古今の秘密の教え タロットカードの分析

ページ名:古今の秘密の教え タロットカードの分析

タロットカードの分析


 トランプの起源、その目的、ヨーロッパへと導入された時代についての権威者らの意見は大きく異なっている。「トランプの歴史」でサミュエル ウェラー シンガーは、カードはインドからアラビア経由で南欧へと伝わってきたという意見を表明していた。タロットカードは、サラセン(イスラーム教徒)からか、あるいはシリアで栄えていた神秘的な宗派の一つから、テンプル騎士団が確保した魔術的、哲学的な知識の一部分である可能性が高い。ヨーロッパに帰還したテンプル騎士団員らは、迫害を避けるために、これらの魔術書により導かれた象徴の奥義の意義を、表面上は娯楽とギャンブルのための道具の中に隠した。ジョン キング ヴァン レンセラー夫人は、以下の様にこの結論への支持をしている。


「このカードは、(ヨーロッパの)故郷に帰還した戦士らによりもたらされました。彼らはまた東洋から新しく得た多くの風習と習慣を彼ら自身の国々へともたらしており、これは良く確立された事実のように思えます。もっともジプシーがカードをもたらしたという一部の著者らの主張とはこれらは矛盾しません。この時代にジプシーはヨーロッパで放浪を始めており――彼らからカードを得て、それらは今日と同じように、未来を占うために用いられていたのです。」(「悪魔の絵の書」を参照)


 ジプシーを通じたタロットカードの歴史は、古代エジプトの宗教的象徴主義にまで遡れよう。サミュエル ロバーツは優れた研究書「ジプシー」の中で、彼らのエジプト起源の具体的な証拠を示している。ある個所で彼はこう書いている。「ジプシーが最初にイングランドに到達した時期は不明である。ヘンリー8世の御代(1509年 - 1547年)に、彼らに対する最初の法令が出されている。そこでは彼らについて『自らをエジプト人と呼ぶ風変わりな民で、どのような工芸も商売もせず、巨大な数で移動する』と記してある。」アレクサンドリアのセラピス神殿の破壊後に、多くの数の神官らが、セラピスの儀礼の秘密を保存するために、共に集まって移動していったという興味深い言い伝えが残されている。彼らの子孫(ジプシー)は、燃やされた(アレクサンドリア)図書館から救われた書の中でも最も貴重なもの――エノクの書、あるいはトート(タロット)の書――を携え、地上の放浪者となり、古代言語と魔術と密儀の生得の権利を携えた民となった。


 クール ド ジェブランは、タロットという名前そのものも、古代エジプト語の2つの言葉、タル(道を意味する)とロー(王を意味する)から来て、知恵への王道を構成すると信じていた(「原初の民」を参照)。フランスのある秘密結社の代弁者であるP.クリスティアンは「魔術の歴史」の中で、タロットの22の大アルカナカードの中で示されている古代エジプト密儀の秘儀参入について魅惑的な内容を与え、それらが(メイソンリーの)大いなるギャラリーの線と巨大なサイズの図案に比例すると確言している。これらの密儀儀礼では、それぞれのカードを順に示し、秘儀伝授者は志望者に対して、その象徴について説明していたという。エドゥアール シュレーも、その情報源はクリスティアンのものと似ていたが、彼の書のヘルメース密儀への秘儀参入の章で、同じ儀礼について仄めかしている(「大いなる秘儀参入者達」を参照)。古代エジプト人はタロットカードをこれらの儀礼で用いていただろうが、これらのフランスの神秘家らはこの理論を支持するためには、彼ら自身の推測以外には何の証拠も持たなかった。また、最近巷で流行っている、いわゆるエジプトタロットの正当性についても、満足したものは何も無い。その絵柄が極めて現代のものであるだけではなく、その象徴主義自身も古代エジプトの影響というよりフランス味がある。


 薔薇十字団の象徴主義でも、タロットは疑いなく重要な要素であり、おそらくは団員らが保持すると主張していた普遍的知識の書である可能性もある。Rota Mundi(世界の薔薇)は、薔薇十字友愛団の初期の宣言書によく出てくる言葉である。Rotaの言葉を再配置すると、Taro、これらの神秘的なカードの古い名前となる。W.F.C. ウィグストンはフランシス ベーコン卿が暗号文にタロットの象徴を用いていた証拠を見つけている。21、56、78は全てタロットデッキの分割で直接的に関連している数だが、ベーコンの暗号文によく含まれている。1623年の大シェイクスピア フォリオの歴史の書の56ページには、ベーコン卿の洗礼名が21回現われている(「文学のコロンブス」参照)。


 タロットカードに現れている多くの象徴は、決定的にメイソンリーの興味を惹いていた。ピュタゴラス学派の数秘学者もまた、カードの数とその数と関わっている絵のデザインとの間の重要な関連性を見つけるだろう。カバリストはカードの順番の意味合いに、即座に印象付けられるだろう。錬金術師は、一見無意味な象徴の中に、変容と再生の神の化学を見つけるだろう。古代ギリシア人が彼らのアルファベットの文字を――関連する数とともに――ロゴス(御言葉)のこれらの人間の現れとして、様々な人体の部分へと配置したように、タロットカードも宇宙の部分や数だけではなく、人体の様々な部分においても類似があった。これらは事実、人の魔術的な構成の鍵なのである。


 タロットカードは(1)分離され、完全なヒエログリフとして、それぞれは違った原理、法、力、自然の要素を表される。(2)それぞれの関連性は、あるものが別のものへの働きの効果として表される。(3)哲学的なアルファベットの母音、子音として表されると考えるべきである。全ての事象を支配する諸法は、タロットカードの象徴として表されており、それらの数値は事象の数と同じである。あらゆる構造には特定の要素の部分により構成されるように、タロットカードも哲学の構造の構成を表している。どの学問や哲学に学徒が関わっていようとも、タロットカードは彼の主題の本質的な構成要素と同一視できよう。そのため、それぞれのカードは、数学的、哲学的な諸法の特別な部分と関連している。タロットについてエリファス レヴィはこう記している。「牢獄に入れられ、タロット以外の何の書も持っていない人がいたとしても、その使い方を知っているならば、数年で彼は普遍的な知識を得て、全ての主題について並ぶ者無き学識を持ち、無尽蔵の能弁さとともに語る事が出来るであろう。」(「高等魔術の教理と祭儀」を参照)


