哲学者のオーロラ

ページ名:哲学者のオーロラ

哲学者のオーロラ


テオフラストゥス パラケルスス著


著者は本書を彼の君主と呼ぶ事もある*1



第一章 哲学者の石の起源について


 アダムは諸術の最初の発明者と言われる。なぜなら、彼はエデンでの没落の前にも後にも、万物の知識を持っていたからである。ゆえに彼は洪水によって世界が滅びるのを予知していた。またこの理由から、彼の子孫らも二枚の石板を立て、そこにヒエログリフ文字で全ての自然の術を彫った。それにより子孫もこれらの予言を知り、危険を警告されるようにするためである。時は過ぎ去り、ノアがこれらの石板の一つを大洪水を生き残った後にアララト山で見つけた。この石板には、上位の星座の軌跡と低位の部分のものと諸惑星についてが彫られていた。やがてこの普遍的な知識は幾つかの部分に分かれ、その活力と力を減ずる事となった。この分割によって、ある者は天文学者に、ある者は魔術師に、別のある者はカバラ学者に、第四の者は錬金術師となった。アブラハム、かのトバルカインの鍛冶師、完成された天文学者にして算数家は、この術をカナンの地からエジプトへともたらし、そこでエジプト人らはこの学を頂点まで洗練させ、その知恵は他の国々にも伝えられるようになった。父祖ヤコブが羊に適切な様々な色を塗り、これは魔術により行われた。カルデア、ヘブライ、ペルシア、エジプト人らの神学では、これらの術は至高の哲学とされ、主要な貴族と祭司らにより学ぶべきものとされたからである。そしてモーセの時代に、祭司も医師もマギ――健康、特にらい病についての知識に関する事を判断する祭司の間から選ばれていた。ファラオの娘の健康のために、モーセもこのエジプトの学院で教育され、この民の全ての知恵と学に優れるようになった。また預言者ダニエルも若い頃にカルデアの学を学び、カバラ学者となった。彼の神の預言と彼が示した言葉「メネ、メネ、テケルパレス」を見るのだ。これらの言葉は、預言とカバラの術により解釈できるようになる*2。このカバラの術をモーセと預言者らは熟達し常に用いていた。預言者エリヤはカバラの数秘術により多くの事柄を予知し、この古き時代の賢者らもこの自然と神秘の術によって、正しく神の知を学んだ。彼らは神の法の下に住み、大いなる堅固さとともに神の像とともに歩んだ。またサムエル記でも、ペリシテ人は悪魔の一部には従わず、神の許しにより、幻視と実際の現れを与えられた。私はこの事については、「超越天の事柄の書」でより大きく扱っている*3。この賜物は神の律法とともに歩む祭司らに主なる神により授けられている。ペルシア人の間での風習では、その名も実質も賢者である者以外は王とは認められずにいた。これは彼らの王の襲名が賢者と呼ばれていた事からも明らかである。彼らこそが、主イエスが生まれた時に、東方から訪れてきた三人の賢者、ペルシアのマギであり、自然の祭司と呼ばれていた者らである。エジプト人らもこの魔術と哲学をカルデアとペルシア人から得て、彼らの祭司らが同じ知恵を学ぶのを望み、彼らはかくも結実し成功したので、全ての近隣諸国は彼らを賛美した。この理由からヘルメースは真にトリスメギストス、三重に偉大な者と呼ばれる。なぜなら、彼は自然の事柄の王、祭司、預言者、魔術師、詭弁家であったからである。ゾロアスターも同様の者だった。


