オカルト哲学 3-18

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第18章 悪霊らの位階と、その堕天や様々な性質について


 神学者らの学派の中には、悪霊らを天使の9位階と対称させた9位階に分類する者らもいる。
 それらの第1の者らは、偽りの神々と呼ばれ、神々として崇拝されるのを望み、悪魔サタンがキリストに対して「汝が我を崇拝するなら、我はこれら全てのもの、世界の諸王国を与えよう」と言ったように*1、生贄と崇拝を求める。そして、これらの君主は、我は雲を超えた高みへと昇り、いと高き者のようになろうと言った者で*2、そのためベルゼブブ*3、古き神と呼ばれる。
 次の第2の場所には、偽りを言う霊らがおり、アハブの預言者らの口に入った偽りを言う霊であり*4、その君主は蛇のビュソー(パイソン)で、ここからアポローンはピュティウスと呼ばれ、サムエル記*5にある女と福音書に書かれている別の女*6は、腹にピュソーを置いて神託をしていた。そのため、この種の悪魔らは、神託に加わり、人々を占いや予言によって誑かして欺くのである。
 第3の者らは、不法の器、あるいは怒りの器と呼ばれ、全ての悪しき行いと邪悪な術の発明者である。悪魔テウトゥスが(ギャンブルの)カードとサイコロを発明したとプラトンが言うようにである*7。あらゆる邪悪さ、悪意、奇形はこれらから来ているのである。これらは創世記においては、ヤコブがシメオンとレビは兄弟という箇所で、暴虐の器がそこにはあり*8、わが魂よ、彼らの会議に臨むなと述べる。また詩篇作者も死の器について記しており*9、イザヤ書では憤りの器*10、エレミヤ書では怒りの器、エゼキエル書では破壊や殺戮の器がある*11。そしてこれらの君主はベリアルであり、それは縛られない者、服従しない者、嘘つき、背教者を意味する。この者について使徒パウロはコリント人への手紙で、キリストとベリアルに何の調和があろうかと述べている*12
 次にある第4の者らは、悪の復讐者らであり、その君主はアスモデウス、裁きの原因となる者である。
 その次の第5の者らは、欺く者らで、奇跡を真似て、邪悪な妖術師や魔女に仕え、かの古の蛇がエバを誘惑したように、人々をその偽りの奇跡により誘惑する。これらの君主はサタンであり、ヨハネの黙示録では、世界を誘惑し、大いなる徴、すなわち天から火を降ろすのを人々に見せて、この徴により地の民を惑わすとある*13
 第6の者らは、自らを捧げる風の諸力で、稲妻や雷鳴に加わり、風を腐敗させ、疫病やその他の悪の原因となる。それらの数は、黙示録によれば4体の天使らで、地と海を損なう力が与えられている風を、これら天使が地の4方で抑えていると記されている*14。その君主はメリリム*15であり、それは正午の悪魔、荒れ狂う霊、南で吠える悪魔であり、使徒パウロはこれを風の力の君、不服従の子らに働く霊と呼んだ*16
 第7の場所には、復讐の女神が保持し、それらは悪、不和、戦争、惨禍の諸力である。それらの君主は、ヨハネの黙示録によればギリシア語でアポルオン、ヘブライ語でアバドン、すなわち破壊者と呼ばれている*17
 第8の場所には、告発者あるいは審問官らがおり、これらの君主はアスタロト*18、すなわち検閲者であり、ギリシア語では彼はディアボロス*19と呼ばれ、これは告発者、中傷者を意味する。黙示録では、兄弟らの告発者と呼ばれ、神の御前で日夜彼らを告発し続けているという*20
 さらに最後の場所には、誘惑者と罠にはめる者らがおり、これらはあらゆる人間に一体ずつ付いており、そのため悪の精霊と呼ばれ、その君主はマンモン*21、貪欲なる者である。
 だが誰もが認める事は、悪霊らは地獄界のあちこちを彷徨っており、全てに怒り狂っており、ゆえに悪魔と呼ばれ、これらについてアウグスティヌスは、聖ヤヌアリウスに捧げられた御言葉の受肉に関する第1の書で、悪魔と神の天使らはその性質が対照的だと述べた。教会は常にそのように教えてきていたが、これら悪魔が何であるか、どのようにそうなったかなどは、アウグスティヌスは明白には述べていない。だがほとんどの神学者らが同意する意見では、悪魔はかつては天使であったが背教者となって、多くの天使らを誘惑して自らのようにし、今日においてすらこれらは神の天使らと呼ばれている。だがギリシア人(の神学者ら)はこれら全てが非難されるべき存在でも意図的な悪でもないと考えた。天地創造から、罪のある魂らを痛めつける役割が、これらに与えられていたからである。
 他の神学者らが述べるには、全ての悪魔が悪として創造されたのではなく、元は良き天使だったが傲慢さにより天から追い払われたのである。この意見は、我々(キリスト教徒)やヘブライ人の神学者のみならず、アッシリア人、アラビア人、エジプト人、ギリシア人も、彼らの信条により確証している。シリアのペレキュデースは悪魔らの堕天について記述しており、オフィス*22、悪魔の蛇が、これらの反逆の軍勢の頭だと記している。トリスメギストスも、同じ堕天の事を幻視の書で述べており、ホメーロスも詩の中でアラルスの名の下で詠い、プルタルコスも高利貸についての発言の中で表し、エンペドクレスも同様に悪魔の堕天について知っていた。また悪魔自身もしばしば自らの堕天について告白している。
 そのため、これらは天から嘆きの谷へと投げ落とされ、一部の者らは我々の近くの辺鄙な空気の中を彷徨い、他の者らは湖、川、海に住み、さらに他の者らは地に住み、地の住人らを恐れさせ、井戸や鉱山を掘る者らに襲い掛かり、地上が大穴を開ける原因となり、山々の基盤を叩き、人々のみならず他の生き物らも悩ませるのである。
 一部の者らは笑いや欺きのみに長けていて、人々を痛めつけるよりも、うんざりさせる企みをなす。一部の者らは巨人のように自らの背を伸ばして、それから再び縮んでいき、小人のように小さくなる。さらに自らの姿を様々に変え、人々を中身のない恐怖へと掻き乱すのである。他の者らは虚言と冒涜を学び、列王記第一の書での、アハブの預言者ら全ての口に偽りの霊となると述べているように行う。だが悪魔の中でも最悪の類の者らは、地上で伏して通りがかった旅人を襲ったり、戦争や流血を好み、人々を最も残忍な行いへと影響させる者らである。これらについてマタイの福音書で述べており、誰も通る事が出来ない程だった*23
 さらに聖書は夜、昼、正午の悪魔らについて記しており、他の霊らも様々な名で記している。イザヤ書では、サチュロス、叫ぶフクロウ、セイレーン、コウノトリ、フクロウがおり*24、詩篇では猿、バシリスク、獅子、竜がおり*25、福音書では蠍やマンモン、世界の君主らや神の支配者らがおり、それら全ての頭はベルゼブブであり、彼を聖書は邪悪の君主と呼んでいる。
 ポルピュリオスはこれらの君主をセラピスと述べ、またギリシア人らはハーデースと呼び、これらの中での頭はケルベロス、3つ頭の犬である。なぜなら、この者は3つのエレメンツ、風、水、地に秀でているからである。こやつは最も有害な者である。またプロセルピナ(ペルセポネー)も、これらの3つのエレメンツに秀でており、これらの姫であるが、彼女自身が返答において、これらの詩によって証言している。