初期のポルトガルのトランプカード

チャットーの「トランプの起源と歴史」より


 上記の図で再現した4人の騎士(ジャック)のデッキの絵から、ウィリアム アンドリュー チャットーは以下の様に注記している。「タロットとトランプカードの書から引用した上記のポルトガルの見本の一部は、複写したものだとしたら、起源が示唆している東洋のものと非常によく似ており、特にダナリとバスタリ、金とクラブのスーツのものがそうである。これらのカードは円形をしており、一般的にはダナリ、金を表すか、確実にそれよりもチャクラか、ヒンドゥー教の宗教画で見るようなヴィシュヌ神の持つ輪を表していた可能性の方が高い。クラブの上には、ダイヤモンドがあるが、これはヴィシュヌ神の別の属性でもある。」また別に注記すべき事として、中世の様々なデッキには薔薇十字団やフリーメイソンリーの象徴が現れている事である。これらの組織の秘密がしばしば暗号化された彫刻の中に隠されたように、様々なカードのデッキの謎めいた絵の中に、これらの組織の政治的、哲学的な奥義を隠し、迫害から生き残らせようとした可能性は極めて高い。チャットー氏の本の口絵には、ハートのジャックが盾を持ち、そこには王冠をかぶった薔薇十字団の薔薇が描かれていた。


 タロットの象徴主義の著名な権威者らの様々な意見は全く対立したものである。学識あるクール ド ジェブランの結論と、奇怪な達人エッティラ――この主題の最初の権威者――の両者の意見は大きく食い違っているだけではなく、両方とも同様にレヴィによってこき下ろされており、このレヴィのタロットの大アルカナの配置も、今度はアーサー エドワード ウェイトとポール フォスター ケースの両方から学徒を惑わすとして拒否されている。レヴィの信奉者ら――特にパピュ、クリスティアン、ウェストコット、シュレー――は、「改革タロット主義者」らから、ウェイト氏の修正によるパメラ コールマン スミス嬢の描いた新しいタロットデッキを知らないゆえに、正直だが闇の中を彷徨う無知蒙昧の輩という扱いなのである。


 タロットに関するほとんどの著者ら(ウェイト氏は顕著な例外である)は、大アルカナの22枚のカードはヘブライ語の22文字を表しているという説を主張し続けていた。この仮説は、両方ともが、たまたま22の部分があった偶然以外の何物も基盤には無い。ポステル、サンマルタン、レヴィの全てが、自らの書をタロットの大アルカナと照応する22章に別けて書いていたのは、この主題の興味深い側面である。大アルカナカードは、「ヨハネの黙示録」に書かれた出来事を描いており、黙示録の著者の聖ヨハネもこの書を22章に別けている。このタロットの謎にカバラが解答を提供すると仮定していたので、探究者らは他の可能性をしばしば無視してきた。だが、タロットとヘブライ文字や(生命の樹の22の)知恵の小路との正しい関連を見つけ出す作業は、今の所は成功しているとはいえない。タロットの大アルカナカードとヘブライの22文字の照応は、まず最初に数無きカード、あるいはゼロ――Le Mat、愚者を正しい場所に配置しない限りは調和しないのである。レヴィはこのカードを20番目と21番目のカードの間に置き、シン(ש)のヘブライ文字と関連するとした。この順番は、パピュ、クリスティアン、ウェイトも従ったが、ウェイトは配置は正しくないと述べていた。ウェストコットはこの0番のカードを22番の大アルカナカードとした。一方で、クール ド シェブランとポール フォスター ケースの両方とも、数無きカードを大アルカナの最初の数のカードの前に置いたが、それは(ピュタゴラス学派とカバラ体系のいずれもそうであるように)自然数の順序に合うようにするには、0のカードは1番の前に来なくてはならないからである。


 だがこれで問題が全て解決したわけではない。ヘブライ文字をそれぞれのタロットの大アルカナカードに割り当てる作業は、説得力からは遥かに遠い結果となるからである。タロットの改修をしたウェイト氏は、自らこのように述べている。「私はヘブライ文字とタロットの大アルカナカードの間に正当な照応があるという意見に満足している者らのうちには含まれない」(クルト シュテンリングの「形成の書」の序文を参照)。真の説明は以下のようなものだろう。大アルカナは今では、ヘルメースの聖なる書から造られた時とは同じ順番ではない。なぜなら、エジプト人――あるいは、彼らのアラビア人の継承者ら――は意図的にカードの順番をバラバラにし、それによって秘密が保たれるようにするためである。ケース氏の作った体系は、他の多くよりも優れたものであるが、2つの議論の余地がある点、すなわちウェイト氏の改修したタロットの正確性と、ヘブライ文字の最初の文字を数無き、あるいは0のカードに割り当てた正当化に大きく拠っているのである。最初のヘブライ文字のアレフは1の値があるので、0のカードに割り当てたのは、0はアレフの文字とイコールであり、そのため1の数と同義であると主張するようなものである。


 稀な慧眼により、クール ド ジェブランは、0のカードをアイン ソフ、不可知の第一原因に割り当てていた。古代のベンバインの図の中央のパネルは、発現された神々の7つの3つ組に取り囲まれた創造の力を表していたように、0のカードは永遠の力を表し、残りの21枚のカードは周囲の、あるいは発現した様相であるが、その表現は制限されている。21の大アルカナカードが、0のカードの抽象的な形質の制限された存在形態であると考えられるならば、この0のカードはこれらの共通項となるであろう。では、どのヘブライ文字が、全ての残りの文字らの起源といえようか? 答えは明らかにヨドである。これだけ多くの推測がある以上、さらに1つを加えるのは問題あるまい。0のカード――Le Mat、愚者――は、物質宇宙と繋がっているとされたが、それは死すべき者らの圏は、非現実の世界だからである。低位の宇宙は、人の死すべき体と同様に、衣、雑多な衣装にすぎず、帽子やベルに良く例えられる。この愚者の衣の下には、神的な形質がある。そして、この道化師はその影に過ぎない。この世界は、マルディグラ(肥沃な火曜日)――神の火花の見せかけ、愚者の衣装により覆われたものである。幻影のヴェールを貫けない者ら全てを欺くために、この0のカード(愚者)がタロットデッキに置かれたのではなかろうか?