第二章 ギリシア人がその学の多くをエジプト人から受け継ぎ、

どのようにそれがなされたかが、ここで示される


 大洪水の後にノアの息子が地の三分の一を保有していた頃、この術はカルデアとペルシアへと分かれ、そこからエジプトへと伝わっていった。 この術をまだ迷信と偶像崇拝をしていたギリシア人が知り、彼らの中でもとりわけ賢き者らがカルデア人とエジプト人から学び、彼らの学派から同じ知恵を受け継いだ。だが、モーセの律法の神学学習は彼らを満足させず、彼ら自身の特定の守護神らを信じ、これらの自然の秘密と術の正しい基盤から脱落した。これは彼らの法外な考えと、モーセの教義に関する過ちからも明らかである。この優れた知恵の伝統を、謎めいた絵や難解な歴史と用語にしたのはエジプト人の風習によるものだった。この後に続いたのは、卓越した詩人ホメーロスと、この術を学んでいたピュタゴラスであったが、後者はモーセの律法と旧約聖書の多くの事柄を自らの書に記したように見える。同様に、ヒッポクラテース、ミレトスのタレース、アナクサゴラス、デモクリトス、その他の者らも、彼らの精神をこれらの主題へと定めるのを躊躇わなかった。だが彼らの誰も、真の占星学、幾何学、算術、医療の術を実践していなかった。なぜなら、彼らのプライドが邪魔したからで、彼らは自国ではない他国人に属する弟子となるのを認めなかったからである。たとえカルデアやエジプトから彼らが何らかの洞察を得たとしても、それらは自然のままにあったものよりも傲慢なものとなり、そのままの物ではなく微細なフィクションあるいは偽りと混ぜられた。そして、彼らはある種の哲学を作り上げていったが、それらは彼らからローマ人へと伝えられた。そしてローマ人はギリシア人から学んだので、この術は彼らの教義で飾られて、ローマ人の手でこの哲学はヨーロッパ中へと広められた。これらの教義と規則を伝播させるため、多くの学院が建てられ、若者らは教育を受け、この体系はドイツや他の国々で花開き、現在へと至るのである。


第三章 エジプトの学院で教えられていたもの


 カルデア人、ペルシア人、エジプト人は自然の秘密の同じ知識を持ち、また同じ宗教を信じていた。その神々の名前のみが違っていたのである。カルデア人とペルシア人は彼らの教義をソフィア(知恵)と魔術と呼び、エジプト人は供犠の習慣により、彼らの知恵を祭司職と読んだ。ペルシア人の魔術、エジプト人の神学は両方とも古代の学院で教えられていた。アラビア、アフリカ、ギリシアでは、これらを通じて多くの学者や学派が生まれた。アラビア人の間ではアブー マーシャル、アベンザゲル、ジャービル、アル ラーズィー、アヴィケンナといった者らで、ギリシア人の間ではマカーオーン、ポダレイリオス、ピュタゴラス、アナクサゴラース、デモクリトス、プラトン、アリストテレス、ロディアヌスといった者らである。だが彼らはエジプトの知恵において自らの意見を異なり、同意しなかったので、なおもお互いに違った意見を持っていた。その理由からピュタゴラスは賢者とは言えない。なぜなら、彼は多くの密儀と奥義をエジプト人から学んでいたが、その祭司の業と知恵は完全には教えられていなかったからである。そしてアナクサゴラースも多くのものを彼らから学んでいたが、それは彼の死後に残された遺作の中の太陽とその石についての議論からも明らかである。だが彼らの意見はエジプト人のものとは多く違っていた。彼らは賢者、マギと呼べず、ピュタゴラスの信者らは、彼の教えに対して哲学の名を装ったが、彼らが知っていたのは、ペルシア人とエジプト人の魔術からの、影のような僅かな微光程度でしか無かったのである。だが、モーセ、アブラハム、ソロモン王、アダム、キリストの誕生で東方から祝いに来た三賢者らは、真のマギ、神のソフィスト、カバラ学者であった。この術と知恵について、ギリシア人は僅かか全く知らなかった。そのため、ギリシア人の哲学的な知恵はただの推察で、他の真の術にして学とは大きく離れたものとして扱わねばならない。


