高等魔術の教理と祭儀 2-4

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第四章 四大の召喚


 四大エレメンタルの形態は、天の火から普遍的な動きが引き離した、創造された霊らを大まかに分割し区別したものである。この霊はあらゆる場所で働き、物質をその命により実を結ばせ、全ての物質を動かし、その思考と魂はあらゆる場所にある。多様な形態を作り出すこの思考を我々が保有する事で、我々はこの形態の支配者となり、自らの目的のためにこれらを仕えさせられる。アストラル光はそのような魂らにより満たされており、存在の絶え間ない世代で分離されている。これらの魂は不完全な意志を持ち、より強力な意志の持ち主により支配され操られ、強力な不可視の鎖により繋がれていて、時には大いなるエレメンタルの暴動を起こしたりもする。この現象は魔術の犯罪裁判や、ごく最近にもエウデ ド ミルヴィル氏により、これ以外の原因の無いように証明されている。エレメンタルの霊らは子供のような性格をしており、これらは問題を起こす者を主に苛むが、無論これらが高い理性と大いなる厳格さにより支配されていない限りにおいてである。私はそのような霊らをオカルトエレメンツと呼称し、それらは我々の恐ろしかったり不快な悪夢をしばしば起こし、占術の杖を動かし、壁や家具でのラップ音を起こしたりする。だが、これらは我々自身の思考以外の何も発現させず、我々が何も考えない時には、これらは取り留めも無い夢という形で我々と対話しようとする。これらは善や悪を同等に発現させるが、これらは自由意志が無く、ゆえに責任能力が無いからである。これらは恍惚状態の者や夢遊病者に対して、不完全で曖昧な形態において自らを示す。これは聖アントニウスの悪夢や、ほぼ確実にスウェーデンボルグの幻視を説明する。そのような生き物らは非難されたり罪があったりはしない。これらは好奇心が強くて無垢である。我々はこれらを動物や子供のように用いたり乱用したりしよう。そのためこれらを用いる魔術師は、恐るべき責任を負うことになる。彼がこれらによって達成した全ての悪事を償わなければならず、その懲罰は瞑想によりこれらを用いた力の比例に応じて強くなるだろうからである。
 エレメンタルの霊らを支配し、ゆえにオカルトエレメンツの王となるには、我々はまず古代の秘儀参入の四つの試練を受けなくてはならない。だがそのような秘儀参入は今の世にはもはや無いように思えるので、我々は自らを勇敢に火に晒したり、木の幹や板によって深淵を乗り越えたり、嵐の間に切り立った山を登ったり、危険な渦巻や急流を通って泳いだりといった、類似の経験で取り換える必要がある*1。水の中で怯えた者は、決してウンディーネを支配する事は無く、火を恐れる者はサラマンダーを支配する事は無く、眩暈が起きるようならば、シルフを平和の下に放っておき、ノームを苛立たせるのを控えるべきである。低位の霊らは、それら自身のエレメントを乗り越えた力にのみ従うからである。実践と勇気によりこれらの比類なき能力を獲得したならば、地水火風の特別な聖別により、エレメンツに己が意志の言葉を与える必要がある。これは全ての魔術儀式の不可欠の前行である。風エレメントは東西南北の方向へと息を吹いて、以下の言葉を唱える事で祓われよう。

 神の霊は水の面を動き、人の面の中へと注がれて命の息となった。我が君ミカエルと、我が僕サブタビエルよ、我が内なる光よ。我が息が御言葉となり、我がこの風の生き物の霊らを支配せんことを。我が心からの意志により、我が心の思考により、正しい思念のリンゴにより、我は太陽の馬にくつわをつけん。それゆえ、我はペンタグラマトンにより、その中に堅固な意志と真の信仰あるテトラグラマトンの御名により、汝ら風の生き物を祓わん。アーメン、セラー、フィアット。かくあれかし。

 それから風の印を鷲の羽根により空中に描いてから、シルフの祈りを次に唱えなくてはならない。

シルフへの祈り

 光の霊、知恵の霊よ、その息が万物を形作り破壊する者よ。万物の命の前にて変容する影にして通り抜ける気体よ。雲の上へと昇り、風の翼を駆る者よ。力強く呼吸し、限界無く広がる者よ。汝は引き寄せ、汝から離れた者全ては汝に帰る。永遠の安定のもとで終わりなく動く者よ、汝に永遠の祝福があらんことを! 我は汝を称え、反射にして像である創造された光と影の帝国にて汝を祝福する。そして我は汝の不変にして不滅の壮麗さを終わり無く崇めん。汝の知恵の光線と汝の愛の暖かさが我らに降りんことを。それにより気体は消え去り、影は体となり、風の霊は魂を受け取り、夢は思考とならん。我らは嵐の前でもはや吹き飛ばされる事は無く、朝の翼ある馬にくつわをつけ、夕の翼を軌跡を指導し、それにより我らが汝の御前に至らんことを。霊らの中の霊よ、魂らの中の永遠の魂よ、命の消されざる息よ、創造的な吐息よ、汝の永遠の発言の流れの中で、息が出入りする口を通じて万物の命は養われん。それこそ、動きと真理の神の海! アーメン。