 タロットカードは啓明された高祭司らにより、密儀を愚者と無知なる者が保持するよう委託され、ゆえにゲームの道具――多くの場合には(賭けの)悪徳の道具にすら――となった。そのため人の悪しき習慣は、実際には無意識によるこの哲学的訓示の保持に役立つ結果となった。パピュは「私は秘儀参入者らの知恵に讃嘆する。彼らは悪徳を用いて、それを美徳以上に利益のある結果にしたのだ」と書いている。この古代の神官らの行動自身が、タロットの奥義全てが、0のカードの象徴主義に含まれるという理論の証拠を与えてはいないだろうか? この知識が(現実の)愚者らに委託されたのなら、このカードの中にそれが見出せないだろうか?


 もしLe Mat、愚者が、タロットデッキの第1のカードの前に置かれ、他のカードは水平に左から右へと並べられたとしたら、愚者が様々なカードを通って他の大アルカナ達に向かって歩いていく絵を見出すだろう。霊的に目をくらまされ、縛られた新入りニオファイトのように、愚者は至高の冒険――神の知恵の諸門を通っていく道へと旅立とうとしている。だが0のカードが大アルカナカードの外側にあると考えるならば、一つのヘブライ文字とタロットの照応が無くなることにより、タロットカードとヘブライ文字の間の照応が破壊されてしまう。この場合、照応の無い文字に、エレメンツと呼ばれる仮想的なタロットカードを割り当て、これから56枚の小アルカナカードが分割されたと仮定する必要があるだろう。それぞれの大アルカナカードも、似たような分割をする事も可能である。


 第1の大アルカナカードは、Le Bateleur、大道芸人と呼ばれている*1。クール ド ジュブランの意見では、彼が織りなす創造の全ては夢にすぎず、神的なエレメンツを手でジャグリングする存在、永遠の危険なゲームの生である。彼が一見して行う奇跡は、実際には宇宙的な手品の技にすぎない。人はこの大道芸人の手の中にある小さな玉のような存在である。彼が手を振ると、たちまちに! 玉は消え去る。これを見ている世界は、消えた粒は、なおも大道芸人の手のひらの中に隠されている事に気付かない。またこれはウマル ハイヤームが「ショーの師」と呼ぶ達人でもあり、このカードの要旨は、賢者は自然の現象を動かし、決してそれによって欺かれないのである。


 この魔術師は机の背後で立っているが、この机の上には幾つかの物が置いてあり、その主要なものは、まず杯――聖杯と、ヨセフがベニヤミンの袋に入れた銀の杯である。コイン――貢物の金と建築家の師への賃金である。剣――ゴリアテが持っていたもので、また偽りを真理から分離する哲学者の神秘的な刃である。魔術師の帽子は宇宙的な連珠形(無限の記号)をしており、これは創造の最初の動きを表している。彼の右手は地を指しており、左手はヤコブの杖を掲げており、また蕾の尖端についた別の杖もあり、これは創造的知性の球の王冠をかぶった人間の脊柱を表している。疑似エジプトタロットの絵では、魔術師は額の周囲に蛇形記章と黄金の輪を付けており、彼の前の机は完全な立方体の形をしていて、彼の腰ひもは、自らの尾を飲み込む永遠の蛇である。


 第2の大アルカナカードは、La Papesse、女教皇と呼ばれており、このカードは中世で教皇の座についた唯一の女性の興味深い伝説と関連している。教皇ヨハンナは男装をする事でこの位にまで登ったが、彼女の虚偽が暴露された事により石打の刑で殺されたという。このカードには三日月を載せたティアナをかぶった女性が座った姿が描かれている。彼女の膝にはトーラー、律法の書(通常は部分的に閉じられている)が置かれ、左手には一つは金でもう一つは銀の秘密教義の鍵がある。彼女の背後には(ヤキンとボアズの)2本の柱が立っていて、その間には様々な色のヴェールが吊るされている。彼女の御座はチェッカー盤の床の上にある。ユーノーと呼ばれる人物が、たまにLa Papesseの代わりに置かれている。キュベレーの密儀の女高祭司に似て、この象徴的な人物は、シェキナー、神的な知恵の擬人化である。疑似エジプトタロットの絵では、女祭司はヴェールをかぶっていて、秘儀参入をされていない者には真理の完全な顔は明らかにされないのを思い出させる。またヴェールは彼女の持つ本の半分を覆っていて、存在の神秘の半分のみが理解されているのを暗示している。


 第3の大アルカナカードは、L'Imperatice、女帝と呼ばれており、ヨハネの黙示録で記される「太陽を身に纏う女」と関連している。このカードには翼のある女性が玉座に座った絵が描かれており、彼女の右手は不死鳥の紋章がある盾で支えられ、左手には先端に球あるいは三つ葉の花が付けられた王錫を持っている。彼女の左足の下には、時には三日月が描かれている事もある。この女帝は王冠をかぶっているか、その頭が星々の輪で取り囲まれており、時には両方が描かれている。彼女は世代と呼ばれ、第4の物理世界の前にある3つの霊的世界を表している。密儀の学院を卒業する際に、彼女はアルマ マーテル(母校)であり、その体から秘儀参入者は「再び産まれる」。疑似エジプトタロットでは、女帝は黄金のオーラで取り囲まれたように描かれている。そこから物理宇宙全体が産まれる力の紋章的存在として、L'Imperatriceはしばしば妊婦として象徴される。


 第4の大アルカナカードは、L'Empereur、皇帝と呼ばれており、この4の数はピュタゴラス学派からテトラドの形として、大いなる神と直接関連づけられている。彼の諸象徴は、皇帝がデミウルゴス、低位世界の大王であると宣言している。皇帝は鎧を身に纏い、その座る玉座は立方石で、その側には不死鳥がはっきりと見える。王は足を意義深い様子で組み合わせていて、球のついた王錫を持つか、右手には王錫を、左手には球を持つ姿で描かれる。この球自身は、彼がこの世界の至高の支配者である証拠である。右と左の胸にはそれぞれ太陽と月の象徴が見え、象徴主義において、これらは大王の目を表している。体と足の姿勢は、硫黄の象徴の形を取っており、古代の錬金術の君主の徴である。疑似エジプトタロットでは、人物は横顔で表される。彼はメイソンのエプロンを身に着けて、そのスカートは正三角形を形作る。彼の頭には北方の王冠があり、その額には蛇形記章で飾られている。