第四章 カルデア、ペルシア、エジプトのマギとは何だったのか


 これらの賢者らの秘密の魔術を知ろうと多くの者らが探求に赴いたが、誰もまだ達成できずにいる。我々の時代の者ら、偉大なトリテミウスや、(ロジャー) ベーコン、アグリッパすらもである。彼らは魔術とカバラ――二つの見た目では大きく違うもの――の働きについて知らなかったからである。魔術は無論、エレメンタル体と、その果実、特性、性質、隠された働きを理解する術と学問である。一方カバラは、聖書の深遠な理解から、人のための神の道を追求し、神とどう共にあり、神から預言を受ける方法を示すものに思える。カバラは神の神秘に満ちており、魔術すらも自然の秘密に満ちているからである。これは物事の性質から現在や未来の事柄を教え予知する。この作業は天上の星々や地上の万物の内なる構成、何が中に隠れているか、それらのオカルトの性質は何か、何が元は設計されていたのか、何の特性が与えられているのか、を知る事より成り立っているからである。これらや似たような物は絆であり、それにより天の星々は地上の物と結び付けられる。時にはこれらの働きが、世俗の者の目にすら見られるようにである。天の影響の合(コンジャンクション)では天の性質が低位の物で働き、これらは昔はマギらからはガメヘア、あるいは天の諸力とエレメンタル体の性質との結婚と呼ばれていた。ゆえに、万物の天の星々、すなわち太陽や惑星と地の物、すなわち植物、鉱物、動物との素晴らしい混合は確実になされたのである。


 悪魔はこの光を暗くするのを全力で試みようとし、彼の望みは部分的には達成された。悪魔は全てのギリシア人の思索とその場所を貧しくし、この民に人間の思弁と、神とその御子イエスへの単純な冒涜を植え込んだからである。真の魔術は神の三位一体を源とし、そこから起き上がってくる。神は創造した万物にこの三つ組、三位一体を記し、自らの指でこのヒエログリフを彫ったからである。創造され与えられる万物の性質の中に、この神の三つ組の欠けた物も、見た目によって証明されない物すらも無い。聖パウロがローマ人への手紙で述べているように、被造物は我々に創造主自身を理解し見るのを教える。物の形質全体の中に満たされた神の三つ組の契約の徴は不変のものである。またこれにより、四大エレメンツからの全ての自然の秘密を我々は得ている。この三つ組と魔術的な四つ組とを足す事により、完全な七つ組を生み出し、多くの奥義を授け、知られている事柄を実証する。四つ組が三つ組の中に休む時、永遠の地平線から世界の光が起き上がり、神の助けにより我々に全ての絆を与えられる。またこれらは、生ける万物の性質と働きと用いる方法も表す。なぜなら、万物にはこれらの奥義、印、印章、図形により記されており、試みには明らかでない最小のオカルトの点すら残されていないからである。さらに四つ組と三つ組を十つ組になるまで足したなら、それらは統一にまで減少される。これらの中に、神が人類にこれらの真の知識を持つであろうと、その言葉とその手による創造物により平明に表した、万物の全てのオカルトの知恵が含まれている。これらについては、別の章でより明白に説明するであろう。


第五章 万物の中の主要で至高のエッセンスについて


 マギは万物は単一の形質をもたらせるとその知恵で確言している。さらにこの形質は純化と浄化の作業を通じて、高い微細さを獲得し、かような神的でオカルトな性質によって、驚異的な結果を生み出せると彼らは確言する。彼らはこれらを地へと戻し、至高の魔術の分離作業により、ある特別な形質が生み出され、それらに対して多くの作業と長い準備の後に、植物の形質から鉱物に、さらに鉱物から金属に、さらに完全な金属の形質を超えて永遠にして神の第五精髄へと至り、その中には全ての天上と地上の被造物のエッセンスが含まれると見做していた。アラブ人とギリシア人はペルシア人とエジプト人のオカルトの文字とヒエログリフの説明を解読する事により、秘密にして深遠な密儀を獲得した。これらの得たもので部分的に理解したものにより、彼らは実験の中で自らの目により多くの驚異的で不思議な結果を見た。だが超越天の作業は、彼らが理解できる能力を超えた深みに隠されていたので、マギの教えに従った超越天の奥義とはこれを呼ばず、ピュタゴラスの助言と判断に従って、哲学者の石の奥義と呼んだ。この石を得た者は、それを様々な謎めいた図、騙しの類似物、フィクション的な題名の中に隠した。そのため、この事柄はなおもオカルトの中に留まるのである。そのため、これらからは非常に僅かか全く知識を得る事は出来ないのである。


