、悪しきもの全てへの憎しみを音楽は植え付けるものであるべきで、さらに人の深奥の感情へメロディーとリズム以上に強く影響するのは無いと考えていた。これらを確信していたので、プラトンはソクラテスの音楽の教師であったアテナイのダイモンの、気力を削ぐような最近の音楽の流行は、国全体を危険に晒すという意見に同意していた。そして国の基盤を揺るがさずにキーを変える事も不可能だとも。プラトンは心を気高くする音楽は、単に感覚を楽しませるようなものよりも、遥かに高貴なものだと確言し、女々しくてわいせつな音楽全てを抑圧するのは、議会の主要な義務であると強く主張し、純粋で威厳のある曲、すなわち男のための勇敢で鼓舞するメロディーや、女のための優しく慰めるメロディーのみを勧めていた。これらからも明らかな様に、音楽はギリシアの子供の教育の大きな部分を占めていた。またどの楽器を選ぶかにも、大きな注意が払われていた。なぜなら、(歌による)言葉の不在は、その意味合いを疑わしいものにし、人々にその楽器が利益か不利益の影響を与えるかを予測するのが難しいからである。人気のある曲、常に感覚的で俗悪な影響を刺激するものは、然るべき侮りを受けていた。」(「音楽の歴史」参照)


 今日ですら、軍歌は戦時に効果的に用いられており、宗教曲は古代の理論に基づいてはもはや作られなくなったが、それでもなお信者らの感情に深い影響を与えている。


単弦琴とその比率と間隔

フラッドの「一般の音楽について」より


 この図は、フラッドの普遍的音楽の理論の要約となっている。地上のエレメントと至高天との間は、ダブルオクターブとして構成され、よってこの存在の両極端の間にディスディアパソンのハーモニーがあるのを示している。至高天、太陽、大地が同じ時で違うピッチにあると気付くのは重要である。太陽は至高天からの低位のオクターブで、大地は太陽からの低位のオクターブにある。低位のオクターブ(ガンマからG)は、形質がエネルギーよりも優位にある宇宙の部分から成る。そのため、この部分のハーモニーは、エネルギーが形質よりも優位にある、より高位(Gからg)のオクターブよりも、粗雑なものである。フラッドは「より霊的な部分をつま弾くならば、単弦琴は永遠の命を与えるだろう。より物質的な部分ならば、一時的な命をである」と記している。特定のエレメンツ、惑星、天の諸圏はお互いにハーモニーの比率にあるのにも注意する必要がある。フラッドはさらにこの論を進めて、これは自然の様々な部分の間に存在するシンパシーとアンチパシーの鍵と見ていた。


諸圏の音楽


 全てのピュタゴラスの思考の中でも、最も深遠かつほとんど知られていないのが、サイデリアル ハーモニクス(星々の和声学)である。全人類でピュタゴラスのみが天の諸圏の音楽を聴いたと言われる。おそらくカルデア人は、天の諸惑星が空を安定して動くように、宇宙的な詠唱に加わっていると考えた最初の民であった。ヨブ記でも、「朝の星々が共に歌う時」を記している。また、シェイクスピアの演劇のヴェニスの商人でも、「汝が見て、天使が歌うような動きをするこの星は最小のものではない」とある。だが、ピュタゴラスの星の音楽の体系について、現在残されているものはごく僅かなので、その実際の理論は推測によるものでしかない。


 ピュタゴラスは宇宙は計り知れないほど巨大な単弦琴で、その弦の最上部は絶対的な霊と、最下部は絶対的な物質と繋がっている――言い方を変えると、天と地の間に弦は引き伸ばされていると考えていた。天の円周を内側へ向けて数える事により、ある権威者らの意見では、ピュタゴラスは宇宙を9つの部分に分割した。また別の者らの意見では12の部分である。12の体系は以下の通りである。第1の部分は最高天、星座の星々の圏である。そしてここには、不死者らが王宮に住んでいる。第2から第12まで順に、土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月の圏となり、さらに火、風、水、地の圏と続く。この7つの惑星(古典占星術では太陽と月も惑星に数えられる)は、ユダヤ教の7枝の燭台の象徴――太陽が中央の柱であり、それぞれ左右に3つの惑星が並ぶのと同じである。


