古今の秘密の教え 太陽 普遍的な神

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太陽、普遍的な神


 太陽崇拝は、宗教表現の歴史の中で最古にして最も自然な形態の一つである。複雑な現代神学はこのシンプルで原始的な信仰の波及と拡張にすぎない。未開人らは太陽の天球の慈悲深い力を認識するとともに、最高神の権化として崇拝した。太陽崇拝の起源に関して、アルバート パイクは「倫理と教義」の中で以下のように簡潔に述べている。「彼ら(未開人ら)には、太陽は諸惑星の生来の火、自然の火だった。命、熱、燃焼の創造主として、太陽は彼らには全ての世代の動力因でもあった。太陽が無ければ、世界には動きも、存在も、形も無かったからである。彼らにとって太陽は限りなく広がり、不分割で、不滅で、臨在する存在だった。太陽は彼らが必要とする光であり、その創造的なエネルギーは全ての人間が感じ、その不在ほど彼らには恐ろしい事は無かった。太陽の慈悲深い影響は、この星を善の原理と同一視させるに至った。そしてインド人のブラフマー、ペルシア人のミスラ、エジプト人のアトゥム、アメン、プタハ、オシリス、カルデア人のベル、フェニキア人のアドナイ、ギリシア人のアドーニスとアポローンは太陽、再生の原理の擬人化、世界の存在を永続させ若返させるその豊穣性の像となった。」


 古代の全ての国々において、多くの祭壇、塚、神殿が、この昼の天球の崇拝に捧げられた。現在でも残るこれらの遺跡の中でも特に有名なのは、エジプトやメキシコのユカタン半島のピラミッド、アメリカ原住民の蛇塚、バビロンとカルデアのジッグラト、アイルランドの円塔、ブリテン島とノルマンディー地方の環状列石である。バベルの塔は聖書によれば人が神に至るために建てられたとされるが、おそらくは実際には天文学の観測目的であろう。


 古代の祭司や預言者の多くは、多神教徒もキリスト教徒も、天文学と占星術に熟達していた。彼らの書は、これらの古代の学の光に照らしながら読む事で、最良の理解を得られる。天の星々の構成と周期性への人の知識が深まるにつれて、占星術の諸原理と用語はその宗教体系の中にも組み込まれていった。守護神らは惑星の玉座を与えられ、天の星々はそれらに割り当てられた神々の名前で呼ばれるようになった。諸恒星は星座によって分割され、これらの星座の間を、太陽と諸惑星、後にはそれらに伴う衛星らも巡回した。


太陽の三位一体


 古代の天文学者が見る事が出来た天の星々の至高者として、太陽は神々の頂点に置かれ、創造主自身の至高の権威の象徴となった。太陽の諸力と諸原理の深い哲学的思索から、それらは今日の世界が知る三位一体説の概念となった。三位一体の神性の教義はキリスト教やモザイク神学に限られたものではなく、古代や現代の偉大な諸宗教の教義の顕著な部分を形成する。ペルシア人、インド人、バビロニア人、エジプト人らは、彼らの三位一体説の概念を持っていた。それぞれには、一つの至高の知性の三つの形態があった。近代メイソンリーでは、神は正三角形により象徴され、その三つの面は永遠なる者の原初の発現を表し、この永遠者そのものは、ヘブライ人らがヨドの文字と呼んだ小さな炎で表された。ドイツの神秘家ヤーコプ ベーメはこの三位一体を、三人の証人と呼んだ。それらにより、不可視な者は可視で実体の宇宙において知られるようになったのである。


 この三位一体の起源は、太陽の昼間の諸発現を観察している者には明らかである。この天球は全ての光の象徴として、三つの違った様相を持つ。日の出と、正午と、日の入りである。これにより哲学者らは万物の生を三つの違った部分に分割した。成長、成熟、死滅である。薄明の日の出と黄昏の日の入りの間は、輝く栄光の正午がある。父なる神、世界の創造主はこの日の出により象徴される。その色は青であるが、朝の日の出は、青い霧により覆われているからである。全世界の前に父なる神の証人として送られた者は、正午の天球であり、輝く栄光に満ちたユダ族の獅子のたてがみ、世界の黄金の髪を持つ救い主である。黄色がその色であり、その力には終わりが無い。聖霊なる神は日の入りの段階であり、この天球は赤い炎に覆われ、僅かの間に地平線に横たわった後に夜の闇へと消え去り、低位の諸世界を彷徨った後に、闇の抱擁から再び勝利と共に起き上がる。


 古代エジプト人にとって、太陽は不死の象徴だった。毎夜死につつも、翌朝の夜明けには再び蘇るからである。太陽には昼間の活動のみならず、毎年の巡回もあり、この時に太陽は天の黄道十二宮を通過していき、それぞれに30日留まっていた。さらに加えて、第3の道、春秋分点の歳差運動もあり、72年ごとに黄道十二宮を1度逆行していた。