「わたくしルキーナは、3つの性質において美しく、
 娘にして、風の上より送られ、
 黄金のフォイベー(月の女神)にして、3つの頭を持ち、
 多くの姿に変えられ、3つのサインとともに
 わたくしは地、火、風の形を生み、
 地のマスチフの黒犬のために、世話をします。」


 オリゲネスの悪魔に関する意見では、自らの自由意志により働く霊らは、彼らの君主である悪魔とともに神に仕えるのを止めたとある。そして、もしこれらが少しでも悔悛し、人の肉を纏っていたならば、未来の(終末の日の)復活において、この悔い改めによって、これらが肉となったのと同じ方法によって、永遠して風の体から自由となり、ようやく神の理想へと戻ろう。そして天や地や地獄にある万物が神へと服従するであろう。神は万物の中にあるからである、と述べている。
 さらに聖エイレナイオスは、殉教者ユスティノスの意見に同意していたが、それらではサタンは主イエスが地上に降りるまでは神への冒涜を述べはしなかったが、その時までは罪の宣告を知らなかったからである。だが、堕天し、救いを望んでいる多くの悪魔らがいるという。
 隠者パウロの伝記において、ヒエロニュムスはこれらについても多くの事を記しており、教会では祈祷時の名前としてそれらを留めている*26。またブレンダン*27の伝説でもそのように教えられている。また、このような神との対立関係になってすらも、悪魔らの祈りは聞かれていた。福音書でも、キリストは悪魔の祈りを聞いており、豚の群れに入るのを許された*28、さらに我々の(ラテン語の)聖書での詩篇71篇、ヘブライ語版では72篇*29でも、エチオピア人は彼(神)の前に屈し、彼の敵は塵をなめるとある。ヘブライ語版の文書では、砂漠の住人は彼の前に膝をかがめるとあり、これらはカバラ学者らの認める説では、風の霊らが彼を崇拝するのを意味する。そして、彼の敵は塵をなめるというのは、ザゼルとその軍勢*30の事を指していると解釈していた。また創世記でも、生涯塵を食べなくてはならないとあり*31、別の箇所でも預言者は地の塵は彼のパンだからだと述べている*32。そのためカバラ学者らは、悪魔の一部らも救われるべきだと考えていたが、オリゲネスもまた同様の意見を持っていたのは明らかである。