 水エレメントは手、呼吸、発言により祓われる。また聖別された塩と、香を焚いた残りの灰の少数を混ぜ合わせた物も使われる。アスペルギルスは熊葛、ニチニチソウ、セージ、ミント、トネリコ、バジリコの枝により作り、処女の糸巻棒から取った糸で結び付け、まだ果実を作っていないハゼルの樹による取っ手を与える。そこに魔術のひも通し針により、七つの霊らを刻む必要もある。塩と灰はそれぞれ別個に以下の様な言葉で聖別する必要がある。

塩に向かって

 ボクブマエルとルアク ボクブマエルの徳によって、この塩に知恵が宿らんことを。そして、この塩は我らの心と体から全ての腐敗を防がんことを! 悪しき幻影はここより去らんことを。汝は天の塩、地の塩、塩の地とならんことを。汝は危害を与える者らを追い払い、翼ある牡牛の骨とともに我らの希望を強めんことを! アーメン。

灰に向かって

 この灰が生ける水の面へと帰還せんことを。この灰が良き地とならんことを。この塩がネツァフ、ホド、イェソドの三つの御名により、アゾートの霊の中にある初めと終わり、アルファとオメガにより、生命の樹を生み出さんことを! アーメン。

水、塩、灰を混ぜ合わせる

 永遠の知恵の塩により、再生の水により、新たな地が湧き出る灰により、これら全てはエロヒム、ガブリエル、ラファエル、ウリエルにより、世々限りなく共に働くようにならん! アーメン。

水の祓い

 水の中に蒼穹があり、水と水を分割せん。上にあるものは下にあるが如し。下にあるものは上にあるが如し。それは万物は流転するがゆえに。太陽は父であり、月は母、風の中にそれは宿る。地より天へと昇り、また天から地へと降りる。我は汝、水の被造物を祓い、汝はそれによりこの作業にて人の中の生ける神の鏡、命の泉、罪を洗い流す水とならんことを。

ウンディーネへの祈り

 海の恐るべき王よ。天の水門を留め、地下の水を閉じ込めている者よ。洪水と春の氾濫の王よ。汝は川と泉の水源を解き放ち、地の血のごとき湿気を得て、それで植物を養う者よ。我らは汝を崇め、我らは汝を招聘する! 我らと語れ、ウンディーネよ、汝の堅固さも形も無き生き物らが、海の洪水を引き起こしたなら、我らは汝の前に震えよう。また澄んだ水の囁きのように我らに話したまえ。そして我らは汝の愛を慕わん! 命の全ての川を流れる広大なる者よ、汝の中にて絶え間なく蘇らん! 無限の完成の海よ! 汝を深淵へと反映した高み、汝を高みへと引き上げる深淵。我らを知性と愛により真の命へと導きたまえ! 犠牲により我らを不死へと導きたまえ。我らが罪を洗い流すべく水と血と涙を汝に捧げる価値ある者であらんことを! アーメン。

 火エレメントは塩、香、白松脂、樟脳、硫黄を振りまき、火の精霊の三体の名前、太陽と光の王ミカエル、火山の王サマエル、アストラル光の君主アナエルを三回唱えて、最後に以下の呪文を唱えて祓われる。

サラマンダーへの祈り*2

 不死にして永遠なる畏れ多き未創造の万物の父よ、永遠に回りつづけ、終わり無く巡回する諸世界の戦馬車にて坐する者よ。永遠の広大さの主、その力の御座が立てられた場所より、汝の恐るべき目は万物を見分け、汝の聖なる美しき耳は万物の音を聞き、世界が始まる前より愛し続けた汝の子供らが産まれる。汝の黄金にして、偉大なる、永遠なる威厳は世界の上と星々の天にて輝かん! 輝ける火よ、汝はそれらより生まれ、汝は自らの中の光輝と語り合い、汝の本質から流れる光の流れは汝の無限の霊を養い、それ自身もまた万物を養い、世々限りなく与える形質の宝を形作る。その形は汝が時の始まりより焼きつけてきたものなり! この霊より三つの最聖の王らが汝の御座を取り囲み、汝の廷臣として仕え、またそれらの起源から派生する。全能なる父よ! 不死者と死すべき者全ての唯一の父よ! 汝の永遠なる考えと崇拝される本質に似た素晴らしい諸力を特に汝は作り、それらを汝の意志を世界に告げる天使らよりも高くあげた。最後に、汝は三番目に我ら人をエレンメタルの世界の中に作り出した。ゆえに、我らの終わりなき実践は汝への賛美と崇拝であり、我らは汝のもとにあろうとする大志を燃やし続ける。父よ! 全ての母らの中で最も温和な母よ! 母性と純粋な愛の崇拝される原型よ! 息子よ、息子らの花よ! 万物全ての形、魂、霊、調和、数の形よ! アーメン。

