オカルト哲学 3-1

ページ名:オカルト哲学 3-1

オカルト哲学あるいは魔術の最後にして第三の書


ハインリヒ コルネリウス アグリッパ著


第三の書


第1章 宗教の必要性、力、利益について


 今や我が筆を高次の事柄へと向ける時である。この魔術の分野は我々に宗教の規則を知らせ、どのように我々は神の宗教により真理を得るか、どのように自らの心と霊を正しい態度を取るかを教える。この正しい態度によってのみ、我々は真理を理解できるのである。精神と霊が良い状態にないと肉体も良い健康になれないというのは、魔術師らの一般的な意見だからである。肉体と魂がよく調和してお互いに同意し、真に完全であるならば、心と霊の堅固さは肉体の諸力に劣る事は無い。
 だがヘルメースが言うに、心の堅固さ、頑強さは、敬虔さによって、そして何よりも神の宗教によって生を統合しない限りは得る事は出来ない。聖なる宗教は心を清め、神的なものとし、自然を助け、自然の諸力を強める。それは医者が肉体の健康を助け、農夫が大地を強めるようにである。そのため、宗教を脇に置いて、唯一自然な事柄のみを信用するのは、しばしば悪霊らにより欺かれる結果となる。だが宗教の知識は、起き上がる悪意を軽蔑し癒し、悪霊らに対する命綱となるのである。
 結論として、完全に敬虔で真に宗教的な人、他の者らから卓越し、不滅の神々に近い者以上に神を喜ばせ受け入れさせる者はいない。そのため我々はまず最初に自らを神に捧げるように浄化し*1、自らに神と宗教への敬虔さを持つように命ずる必要がある。それから心静かにして我々の感覚を眠らせ、神のアンブロシアのネクター(このネクターとは、預言者ザカリアが乙女らを喜ばせるワインと呼んだものである)を期待させ、超越天のバッコス、神々と祭司らの主要な支配者、再生の創造主、古の詩人らが二度産まれた者*2と詠った神を称え崇拝するなら、我らの心に最も神的な潮流が流れてくるであろう。


オカルト哲学 3-2
↑ オカルト哲学 第三の書


*1 魔術儀式の前に必要とされた沐浴など。
*2 ディオニューソス(バッコス)神はまず最初にゼウスの栄光を見た事により死んだテーバイの王女セメレーから未熟児で生まれ、さらに再びゼウスの腿から生まれ、そのため二度産まれた者という異名を持つようになった。