 太陽の黄道十二宮の年間の通過について、第32位階メイソンのロバート ヒューイット ブラウンは以下の文を述べている。「黄道の『生き物』らの間を通過していく太陽は、寓話的言語として、入った宮の自然を受け取るか、あるいはそれに打ち勝つと言われている。すなわち、金牛宮に入った太陽は雄牛となり、エジプト人からアピスの名で、アッシリア人からはベル、バール、ブルの名で崇拝されていた。獅子宮に入ると、太陽は獅子殺しのヘーラクレースとなり、人馬宮では弓者となった。双魚宮では魚となり、太陽はペリシテ人の魚の神ダゴンや、インド人のヴィシュヌとなった。」


 多神教の宗教体系の慎重な検討は、神官らが太陽のエネルギーに仕えており、彼らの最高神は擬人化されたこの神の光であった多くの証拠を明らかとする。ゴッドフリー ヒギンズは30年間の宗教信仰の起源の研究の末に、「古代の全ての神々は、太陽の火へと還元される。時には自らを神として、時には高次の原理の象徴あるいは神の創造的存在の名として知られるシェキナーとしてである。」と述べた。


太陽の獅子

モーリスの「古代インドの遺物」より


 太陽が獅子の背中で昇っている、あるいは占星術的に言うならば、獅子の背後に位置するのは、常に支配者の力の象徴と見做されてきた。上記に似た象徴はペルシアの旗にもあり、彼らは常に太陽崇拝の民だった。諸王や諸皇帝は自らの地上の権力を太陽の天上の力とよく関連づけ、太陽やその象徴的な鳥や獣を自らの紋章としていた。ムガール帝国の獅子や、カエサルやナポレオンの鷲を見よ。


エジプトの翼ある球

モーリスの「古代インドの遺物」より


 多くのエジプトの宮殿や神殿の門や塔に刻まれているこの象徴は、エジプトの三位一体の三柱の神々の記章である。この翼、蛇、太陽の球は、アモン、ラー、オシリスの紋章だった。


 エジプトの神官らは多くの儀礼で太陽の象徴として獅子の皮を身に纏っていた。これは太陽が獅子宮で最も高められ、吉星となり、支配星となった事実から来ている。太陽はこの宮を支配し、またかつてはこの宮は天の橋の要石でもあった。ヘーラクレースも太陽神であるが、彼の十二の偉業と同様に、太陽も黄道十二宮を旅し、人類と自然全体への必要で慈悲深い働きをするからである。ヘーラクレースはエジプトの神官と同様に獅子の皮を腰布として巻いていた。ヘブライ人の英雄サムソンも、その名前が示唆するように、太陽神である。彼のヌビアの獅子との戦いや、闇の諸力として表されるペリシテ人との戦いや、ガザの門を運んだ偉業は、いずれも太陽の活動の様相を反映している。古代人の多くは、一柱以上の太陽神を崇拝していた。事実、全ての神々と女神らは少なくとも部分的には太陽の光輝に参与していると考えられてきた。


 様々な世界宗教の神官らが用いる黄金の衣もまた、王達の王冠と同様に、太陽のエネルギーと微細に関係している。古代において、王冠は太陽の光線のように外側に幾つも鋭く広がっていたが、現代の慣例では多くの場合、それらの尖端を取り除くか、内側へと曲げて、それらが接する頂点に宝珠か十字架を付けている。また古代の預言者、哲学者、高位の者の多くは王錫を持っていたが、それらの尖端には光線を放つ太陽の球を表していた。地上の全ての王国は天の王国の複写にすぎず、天の王国は太陽の王国として最良に象徴化され、ここでは太陽は最高支配者であり、諸惑星はその廷臣らであり、自然は彼の帝国の臣民なのだった。


 多くの神々が太陽と関連づけられてきた。ギリシア人はアポローン、バッコス、ディオニューソス、サバジウス、ヘーラクレース、イアーソーン、オデュッセウス、ゼウス、ウーラノス、ヘーパイストスを太陽の可視、不可視の属性に参与させていた。北欧神話ではバルドルは太陽神として美の化身と見なされ、オーディンはその一つ目から、しばしば天の球と関連づけられた。エジプト人の間ではオシリス、ラー、アヌビス、トート、さらに神秘的なアモン自身も、太陽の円盤に似た先端を持っていた。イシス女神は太陽の母であり、破壊者テュポーンすら、太陽のエネルギーの形態と考えられてきた。エジプトの太陽神話は最終的にセラピスと呼ばれた神秘的な神に集約された。アメリカ原住民の二柱の神、テスカトリポカとケツァルコアトルもよく風の神とされているが、同時に疑いなく太陽神でもあった。