第六章 この発見と知識の獲得での様々な過ちについて


 哲学者らは、単に類似性からこの石に対して多くのオカルトの名前を与えている。アーノルドはこれを観察し、彼の「ロザリオ」の書で、最も難しいのはこの石の形質を見つけ出す事だと述べている。賢者らはこれを植物、動物、鉱物と呼んだが、それらは文字通りの意味では無い。彼らはこの石の神の秘密と奇跡について、経験上良く知っていたからである。例えば、ライムンドゥス ルルスの「ルナリア」を挙げられよう。これは哲学者自身が親しんでいた崇敬すべき美徳の花を与える。だが、これを投入する事で金属を変容させるとか、その準備をするのを汝が考えるようにするのは哲学者らの意図では無く、哲学者らの深遠な精神には別の意図があった。同様に、彼らはこれらの事柄をマルタゴンと呼んでいたが、それはオカルト錬金術の作業を表していた。だがこの名前にも関わらず、それは隠された類似以上の意味は無かった。さらに、植物の液を用いた作業には少なからず過ちが起きた。良き術者はこれにより固体の水銀を求め、その後にこれと固体の水とを混ぜてルナ(月、銀)にしようとした。なぜなら、この方法により金属の助けを借りずにこれを固体にできる者は、この術の主な師となるとされたからである。ところで、一部の植物の液はこの効果があるものの、この結果は単にこれらの中に豊富にある樹脂、植物性脂肪、地的な硫黄によるものにすぎない。これは自らの中に水銀の湿気を引き寄せ、それらは凝固のプロセスの中でこの形質とともに起き上がるが、それには何の更なる効果も無い。一部の者らが手痛い費用とともに悟ったように、植物の中にある厚くて外的な硫黄には、錬金術の完全な投入のためには使い道が無いと私は断言する。ある者が、その言う事が本当だとしたら、水銀をティッティナル(tittinal)の白い乳液で、その内部にある激しい熱を用いて凝固できたと言われる。そして彼らはこの液体を乙女の乳(Lac Virginis)と呼んだというが、これらは偽りの基盤である。同じ事はクサノオウの樹液についても言えよう。その色は金が与えるものと同じだが、それにより人々は虚しい考えを抱いたのである。特定の時間をかけて、彼らはこの植物を引き抜いて、それによって凝固させ変容させるチンキとなる魂や第五精髄を探し求めたが、愚かな過ちを救うものは何も起きなかったのである。