 全音階の様々な音階にピュタゴラス学派が名付けられた名前は、マクロビウスの意見によると、諸惑星の速度と大きさの推察に従って導かれたという。これらの巨大な諸惑星のそれぞれが、終わり無く円周を動き続け事で、エーテルの拡散による絶え間ない移動が原因である特定の音色を鳴らすと信じられていた。これらの音色は神の秩序と動きの発現なので、それらの自身の源のハーモニーを彼らは共有する必要があった。諸惑星が地上の周りを自ら循環する事により、それらの大きさ、速度、相対的な場所に従って、様々な音を発するというのはギリシア人には一般的に信じられていた事だった。そのため、最遠の惑星である土星は、重々しい音色を発すると言われ、一方で月は、最短の距離にあるので鋭い音を与える。「これら7惑星と恒星の圏の音は、さらに我々の上にある者(アンティキトン)と加わり、9柱のムーサイとなり、これらのシンフォニーは、ムネモシュネと呼ばれる。」(「カノン」を参照)この引用の中には、先に述べた宇宙の9分割説についての曖昧な記述も含まれている。


 またギリシアの秘儀参入者らは7つの惑星の個々の天あるいは圏と、7つの聖なる母音との本質的な関係も認めていた。第1の天は聖なるA(アルファ)母音の音であり、第2の天は聖なるE(エプシロン)で、第3はH(エータ)音、第4はI(イオタ)音、第5はO(オミクロン)音、第6はY(イプシロン)音、第7の天は聖なる母音Ω(オメガ)である。これらの7つの天は共に歌い、完全なハーモニーを作り出し、創造主の御座を常に称え続けるためにそれらは上昇していくという(エイレナイオスの「異端への論駁」を参照)。はっきりとは示されてはいないが、これらの惑星天の順番はピュタゴラスの順序に従っていた可能性が高く、月の圏は第1天だったであろう。


 初期の多くの楽器には7本の弦があり、テルパンドロスの竪琴に、第8の弦を加えたのはピュタゴラスだと一般的に信じられている。この7弦は常に人体と諸惑星に関連づけられていた。神の諸名もまた、7つの惑星のハーモニーの組み合わせにより作られると考えられていた。エジプト人は神殿内では7つの主要な音による聖歌へと発言を限定し、他の者らが喋る事を禁止していた。それらの賛歌の一つには以下のような招聘が含まれていた。「7つの鳴らされる音色が御身、大いなる神、終わり無く働く世界全体の父を称えん。」また、ある神は自らをこう述べている。「我は世界全体の大いなる不滅の竪琴であり、天の歌をつま弾く」(ナウマンの「音楽の歴史」を参照)


 ピュタゴラス学派は、存在する万物には声があり、全ての生き物は創造主を称えて永遠に歌い続けると信じていた。人はこの神のメロディーを聞く能力を失ったが、それはその魂が物質的存在の幻影へと取り込まれたからである。自らを感覚の限界のある低位の世界の束縛から解放した時、かつての黄金時代の頃と同じく天の諸圏の音楽は再び聞こえるようになるだろう。ハーモニーはハーモニーを認識し、人の魂が再び真の場所を取り戻した時、天の讃美歌をただ聴くのみならず、存在の無限の状態を制御する永遠の善に対する絶えざる賛美の歌に加わる事だろう。


 ギリシア密儀では、その教義に音と形の間に存在する素晴らしい概念が含まれていた。例えば、建築の要素には、音楽のモードや音色と同等である、あるいは音楽の対照物があると考えられていた。結果として、これらの要素が組み合わされて建物が建てられたら、この構造は音楽のコードと繋がっており、ハーモニーの間隔の数学的必要を満たしていた場合にのみ、ハーモニーがあるとされた。この音と形との類似に気づいたゲーテは、「建築物とは音楽の結晶である」と宣言している。


