オカルト哲学 3-15

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第15章 天の魂らについて、我々の神学者らはどう考えているのか


 天とその星々は特別で神的な魂らにより動かされている事は、詩人や哲学者らの意見であるばかりではなく、聖書やカトリック教会でも確言されている。シラ書はまた、天の魂らについて記しており*1、ヒエロニムスも同じことを明白に述べている。同様の事もオリゲネスも「諸原理について」の書で考えていたようであり、天の星々は動かされているが、それは理性的な自然と同意する事が出来る、神の命令を受け取っているからだと言われる。聖書には(神が)全ての星々に命ずるのを楽しむと書いてあるからである。さらにヨブ記では、星々は罪の汚れから自由ではないと明白に認めているようである。私が読む限り、星々は視野が明白ではないともあるが、それが星の輝度を表すかどうかは確証できない。
 さらに天の星々が動かされている事は、カエサレアのエウセビオス*2すら考えており、またアウグスティヌスも手引書の中で同様に記している。また、後の時代の著者らも、アルベルトゥス マグヌスは四大の書で、トマス アキィナスは霊的な生き物に関する書で、ヨハネス ドゥンス スコトゥス*3は(ペトルス ロンバルドゥスの)文書群の注釈書の第2の書で同様の事を述べている。これらに、博学なニコラウス クザーヌス枢機卿*4も加える事も出来よう。
 さらに、アウレリウス(アウグスティヌス)自身もこれらの事柄についての大論争の中で確信をしており、さらに天の星々がドゥリア*5として崇敬され、その保護や助けを懇願するのは奇妙では無いと考えていた。これらについて、トマス アキィナス自身も、偶像崇拝となるのを避ける限りは同意していた。さらに、プロティノスもこれらは我々の願いを知り、聞き届けるという意見を保持していた。
 だがこれらに反論し、神聖冒涜の言だと考える者がいたとしたら、アウグスティヌスの手引書と告白の書や、トマス アクィナスの神学大全の異教徒に対する第2の書と討論に関する第12の書や、スコトゥスの注釈書や、グリエルムス パリシエンシスの世界の要約の書を読むなら、天の星々が動かされようが、動かされないであろうが、カトリックの信仰には何の問題も無いと完全に答えるであろう。
 そのため、魂らが天の圏や星々に置かれ、国々の神々であり、それぞれが自らの地域、諸都市、部族、人々、国々、言語圏を支配するというのは多くの者らには可笑しく聞こえるかもしれないが、正しく理解した者らには奇妙では無いのである。


オカルト哲学 3-16
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 おそらくシラ書 第24章5節
*2 263年 - 339年。ギリシア教父、歴史家、聖書注釈者。「教会史の父」とも呼ばれる。
*3 1266年 - 1308年。神学者、哲学者。トマス アクィナス以後のスコラ哲学の後継者で、スコトゥス学派の祖となる。精妙博士とも呼ばれる。
*4 1401年 - 1464年。ドイツの哲学者、神学者、数学者、枢機卿。博学者として知られ、「知ある無知」といった独特の思想は、後の哲学者らに大きく影響を与える。
*5 前章参照。カトリックでの二義的な崇敬のこと。