第七章 植物の中に哲学者の石を求めた者らの過ちについて


 一部の錬金術師らは、クサノオウの樹液を搾り取り、濃密になるまで沸騰させてから、太陽の光の下へと置いた。それにより硬い物質へと凝固するだろうと考えた。その後に、良質な黒い粉へと振り掛けて、この太陽への投入により、水銀へと変わるのを期待した。だが、彼らもまた虚しい結果にしかならなかった。他の者らは、この粉と滷砂(塩化アンモニウム)を混ぜ、別の者らは硝酸の弁柄を用いて、それによって望む結果に到達するだろうと考えた。この溶解により、これらは黄色い水となり、この滷砂によって、水銀の形質へのチンキの導入となるのを期待した。だが再び、何も達成されることは無かった。また別の者らはも、上記での物質の代わりにイヌタデ属の植物の樹液、ウニミヤコボラ貝、ドラクンクヌス草、ヤナギの葉、マツバトウダイ、カタプティア草、キンポウゲといったものを水銀とともにガラスの瓶へと密閉し、瓶を灰の中に入れて数日置いておく。これにより水銀は灰の中へと入るが、見掛け倒しであり、何の結果も得られない。これらの者らは私が先に述べたように、水銀を金属無しに凝固し、賢者の石を持つと称する下劣な者の虚しい噂に踊らされている。また多くの者らは植物から人工的に塩、油、硫黄を摘出しているが、それらは全て虚しい結果となった。そのような塩、油、硫黄は水銀を凝固させたり、完全な投入をしたり、チンキが作れたりはしないからである。だが哲学者が自らの形質とある七枝の黄金樹を比較するなら、彼らはこの形質の種に全ての七つの金属が含まれて、隠されているのに気づくだろう。その意味において、彼らは自らの形質を植物と呼ぶ。なぜなら、自然の樹と同様に、これらも時と共に様々な花を造り出すからである。そして、哲学者の石の形質はその花において最も美しい色を示す。別の適切な比較としては、特定の形質は枝や芽の茂みのように、哲学的な土から起き上がる。あたかも地からスポンジが育つようにである。そのため、賢者らはこれらの樹の果実は天へ向かって伸びると述べた。このように、彼らは全体の事柄を自然の植物へと結びつけたが、それはその形質が植物だという意味では無く、これらの石は植物のように、自らの中に肉体、魂、霊を持つのを意味するからである。


第八章 動物の中に哲学者の石を求めた者らについて


 賢者らはまた、その類似性からのみ、この形質を乙女の乳とも、薔薇色の祝福された血とも呼んだが、それらは神の預言者と子らにのみ適している。ゆえに詭弁家らは、この哲学的な形質は動物や人の血の中にあると推測した。またある者らは時には植物により養われると考え、他の者らは髪の毛、小便の塩、レビスの中にこれを探し求め、別の者らは雌鶏の卵、牛乳、卵の殻を焼いた後の滓に探し、彼ら全てはそれらによって水銀の凝固が可能となると信じたのである。ある者らは悪臭ある小便から塩を摘出し、これが哲学者の石の形質だと考えた。また別の者らはレビスの中で見つかる小さな石らがそれだと見なした。他の者らは、卵の薄膜を水に浸して柔らかくして、それに煆焼により雪のように白くなった卵の殻を加えた。これらを彼らは水銀の凝固の奥義の形質と見做したのである。他の者らは卵の白身を銀と、黄身を金と比較し、これを形質に選び、普通の塩、塩化アンモニウム、焦げたタルタルと混ぜ合わせた。これらをガラス瓶の中へと密封し、塩水に浸し続けて、白い部分が血のように赤くなるまで保った。さらにこれらを蒸留したら最も不快な液体となり、彼らの目的を台無しにしたのである。他の者らは卵の黄身と白身を浄化し、それらからバシリスクを造り出した。これを彼らは燃やして深紅の粉にし、ギルベルト枢機卿の錬金術文書で彼らが学んだように、それにより金属を染めるのを求めたのである。さらに、多くの者らが雄牛の胆汁を水に浸して柔らかくし、それに普通の塩を混ぜて、液体になるまで蒸留し、それによって墓場の粉を濡らした。彼らはこの形質によって金属を染められると考えた。これらを彼らは「部分と部分」と呼んだが、これらは――単に何も起きなかった。他の者らはテュティアに、竜の血や他の形質を加える事により変容させようと試み、また銅やエレクトラムを金へと変えようとした。他の者らは彼らが言うヴェネツィアの術に従い、20匹前後のトカゲのような動物を集め、瓶の中に詰めてから、空腹によりこれらを怒らせ、最後の1匹になるまでお互いに共食いさせた*4。それから生き残った1匹を銅やエレクトラムの削り滓で養う。この動物に金属を食べさせたら、単純に胃の消化によって望む変容をもたらすと彼らは考えた。最後に、彼らはこの動物を燃やして赤い粉にし、それによって金を変容できると考えたが、結果は欺きであった。他の者らもまた、トルイタス(マス?)と呼ばれる魚を焼いていると、時にはその中に黄金があるのを見つけた。だが、これらの魚は時には川を泳ぐが、その上流から金の小さな粒が流れてきて、これらはそれを食べるという事実以外に何の理由も無い。だがこれらの欺きが、特に君主の宮廷で見破られる事は滅多に無い。この哲学者の石は動物の中に求めるべきでは無いと私は全ての者らに述べたい。なおも、哲学者らはこの石を動物と呼んではいるが、それはこれらの最後の作業において、最も優れた火の密儀の性質により、この石から瓶の中へと一滴一滴、知られざる液体が染み出ていくからである。旧約聖書の預言者らは、最後に地上で最も純粋な人間が来て、罪の贖いをなし、その赤い血を流すことによって、世界は罪から贖罪されると預言した。同じように、それ自身の種により、これらの石の血は、らい病の金属をその虚弱さと感染から自由にすると考えた。そのためこれらの考えから、彼らはこの石を動物と呼ぶのは正当化されると考えた。この密儀について、メルクリウス神がカリード王*5に以下の様に述べている。