 メイソンリーでは、太陽には多くの象徴がある。太陽のエネルギーの表現の一つは、ソロモン王で、その名前SOL-OM-ONは、三つの違った言語を用いた至高の光の名前である。ヒラム アビフ、カルデアのヒラムも太陽神で、ゴロツキどもに彼が襲われて殺される物語の太陽の解釈については、後のヒラム伝説の章で詳しく説明するつもりである。フリーメイソンリーで太陽が重要な役割を演じる顕著な例は、ジョージ オリヴァー神学博士の「象徴的メイソンリーの辞典」で以下の様に記されている。


「太陽は東から昇るが、ここは崇拝される親方の場所である。太陽が全ての光と暖かさの源であるように、崇拝される親方も職人仲間らに作業において励まして暖かく接しなくてはならない。古代エジプト人の間では太陽は神の摂理の象徴だった。」古代の密儀の高祭司らは、太陽の力を表す多くの象徴記章で身を飾っていた。カトリックの司祭衣の背中にある金色の日の輝きの象徴は、司祭が不滅の太陽ソル インウィクトス(キリスト)の使者と代理であるのを意味する。


キリスト教と太陽


 充分に疑いの無い証拠の数により、イエス キリストの生涯と活動の記録からは、彼を太陽神として考えられるのを見つけられる。歴史的イエスは忘れ去られ、四福音書に記されている顕著な出来事のほとんど全ては、太陽の動き、様相、機能と関係している。


 キリスト教徒が古代の多神教徒から受け継いだ多くの寓話は、美しい、青い目をした太陽神の物語である。彼の黄金の髪は肩まで垂れて、頭から足元まで汚れない白いローブを着て、彼の手には神の子羊を抱え込む、春分の象徴である。この美しい若者は、アポローン、オシリス、ミトラス、バッコスの組み合わせである。彼には、これらの多神教の神々と共通する性質があるからである。


 ギリシアとエジプトの哲学者らは、一年間の太陽の活動を四つに分割していた。そのため、太陽の人も四人の違った人物像で象徴された。彼が冬至に生まれると、太陽神は頼りを必要とする赤子であり、彼を滅ぼそうとする闇の諸力から、なおも冬の揺り籠の中にいつつも、神秘的な方法により逃れられる。この冬の間は弱い状態の太陽は、黄金の光条が無い(あるいは髪の毛がまだ無い)が、冬の闇の中を生き残った光は、この天の子供の頭から一条の垂れさがる僅かな髪により象徴される(また太陽の誕生が磨羯宮で起きるので、山羊の乳を飲む者としてよく表現される)。


 春分では太陽は美しい若者へと成長する。彼の黄金の髪は小さな輪を肩まで垂らして、彼の光は、シラーが述べたように、無限に拡張される。夏至では太陽は濃い髭を持つ頑強な大人となり、この成熟は、この時期の太陽が最も強く創造性がある事実を反映している。秋分では太陽は年老いた者として描かれ、髪は白くなり背は曲がり引きずって歩き、冬の闇の忘却へ向けて閉じ込もる。よって12ヶ月は太陽の生涯のそれぞれに割り当てられる。太陽の生涯は、黄道の12の宮それぞれに循環し、光輝ある勝利の行進をする。そして秋が来たら、士師サムソンのようにデリラ(処女宮)のハウスに入り、その光線は切り落とされ、その力は失われる。メイソンリーでは、乱暴な冬の月日は、光と真理の神を殺そうとした3人の人殺しらにより象徴された。


 そして春になると、来るべき太陽は喜びと共に歓迎され、この時期は悲しみと不幸を脇によける時期として見られた。栄光ある輝ける太陽、「世界に生まれた全ての者らを照らす」真の光、至高の恩恵者は、死者から全てのものを蘇らせ、大勢の飢えた者らを養い、嵐を鎮め、死後にも再び復活し、生の全てのものを取り戻す――この博愛と慈善の至高の霊は、キリスト教徒からはキリスト、世界の贖罪者、父なる神の御独り子、肉化した御言葉、栄光の希望として知られる。


太陽の誕生日


 多神教徒らは12月25日を太陽の人の誕生日とした。彼らは喜び、祝い、行列に集い、諸神殿で供犠を与えた。冬の闇は終わり、光の栄光の息子が北半球に帰ってくる。最後の働きとして古き太陽神はペリシテ人(闇の霊ら)のハウスで破壊され、低位の世界の象徴的な獣らの間で、地の深みからこの日に生まれる新しい太陽のために道を清める。


