オカルト哲学 3-28

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第28章 どのような時に霊らの名前がそれが置かれたものから取られるか


 私はまた、別の種類の霊らの名前が、それらが置かれ司るものから取られる事があるのも見つけている。これらの名前は、星々、人々、場所、時間といったものから取られ、神名がその最後に付け加えられる。
 よって、土星の霊はサバティエルと呼ばれ、木星の霊はザドキエル、火星の霊はマディミエル、太陽の霊はシェメリエルあるいはシェメキア、金星の霊はノガヘル、水星の霊はコハビアーあるいはコハビエル、月の霊はヤレアヘルあるいはレヴァナエルである。また同様に、12宮を司る霊らも、白羊宮から順に以下の様に呼んでいる。テレティエル、スリエル、トミミエル、サッタミエル、アリエル、ベツリエル、マスニエル、アクラビエル、ヘセティエル、ゲディエル、デリエル、ダギミエル。
 そしてラテン語の言葉からこれらを呼ぶとしたら、アリエル、タウリエル、ゲミニエル、カンクリエル、レオニエル、ヴィルギニエル、リブリエル、スコルピエル、サギッタリエル、カプリエル、アクゥアリエル、ピスキエルであり、惑星からは、サトゥルニエル、ヨヴィエル、マルティエル、ソリアー、ヴェネリエル、マルクリエル、ルナエルあるいはルナイアーとなる。
 そして私が先に言ったように、善霊にせよ悪霊にせよ、全ての霊らは人との合一を望み、時にはある方法でこれらは獲得し、そのような(憑依をされた)者らは神々、天使、悪魔と呼ばれると私は聞いている。その霊らの名前は、(憑依された)者らの生涯から現われた単独の優れた美徳や、絶望的な邪悪さから得られ、善や悪のダイモンらの名前の列に加えられ、我々がそれらの者らの魂か、善や悪の守護神を表すと考えるにせよ、これらの間で認められる。
 そのためエズラ記*1での大天使エレミエルは、預言者エレミヤから取られた名前である。またザカリエルは預言者ザカリアから、ウリエルはエホヤキム王が殺した預言者ウリヤーからである。同様に、サムエル、エゼキエル、ダニエルらは預言者の名前であると同時に天使の名前でもある。ペニエルは天使の名前であり、ヤコブが夜の間中、天使と格闘をした場所でもある*2。アリエルは天使の名であると同時に、神の獅子の意味もあり、時には悪しきダイモンの名や、アリエルの偶像が崇拝されていたゆえにアリオポリスと呼ばれる都市でもある。
 また聖書には多くの悪しきダイモンらの名前もあり、これらは最も邪悪な人間や、その住居から来ている。アスタロトは悪しきダイモンの名前であるが、元は巨人族バシャンの王オグの住む都市の名前だった。また同様にアスタロトはアモリ人の都市の名前でもあった。ラファイムは谷の名前で、イェラミエルはアロフィリ(ペリシテ)の国であった。また、偶像や悪しきダイモンらの名前もあり、レンマはダマスカスの偶像で、カモスはモアブの偶像、マルカムはアモリの偶像、ベルはバビロニアの偶像、アドラメクはアッシリアの偶像、ダゴンはアロフィリの偶像であった。
 またフィロンはアモリ人が持っていた7体の黄金の像について記しており、彼らはこれを聖なるニンフと呼び、これらは呼ばれるたびにアモリ人に、その働きを見せたという。これらのそれぞれの名前は女性のもので、7人の邪悪な男の妻たちであり、大洪水の後に娶ったという。それらの名は、カナアン、ヒュト、セラト、ネブロト、アビリオン、エラト、デスアトであり、アモリ人はこれらの像を宝石で飾り、刻み、聖別をした。これらのうちの1体は、盲者の目を見えるようにする徳があった。これらの像はどの火によっても燃やされなかった。様々な書がこれらの像に捧げられたが、それらの書も火では燃えず、鉄で切る事も出来ず、水で消す事も出来なかったが、主の天使がこれらを取り、海の底へと沈めたという。
 さらに、ニンブロト*3、ケダラオメル、バラク、アマレクといった王らの名も、悪霊の位階を得ている。
 また巨人族も、悪魔同様に一般名としてエナキム ענקים と呼ばれており、これらは神の像を得ていない、つまりこれらは霊的な知性の輝きを受け取っていないので、これらの考えは悪しき種類の欺きと罪に満ちている。そのため、エジプトのラビ モーセスが言うように、これらは人の種とは違い、むしろ動物、悪魔の種であり、見た目が人の形をしているのみなのである。また彼が言うには、これらはアベルとセトの間に位置するアダムの子らであり、これらについてヘブライの賢者らはアダムはトコト תוכות 悪魔を生んだと述べている。だが、その後にアダムが神の目の恵みを見出すと、神自身の像と類似によりセトを生んだ。つまり神の像に従う者は、人の完成を得るものだが、全ての悪と過ちの原因である堕落によって、アダムはそれを得ておらず、人の種には認められていなかったのである。
 またポルピュリオスが引用する魔術師らの意見では、悪しき魂らは悪魔の性質へと変わり、これらのように有害となるという。これはキリストもイスカリオテのユダについて「私は12人の使徒を選んだが、その1人は悪魔である」と語っていた時に確証している。そのため、悪魔は外側から得た者と呼ばれる。人の魂が悪魔となるからである。そのため、悪人と悪魔の名前は同じであり、それらの魂を呼ぼうとも、悪人の名前を取った悪しき守護神を呼ぶにせよである。
 またべへモスとレビヤタンは獣と悪魔を意味する。
 これらの例から、探究する者は善霊や悪霊の名前を見つけられるであろう。


オカルト哲学 3-29
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 第二エズラ記 第2章18節。
*2 創世記 第32章31節。
*3 イザヤ書 第37章38節にあるニスロクの事か?