オカルト哲学 3-32

ページ名:オカルト哲学 3-32

第32章 どのように善霊を呼ぶかと、どのように悪霊を服従させるか


 宗教儀式の効果に霊の存在は大いに影響し、善霊がそこで作業を司ったり完成させたりしない限り、奇跡的な働きをしたり儀式を行えたりはしないのである。
 この善霊らは、様々な方法によって呼び出せても、これらを服従させたりは出来ず、気性を沈めるのも難く、何らかの聖なるものによってこれらに懇願しなくてはならない。私がアプレイウスの書を読んだ内容では、天の星々により、影響力のある神々により、自然のエレメンツにより、夜の沈黙により、ナイル川の上昇により、メンフィスの秘密により行われる。また、ポルピュリオスのある個所でも、泥より起き上がる者よ、場所に座っている者よ、船とともに航海する者よ、時間とともに、黄道のそれぞれの宮で形を変える者よ、とある。
 これにより、また象徴による祈りや賛歌により、これらの神の性質の印ゆえに、霊らは人間らが自らを用いる事を受け入れる。これらは何らかの強制によるのではなく、これら自身の意志によるものである。また、この種の風習により、これらを呼ぶための祈りによるならば、より容易に従うようになる。これらについてポルピュリオスは、「ヘカテーの応答の書」で以下の様に述べている。


「祈りにより我は、ここに来る――」

 また、同書の別の箇所でもこう述べる。

「祈りにより征服され、上天の神々は
 地上へと降りてきて、未来について告げる」


 また、微細な神託は人の心の中でよく働くので、善霊らはそれらにより我々を望んで助けようとし、これらの力と性質を用いて、啓明、啓発、神託、預言、夢、奇跡、驚異、占断、予兆により日々我らを助け、また我々の霊にも、これらのような像として働いたり活動し、これらの影響力によって構成し、これら自身のように我々の霊を変え、しばしば天の霊らが行うような驚異的な事柄を我らの霊がなす様にするのである。
 そして悪霊は善霊の助けにより我々により服従させられる。特に嘆願者が敬虔で信仰深く、聖なる言葉や恐るべき発言による詠唱、神力による召喚、畏れ多き御名や超自然的な力の印、奇跡、聖餐、聖なる密儀といったものが用いられ、これらの悪霊らが恐れる、宗教の御名や力、神の徳による召喚や崇敬が行われるならばである。これらはまた、しばしば世俗の者すらもこの種の聖なる召喚によって悪霊らを縛り付けたり静めたりする。悪霊らはこのような物らには耐えられないのである。
 これらについて、キプリアヌス*1が「偶像崇拝の虚しさについて」の書で述べるには、霊らは真の神により我々に従い、告白し、憑依した者の体から出ていくようにされ、走り去るか徐々に消え去るが、それらは憑依者の信仰や、甘美な熱意の恵みによってであるとされる。また、アタナシオスは「様々な質問について」の書で、詩篇の第68篇の始めの文「神よ立ち上がって、その敵らを逃げ散らせよ」よりも悪魔の力に対して恐ろしく破壊するものは無く、この言葉が述べられたら、悪魔は恐れて消え去るのである。またオリゲネスもケルススに対しての書の中で、イエスの名前を多く人に憑依した悪魔に向かって唱えるならば、この力により悪魔は追い払われるとある。
 またしばしば、脅迫や罵ったりしたら、悪霊ら、特にハッグやインキュバスといった低級霊らを縛り付けたり逃げ去らせたりする。これらについて、ルカヌスは魔女に関する詩で詠っている。


「私は今や真の名により汝を呼ばん。
 地獄の犬らよ、至高の光の下に、
 私は汝らに従い墓へと降りて、
 死者の壺全てから、私は汝を現さん。
 汝、ヘカテーよ。神々の下に示さん。
(他の色を尋ねる者よ、汝は得られず)
 青ざめた形、恵み無き姿にて。
 汝はエレボス(冥府の神)の面を変える事は禁じられよう。」