 第5の大アルカナカードは、Le Pape、教皇と呼ばれており、多神教かキリスト教の密儀の学院の高祭司を表している。このカードでは高祭司はティアナを頭に着け、左手には地球を尖端に付けた三重の十字架を持つ。彼の右手の甲には聖痕があり、その手は「秘教主義の教会のサイン」を作っている。そして彼の前には2人の嘆願者あるいは侍祭が跪いている。教皇の御座は、天と地の柱の間にある。このカードは生の密儀の秘儀参入者あるいは師、ピュタゴラス学派がいう霊的な医師を表している。この幻影の世界は、2人の人物(極性)が御座の前で跪くので表され、そこに座るのは自らの意識を霊的な理解とリアリティーへと高めた秘儀参入者である。疑似エジプトタロットでは、師は蛇形記章を頭に着けていて、白と黒の人物――生と死、光と闇、善と悪――が彼の前で跪いている。秘儀参入者がこの非現実の世界を乗り越えているのは、ティアナによって示され、その三重の十字架は、不可知の第一原因より放たれた3つの世界を支配しているのを表している。


 第6の大アルカナカードは、L'Amoureux、恋人たちと呼ばれている。このカードには2つの違った絵の版があり、1つは結婚式のもので、司祭が若者と乙女(アダムとエバ?)を聖なる婚姻に結び付けている。時には恋人達の上に翼のあるキューピットが矢を放つ絵が加えられることもある。第2の絵は若者と、その両側に女がいる。女の片方は黄金の冠をかぶって翼を生やしており、もう片方はバッコスの巫女の流れる衣を着て、彼女の頭はつるの葉の冠をかぶっている。乙女らは、人の2重の魂(霊的なものと動物的なもの)を表し、霊的な方は彼の守護天使であり、動物的な方は彼の常に傍に居る悪魔である。この若者は成熟した生の始まりに達しており、「道の選択」にあり、美徳と悪徳、永遠なるものと一時的なものの選択をしなくてはならない。彼の上には光の輪が描かれており、これは宿命の守護神(彼の星)であり、無知な者らによりキューピットと誤解されている。若者が愚かな道を選んだら、目隠しする宿命の矢が彼を射し貫くであろう。疑似エジプトタロットでは、守護神の矢は、悪意の人物の方に向けられており、彼女の道の終わりが破滅であるのを示している。このカードは自由意志――あるいはより正確に言うと、選択の力――の代価が責任であるのを思い起こさせる。


 第7の大アルカナカードは、Le Chariot、戦車と呼ばれ、王冠をかぶり勝利をした戦士が、黒と白のスフィンクスあるいは馬に引かれた戦車に乗る姿が描かれている。戦車の星々が描かれた天蓋は4本の柱により吊るされている。このカードは創造の戦車に乗る高められた者を表している。太陽のエネルギーの乗り物は、真理の奥義において7の数、すなわち7つの面であると明かされ、これらの中心で勝利とともに太陽の力は戦車に乗っているのである。天蓋を支えている4本の柱は星々の描かれた織物で表されている諸世界を保持する4体の力ある者らを表している。この絵の人物は、太陽エネルギーの王錫を掲げ、その両肩は三日月――ウリムとトンミムにより飾られている。戦車を引くスフィンクスらは、秘密で未知の力を表し、それにより勝利をした君主は彼の宇宙の様々な部分を常に移動しているのである。一部のタロットデッキでは、この勝利者は再生された人を表すが、それは戦車の本体が立方石だからである。この絵では鎧を付けた人は、戦車の上ではなく立方石から立っており、そのため4から3の上昇――親方メイソンのエプロンを上へはためかす仕草を表している。疑似エジプトタロットでは、この戦士は偃月刀を身に帯び、成熟を表す髭を生やし、惑星の軌跡の首飾りを着けている。彼の王錫(3重の宇宙の象徴)の尖端には正方形があり、その上に円があり、さらに上に三角形がある。


 第8の大アルカナカードは、La Justice、正義と呼ばれ、玉座に座る女性の絵が描かれ、その背後には2本の柱が立っている。正義は王冠をかぶり、彼女の右手には剣を左手には天秤を持っている。このカードは(エジプト死者の書の)オシリスの間での魂の審判を思い出させる。これはバランスの取れた諸力のみが耐えられ、永遠の正義は剣によりアンバランスなものを破壊する事を教える。時には、この正義の女神は、絞首刑のロープのように、その髪を首の周りでねじっている姿でも描かれる。これは人は自らの破滅の原因であり、その行動(彼女の髪により象徴される)が自らの破滅の道具となるのを暗に表しているのであろう。疑似エジプトタロットでは、正義の女神は3段の高座で立っており、これは正義は(メイソンリーの)第3位階にまで高められた者のみが完全に行えるのを示している。さらにこの絵では、正義の女神は目隠しをされているが、これは見えるものは彼女の決断に何の影響も与えないのを示している(読者の理解できない彼自身の考えから、ウェイト氏は第8と第11の大アルカナカードの順番を変えている)。


 第9の大アルカナカードは、L'Hermite、隠者と呼ばれ、修道士風の衣と頭巾を着けて、杖にもたれかかっている老人の絵が描かれている。このカードは誠実な人間を探すディオゲネス*2を表すと一般的に見做されている。この隠遁者の右手はランプを持っており、部分的に衣のすそで隠している。そのため、この隠者は数えきれない長きにわたり、古代の知恵の光を冒涜者らから慎重に隠してきた秘密結社の擬人化である。隠者の杖は知識であり、これは人の主要で唯一の永続する助けなのである。時には、この神秘的な杖は、7つの節に分割されて描かれ、人の脊柱に沿ってある7つの聖なるセンター(チャクラ)の密儀を暗に示している。疑似エジプトタロットでは、隠者は四角形の外套の背後にランプを隠しており、これは哲学的真理、すなわち知恵は、無知な者らの怒りに晒されたら、嵐の中で保護されていない小さな火のように破壊される事を表している。人体は外套を形作り、それを通じて彼の神的な性質は、部分的に隠されたランタンの火にように微かに見える。自己放棄――ヘルメース的な生――を通じて、人は霊の性質と静寂の深みを獲得するのである。


