オカルト哲学 3-6

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第6章 これらの導き手により、どのように人の魂は神の性質へと上昇し、奇跡の働き手となるか


 それゆえ、我々の心が純粋で神的となり、宗教的な愛に燃え、希望により飾られ、信仰により導かれるなら、人間の魂の頂点に置かれ、真理を引き寄せ、突然に理解するようになり、神の真理自身の中にある自然で不死の全ての場所、基盤、原因、知を、永遠の鏡の中のように見るであろう。
 これらが起きるとともに、我々は自然を通じて、自然の上にあるものを知り、下にある万物を理解し、また古のように神託により現在のみならず、遥かに過去や未来の知識も受け取る。さらに、これらの学、術、神託により、心は神的な性質を理解するのみならず、ものを変化させるように命ずる奇跡の力も受け取るのである。
 これらが起きるとともに、通常我々は自然な体に縛られているが、時には自然を超えて、驚異的で突然で難しい働きの原因となり、悪霊らは我々に従い、星々は乱され、天の諸力は強制され、エレメンツは服従されよう。このように信心深い者やこれらの神学的な美徳により高められた者は、エレメンツに命じ、霧を払い、風を引き起こし、雨の原因となり、病を癒し、死者を蘇らせるが、これらの事柄全ては様々な国々で行われてきており、詩人や歴史家らは詠い、物語る。そしてこれらの事が行われたのは、全ての高名な哲学者と神学者らが確証しており、預言者、使徒、その他の者らは神の驚異的な力により有名となっているのである。
 そのため、第一動者の力の流入により、しばしば中間の原因の共同の働きも無く、物事が造られたりするのを我々は知る必要がある。また、宗教の働きのみで、自然や天の性質が用いられる事無く行われることもである。だが作業者が完全に聖なる存在とならない限り、誰も純粋な宗教のみで働くことは出来ない。だが、他の力を混ぜる事無く宗教のみで働く者は、この作業を長く忍耐強く行い続けたとしたら、神力により飲み込まれ、長生きは出来ないだろう。だが、これを試みて、まだ浄化されていない者は、自らを(神の)裁きへともたらし、悪霊らに飲み込まれるべく送られるであろう。


オカルト哲学 3-7
↑ オカルト哲学 第三の書