オカルト哲学 2-60

ページ名:オカルト哲学 2-60

第60章 人間の印象はそれらの力を外的なものに自然と印象付けること。そして、どのように人の心が知性界の各段階を通過しつつ上昇し、より深遠な霊や知性体となるか


 天の魂らは、それらの性質を天の惑星らに授け、それらを経由してこの感覚の世界へと送られている。地球の性質は、天のもの以外で原因となるものが無いからである。ゆえに、これらで作業する魔術師は、これらの上位者の巧妙な招聘の呪文を、神秘的な言葉、特別な種類の稀な発音とともに用いて、それらから力を引き出して、それらと相互に同意する自然の力により、彼ら自身の望む事をなしたり、時には予想外の事を引き起こしたりする。
 ゆえに、アリストテレスは彼の神秘哲学*1の第6の書で述べるに、束縛や呪いを受けた者は、太陽や他の星々を召喚し、これらに望む作業を助けるよう祈る。太陽や他の星々は彼の言葉を聞いたりはしないが、特定の呪文と相互の交渉による特殊な方法により動かされる。それにより世界の部分はお互いに従い、大いなる統一の理由により相互の交流がある。人の体の一部が、他の部分の動きを知覚する事で動いたり、竪琴の糸の一本が別の動きに応じて動いたりするようにである。このように、世界の一部のどこかが動いたら、他の部分もその動きを知覚して動くのである。それゆえ、このお互いの物事の従属性の知識は、全ての驚異的な作業の基礎であり、上位の星々の性質を引き寄せる力を行うには必要不可欠なのである。
 次に、人の言葉には特有の自然な物事があり、世界の部分はお互いに引き寄せ合うので、魔術師は言葉により招聘し、自然に合った諸力により働き、お互いへの愛により導き、お互いへの従属性の理由により引き寄せたり、お互いの敵意の理由から引き離したりする。それらは対立したり違っているものや、性質を増やしたりするが、この性質は対立し違っているが、それでいて部分的には完成しているのである。また時には彼は権威ある方法、天の性質によって(悪霊といった)ものを払うが、それは彼は天にとっては異邦人では無いからである。
 そのため、ある者が意志の束縛や魅惑の呪文を受けたとしたら、それは理性魂に従って受け取るのではなく、感性魂によるもので、肉体のどの部分にせよ損失を受けたとしたら、それは動物の部分に従って受けるのである。これらは理性により知識あり知性ある人を引き寄せられず、感覚により印象や力を受け取る事によるもので、そのような人の中の動物的な部分は、天の影響と世界の物事との共同により、彼の以前の自然な状態を超えて影響するのである。
 ある息子が自分の生活を維持するために父が疲れていて望まずとも労働へと赴かせるように、支配への欲望は、権力を得るために、怒りなどを労働へと向かわせ、自然の貧困や貧しさへの恐怖は、人を豊かさを望むように動かし、女らの装飾品や美は情欲を扇動するものである。そして賢い音楽家のハーモニーは、聴いている者らを様々な情熱へと動かし、それにおいて、ある者らは自発的に一致の術へと従い、他の者らはしぐさによって自らを確証させる。もっとも望まずともだが、それは彼らの理性はそれらを望まずとも感覚は魅惑されているからである。
 だがこの種の魅惑や束縛は、大衆は崇拝も嫌いもしないが、それはこれらの一般性からである。だが彼らは他のものを崇拝するが、それらは彼らが無知であり、慣れていないからである。それゆえ彼らは過ちに陥り、これらは自然を超えたものや、反するものだと考えるが、無論これらは実際には自然のものであり、自然に従うものである。
 それゆえ、あらゆる上位者の動きには、その段階や序列に従って下位者は従うが、それは肉体のみならず、霊においてもそうだと我々は知る必要がある。このように世界魂は特定の魂を動かし、世界の理性は感覚や植物の世界の上で働く。そして世界のあらゆる部分は別の部分に働き、あらゆる部分は別のものにより動かされる傾向があり、この低位の世界のあらゆるものは、動物の部分が別の部分から影響をうけるように、天からそれらの性質と素質に従って影響を受ける。そして上位の知性界は自らの下にある全てのものを動かし、低位の世界の最初から最後までの万物を含むのである。
 それゆえ、天の諸惑星はエレメンタル界の複合され、生成可能で、感覚のある体を動かし、円周より中央へと向かい、それらは上位で永遠で霊的なエッセンスによるが、第一の知性に拠るものであり、これは知的な働きで、さらに神の御言葉により特質が与えられる。この言葉とはバビロンのカルデア人の賢者が諸原因の原因と呼んだが、それはこれが万物を生み出し、知性の働きをなし、この第二以下のもの全てが拠るからである。そしてこの御言葉と創造主との統一によって、万物は真に創造されるのである。そのため、御言葉は神の像であり、活動する知性は御言葉の像であり、魂はこの知性の像であり、我々の言葉は魂の像であり、それにより自然の物事は自然と働くが、それは自然はこれらの働きだからである。
 そしてこれらの全ては、父と子のように、続く者を完成させる。そして続く者は前の者無しには存在しない。これらは秩序の従属性により前者に従属するからである。そのため、後者が腐敗したならば、それは前の者へと帰っていき、やがては天へと至り、世界魂に入り、最後にはそれにより他の万物が存在する活動する知性に入り、それ自体は第一の創造主、神の創造の御言葉の中にあり、これにより万物は帰還するのである。
 そのため我々の魂は、これらの低位者の中で驚異的な事柄を働くためには、これらの始まりの者への敬意がなければならない。それにより力付けられ、明瞭にされ、最初の創造主から各段階を通って力を受け取るであろう。そのため我々は星々(星座の圏)の魂を惑星のものよりも、物質上の天上界よりも超越天の知性界を黙想するよう努めるべきである。なぜなら、惑星のものも高貴ではあるが、これらはより高貴であるからで、これらの仲介者無しには、上位者の影響はこの地上界には至れないからである。
 例として、太陽は星々の王であり、最も光に満ちているが、それは全ての他の星々の上にある知性界から受け取るが、それはこれらの魂はより知的な光輝を保てるからである。そのため、太陽の影響を引き寄せるのを望む者は、太陽について、その物質的な光についての思弁のみならず、内なるものについても黙想する必要がある。そしてこれは人が太陽の魂へと帰還し、太陽に似た者となり、知覚可能な光を物質の目によって観るように、知性の光を知的な視野によって理解するまでは、誰も行えない。
 そのためには、人は自らの中をそれらの光に満たさなくてはならない。そしてこの光は、超越的な天球から印象付けられるものであり、人の知性はこれらの知識を授けられ、真に太陽に似た者となり、その助けによって、最終的にはこの超越的な輝きとそれらと関連する全てを獲得する。そして至高の段階の光を彼の魂が受け取るならば、彼の魂は完成し、太陽の霊らのようになり、その性質を得て、至高の性質も啓示され、それらの力を楽しむであろう。これらは彼が創造主への信仰を持っていたならばである。
 そのため、まず最初には我々は創造主からの助けを増大させなくてはならず、その祈りは口のみではなく、宗教的なしぐさや魂からの嘆願からにより、また豊富に、常に、誠実に行うならば、神は我らの心を照らし、我々の肉体によって魂に育つ闇を取り除くであろう。


オカルト哲学 3-1
↑ オカルト哲学 第二の書


*1 アリストテレスを著者に模した多くの贋作の魔術書の一つ。