「この密儀は神の預言者らのみが知るのを許される。ゆえに伝えられるのは、この石は動物と呼ばれ、それはその血の中に魂が隠れているからである。これは同様に、肉体、霊、魂によって構成される。同じ理由から、これは小宇宙ミクロコスムとも呼ばれ、それは世界にある万物の似姿がここにあるからで、ゆえにプラトンが大宇宙を動物と呼んだように、哲学者らはこれを動物と名付けたのである。」


第九章 鉱物の中に哲学者の石を探した者らについて


 ここに加わる多くの愚者らは、石は三つあり、それぞれは三つの類、すなわち植物、動物、鉱物の中に隠れていると考えた。ゆえに彼らは鉱物の中に石を求めたのである。ちなみに、これは哲学者らの意見からは大きく違っている。哲学者らは、彼らの石は均等に植物、動物、鉱物であると確言している。次にここで注記するのは、自然はその鉱物の種を様々な種類の中へと配っている。例えば、硫黄、塩、硼砂、硝石、アンモニア、明礬、砒素、黒インク、硫酸、テュティア、赤鉄鉱、雄黄、鶏冠石、マグネシア、辰砂、アンチモン、滑石、カキミア、白鉄鉱といったものの中にである。これら全ての性質はまだ我々は理解してはいないが、ここに名を記したそれらの種の一部は、卑金属を完全なものへともたらす変容において、驚異的な相がある。真に火による長い実験と実践は、鉱物の組み合わせに関して様々な多くの事柄を示し、単に色を変えるのみならず、エッセンスをも変え、不完全なものを完全なものにする。自然は鉱物を準備する方法により、ある程度の完成には到達しているものの、哲学者らはこれらの鉱物のどれからも、哲学者の石を、この石が普遍的と呼ばれつつも、得る事は出来ずにいる。ゆえに、詭弁家らは昇華、凝固、水銀の水、硝酸といったものにより、様々な苦難とともに水銀を自らで追求しようとした。これらの誤った方法全ては、他の詭弁家の鉱物の準備、スピリットと金属の浄化と凝固と共に避けるべきである。ゆえに、ゲーベル*6や、アルベルトゥス マグヌスや、残りの者らが唱えていた哲学者の石の準備についての全ての説は、詭弁家のものである。彼らの浄化、接合、昇華、蒸留、精溜、循環、腐敗、結合、溶解、上昇、凝固、煆焼、焼却は全く利益が無く、それらは三脚、自給炉、反射炉、溶融炉、accidioneum、糞、灰、砂、その他なんであろうとも同様で、またウリ状の瓶、ペリカン瓶、蒸留器、薬瓶、凝固させる瓶、残りのものもそうである。同じ事は、赤と白の鉱物のスピリット、硫酸、硝石、明礬、過酸化鉄などを用いた水銀の昇華にも当てはまる。これら全てについては、詭弁家のルペシッサのヨハネス*7が、白と赤の哲学者の石の論文で作り話を書いている。これら全てはただの欺きの夢である。またゲーベルの特定の詭弁の書も避けるべきだ。例えば、彼の小便から準備した塩や、墓から造った塩による七つの昇華あるいは腐敗についてや、水銀の再活性化といったもので、これら全ては全く当てにならない。一部の他の者らは、鉱物と金属の硫黄によって水銀の凝固をしようと試みたが、彼らもまた大いに欺かれたのである。私はこの術によって水銀を見て、その凝固によって、全ての面において良き銀と似て偽造された金属となったのは事実であるが、それを良く試してみたならば、自らが偽り物であるのを示したのである。


