オカルト哲学 3-35

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第35章 死すべき定めの地上の神々について


 先の章で述べた者らに続くのは、死すべき定めの神々で、私が英雄達について呼んだのと同じように、地上の神々あるいは上位の神々の仲間である。すなわち、王や君主や祭司らの事で、彼らの法によりこの世界を支配し、そのため、神々として崇拝されている。なぜなら、神自身がこれらと対話するために自らの名を許しており、適切な名称がこれらを確証し、神々と呼ぶからで、神はモーセに対して、私は汝をファラオに対して神の如き者とするとすら語っている*1。また別の箇所では神はこれらに関する命令として、汝は神々を罵ってはならないと述べている*2。また、盗人が見つからないなら、家の主人は神々の前で証しなくてはならないともある*3。また詩篇作者らも、地の君らはアブラハムの神のもとに集められたが、それは地の力ある神々は大いに持ち上げられたからであると述べている*4。また別の箇所でも、神は神々の会議の中で立ち、神々の中で裁きを行われるとある*5。その少し後でも、汝らは全て神々、いと高き方の子らであるとある*6
 さらに、神は彼らへの崇拝と敬意について命じており、十分の一税と最初の果実を捧げるようにさせ、剣の力を与え、呪う事を全て禁じ、例え悪しき者であっても服従するように命じている。ゆえに、古人ら全ては、彼らの君主らを神々と呼び、神的な諸力として崇拝した。オウィディウスが「祭暦」の第1の書でヤーヌスについて、かく語るようにである。


「地の神々が力あった時、我は君臨していた。
 そして種々の神々は、人々の上に座していた。」


 また、神聖なるプラトンは、「国家」の第3の書で、生きている者にせよ死んだ者にせよ君主らは神の名誉を以て敬われなくてはならないとし、これらの教えはほとんど全ての国々にあり、太古の時代すら、彼らの君主らを神の名誉とともに神格化し、永遠の記念碑として祝われていたとある。
 そのため、古人らは彼らの君主の不滅の名を都市、地方、山、川、湖、島、海に名付け、華やかな建物、ピラミッド、巨像、凱旋門、戦勝記念碑、彫像、神殿、演劇、祝祭が捧げられた。また、天の星々や(時間の)日や月の名前も、彼らの名前で呼ばれた。そのため、1月 Januaryはヤーヌス神から、7月 Julyはユリウスから、8月 Augustはアウグストゥスから取られた。また、水曜日 Mercuriiはメルクリウス トリスメギストスから、木曜日 Jovesはユーピテルから取られている。私が読んだ書によると、これらの習慣は、エジプト人、ギリシア人、ローマ人だけではなく、ゴート族、デーン族、チュートン族といった蛮族すら行われていたのである。
 そのため、サクソ グラマティクスが証言するに、かの地ではメルクリウスの水曜日は、オーディンの日、ユーピテルから名付けられた木曜日は、トールの日と呼ばれている。オーディンもトールもゴットランドやデンマークのかつての王達である。ゴート族という名前も、彼らの主神ゴトから来ているのである*7。またオランダ人 Dutchもそうで、彼らはマールス神をそう呼び、そこでは崇拝されていたからである。チュートンも、ゴート族がメルクリウス神について呼ぶ名である。
 そのため、王達や祭司達(彼らが公正であるならば)は、神々の仲間であり、同様に力を授けられている。ゆえに、彼らは触れる事や言葉によって病者を癒しており*8、時には時間や天に対して命ずる事もあった。それらについて、ウェルギリウスはアウグストゥスについての詩でかく詠っている。


「夜中に雨が降っても、朝には太陽は帰ってくる。
 カエサルはユーピテルとともに玉座を分け合う。」


 そして、聖書でもヨシュアがギベオンでアモリ人と戦っている中、太陽と月に対して、太陽はギベオンに、月はアヤロンの谷に留まるよう命じ、太陽と月はその命令により留まり、ヨシュアが敵らに復讐を果たすまでそのままにあり、主は人の声に従ったのである*9。またモーセが紅海を二つに分けた時*10もそうで、ヨシュアはヨルダンでも同様の事をして*11、人々を乾いた地を歩くようにさせた。同様の事をマケドニアのアレクサンドロス大王も行い、その軍勢を導いたのである*12
 また我々が聖書で(イエスが捕まった)この年の大祭司であったカイアファが預言を受けた事について読むように、時には、彼らには預言の霊が与えられていた。
 そのため地の主は諸王や祭司らであり、その(神の)名と力との交流により神々と呼ばれ、確実に我々も彼らには敬意を払うべきで、我々自身よりも彼らの判断を信頼し、心から従い、嘆願し、崇めるべきである。そして彼らを通じて、いと高き神へ全ての種類の崇拝を捧げるべきである。


オカルト哲学 3-36
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 出エジプト記 第7章1節。
*2 出エジプト記 第22章29節
*3 出エジプト記 第22章9節
*4 詩篇 第47篇9節。
*5 詩篇 第82篇1節。
*6 詩篇 第82篇6節。
*7 ちなみに英語のGodもここから来ている。
*8 中世イングランドやフランスの王達の有名な瘰癧病者を触れて癒す手の風習もあった。
*9 ヨシュア記 第10章12-13節。
*10 出エジプト記 第14章21節。
*11 ヨシュア記 第3章17節。
*12 プルタルコスによれば、大王はキリキア(トルコ南部)とフェニキアの諸港を攻め、沿岸部を渡っていた時に、通常は波で襲われて危険な場所を、奇跡的に無事に軍勢を渡らせたとある。