オカルト哲学 3-11

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第11章 神名と、その力と性質について


 神自身は本質的には単独であるが、様々な名前を持っており、それらは神の本質や神性を表すのみならず、神から流れる特定の性質も表しており、特定の導管を水が流れるように、それらの名前によって神の性質が我々や神の被造物全てに流れ込み、多くの利益と様々な賜物を与えるのである。
 それらのうちの10の御名を私は既に先の章で述べているが、ヒエロニムスもローマのマルケラでの講義でそれらを述べている。また(偽)ディオニュシオスは神とキリストの45の御名について推測し、ヘブライ人の賢者らは出エジプト記の特定の文から、神と天使の両方の72の御名を導いて、彼らはそれらを72文字の御名、シェム ハ=メフォラシュ、すなわち明かされたものと呼んでいる*1。だが他の者らはさらに研究し、聖書のあらゆる箇所から多くの神名を導いているが、それらが何を意味するかは私はよく知らない。
 では、これらから先に述べたものを除いて紹介していこう。まずは神の本質の御名、エヘイエ אהיה があり、プラトンはこれをωνと訳し、そこから彼らは神をτо оνと呼び、他の者らはоωνと呼んだが、これらにはいずれも存在を表す。フア הוא は、預言者イザヤに明かされた別の御名であり、神性の深淵を表し、ギリシア人はこれをταντον、同じものと訳し、ラテン人はIpse、彼自身と訳している。エシュ אש はモーセが与えた別の御名で、神の火を表す。そして神名ナー נא は、混乱やトラブルにある時に唱えられる。また他の御名には、イアー יה 、エリオン עליון 、マコム מקום 、カフ כפו 、インノン ינון があり、またエメト אמת は、真理を表し、神の印である*2。他にも2つの御名、ズル צור と、アベン אבן があり、両者とも堅固な働き(岩)を表し、後者は御父 אב とともにある御子 בן をも表現する。
 さらに数えきれないほど多くの御名があり、聖書からカバラの特別な計算、ノタリコンとゲマトリアの術により、多くの神や天使の御名が導かれている。それらは、多くの言葉からその特定の文字によって、一つの名前が造られたり、一つの名前をそれぞれの文字によって分離され、より多くの言葉にされたりしている。
 時には彼らは文の中のそれぞれの言葉の先頭の文字を集めた。例えば、御名アグラ אגלא は、聖書の文 אתה גביר לעולם אדני、永遠に力ある神を短縮したものである。同様に、御名イアイア יאיא は、以下の文 יהוה אלהינו יהוה אחד、我らの神は唯一の神、から来ている。また御名イアヴァ יאוא は、以下の文 יהי אור ויהי אור、光あれ(と言うと)光があった、から来ている。また、御名アラリタ אראריתא は、以下の文 אחד ראש אחדותו ראש ייחודו תמורתו אחד、初めより統一とともにあり、初めより特別であり、その変化は一つの者から来ている。また御名ハカバ הקבא は、以下の文 הקדוש ברוך הוא、聖なる祝福された者から来ている。同様にイエス ישוの御名は、これらの2つの文の言葉の先頭の文字、すなわち יכיא של והולו、メシアが来るまで、と、ינון שמי וית、その名は世の終わりまでとどまる、から来ている。また、アーメン אמן という言葉は、以下の文 אדני מלך נאמן、忠実な王である主から来ている。
 時には、これらの御名はそれぞれの言葉の最後の文字から集められる。先に述べたアーメンは、以下の文 לא כן הרשעים、悪しき者はそうでない、から来ているが文字は置き換えられている。同様に、以下の文 לי מה שמו מה、彼の名は何か? の、それぞれの最後の文字から、テトラグラマトン יהוה の御名となる。
 これら全てにおいて、文字は御名のために配置され、その文字は(文のそれぞれの)言葉の、先頭か最後か汝が望む場所から取り出される。時には、これらの御名は文字全てからそれぞれ取り出される。例えば、神の72の神名も出エジプト記の3つの文から取り出され、それらは3つの言葉 ויס,ויבא,וימעから始まり、最初と最後の文は右から左へと、中間の文は左から右へと読まれるが、これらについては私は後に詳しく語るつもりである。
 また時には(新しい)言葉は言葉から、御名は御名から、文字の場所を変える事により取り出される。メシア משיהが、イスマー ישמהから来たり、ミカエル מיכאלが、マラキ מלאכיから来るようにである。また時には、アルファベットを(特定の法則に従い)変える事によってであるが、カバラ学者らはそれをジルフ צירוף と呼んでいる。それにより、テトラグラマトン יהוה は、מצפצ マズパズや、כוזו クズとなる。また時には(ヘブライ文字の)同値により、御名は変えられる。例えば、メタトロン מססרון は、シャダイ שדיとなるが、この両者の名前の値はいずれも340だからである。またイイアイ ייאי とエル אל は、同じ値であり、両者とも31を造る。
 また、これらは隠された秘密であり、判断や完全な学として伝えるのが最も難しいものであり、ヘブライ語以外の言語で理解したり教えたりするのも不可能である。だがプラトンが「クリティアス」で述べるように、諸神名は蛮族の間においても高く崇められているといい、彼らは神からそれらの御名を受け取ったのである。神からでない限り、我々はこれらの真の御言葉と御名を得る事は不可能であり、そのため、これらについては私はこれ以上は語れないが、これらは神の善意から我々に明かされたものである。これらは神の全能性の神秘と伝達であり、人からでも天使からでもなく、いと高き神から授けられ確立されたものであり、不動の数と文字の形とともに特定の方法により、神性の調和をもたらし、神の助けにより聖別されたものである。
 そのため、天の生き物もこれらを畏れ、地の生き物らは震え、天使らは崇敬し、悪魔らは恐れ、あらゆる生き物はこれらを称え、あらゆる宗教は崇めている。それらを宗教的に唱え、畏れと慄きとともに献身的に招聘するならば、我々に大いなる徳を授け、神との一致すらもたらし、自然の限界を超えた驚異的に働く力を与えるのである。
 そのため、どのような理由があろうとも、これらを変えてはならない。ゆえにオリゲネスは、これらの文字を崩したりせずに保持するよう命じ、ゾロアスター教徒も、その野蛮で古い言葉を変える事を禁じている。プラトンが「クリティアス」で述べるように、全ての神的な言葉や御名は、神自らか、その起源がほとんど知られていない古よりか、蛮族から与えられたものであるからである*3。イアンブリコスも同様に助言しており、これらの神名は元の言語から翻訳すべきではないとし、彼の言葉によると、別の言語に翻訳したら同じ神力は保持されなくなるからだという。
 そのため、諸神名は、人を神と和解させ合一されるのに、最も適切で強力な手段であり、「出エジプト記」では、いずれの場所で我が名を記しても、我は汝とともにあり、祝福を与えると記されている*4。また、「民数記」でも、主はイスラエルの民のために我が名を唱えるならば、我は彼らを祝福するであろうとある*5
 そのため、神聖なるプラトンは「クリティアス」と「ピレボス」の中で、神の御名を神像より更に高く崇敬するように命じている。それらは、神の力と像をより強く表現しており、それが天から啓明されたものならば、人の手で造ったものよりも、より(崇拝者の)心の機能に保たれるからである。
 そのため、聖なる言葉は、魔術の働きの中にこれらの力があるのでも、言葉そのものから来るのでもなく、これらを信仰をもって崇拝する者らの心の中にオカルトの神的な諸力が働くのである。これらの言葉により、神の秘密の力が導水管を通るように、信仰により耳を浄化した者らの中へと送られ、諸神名の最も純粋な対話と招聘により、神が共にあるようになり、これらの神的な影響力が働くようになるのである。
 ゆえに、神のこれらの言葉や御名を、純粋な心で示されたような方法により正しく用いる者は、多くの驚異的な事柄を得て行えるが、それは私がメデイアについて読んだようにである。


