オカルト哲学 2-57

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第57章 世界魂と天の魂らは、理性的で神的な理解を共にしていること


 上記で述べた魂らには理性があるのは明らかである。世界のどこであれ、先に述べた魂らが働く時には、特定の秩序に従い、これらの間で共同でなすからである。これらは偶然ではなく理性によって支配されている必要がある。この理性により、これらは方向付けられ、確実にこの働き全てをもたらすのである。地は地的な事柄の理性があり、水は水的な事柄を、さらに残りも同様である必要だからである。これらの理性によって、それぞれの時、場所、秩序は作られ、傷ついたものは修復されるのである。
 そのため哲学者らは地の魂を何らかの低俗な体の魂としてではなく、理性的で知的なものと考え、神々もまた同様である。加えて、我々の働きには理性があるのと考えつつ、天の魂や世界魂にはそれらの理性が無いと考えるのは不条理であろう。だが(プラトンが述べたように)世界がその至高の善意から造られたのなら、命や感覚や理性のみならず、理解もまた与えるのは確実である。肉体の完成はその魂であり、肉体がより完全ならば、より完全な魂を持つからである。
 そのため、天の惑星は最も完全な体を持つので、これらはまた最も完全な精神を持つと考える必要がある。そのため、これらは知性と心も共にしており、プラトン学派はこれらの序列と行路を観察する事により確証している。なぜなら動きは自然において自由なもので、知性と心により制御されない限り、簡単に横に逸れて、あちこちを彷徨うものだからであり、また完全な精神によって、始まりより最後までの最良の道を予知するからである。無論、これらは完全な精神を持つが、それは世界魂や天やエレメンツの魂らといった、魂の中で最も強力なものであり、それらに割り当てられている働きを最も秩序だって完全に制御して行うのを疑う余地が無い。肉体は最も強力な魂に抵抗せず、完全な精神はその助言を変えたりはしないからである。
 そのため世界魂は特定の単独のもので、万物を満たし、授け、縛り、万物を共に編み、世界を一つの枠組みとしており、多くの糸がありつつも一つの音を鳴らす楽器のように、三界の生き物から音を鳴らし、知的、天上的、腐敗せずに、唯一息をし命を持つものなのである。


オカルト哲学 2-58
↑ オカルト哲学 第二の書