オカルト哲学 3-21

ページ名:オカルト哲学 3-21

第21章 適切な守護神に従うのと、それらの性質を調べる事について


 天のあらゆる領域に特定の星があり、他にもまして影響を与えるように、超越天にも特定の知性体がおり、それらを支配し、守護する。この序列には他にも無限の数の御使いの霊らがあり、それら全ては通称として、ベニ(息子達)エロヒム ツァバオト בני אלהים שבאות すなわち万軍の神の息子達と呼ばれている。
 いと高き神が、戦争や虐殺やいずれかの王国の崩壊や、これらの低位の世界の民を征服しようと考えたら、他でも無くこれらの霊らが地へと送られ、また上の世界の霊らの闘争を進めさせるが、それらはイザヤ書で書かれており*1、万軍の主は天においては天の軍勢を、地においては地の諸王を訪れ、霊らと司らとの闘争をするとある。また私がダニエル書で呼んだ内容では、ペルシア人の王国の君、ギリシア人の君、イスラエルの民の君があり、お互いに闘争しているとある*2。これらについてホメーロスもよく理解していたようで、以下の詩を詠っている。


「天の宮廷で大いなる噂があるのは、
 神々がお互いに戦に動く時。
 ポイボスがネプトゥーヌスに戦いを与え、
 パラスは戦いの神マールスと争い、
 ディアーナは敵意ある行いに耐え、
 ユーノーとラトーナは殺戮に備え、
 メルクリウスは試み――」


 あらゆる(星々の)領域には全ての種類の霊らがいるが、これらはその領域を司るものと同じ序列にあるならば、より強力となる。そのため太陽の領域では、太陽の霊らは最も強力となり、月では月の霊がそうであり、残りも同様である。また、我々の様々な働きがこれらに与えられ、様々な場所で我々に従うので、ある場所は他の場所よりも幸運を生む、すなわち我々の守護神のダイモンがより力を得たり、同じ序列のより強力なダイモンを我々は得たりするようになる。例えば、太陽的な人は、彼らが太陽の領域や地方を旅するならば、より多くの幸運を経験するだろう。なぜなら、彼らはより強力で利益になる案内者、守護神(genii)を得て、これらの助けによって彼らは予想外に、これらの力による幸運な出来事をもたらされるからである。
 そのため、場所、地域、時間の選択、彼自身の守護神の性質と本能に従って、どこに住むか、どこをよく訪れるかによって、人生の幸福に大いに影響するのである。また時には、名前を変えたりしても、自らの意味合いを変えるのである。ガラスが自らの形の状態を決めるように、名前が変わる事によって、その性質もしばしば変わるのである。そのため、神の聖なる言葉は運命に影響をもたらさない事は無く、神がアブラムとヤコブを祝福した時にも、彼らの名前を変え、片方をアブラハムと、もう片方をイスラエルと呼ぶようにしたのである*3
 また古の哲学者らも、あらゆる人の中にある守護神の性質を、その人の出生時の星の配置やその流れ、アスペクトによって知る方法を教えている。だが彼らの教授はそれぞれ様々であり、お互いに矛盾していたりして、彼らの教授により天の神秘を理解するのは非常に難しい。
 預言のためなら、星の守護神、すなわち出生時の貴婦人*4を求めよ。 だが、マテルヌス*5は、それらか出生時に最も威厳のある惑星からか、あるいは月の宮から導けるという。だがカルデア人は守護神を天に昇った太陽か、月から調べていた。だが他の者らやヘブライ人の多くは、天の一部の方角からや、それら全てから調べられると考えていた。他の者らは、良き守護神は第11ハウスから、ゆえに良きダイモンと呼び、悪しき守護神は第6ハウスから、ゆえに悪しきダイモンと呼んでいた。
 だがこれらの調査は困難であり最もオカルトなので、私ははるかに容易に自らの守護神の性質を調べる方法を示すとしよう。我々の幼児の頃から衝動的な本能があるものや、天が与えた傾向や、疫病などではない悩ませる気質を観察せよ。さらに心や魂の中で空しい考えから逃れているものら、悪しき影響や障害を取り除くよう我々に示唆するものもで、これら全ては疑いなく守護神の説得によるもので、これら守護神は誰もが出生時に与えられており、導き、これらの星により我々になさせようとする事を説得するのである。


オカルト哲学 3-22
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 イザヤ書 第24章21節。
*2 ダニエル書 第10章20-21節。
*3 創世記 第17章5節と32章28節。
*4 おそらく月のこと。
*5 ユリウス フィルミクス マテルヌス。4世紀のラテン著作家、占星術師。多神教徒だったが後にキリスト教に改宗し護教家となる。