第十章 特定の鉱物の中に哲学者の石を探した者らについて


 一部の詭弁家らは、水銀から固体の油を取り出して、七回昇華させ、硝酸によって同様に溶解させようとした。この方法によって彼らは不完全な金属を完全なものにしようと試みたのである。だが彼らのその虚しい試みを放棄せざるを得なかったのである。ある者らは煆焼、溶解、凝固を七回繰り返す事で硝酸を取り除き、それから二部の塩化アンモン石を加えてから昇華し、それによって白い水へと分解され、それらに三部のクイックシルバーを加えて、水によって凝固させた。その後に、水銀を硝酸と塩化アンモン石を用いて何度も昇華させると、固体の石になると考えた。この石は硝酸から産まれた哲学者の硫黄であると彼らは断言した。彼らはこの考えを基に溶解と凝固によって、石のある程度の達成を得た。だが金属に投入しても何も起きなかった。他の者らは明礬の水を明礬自身のように硬い物質へと入れて水銀を凝固させようとし、この固体の水によって凝固させようと彼らは虚しく努めたのである。詭弁家らは水銀を固体にするための多くの方法を思いついたが、それらはいずれも目的に到達しなかった。それらの中には完全や不変なものが何も得られなかったからである。そのため、詭弁家のプロセスで鉱物を加えていっても無駄であった。彼が滅ぼそうとかき混ぜた全てのものが、より生き生きと動くようになり、どんな種類の完全さよりも不純にしていったからである。そのため哲学者の石はこれらからは求められなかった。水銀は不純なままにあり、それを完全へともたらすのは、どんな詭弁家にも、非常に難しい、否、不可能であったろう。この中では、完全へと掻き立てたり強いたりできるものは何も無かった。ある者らは砒素を何度か昇華させ、しばしばタルタルの油で分解したり凝固させたりした。これで彼らは水銀の凝固がなされ、それによって銅を銀へと変えたように装った。だが、これは単に詭弁による表面を白くしたのにすぎなかった。砒素は作業者が卓越した術師であり、その色合いをつけるスピリットを良く知っていない限り、固体にする事が出来ないからである。真にこの件では、全ての哲学者らは眠っていて、ここで何にせよ達成を虚しく試みるのみであった。そのため、このスピリットに無知な者は、これを固体にしたり、これに変容の性質を持てるようにする力を与えるよう望む事は出来なかった。このように私が今述べたような白くするもの全ては、偽りの基盤であって、それによって銅は白くはできるが、金属の性質が変わったりはしないのである。


 ところで詭弁家らはこの偽りの金星(銅)に、その二倍の重さの月(銀)を混ぜて、これを金細工師や造幣局長に売っていた。こうして最後には、これらは偽りのコインへと変容したのだった――売った側だけでなく、買った側もである。ある詭弁家らは、白の代わりに赤い砒素を用いたが、これは偽りの術となった。なぜなら、水銀は準備されたものの、白化以外は何も証明しなかったからである。