 秘儀参入のための神殿を建てる際に、古代の神官らは振動として知られる現象の下にある諸原理の知識の卓越性をしばしば示していた。密儀の儀礼の多くの部分は、招聘や詠唱により成り立っており、それらのための特別な音の部屋が建てられていた。それらの部屋の一つでは囁き声を発するのみで、建物全体を揺さぶり、拡張された吠え声で満たされたという。これらの聖なる建物では充分な木材や石が用いられ、宗教儀礼の音の振動が染み通るようになったので、叩いただけで、その形質に儀礼によって何度も染み込まされた同じ音色を再現したという。


 自然のあらゆる要素は、その個々の主音を持つ。それらの要素が複合的な構造へと組み合わされるなら、結果は鳴らされたなら、統合へと組み合わされ、もはや分離不能な和音となるだろう。同様にあらゆる個体には、それが鳴らされたなら自らを破壊するだろう主音もあった。エリコの壁がイスラエル人のトランペットの音により崩れた寓話は、疑い無く個々の主音あるいは振動の奥義の意味を示すのを意図していた。


音楽のエレメンツの理論

フラッドの「一般の音楽について」より


 この図では、2つの交差するピラミッドが再び用いられている。1つは火を表し、もう1つは地である。これらはエレメンタルのハーモニーの法に従って示されており、火は地の構成要素の中には入らず、地もまた火の要素には入らない。この図はフラッドとピュタゴラス学派の説いていた4大エレメンツの間のハーモニーの関係を示している。地エレメントは自らによる4つの部分から成っており、水は地からの3つの部分と火からの1つの部分から成る。均衡の圏は仮説点であり、ここでは地からの2つの部分と火からの2つの部分が均衡している。風は火から3つの部分と、地から1つの部分から成る。火は自らの4つの部分である。よって、地と水は4:3の比率、あるいはディアテッサロンのハーモニーにある。水と均衡の圏は3:2の比率、ディアペンテのハーモニーの関係にある。火と風もまた、それぞれの比率が4:3であり、ディアテッサロンのハーモニーにあり、風と均衡の圏も、3:2の比率、ディアペンテのハーモニーにある。ディアテッサロンとディアペンテの合計は、ディアパソンあるいはオクターブなので、火と地の圏の両方ともが、均衡の圏とディアパソンのハーモニーにあり、また火と地の関係はお互いにディスディアパソンのハーモニーにある。


色の哲学


 エドウィン D. バビットはこう記している。「光は外部の世界の栄光を示し、またそれら全ての中でも最も栄光あるものである。光は美を与え、美を明らかにし、それ自身が最も美しいものである。光は分析者、真理を語る者、恥を露にする者であり、物事の真の姿を示す。光は宇宙の計り知れない無限を流れ、数百京マイル先の距離の星から我々の望遠鏡へと流れてくる。一方で、知覚出来ないほど小さな物にも光は降りていき、顕微鏡に裸眼が見れるものよりも5,000万倍小さなものも明らかにする。全ての他の公正な諸力と同様に、光の動きは驚異的に微細であり、それでいて万物を貫き強力である。光の命をあたえる影響無しには、植物、動物、人間の生は即座に地上から絶え、廃墟のみが残るだろう。そのため、我々は光と構成する色の潜在的で美しい原理をよく考える必要がある。我々がこれらの内なる法則をよく深く知れば知るほど、これらは人類の命を活性化させ、癒し、喜ばせる力の驚異的な貯蔵庫として、自らを与えるだろうからだ。」(「光と色の諸原理」を参照)


 光は生命の基本的で物理的な表れであり、全ての生き物がその放出を浴びているので、この神的な形質の微細な性質について、少なくとも部分的にでも気付くのは非常に重要である。光と呼ばれているものは、実際には視神経に特有の反応を引き起こす振動の比率である。この感覚の知覚の限界から、どれだけ制約されているのかにはほとんどの人間は気づいていない。誰もが見た事も無いような大いなる光があるのみならず、どのような光学機器でも探知できないような未知の形態の光もある。見る事の出来ない数えきれないほどの色もあり、同様に聞く事の出来ない音、嗅ぐことの出来ない匂い、舌で感じない味、触覚で探知できない形質もある。そのため、人は超感覚的な宇宙に取り囲まれているが、それらについて何も知らない。なぜなら人の感覚器官は宇宙が構成される微細な振動率に反応する程には発達していないからである。