 第10の大アルカナカードは、La Roue de Fortune、運命の輪と呼ばれ、8輻のある神秘的な輪――必要性の周期を表す、仏教での有名な象徴――が描かれている。その縁ではアヌビスとテューポーン――善と悪の原理が登っている。その上には不動のスフィンクスが座り、正義の剣を持ち、普遍的知恵の完全な均衡を表している。アヌビスは上昇し、テューポーンは下降しているように見える。だがテューポーンが最底辺に着いたら、悪は再び上昇していき、アヌビスが頂点に到着したら、善は再び衰えていく。運命の輪は低位の宇宙全体を表し、一方で神の知恵(スフィンクス)は善と悪の間の永遠の調停者を表している。インドでは、チャクラ(輪)は世界と個人の両方での命の諸センターに割り当てられている。疑似エジプトタロットでは、スフィンクスは投げ槍ジャベリンで武装し、テューポーンは輪から投げ落とされている。輪を支えている垂直の柱は1本のみが見え、これは謎めいたスフィンクスが乗る世界の軸は北極のものであるのを示している。時には輪とその支えは、海に浮かぶボートとして描かれる事もある。この海は幻影の海であり、必要の周期の唯一の基盤である。


 第11の大アルカナカードは、La Force、力と呼ばれ、無限の形をした帽子をかぶる少女が、見たところ凶暴な獅子の口を両手で開こうとしている。ほとんどの解説者らは彼女は獅子の顎を閉じようとしていると述べるが、批判的な検証は逆の印象を与える。この若い女性は霊的な力を象徴し、獅子は彼女が支配しようとする動物界か、彼女が女主人である秘密の知恵を表している。また獅子は夏至を意味し、少女は処女宮を表している。なぜなら太陽がこの星座に入ると、乙女は獅子から力を奪うからである。ソロモン王の玉座は獅子らの彫刻により飾られており、彼自身は知恵の鍵がその牙の間にある獣らの王と関連づけられていた。この場合、少女は中にある鍵を得るために獅子の口を開けようとしている。なぜなら、この知識を得るためには勇気が求められているからである。疑似エジプトタロットでも同じ象徴が使われているが、例外として乙女は蛇が上に乗ったトキの鳥の形をした精巧な王冠をかぶった女神官として描かれている。


 第12の大アルカナカードは、Le Pendu、吊るされた男と呼ばれ、若い男が水平の棒から左足首より吊るされている。さらにこの棒は、それぞれ6本の小枝が取り除かれた2本の木が支えている。若者の右足は左足の後ろで十字の形で横切り、彼の両腕は背中で縛られていて、それによって十字とその下に下向きの三角形の形となっている。そのためこの絵は、硫黄の象徴の逆向きであり、エリファス レヴィの意見では、大いなる作業の達成を表しているという。一部のデッキの絵では、それぞれの腕は金貨袋を持ち、金貨が零れ落ちている。一般的に、このカードの人物はイスカリオテのユダと関連づけられている。彼は自らを吊るして自殺したとされ、ここでの金貨袋は彼の(イエスを捕らえさせた)罪への報奨金を表している。


 エリファス レヴィはこの吊るされた男をプロメテウス、永遠に苦しめられる者と関連づけ、さらに逆向きの足は低位の自然の霊化を表すと確言した。また、この逆向きの人物は、霊的な機能を失ったのを意味する可能性もあり、それは頭が肉体のレベルよりも下にあるからである。12の枝のあった2本の木の幹は、2つの集団――肯定的と否定的――に別けられた黄道12宮を表している。そのため、この絵は均衡の霊的な原理よりも、極性が一時的に勝利している状態を表している。そのため、哲学の高みに到達するためには、人は自らの生を逆向きに(あるいは逆転)させる必要がある。それにより彼は個人的な保有の感覚を失うだろう。なぜなら、黄金の法則のために、黄金のための法則を捨て断つからである。疑似エジプトタロットでは、吊るされた男は2本のヤシの木の間に吊るされており、自らの世界のために永遠に死んだ太陽神を表している。


 第13の大アルカナカードは、La Mort、死と呼ばれ、巨大な鎌を持つ死神の骸骨が、人々の頭、手足を切って、地上に積み上げている絵である。この働きの中で、骸骨は自らの足の一つも切っているように見える。全てのタロットデッキにこれが常に描かれている訳では無いが、この部分はアンバランスと破滅が同義語である哲学的真理を良く表している。この骸骨は、第一にして至高の神の適切な象徴である。なぜなら、絶対者が創造の基盤であるように、骨は肉体の基盤だからである。この鎌で人を刈る骸骨は物理的には死を意味するが、哲学的には、この幻影の世界が創造される以前に存在した神の状態へと究極的に吸収される事になる、自然の中の抵抗できない衝動を表す。鎌の刃は月と、その結晶化した力である。死体の山がある平野は宇宙であり、このカードは地から育った万物は、切り落とされて再び地へ帰らねばならないのを明らかにする。


 王、王妃、高級売春婦、ならず者らは死神の前では等しく、この死神は見える世界の支配者、全ての被造物の親の部分である。一部のタロットデッキでは、死神は鎧を着けて白馬に乗った姿で描かれ、その足元では老人も若者も同様に踏み潰されている。疑似エジプトタロットでは、死神の背後に虹が見えるが、それは自己の肉体の死すべき定めの状態から、霊の不死性へと到達したのを表している。死は破壊の形態だが、決して命を破壊できず、命は常に自らを再生する。このカードは宇宙の継続的な刷新の象徴である――分解であり、その高次の表現のレベルにおいて再統合がそれに続くであろう。


 第14の大アルカナカードは、La Temperance、節制と呼ばれ、額に太陽のある天使が描かれている。彼女は二つの瓶を持ち、片方は空っぽでもう片方は水に満たされ、常に上位の瓶から低位の瓶へと水が流れている。一部のタロットデッキでは、流れる水は宝瓶宮の象徴の形となっている。だが上位の瓶と低位の瓶の間を終わりなく転換していく生ける水の一滴たりとも失われはしない。低位の瓶が水で満たされたら、瓶は逆向きにされるが、これは命は見えない世界から見える世界へとまず流れ、それから見える世界から見えない世界へと戻るのを意味する。この流れを制御している霊は、大いなるイェホヴァの使者、この世界のデミウルゴスである。女性の額にある太陽、あるいは光の房は、水の流れを制御しており、よって太陽光線により水を空へと引き寄せ、雨として地上へと降し、無限の上下運動を続けている。同様に、人間の生命力の流れは、創造の系の肯定と否定の極の間を往復している。疑似エジプトタロットでは、象徴はほぼ同じであるが、例外として翼ある者は女性ではなく男性になっている。その周囲は太陽のオーラに包まれ、黄金の瓶から銀の瓶へと水を流しており、これは天の諸力が地球圏へと降りてくるのを表している。