 そして、フィロストラトスの書の中で私が読んだ内容では、アポロニウスと仲間らが、月が明るい夜に旅していたら、亡霊のハッグと出会った。時にはこれは姿を変え、時には視線から現われたり消え去ったりした。アポロニウスがこれに気づいたら、仲間らに向かってひどく罵るように助言をした。彼はこのような侵略者に対しては、それが最良の特効薬であるのを知っていたからである。彼の仲間らは助言された通りに行い、亡霊は騒音とともに影のように消え去った。この種の霊らには、それは恐ろしく、偽りの恐怖、偽りで不可能の脅迫により動かされるからである。
 さらに上記で述べた事の他にも、ある種の霊らはそれほど有害では無く、人に近いので、人の情熱により影響される事すらあり、これらの多くは人間社会を好み、その中に住んでいる。それらのある者らは女性を愛し、ある者らは子供らを愛し、ある者らは様々な室内や野生の動物を仲間にするのを喜び、ある者らは木々や庭園に住み、ある者らは泉や草地に住む。
 そのため、フェアリー、ホブゴブリンは平原に住み、ナーイアスは泉に、ポタミデスは川に、ニンフは沼に、オレイアスは山に、ヒュメデスは草地に住む。ドライアーデースとハマドライアーデースは樹々に住むが、サチュロスとシルヴァヌスもそこに住んでいる。これらは、ナプタエとアガペーが花に対してするように、木々や草むらを好む。ドードーナエはドングリの中に、パレアエやフェニリアエは飼い葉や土の中に住む。
 そのため、これらを召喚しようとする者は、これらが住む場所で、これらが好む香りを作り、特別な木材や動物の腸による楽器を鳴らし、適切な歌、詩、呪文を加え、特にここで良く観察し、意志を一つにして、心を無垢にし、堅固に信じ、常に沈黙をするならば、容易に呼び出せるだろう。そのため、これらはよく子供、女、貧く低俗な男らと出会う。これらは堅固で勇敢で豪胆な精神の者らを恐れ逃げ出し、純粋で善良な者らを傷つける事は無いが、不純で邪悪な者には行うのである。
 この種の者らは、ホブゴブリン、ファミリア、死者の亡霊ゴーストである。そのため、プロティノスは、人々の魂は時には霊を造り、良き者らは、ギリシア人がエウダイモン、祝福された霊と呼ぶファミリアを造り、悪しき者らはギリシア人がカコダイモン、悪霊と呼ぶハッグやホブゴブリンを造るが、吉や凶を受けるに値するか確実でない者らは死霊と呼ばれるだろうと述べている。
 これらの現われは様々であり、それらについて小プリニウスが述べる話では、タルシスの哲学者アテノドルスの家で、老人の死霊の恐ろしい騒音が突如聞こえたという。また、ピロストラトスが似たような話を語っており、メニップス ルキウスの家にハッグが現われコリント人の美しい女に姿を変えたが、ティアナのアポロニウスはそれをホブゴブリンと見破ったという。また、アポロニウスはエペソスでも、老人の乞食の姿をした化け物を見つけ、それが町の疫病の原因となっているのを見抜き、住民に石打の刑で殺すように命じた。すると死んだ乞食はマスチフ犬に姿を変えて、町の疫病が収まったという。
 そのため、我々は悪霊相手に知的な作業をしなくてはならない時はいつでも、善霊の力によりこれらを縛り付ける必要がある。だが、これらを用いて世俗の欲望のために作業する者は、(神の)裁きと非難を受ける事になろう。


オカルト哲学 3-33
↑ オカルト哲学 第三の書

*1 3世紀初頭 - 258年。カルタゴの司教。ラテン教父の一人。この聖人を著者と擬したグリモアが幾つも中世に書かれている。