 文明社会と蛮族の両方で、色は自然言語として受け入れられており、それにより彼らの宗教的、哲学的な教義が表わされていた。ヘロドトスが記す古代都市エクバターナでは、7惑星に対応する7色で壁が塗られ、それらはペルシアのマギ僧らが持つ知識からだという。古代都市ボルシッパにある有名なジッグラト、ネボ神に捧げられた天文学の塔は、7つの大いなる階あるいは層により上昇し、各階には関連する惑星の主要な色で塗られていたという(レノルメントの「カルデアの魔術」を参照)。バビロニア人は色のスペクトルと7つの創造的な神々あるいは諸力との関係の概念に親しんでいたのは明らかである。インドでは、ムガール帝国のある皇帝が、7つの階のある噴水を造らせた。水は頂上から側面を降りていき、その通路は特別に配置された色が塗られており、水はスペクトルの全ての色を通過するようになっていた。チベットでは、色は現地の芸術家らにより、様々なムードを表現するのに用いられている。L. オースティン ウォデルは、北伝仏教芸術についての書の中で、チベットの神話学では「白と黄色の顔色は通常は温和なムードを表し、一方で赤、青、黒は怒りの形態を表す。もっとも時には、空色は空が示すように、単に天上を表す。ヨーロッパの教会芸術家らと同じく、一般的に神々は白で、鬼は赤で、悪魔は黒で描かれる。」(「チベットの仏教」を参照)


 プラトンは「メノン」の中で、ソクラテスの対話という形で、色を「形の流出で、目と感覚に釣り合うもの」と記している。「テアイテトス」では、より詳しく説明し、「では、今確証された原理について考えようではないか。つまり、自己存在するものは何も無く、我々が見る色、黒や白や他のあらゆる色は、目から発したものが相応しい動きと出会って(知覚する)ものなのだ。そして、我々がそれぞれの色について名付けたものは、活動的や受動的なエレメントではなく、これらの中間にある何かであり、それぞれの知覚に特有のものなのだ。君は動物――例えば犬としよう――に現われる様々な色が、君にも現れると確信しているのかね?」


 ピュタゴラス学派のテトラクティス――宇宙の諸力とプロセスの至高の象徴――はギリシア人が色と音楽について考えていた諸理論を基にしていた。最初の3つの点は、3重の白光を表し、全ての音と色を潜在的に有している神性であった。残りの7つの点は、スペクトルの色で、音楽の それぞれの音階だった。色と音階は活動的創造的な諸力であり、第一原因から放たれたもので、宇宙を確立させたものである。この7つの点は2つの集団に別けられており、第1のは3つの諸力を含み、残りの4つは関連性であり、またテトラクティスでも示されている。高位の集団――この3つの点――は創造された宇宙の霊的な性質となり、低位の集団――残りの4つの点――は、非合理的な圏、低位の世界での発現となった。


 密儀において、7つのロギ、創造の君主らは、永遠なる者の口から発される力の流れとして示されている。これは至高の神の白光から摘出されるスペクトルを表している。低位の諸圏の7体の創造者あるいは織り成す者らは、ユダヤ人からはエロヒムと呼ばれ、エジプト人からは建築家(時には支配者)として引用され、その手に大きなナイフを持ち、宇宙の原初の形質を削る姿で描かれていた。諸惑星への崇拝は、神の7つの創造的な属性の宇宙的な体現であると見做していたのを基礎としている。諸惑星の主らは、太陽の星の中に住むように描かれていた。太陽の真の性質は白光と相似しており、そこには全ての音階と色の潜在性があり、それらが(諸惑星において)発現すると考えられていたからである。