 第15の大アルカナカードは、Le Diable、悪魔と呼ばれ、羊か鹿のような角を持ち、腕と胴体は人間、足は山羊か竜であるパーン神に似た姿の生き物が描かれている。この生き物は立方体石の上に立ち、2人の奴隷の首からの鎖を握っている。王錫のように、このいわゆる悪魔は、松明かロウソクを持つ。絵全体はアストラル光、あるいは神の光が逆向きあるいは低位の世界へと反射する普遍的な鏡の、魔力の象徴である。悪魔は蝙蝠のような翼を持ち、夜の、あるいは影の低位の圏に属する事を示している。男性や女性のエレメンタルとして示される人の動物的性質は、悪魔の足元へと鎖につながれている。松明は偽りの光であり、啓明されていない魂らを彼ら自身の破滅へと導く。疑似エジプトタロットでは、テューポーン――豚、人、蝙蝠、クロコダイル、カバが組み合わされた翼ある生き物――が、自らの破壊性の中心で立ち、放火のための松明を掲げている姿で描かれている。テューポーンは人自身の悪行により造られ、その造り主へと歯向かい、彼を破壊する。


 第16の大アルカナカードは、Le Feu du Ciel、天の火(塔)と呼ばれ、胸壁が王冠の形をした塔が、太陽から放たれた稲妻によって破壊されている絵である。王冠はその下にある塔と比べても随分と小さく、これは不十分さからの破壊を示しているのだろう。別のデッキの絵では、稲妻は黄道12宮の天蝎宮の象徴から放たれており、塔は男根の象徴と考えられる。塔からは2人の人物が、1人は前面に、もう1人は背後に落ちている。このタロットカードは人(アダム)の没落の伝説を表すと一般的に考えられている。人の神的な性質は塔として表され、王冠が破壊されると、人は塔から落ちて、自らを物質世界の幻影の中へと呼びこむ。ここではまた、性の神秘の鍵もある。塔は黄金の金貨で満ちていると見なされ、稲妻によって割れ目からその多くの数が放たれるのは、それが潜在性の諸力であるのを示唆している。疑似エジプトタロットでは、塔はピラミッドになっており、その頂点は稲妻によって破壊されている。これは普遍的な家(ピラミッド)の失われた冠石を表している。このカードはヘブライ文字のアインと繋がっているというレヴィの意見を支持するものとして、落ちている人物の額には、第16のヘブライ文字と似たような形が描かれている。


 第17の大アルカナカードは、Les Etoiles、星々と呼ばれ、若い少女が跪く絵が描かれ、その片足は水に、もう片足は地にあり、彼女の体は卍に似たような姿をしている。彼女は2つの瓶を持ち、その中身を地と海へと注いでいる。少女の頭上には8つの星々があり、その1つは遥かに大きく輝いている。クール ド シェブランは、この大きな星をソティスあるいはシリウス星と考えていた。他の7つは、古代人にとって聖なる7惑星である。彼はこの少女は天狼星の上昇とともにナイル川に氾濫を起こすイシス女神だと信じていた。裸であるイシスの像は、ナイル川の上昇が植物や花に幼芽の生を与えるまで、自然は新緑の衣を受け取らないのを良く表しているといえよう。絵に描かれている低木と鳥(あるいは蝶)は、水の上昇とともに起きる生長と復活を表している。疑似エジプトタロットでは、大星は黒と白の三角形により構成されるダイヤモンド形になっており、低木は高い草になっており、その三つ葉の周囲を蝶が飛んでいる。ここではイシス女神は上向きの三角形となり、瓶は低い杯になっている。彼女の足元にある地と水エレメントは、神の豊富さを公平に共有している対立物を表している。


 第18の大アルカナカードは、La Lune、月と呼ばれ、2つの塔――片方は明るく、もう片方は暗い――の間を昇る月が描かれている。犬と狼が昇る月に吠えており、その前面には湖があって、そこからザリガニが大地へと昇ろうとしている。塔の間には小路が曲がりくねていて、地平線の先で消えている。クール ド シェブランは、このカードをナイル川の上昇の別の引用と見て、パウサニアス*3の権威の下で、古代エジプト人はナイル川の氾濫は、月の女神(イシス)が川へと落ちて流れに飲み込まれた結果だと信じていたと述べている。絵でも、月の面から涙が落ちているのが見える。クール ド シェブランはまた、塔はヘーラクレースの柱(ジブラルタル海峡)とし、この先はエジプト人によると、光は決して通らないという。またエジプト人は南北の回帰線を太陽や月が極を貫かないように防いでいる番犬として表していたと注記している。蟹あるいはザリガニは、月の退行の動きを表している。


 またこのカードは、知恵の道を表してもいる。リアリティの探求を始めた人は、幻影の湖から這い上っていく。知恵の諸門の守護者らと対応するのに熟達した後には、彼は学と神学の要塞の間の道を通り、霊的啓明へと導かれる曲がりくねった道に従う。彼の道は人間理性(月)の偽りの光に照らされているが、これは神の知恵の反射にすぎない。疑似エジプトタロットでは、諸塔はピラミッドに代わっており、犬はそれぞれ黒と白にものになり、月は雲によって部分的に隠されている。この場面全体は低位の儀礼の密儀のドラマが演じられる夢的で荒涼とした場所を示唆している。


