オカルト哲学 2-49

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第49章 その姿が天の形象に似たものではなく、作業者の心が望むものに似たものである像について


 さらに、天の形象に似たものではなく、作業者の心が望むものに似たものである像について語る事も残っている。これらは彫像であり、例えば愛を掻き立てたいならば、お互いに抱き合う像を造る必要があろう。不和を招くためには、お互いに叩き合う像を、人や家や都市やその他のものに損害を与え、不幸や破滅をもたらすためには、歪んで部分が破壊された像を造る。このような類似した像によって、破壊や損害が起きるであろう。
 そして魔術師らは、像を彫る際には、効果の名前もそこに書く事も勧めている。悪や破壊については背後の部分に、幸運や愛については前面の腹の部分に書く。さらに、像の額の部分に、これが表したり、対象とする個人や種の名前も書き、また胸の部分には上昇する宮やフェイス、さらにその主も書き、さらにその天使の名前と印章も書く。さらに像を造る際には、その目的のための祈りも唱えながら行うのを彼らは勧めている。これら全てについて、大聖アルベルトゥスの「占星術の鏡」の書は確証している。
 次に、人々は像をその性質に従って様々に使っている。時には、彼らは肉体に吊るしたり縛ったりした。時には地面や川に埋めたりした。時には煙突に吊るして煙にまぶしたり、木に吊るして風に揺らしたりした。時には頭は上向きにされたり、下向きにされたりした。時には熱湯や火の中に投げ込まれたりもした。作業者が自らで像に影響を与える事で、それが表される者にも作業者が命令するように情熱が送られるからである。私が読んだ本によると、古代の魔術師ネクタナブスは蝋で船の像を造り、その後に彼は像を水の中に溺れさせ、それによって彼の敵らの船は同様に海で沈み破滅したという。
 また占星術の中の吉日を選ぶ書において、像などを造る際には星座も観察すべきであると教えている。


オカルト哲学 2-50
↑ オカルト哲学 第二の書