「最も心地よい眠りを彼女は引き起こす。
 言葉を3回、彼女が語る事によって。
 海は宥められ、すぐにその怒りは収まった。」


 これらについてヘブライの古代の博士らは、特に実践をしており、言葉によって多くの驚異的な事柄をなしていた。ピュタゴラス学派もまた、肉体と精神の病をどのように特別な言葉によって癒すかを示している。また私が読んだ話では、アルゴー号の一員だったオルペウスは、特別な言葉を唱える事で嵐の海を鎮めたという。またティアナのアポロニウスも同様の方法によって、特別な言葉を囁く事で、ローマで死んだメイドを蘇らせている。そしてフィロストラトスが報告するに、ある者らが特別な言葉によって、アキレウスの亡霊を呼んだという。
 またパウサニアスが引用する話では、リュディア地方*6のヘロ カイサリアとヒュペピスの町には、ペルシカと彼らが呼ぶ女神を祀る2つの神殿があり、そこの神官のマギ僧らは、祭儀の終わりで祭壇に乾いた木片を置いて、彼らの言語で賛歌と、彼らが手に持つ本から特別な野蛮な言葉を唱えると、乾いた木が火を点けていないのに独りでに点火し、最も清澄に燃え始めるという。
 また、セレヌス サンモニクスは医学の訓示書の中で、アブラカダブラという言葉を、以下の図で記すように、言葉の最後の文字を減らしつつ下の行に追加していく方法で書き、その紙や巻物を首から吊るすならば、熱病や他の病を徐々に癒すという。