オカルト哲学 3-19
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*1 マタイによる福音書 第4章8節。
*2 イザヤ書 第14章14節。明けの明星の一節。これは中世では堕天使ルシファーについてとされていたが、実際にはバビロンの王ネブカドネザルについての詩である。
*3 文字通りの意味では蠅の神。旧約聖書では、列王記第二 第1章2節で、エクロンで崇拝されていた神バアル・ゼブブ。新約聖書ではイエスが悪霊を祓うのは、彼が悪霊の頭ベルゼブブだからだと敵から中傷されていた。
*4 列王記第一 第22章21節。
*5 サムエル記上 第28章7節。サウル王が密かに訪れた、有名なエンドルの口寄せ(霊媒)。
*6 使徒言行録 第16章16節。占いの霊に憑かれた女奴隷で、使徒パウロがイエスの名によって霊を追い出したので、もう占いが出来なくなり、それで大儲けしていた主人からパウロは訴えられる。
*7 プラトンの「パイドン」にあるエジプトのトート神の事で、数、計算、幾何学、占星術の発明者であり、チェッカーやサイコロについては言うまでも無いとある。アグリッパは他の箇所では自分が称えているトート=ヘルメースを暗に非難しているとは気づいていないようである。
*8 創世記 第49章5節。
*9 詩篇 第7篇13節。
*10 イザヤ書 第51章22節の憤りの杯のことか?
*11 エゼキエル書 第9章。
*12 コリント人への手紙二 第6章15節。
*13 ヨハネの黙示録 第13章13-14節。
*14 ヨハネの黙示録 第7章1-2節。
*15 おそらく、ヨブ記 第3章5節のクメリリム、日の闇、日蝕から来ている言葉。
*16 エペソ人への手紙 第2章2節。
*17 ヨハネの黙示録 第9章11節。
*18 古代フェニキアの女神アスタルテ、あるいはバビロニアのイシュタルがヘブライ人により悪魔に貶められた姿である。月の女神であり、ソロモン王も(多くの外国出身の側室を通じて)崇拝していたという。ゴエティアなどの中世のグリモアでは男の悪魔に変わった。
*19 ギリシア語で殺害者、あるいは悪魔全般を表す言葉。
*20 ヨハネの黙示録 第12章10節。
*21 アラム語のマモナ、富から来ている。イエスは「神とマンモンの両者に仕える事は出来ない」と述べた。中世には擬人化して悪魔の一種と考えられるようになった。
*22 最初のティターン巨人族であった蛇で、サトゥルヌスとレアに追われるまで、オリンポスを統治していた。
*23 マタイによる福音書 第8章28節。ガダラで悪霊レギオンに憑りつかれた人の話。イエスはこの悪霊を豚の群れへと移すのを許し、豚らは海へと向けて飛び込み自殺していった。
*24 イザヤ書 第13章21-22節、34章11節と14-15節。
*25 詩篇 第91篇13節など。
*26 祈禱時は、一日に7回祈りが行われる時で、朝課(深夜0時)、一時課(午前6時)、三時課(午前9時)、六時課(正午)、九時課(午後3時)、終課(午後6時)、晩課(午後9時)。
*27 484年 - 578年。アイルランドの聖人。560年頃にクロンフォートに修道院を建てて、その長として働いていた。「聖ブレンダンの航海」という楽園ティル・ナ・ノグへの半ば伝説的な航海の話が残っている。
*28 マタイによる福音書 第8章31節。
*29 日本語の聖書でも72篇である。
*30 アザゼル。ゾーハルやエノクの書では人の娘との恋に落ち、人類に魔術を教えた罪により、天から投げ落とされたとある。
*31 創世記 第3章14節。
*32 イザヤ書 第65章25節。