 諸惑星、色、音階の相互関係について、数多くの恣意的な配置がある。最も説得力のある体系は、オクターブの法を基にしているものである。聴覚は視覚よりもより幅広い範囲を持っている。耳は9から11の音のオクターブを知覚出来るが、目は7つの本質的な色調、あるいはオクターブの短半音のみしか知覚出来ないからである。赤が色彩論の最低位の色調に位置するなら、関連するのは音階の最初のドである。この類推を続けると、オレンジはレ、黄色はミ、緑はファ、青ハソ、藍色はラ、スミレ色はシである。第8の色調もいれて完成させるとしたら、それは第1の色調の赤の高いオクターブであろう。上記の理論の正確さについては、2つの優れた証拠によって証明されている。(1)音階の3つの基音――第1、第3、第5――は、3つの本質的な色――赤、黄色、青と関連している。(2)音階の第7、完全8度の1つ下は、紫、色調の7番目と関連している。


 「光と色の諸原理」でエドウィン D. バビットは、色と音階の関係について確証している。「ドは音階の中でも最低位にあり、粗雑な風により作られるように、赤は色調の最低位にあり、光のエーテルの粗雑な波により造られている。シ(音階の7番)が、常に45の振動数の風を要求するのに対して、最低位のドは24であり、約半分である。また、(スペクトルの)先端のスミレ色は、1秒間に300兆のエーテルの振動を要求するのに対して、先端の赤は180兆のみであり*1、約半分より少し多いくらいである。第1の音階のオクターブが完成すると、さらに上のオクターブが始まり、それらは第1のオクターブより2倍の振動数があり、このように音階は繰り返されていく。同様に色調も通常の目で見える限界はスミレ色だが、公正な不可視の色らの別のオクターブも上にあり、それらは2倍の振動数で、同じ法則によって進んでいく。」


 色が黄道の12宮と関連づけられた時は、これらは輪の軸として配置されていた。白羊宮は純粋な赤に、金牛宮はオレンジと赤が混ざった色に、双児宮は純粋なオレンジ色に、巨蟹宮はオレンジと黄色に、獅子宮は純粋な黄色に、処女宮は黄色と緑に、天秤宮は純粋な緑に、天蝎宮は緑と青に、人馬宮は純粋な青に、磨羯宮は青とスミレ色に、宝瓶宮は純粋なスミレ色に、双魚宮はスミレ色と赤の混ざった色にである。


 東洋の秘教哲学体系の講義の中で、H.P.ブラヴァツキー夫人は色を人間の7つの構成要素と7つの物質の状態と関連づけており、それらは以下の様にである。


人の諸原理物質の状態
スミレ色チャーヤ、エーテル体エーテル
藍色高次のマナス、霊的な知性風と呼ばれる境界線
包み込むオーラ蒸気あるいは気体
低位のマナス、動物的魂境界線
黄色ブッディ、霊的な魂
オレンジプラーナ、生命原理境界線
カーマ ルーパ、動物の生の座

 このスペクトルの色とオクターブの音階の配置は、適切な音階と色の類似を保持するために、惑星との関連は違ったものになっている。よってここではドは火星、レは太陽、ミは水星、ファは土星、ソは木星、ラは金星、シは月となっている(ブラヴァツキー夫人の「秘教教授」を参照)。


4大エレメンツとそれらの音階の間隔

フラッドの「一般の音楽について」より


 この図では、フラッドは主要な4大エレメンツのそれぞれを3つの部分へと分割している。各エレメントの第1の部分は最も粗雑なもので、自らよりさらに低いエレメントと部分的に共有している(それより低いものが無い地エレメントのみは例外である)。第2の部分は、比較的純粋な状態を保持している。第3の部分は自らのすぐ上のエレメントと部分的に共有している。例えば、水エレメントの最低部は地エレメントの溶解の形質を含んでいるので沈殿物である。水の第2の部分は海の場合のように最も一般的な形質――塩的――である。水の第3の部分はその最も純粋な状態――塩からの自由を得ている。各エレメントの最低位の部分に割り当てられているハーモニーの間隔は1つの音階で、第2の部分も1つであるが、最高部は半音階である。これは直上のエレメントと共有しているからである。フラッドはエレメンツは2つ半の音階ずつ上昇していき、エレメンツを支配するハーモニーの間隔はディアテッサロンであると強調していた。


古今の秘密の教え 魚 虫 動物 爬虫類 鳥
↑ 古今の秘密の教え


*1 原書では450兆とあるが、誤字だろう。