 だがラビ ハマは、「思弁の書」にて、人のあらゆる病や悲しみにさらに効果のある聖なる印を記しており、その前面には4x4の正方形で神名が並べられ、最も高い部分から最も低い部分まで、神の最も聖なる御名や印が記される。その外側を囲む円には、作業の目的が彫られている。また背面では、7文字の御名アラリタが彫られ、その解釈は外側の円に、汝が見る事すらできるように元の文として書かれている。



 だがこれら(の護符)全ては、最も純粋な黄金に彫るか、処女羊皮紙、純粋で清澄で染みが無い紙に書かねばならず、インクもこの目的のみに用意したものにし、煙や、聖別されたロウソク、香、聖水も同様である。実践者は自己犠牲により清められ浄化されねばならず、不動の望みと堅固な信仰を持ち、その心はいと高き神の御元へと引き上げられるならば、彼は確実にこの神的な力を得るであろう。
 同様に、悪霊や悪人による恐れや不幸、さらに旅や海や敵や軍隊など、あらゆる危険を防ぐためには、上記で述べた方法により、以下の印を造るべきである。その前面には、בוווו と彫られ、背面には צמרכד が彫られるが、これは「創世記」の最初の5節から、その最初と最後の文字によるものであり、世界の創造を表している。これを体に結び付ける事によって、その者が万物の創造主たる神を堅固に信じるならば、全ての不幸から解放すると言われている。



 聖なる御言葉を外的なものに用いる事で、大いなる事柄を起こせることについて、疑ったり疑問に思ったりすべきではない。これらにより、全能の神は天と地を創ったのであり、さらに試みにより証明されているが、それについてラビ コスタ ベン ルカが述べるように、物理的な性質を持たない多くの事柄は、例えば早産の子供の指が女の首に吊るされるならば、そこにある限り妊娠を防ぐといったように、多くの事を行うのである。
 さらに、様々な聖なる言葉や神名には、大いなる神力があり、奇跡を働くのは、ゾロアスター、オルペウス、イアンブリコス、シネシウス、アル=キンディー、その他全ての高名な哲学者らが証言する事である。また、魔術師にして哲学者だったアルテフィウスも、言葉と文字の性質についての特別な書を書いている。オリゲネスは高名な哲学者らには劣っておらず、ケルススに対しての書の中で、特定の神名には驚異的な性質が隠されていると記している。また、「士師記」でも主はペレ פלא という我が御名により、奇跡の働き、あるいは驚異的な事柄をなすと我らに述べている*7
 だが神の真の名は人にも天使にも知られておらず、神のみが知る。これについては、(聖書が証言するように)神の意志が満たされる前には明かす事も許されていない。だが神は天使や我々人間の間に多くの他の名を持っている。エジプト人のモーセが言うように、彼の書から取られなかったり、神の関与により明かされなかった神名も我々の間には無いからである。テトラグラマトンはその例外であり、聖なる、創造主の純粋な形質を表し、創造主たる神とは他のものは共にする事が出来ず、そのためこれは分離された御名と呼ばれ、(聖書に)書かれてあっても読んではならず、我々により発音する事も許されず、ただ名前のみを記す。そして、神かあるいは天使の第二の天上の表現を表している。
 同様に天使らも彼ら自身の間で名前があり、その表現もあるが、聖パウロはそれを天使の言語と呼ぶが、私はそれらについてごく僅かしか知らない。だが、他の全ての天使の御名は、彼らの職能と働きから取られており、それらはさほど効果が無いので、魔術師らは彼らの真の名、すなわち聖書の中に含まれている天のものらにより彼らを呼んでいる。


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*1 これら72の神名については、詳しくは「ヘブライ語の諸神名について」の記事を参照。
*2 ゾーハルではマクロプロソプス、大いなる顔つきを表す。またゴーレムの額に記される言葉としても有名である。
*3 アグリッパはプラトンの読み違いをしているようである。プラトンは「クリティアス」で、古くからあるからとか蛮族から来るからとかいう神名は、想像力によるもので真の言葉では無いと述べている。
*4 出エジプト記 第20章24節。
*5 民数記 第6章27節。
*6 現在のトルコ西部。
*7 士師記 第13章18節。