 第19の大アルカナカードは、Le Soleil、太陽と呼ばれ、2人の子供達――おそらくは双児宮――が、庭園の花々の輪の中で友に立っている絵である。子供の片方は男の子でもう片方は女の子である。彼らの背後には、煉瓦の壁があり、庭園を取り囲んでいるように思える。壁の上には太陽が昇っており、その光線は交互に直線と曲線が続いている。太陽の面から13の涙滴が零れ落ちている。エリファス レヴィはこの2人の子供を信仰と理性と見て、この一時的な宇宙が耐えられる限り共にあるべきだとし、以下の様に記している。「人間の均衡には2本の足を、世界の引力の均衡には2つの力を、子の生成には男女2つの性を必要とする。これこそが、ソロモン王の奥義の意味合いであり、神殿の2本の柱、ヤキンとボアズにより表わされている。」(「高等魔術の教理と祭儀」を参照)真理の太陽は世界の庭園に輝き、そこには2人の子供らが、そこに存在する2つの永遠の諸力の擬人化としてある。世界の調和は、精神と心情として万世で象徴されてきた2つの性質の共同に拠る。疑似エジプトタロットでは、子供らは若者と乙女となり、彼らの上にある太陽の光線は、生成の男根の象徴――円を貫く直線――となっている。双児宮は水星により支配されており、2人の子供らはカドケウスの杖に絡みつく2匹の蛇の擬人化である。


 第20の大アルカナカードは、Le Jugement、審判と呼ばれ、3人の人物が墓から起き上がっているように見える絵である。もっとも墓そのものは1つしか見えない。彼らの上には、栄光の輝きの中を翼ある人物(おそらくは天使ガブリエル)がいて、トランペットを吹いている。このタロットカードは、人の3重の霊的な性質の(肉体という)物質的な構造の墓からの解放を表している。霊のうちの3分の1のみが実際には肉体へと入っているので、残りの3分の2はヘルメース的なアントロポス、監督者となっており、実際には3人のうちの1人のみが墓から起き上がっている。クール ド シェブランは、墓はカード作成者が後に付け加えたもので、元のカードは復活というよりも創造を表していたと信じていた。哲学においては、この2つの言葉は実質的には同義語である。トランペットを吹き鳴らすのは、創造的な御言葉を表し、その詠唱により人は地上の限界から解放される。疑似エジプトタロットでは、3人の人物は単独の存在の3つの部分であるのを、3つのミイラが、1つのミイラの棺から出てきているので示されている。


 第21の大アルカナカードは、Le Monde、世界と呼ばれ、女性がスカーフを優雅に纏い、風がそれをヘブライ文字のカフの字の形にしている。彼女の伸ばされた両手――それぞれが杖を握っている――と、左足が右足の背後で交差された姿は、錬金術の硫黄の象徴を形作っている。中央の人物を取り囲んでいるのは、レンズ形をした花輪であり、レヴィはこれをカバラの王冠ケテルと関連づけていた。エゼキエルの幻視に現れたケルビムらが、カードの四方を占めている。このタロットは小宇宙と大宇宙と呼ばれているが、それは創造の構造に貢献したあらゆる要素を要約しているからである。硫黄の象徴として表される中央の女性は神的な火、大密儀の心臓を表す。花輪は自然であり、火の中央を取り囲む。4隅のケルビムらは命の中央の神的な火より放たれた4大エレメンツ、4世界、4諸力、4界を表している。また花輪は秘儀参入者の王冠を意味し、4つの守護者らを支配するのに成功し、明かされた真理の御前へと入る者に与えられる。疑似エジプトタロットでは、花輪を取り囲むケルビムは、12の三つ葉の花々で構成されており、これは黄道12宮のデカンを表している。人は、この花輪の前で跪き、3つの糸の竪琴を奏でる。これは、霊は不死の太陽の王冠を得る前に、自らの低位の性質の3つの構成の調和を作る必要があるのを示している。


 小アルカナカードの4種のスーツカードは、4大エレメンツ、創造の4隅、カバラの4世界の類似である。小アルカナの鍵は、おそらくはテトラグラマトン、イェホヴァの4文字の御名、IHVHであろう。小アルカナの4スーツはまた、社会の主な分割も表している。杯は僧侶、剣は騎士、コインは商人、杖は農民階級である。クール ド シェブランがいう「政治的地理学」の観点からは、杯は北方諸国を、剣は東方諸国を、コインは西方諸国を、杖は南方諸国を表す。それぞれのスーツの10の数札は、この大分割を構成する国々を表している。さらに絵札の中の王はこれらの政府であり、女王はそれらの宗教であり、騎士はそれらの歴史と国民性であり、従者はそれらの術と学である。タロットカードを占いで用いる事への精巧な文献はこれまで幾つも書かれてきているが、この実践はタロットの主要な目的と対立するので、この議論からは何の利益も得られないだろう。


 ヨーロッパの様々な博物館には、初期のトランプの多くの興味深い展示物がある。また、個人収集家らのコレクションの中にも注目すべきものがある。現存する少数の手書きのデッキは極めて芸術的なものである。これらは当時の様々な著名人が絵師によって描かれており、ある場合には、コートカードに当時の君主とその家族が描かれている。イングランドでは、銅版刷のカードが人気となり、大英博物館にも幾つかの極めて古風な銅版刷カードがある。またこれらのカードには紋章学も用いられていた。チャットーの「トランプの起源と歴史」には、4種類の紋章カードが再現されており、そこでは教皇クレメンス9世の紋章がクラブのキングとして描かれている。また、ギリシアやローマ神話から選ばれた象徴がある哲学的なデッキもあり、有名な歴史の場所や事件を地図や絵で再現した教育用のデッキもあった。トランプの多くの稀な例が、初期の書の表紙に貼られて見つけられている。日本では、この国のほとんど全ての古典文学の知識を求められるカードゲームがある*4。インドでは、東洋神話の様々な出来事を描いた円形のデッキがある。またカード、といってもある意味ではカードではないが、木や象牙、金属にすら彫られているものもある。また嫌いな人物や場所を戯画化した漫画カードもあり、様々な人類の達成を記念するカードもある。アメリカ南北戦争時代には愛国デッキも作られ、そこでは星、鷲、錨、アメリカ国旗が4スーツとなり、有名な将軍達がコートカードとなっていた。