 地エレメントは水で傷つけられ、息と火を吹きかけ、その日の適切な香を焚いてから、以下の祈りを唱えて祓われる。

ノームへの祈り

 地を補助として手に取り、深淵へと投げ込み、その全能で満たした不可視の王よ。その名は世界の地下全てを震わせる方よ。七つの金属を鉱脈から流させ、七つの光を支配し、冥府の渡し主らに報いを与え、我らを好ましく光輝ある世界へと導く方よ。我らは観察し、絶え間なく働き、求め、望む。聖なる都市の十二の敷石により、隠されたタリズマンにより、世界の中心を貫く磁石の極により! 救い主、救い主、救い主よ、苦難する者らを憐れむ、我らの心を広げ、我らの精神を解放して高め、我らの存在全てを広げる方よ! 安定と動きよ! 夜を纏う昼よ! 光輝のヴェールを被った闇よ! その労働の代価を決して受け取らなかった師よ! 銀の白さよ! 金の輝きよ! 生ける美しきダイヤモンドの王冠よ! 天をサファイアの指輪のように汝の指に身に着ける者よ。地の下、石の領域に隠した方よ。星々の輝ける種子よ。生き、支配し、永遠に富を施し、我らにそれを管理するようにした方よ! アーメン。


 ノームの特別な領域は北に、サラマンダーのは南に、シルフのは東に、ウンディーネのは西にあるのを覚えておく必要がある。これらの存在は人の四つの気質に影響を与える。すなわち、ノームは憂鬱気質に、サラマンダーは陽気さに、ウンディーネは粘液質に、シルフは胆汁質にである。これらの天のサインは、ノームは牡牛であり、剣により命令される。サラマンダーは獅子であり、二股の杖あるいは魔術の三又の槍により命令される。シルフは鷲によるもので、聖ペンタクルにより命令される。ウンディーネは水を運ぶ者で献酒の杯により命令される。それぞれの君主は、ノームはゴブ、サラマンダーはジン、シルフはパラルダ、ウンディーネはニクサである。
 エレメンタルの霊がこの世界の住人に対して問題を起こしている、あるいは少なくとも苛立たせているなら、地水火風により、息を吹きかけ、水を撒き、香を燃やす事により、ソロモン王の星や聖なるペンタグラムを地面に描く事により召喚する必要がある。これらの図形は完全に正確なものである必要があり、聖別された火の炭か、様々な色を落としたアシの草に、さらに粉末状にした磁石を混ぜたもので描く。それから片手にはソロモン王のペンタクルを持ち、連続的に剣、杖、杯を手に取り、四大エレメンツの召喚の呪文は、以下の内容を大声で唱える。


 死者の頭よ、主は汝に生ける献納された蛇により命ずる! ケルブよ、主は汝にアダム イェホヴァにより命ずる! 彷徨う鷲よ、主は汝に雄牛の翼により命ずる! 蛇よ、主テトラグラマトンは汝に天使と獅子により命ずる! ミカエル、ガブリエル、ラファエル、アナエル! エロヒムの霊により湿気を流せ。地よ、アダム イェホヴァにより固められよ。イェホヴァ ツァバオトにより天空よ散らばれ。ミカエルの徳の火により審判は成就せよ。盲目の天使らよ、従え。さもなければこの聖水により通り過ぎよ! 翼ある牡牛よ、働け。さもなければ地へと戻さん。汝が望むまで、我はこの剣により汝を貫かん! 鷲よ、我が印に従え。さもなければ、この息により覆されん! 這う蛇よ、我が足元に絡まれ。さもなければ、我が燃やさんとする香の代わりに、聖なる火により痛めつけられん! 水よ、水へと戻れ。火よ、燃えよ。風よ、回転せよ。地よ、地へと戻れ。明けの明星であるペンタグラムの徳により、中央に書かれたテトラグラムの御名により、これらはなされん!