 再びある者らは、さらに探求を進めて、普通の硫黄を扱い、これはかくも黄色い物質なので、彼らは酢や灰汁や鋭い味のワインと共に、白くなるまで昼夜沸騰させていた。その後に、これを普通の塩と卵の殻の石灰により昇華させ、このプロセスを何度か繰り返した。まだ白いままであるが、これは常に燃えやすくなる。彼らはこれによって、水銀の凝固とこれを金へと変えるのを試みたが、またもや虚しい結果となった。だがこの試みから、私が生涯で見た中でも最も優れて美しい辰砂が生まれた。彼らはこれに、硫黄の油を加えて、結合と凝固によって固体にしようとしたが、勿論、ある物は作れたものの、なおも望んだ結果には至らなかった。他の者らは普通の硫黄を硫肝へと変えてみる事にした。まず硫黄を酢と共に沸騰させながら、亜麻仁油、ラテリーネ油、オリーブ油のいずれかを加えた。それから彼らは大理石のしっくいを入れて、硫肝の形にした。それから、弱火でレモン色の油へと蒸溜させた。だが、彼らはそれによっては、彼らが出来ると思っていた月(銀)を太陽(金)に変容させる事が出来ないのに気づいた。世界には無数の金属があるので、それらを準備に用いるには多くの多様性がある。ここでは私はそれ以上は述べる事はしないようにしたい。なぜなら、それぞれには特別な論文が必要だろうからだ。また硫酸とアンチモンの詭弁家の油にも気を付けよ。同様に、金属の油、完全にせよ不完全にせよ、太陽にせよ月にせよ、それらにも警戒するのだ。なぜなら、これらの作業は、物の性質の中でも最も効能があるものの、その真のプロセスは現在においてすら、ごく少数の者のみが知るからである。またアブサンも、昇華、下降、凝固による、また酢、硝石、タルタル、硫酸、塩化アンモン石による、一般の水銀や砒素、硫黄の詭弁家らの準備が似た様なものとなっており、それらの形式は詭弁家らの書に記されている。同様に、白鉄鉱や火星(鉄)の過酸化鉄から作った詭弁家のチンキも避けるべきで、「部分と部分」と呼ばれ、固体の月と似たような詭弁家のものもである。これらの中には、僅かな労働による固体の月といった、真理の一部の迷信的な表れもあるが、概してこれらの準備のプロセスは価値が無く貧しいものである。そのため、この術の良く意義のある作業へ向けて情熱とともに進む者として、私はこの哲学の基礎全体を、三つの奥義、すなわち砒素によって説明されるもの、硫酸によって説明されるもの、アンチモンによって説明されるもので明かす事に決めた。これらの方法による、水銀と卑金属への真の投入について、私はこれから教えるつもりである。



哲学者のオーロラ 後編
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*1 主著という意味かと思われる。
*2 正確には、ダニエル書 5章でバビロン王ベルシャザルが壁に「メネ メネ テケル ウパルシン」とあるのを見て、それをダニエルが「神は汝の治世を数え、その王国の終わりを定め、国は分かたれメデア人とペルシア人に与えられる」と解釈した話。
*3 パラケルススの現存する書の中にこの題は見つからない。おそらくは失われた書の一つか。
*4 中国や日本の古代呪術の蠱毒を思わせる話である。
*5 錬金術の伝説的な王。実在した9世紀のアッバース朝カリフ アル=ワースィクの部下のエジプト知事、将軍のカリード イブン ヤズィードがモデルとされる。伝説ではウマイヤ朝の王子でカリフの位を継ぐのに失敗したのでエジプトで錬金術に励み、多くの書を集めたという。
*6 ジャービル イブン=ハイヤーン。721年? - 815年?。イスラームの哲学者、学者。後にその著書がラテン語に訳され、中世の錬金術に多大な影響を与え、化学の祖と呼ばれるようになる。
*7 1310年 - 1362年。フランスの神学者、預言者、錬金術師。多くの預言書を書いて世を惑わした罪で捕まり獄死した。