 近代のトランプはタロットの小アルカナカードと同じであり、それぞれのスーツから従者のカードを取り除いて13枚ずつにしたものである。この簡約された形であってすら、近代デッキは深遠な象徴的重要性がある。その配置は明らかに年の分割に拠っているからである。2つの色、赤と黒は年の2つの大分割――太陽が赤道の北側にいる時期と南側にいる時期――を表す。4つのスーツは4つの季節、古代ギリシアの4つの時代とヒンドゥー教の4つのユガを表している。12のコートカードは黄道の12宮であり、ベンバインの図の上位の部分に従って、父、力、精神の3つ組に配置されている。それぞれのスーツの10の数札は、4世界(スーツ)のそれぞれに存在する10のセフィロトの樹を表している。それぞれのスーツの13番目のカードは、年の13の月の暦であり、デッキの52枚のカードは年の52週間を表している。数札の数を足していき、ジャック、クィーン、キングを11、12、13として数えていけば、52枚のカードの合計は364となる。これにジョーカーを1として足したら、365、すなわち年の日の数となる。ミルトン ポッテンジャーはアメリカ合衆国は普通のトランプに割り当てられており、合衆国政府は最終的には53番目の名前無き分割、コロンビア特別区(ワシントンD.C.)による、52の州を支配すると信じていた。


 コートカードには、幾つかの重要なメイソンリーの象徴も含まれていた。これらの9人は真向きであり、3人は横顔である。ここには壊れた「法の輪」があり、これらは完全な人間を生み出すために必要な、9ヶ月間の胎児期と、3つの霊的な解放の段階を表している。4人の武装したキングらは、宇宙を短刀で掘って形作った、エジプトのアモンの建築家らである。これらはまた、黄道のカーディナルサインでもある。4人のクイーンは、キリストを象徴する8つの花びらのある花を持ち、また黄道の不動サインでもある。4人のジャックのうち2人はアカシアの小枝を持ち――ハートのジャックが片手に、クラブのジャックが帽子に差している――、黄道の柔軟サインである。また注記すべき事として、スペードのスーツのコートカードは、カードの端にある紋章を見ておらず、死の象徴を恐れているかのように、そこから目をそらしている。このカード達の結社のグランドマスターは、クラブのキングであり、その尊厳の象徴として球を持っている。


 この象徴を用いたチェスは、全てのゲームの中でも最も重要である。これは「王者のゲーム」――王らの暇潰しと呼ばれた。タロットカードと同様に、チェスの駒は生と哲学のエレメンツを表していた。このゲームはヨーロッパに伝わる遥か前に、中国とインドで行われていた。インドのマハラジャ(君主)らは、彼らの王宮のバルコニーに座って、下の中庭の黒と白の大理石で舗装されたチェスボードの上に駒役の生身の人間を使ってチェスをプレイするのを好んだ。エジプトのファラオらも、チェスをプレイしていたと広く信じられているが、これらの文献の調査と検討の結果は、エジプトのゲームはチェッカーに似たものだったという結論へと導いている。中国では、チェスの駒はしばしば満洲や明といった戦乱の王朝を表すように彫られていた。(ヨーロッパの)チェスボードは黒と白が交互にある64の正方形で構成され、密儀の家の床を象徴していた。この存在あるいは思考の空間の上を、奇妙に彫られた駒が動き、それぞれは特定のルールに従って動かされていた。白のキングはアフラマズダを、黒のキングはアーリマンを表している。この宇宙の諸界では、光と闇の大戦が全ての時代を通じて繰り広げられている。人の哲学的な構成において、これらのキングは霊を、クィーンは心を、ビショップは感情を、ナイトは生命力を、ルークあるいはロックは肉体を表している。またキングの側の駒らは肯定性を、クィーンの側の駒らは否定性を表していた。ポーンらは、感覚の印象と知覚機能――魂の第8の部分――である。白のキングとその一行は、自己とその乗り物らを表し、黒のキングとその廷臣らは、非自己――偽りのエゴ――とその軍団である。よって、チェスゲームは、人の構成要素のそれぞれの部分の、自己の影に対しての永遠の戦いを表している。それぞれの駒の性質は、その動く方法によって明らかにされている。これらの解釈には幾何学が鍵である。例えば、ルーク(肉体)は正方形に動く。ビショップ(感情)は斜めに動く。キング(霊)は捕らえられる事は無いが、これが逃げられないように取り囲まれたら、戦いは負ける、という風にである。


マンテーニャ デッキからのカード

テイラーの「トランプの歴史」より


 トランプの様々なデッキの中でも、特に興味深いものは、マンテーニャのデッキである。1820年に、50枚のカードからなる完全なデッキは当時の高値である80ポンドで売られていた。マンテーニャ デッキは50の主題により構成され、それぞれは相応しい絵によって表されていた。これらは以下の通りである。(1)乞食、(2)従者、(3)金細工師、(4)商人、(5)紳士、(6)騎士、(7)頭領、(8)王、(9)皇帝、(10)教皇、(11)カリオペー、(12)ウーラニアー、(13)テルプシコラー、(14)エラトー、(15)ポリュムニアー、(16)タレイア、(17)メルポメネー、(18)エウテルペー、(19)クレイオー、(20)アポローン、(21)文法、(22)論理学、(23)修辞学、(24)幾何学、(25)算術、(26)音楽、(27)詩学、(28)哲学、(29)占星学、(30)神学、(31)天文学、(32)年代学、(33)宇宙論、(34)節制、(35)分別、(36)不屈、(37)正義、(38)慈悲、(39)不屈、(40)信仰、(41)月、(42)水星、(43)金星、(44)太陽、(45)火星、(46)木星、(47)土星、(48)第8圏、(49)第一動者、(50)第一原因。これらのカードのカバラ的な重要性は明らかであり、カバラの諸書で引用されている光の50の門の直接的な類似である可能性もある。


古今の秘密の教え 荒野の幕屋
↑ 古今の秘密の教え


*1 第1のカードはウェイトのデッキからMagician 魔術師の名で定着したが、それまでは大道芸人 Jugglerと呼ばれる方が一般的だった。
*2 犬儒のディオゲネス。紀元前412年 - 紀元前323年。古代ギリシアのアテナイの哲学者。樽に住み、風狂な振る舞いで知られる。かつてアレクサンドロス大王が訪ねてきて、何が欲しいかと尋ねると、「お前さんがそこにいると、日向ぼっこが出来ないからどいてくれ」と答えた。大王は帰りに「余がアレクサンドロスで無かったなら、ディオゲネスになりたい」と答えたという。
*3 115年頃 - 180年。ギリシアの旅行家で地理学者。「ギリシア案内記」の著者。
*4 かるた?