 キリスト教徒が用いた十字架の印は、彼らの専売特許では無い。これはまたカバラ的でもあり、エレメンツの対立と四方の均衡を表している。私は主の祈りのオカルトの短句を教理篇で述べているが、これは元々は二つの方法により作られていた。あるいは少なくとも、二つの完全に違った形式により特徴づけられていた。一つの方は司祭と秘儀参入者に取っておかれ、もう一つの方は新参者と平信徒のためだった。例えば、秘儀参入者が自らの手を頭にまで上げて「汝は」それから手を胸に降ろして「王国と」、それから左の肩に触れて「正義と」それから右の肩に触れて「慈悲と」そしから両手を組んで「世々限りなく」と加える。汝にマルクトとゲブラーとヘセドが世々限りなくあらんことを。この十字架の印は絶対的に壮大にカバラ的であり、そのグノーシス主義の冒涜とともに公的で圧政的な教会からは完全に失われている。この印はこのような方法で行った後に、四大エレメンツの召喚へと進み完成させるべきである。
 エレメンタルの霊らを乗り越え支配させるために、我々はこれらの特徴的な欠点を持つべきではない。そのため、浅くて気まぐれな者は決してシルフを支配できず、優柔不断で冷たく気まぐれな者は決してウンディーネを支配できず、情熱の欲望ある者はサラマンダーを怒らせて、強欲な者はノームの楽しみの奴隷とする。逆に我々はシルフのように敏速で活動的で、ウンディーネのように柔軟で気遣う者であり、サラマンダーのように活発で強くあり、ノームのように勤勉で忍耐強くあるべきである。要するに、我々はこれらの力において上回ってなければならず、これらの欠点により支配されてはならないのである。我々がこの規律を確立したならば、世界全体はこの賢き作業者に仕えるであろう。彼は嵐の中を通り抜け、雨は彼の頭を濡らさず、風は彼の服のしわすら動かさないだろう。彼は火の中を通っても燃やされず、水の上を歩き、地殻の中にあるダイヤモンドを見るだろう。これらの約束は途方も無いように見えるかもしれないが、それは大衆の理解にすぎない。賢者がこのような事を物質的、実際に行わないならば、彼はより偉大で素晴らしい事柄を達成するだろうからだ。同時に、エレメンツを我々の意志により特定の点へと導け、その効果を本当に変えたり抑えたりできるのは疑う余地が無い。例えば、恍惚状態にある者がその時に体重を失わせる事ができるならば、水の上を歩くのはなぜ不可能といえるのか? 聖メダールの痙攣では火も鋼鉄も感じず、最も暴力的な打撃と驚くべき受難を安心のために乞い求めた。一部の夢遊病者らの例外的な登攀と奇跡的な均衡は、自然が隠している諸力を明らかにする。だが誰も見た奇跡を証言する勇気の無い時代に我々は生きている。もし「私がかくかくこの様な事を見たり実践したりした」と言った者がいたとしたら、「あなたは金儲けのために作り話をしているか、さもなければ精神病だ」と答えられるだろう。沈黙し、そう行動する方がずっとマシである。
 四大エレメンツと照応する金属は、金と銀は風、水銀は水、鉄と銅は火、鉛は地である。タリズマンは呼び出す諸力か、望む効果に応じた金属で造る。四大エレメンツによる占い、それぞれ風占い、水占い、火占い、地占いと呼ばれるものは、様々な方法により実践され、それら全ては作業者の意志と半透明の形質あるいは想像力に拠っている。事実、四大エレメンツは霊視を助ける道具でしかない。ところで霊視とはアストラル光を視る機能であり、肉眼あるいは通常の感覚の視覚と同じくらい自然なものであるが、これは感覚の抽象化によってのみ作用する。夢遊病者や恍惚状態の者は、自然と霊視をするが、抽象化が完成していたなら、その視野はより明晰となる。この抽象化はアストラルの酩酊によって生み出される。つまり、光の過剰さに完全に浸され、それにより神経系を麻痺させるのである。
 陽気な気質は風占いを、胆汁質は火占いを、粘液質は水占いを、憂鬱気質は地占いの傾向を強める。風占いは夢占いによって確認でき、火占いは磁気学により、水占いは水晶占いにより、地占いはカード占いにより補足される。これらは諸技法の置き換えと完全へと補足するものである。だが占いは危険であり、少なくとも無用である。なぜなら、それは意志を弱め、結果として、自由意志を阻害させ、神経系を疲れさせるからである。



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*1 大変危険なので、読者は決して真似してはいけない。
*2 ウェイト注。この祈りは1680年に最初に出版された小説「ガバリス伯爵」の中で見つけられる。私はレヴィが前に用いていた他の幾つかの情報源にも出会っているが、名前は思い出せない。これらは獲得不能ではなく、誰であれ調べたい者は見つけられよう。