オカルト哲学 3-12

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第12章 全ての仲介者を通しての、下位のものへの神名の影響について


 いと高き創造主、第一原因は、万物を支配し分配するが、その実行は良き事も悪しき事についても様々な御使いが行っており、それらについて「ヨハネの黙示録」では、支えたり破壊したりする天使らと呼んでいる。またある預言者も別の箇所*1で、主の天使はそれを畏れる者らのもとに留まり、彼らを守護すると詠っている。また別の箇所*2でも、破壊の天使らの波及について記している。
 次に、神が天使や御使いによって行う事は、同様に天や星々によっても行うが、それらを道具として、万物は共に神に仕え、天のあらゆる部分、あらゆる星々は地上の端や場所、時、種、個々を見分ける。そのため、星の部分に対応する天使の性質も、これら、すなわち場所、時、種に当てはまるのは適している。ゆえに聖アウグスティヌスはキリスト教教義についての書で、この世界で見える万物には、天使の力が割り当てられていると述べている。
 ゆえに、オリゲネスも「民数紀」への注釈書の中で、世界は天使らを必要とし、それらは地上、諸王国、諸地方、人々、獣、生き物の誕生と成長、木々、植物、その他のものを大軍として支配し、これらの天使が持つとされるオカルトの性質を授けると述べている。さらに必要なのは、聖なる働き、徳、人々を支配する天使らで、これらはいと高き神の面を常に見、人々を正しい道に導き、この地の些細な事柄すらも制御し、この世界のどの部分も適するようにするが、それは神はこの世界の主なる支配者、住居、万物を最も甘美に配置し、抑圧や境界ではなく、万物を含んでいるからである。
 「ヨハネの黙示録」が示すように、天の都には12の門があり、それらは12の天使らが守護しているが、これらの名は神名(テトラグラマトン)の12種類の並び替えである。そして都の基盤は12使徒の名であり、神の子羊はその法で、(ヘブライ祭司の身に着ける)胸甲の石である。預言者エゼキエルが記すように、この聖都の基盤にはイスラエルの12部族の名が書かれており、4文字の御名がその上に君臨している。同様に福音書でも、12使徒らの名が天の都の基底の諸々の石に書かれており、これらの諸々の石は教会ではイスラエルの部族を表し、それらの上に子羊の御名、すなわち四文字の御名の全ての徳が含まれたイエスの御名が影響を与えている。父なるイェホヴァは御子イエスに全てを与えたからである。
 そのため天は地上へと派遣した天使らから(影響を)受け取るが、神とイエスの大いなる御名から来る天使らの性質は、まず神から来て、それから12や7大天使らへと放出され、これらによって12宮と7大惑星にも入り、結果として神のその他の全ての御使いや道具らにも、大いなる深淵にいる者らにすらも伝わっていくのである。
 ゆえに、キリストは私の名によって父に何を望むにせよ、父は与えるだろうと述べている。そして御復活後にも、我が名により悪魔らは追い払われるし、なすべきであると述べている。そのため、4文字の御名はもはや必要では無く、その性質はイエスの御名へと移っており、それによってのみ奇跡はなされるのである。聖ペトロが言うように、天の下で人に与えられた他の何物も無く、イエスの御名によってのみ人は救われるのである。
 だがイエスの御名について、特定の人の名前であるように、その性質によって我々は奇跡をなせると、罰当たりに考えないようにせよ。我々は聖霊を純粋な心と熱烈な霊とともに招聘すべきで、それによって(主イエスによって)我々に約束されたものを得られるのである。その前に、御名の知識を得るべきで、それらが無いと神は聞き入られないのであり、かの預言者によれば*3、我が名を知るゆえに、私(神)は彼を聞き入れようとあるようにである。
 そのため現在では、イエスの御名の権威、恵み、同意が無い限りは、天から何の恵みも引き出せず、そのためヘブライ人やカバラ学者らも、キリストが現れてからは、かつての父祖らが行っていたように、古き御名によって働く事は出来なくなった*4。また、経験により確証されているが、人を苦しめる悪魔も地獄の力も、この御名には抵抗できず、敬虔な者によりイエスの御名が発音されるなら、否応なしに跪き服従するであろう。
 また、悪魔らは御名のみならず、十字架と、それらの印についても恐れ、地や天や地獄の生き物らが跪くのみならず、知覚出来ないものらもこれを崇拝し、信仰深い者が真実ある口でイエスの御名を発音し、純粋な手で十字架の救いの印をするならば、全ては彼に震えるであろう。
 キリストが弟子らに我が御名によって悪魔は払われという言葉は、御名にある特有の性質が悪魔、病者ら、蛇、人物、舌などに印象付けられる事により、真に無に帰する事は無い。この御名の中にある力は、創造主たる神の性質と、この御名により印象付けられた者の性質と、この御言葉により植え付けられた力から来るからである。
 あらゆる生き物は、その創造主である神の御名を畏れ、崇めるので、時には邪悪で不信心な者すらも、この種の神名の招聘を信じるならば、悪魔らを縛り、他の大いなる事柄をも働くであろう。


オカルト哲学 3-13
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 詩篇 第34篇7節。
*2 詩篇 第78篇49節。
*3 詩篇 第91篇14節。
*4 このアグリッパの意見は、当時も今(アグリッパの未来)も、ほとんど全てのカバラ学者やユダヤ教徒が反論するだろう。