 この祝いの時期について、オクスフォードのベリオール カレッジの匿名の師は、「人類、その起源と宿命」の学術論文の中で述べる。「ローマ人も太陽の祝祭があり、太陽神の誕生を祝って円形競技場のスポーツが行われた。これはヤヌスの8日、すなわち12月25日までの8日間祝われた。アエネーイスの第7の書720節では、ウェルギリウスが新しい太陽の誕生について詠っているが、セルウィウスはその注釈において、太陽はヤヌスの8日、12月25日に誕生すると述べている。教皇レオ1世(在位440年 - 461年)の時期に、ある教父らは『太陽が帰還し、そして古代人らが表現したように、新しい誕生とする日にキリストの誕生日として祝うより相応しい時期はあろうか』と述べた。この日は、コンスタンティヌス帝とユニアヌス帝の御代に売られていたローマカレンダーで見る事が出来るように、不滅の太陽の誕生日(ナーターリス ソーリス インウィクティー)としてローマでは祝われていた。この「不滅」の通り名は、ペルシア人がミスラの名で崇めていた太陽神に与えていたのと同様であった。この神は岩屋で生まれたが、それは馬小屋で生まれたキリスト教徒によりキリストの名で与えられた太陽神と同じであった。」


 聖母被昇天の日(8月15日)のカトリックの祭りとその占星術との関連について、同著者は続ける。「この8ヶ月の終わりにおいて、太陽神はその力を増大させ、8つの宮を旅して、天の処女宮をその火の軌跡の中へと吸収し、彼女は輝ける光条と栄光の彼女の息子の中へと消える。この現象は毎年の8月の半ばで起きるが、現在もなお存在する祭りとなった。この祭りはキリストの母マリアが、地上の生活を終えて、彼女の息子の栄光に預かり、天でキリストの側に置かれたのを祝っての事である。古代ローマのコルメラのカレンダーでは、この日は処女宮の死あるいは消滅とされている。太陽は9月になる前の13日目を処女宮を通過する。この日はカトリックが聖母被昇天の日、あるいは聖乙女がその息子と再合一する日とした。この祭りの日は正式には聖乙女の通過の日とされ、古代ギリシアとローマ人は、アストライアー女神の通過の日としたが、この女神もまた同様の乙女であった。」


三つの太陽

リリーの「1648年、49年、50年の占星学の予測」より


 以下の文はランカシャーの占星術師ジェレミー シャカーリーの1648年3月4日の手紙にあるこの出来事の説明である。――「2月28日月曜日に、太陽が左右に2つの幻日を伴って昇った。太陽からのそれらの距離は、推測では10度ほどである。これらは天頂、地平線から垂直の位置に太陽が来た時も同様に伴っていた。それらは部分的には太陽と対している。また、特定の光線を発しているように思え、太陽が背後から雲に送るようなものとは違い、より輝いていた。これらの幻日の太陽に面した部分は、様々な色が混ざっていて、緑と赤が最も多かった。これらの少し上には小さな虹があり、明るい色が僅かに認識でき、太陽に向かって窪んでいて、その両端は幻日に接していた。その上の透明な空にも、別のはっきりとした虹があり、様々な色で飾られていた。それは天頂とほとんど接していた。これらは太陽よりも低位の度にあるように見え、これらは合わさっていたが、それでいて距離もあった。満月の日の近くになると、これらは消え去り、それらを見た者に恐怖と驚嘆を残した。」(ウィリアム リリーの書を参照)


 キリスト教徒が忠実に保っていた、この太陽神を産んだ乙女の母は、その古代エジプトの原型であるイシス女神の神殿にあった碑銘「わらわが産んだのは、太陽である」を思い出させる。この乙女神は古代の多神教徒らからは月と関連づけられていたが、彼らが天の星座での彼女の場所についても理解していた事には疑いが無い。古代のほとんど全ての者らが、イシスを太陽の母と呼んでいたからである。そして月はこの位置を占めないが、処女宮は12月25日に彼女の側で太陽を生むことができ、さらに行っていたのを彼らは悟っていた。アルベルトゥス マグヌスは「我らが主イエス キリストの誕生日と定めた時に、天の処女宮は地平線を昇るのを我らは知る」と述べている。


 アラブ人とペルシア人の一部の占星術師らはオリオン座の3つ星を、若い太陽神を祝いに来た東方の3人のマギと呼んでいた。「人類――その起源と宿命」の著者は、以下の追加の情報を与えている。「深夜に子午線を昇る巨蟹宮の中に、馬小屋とロバの星座がある。古代人らは、これを木星の住居と呼んだ。北半球で見える熊座の星々は、アラブ人からマルタとマリア、またラザロの棺桶の星と呼ばれた。」このように、キリスト教の中には古代多神教の秘教が埋め込まれているが、その鍵は失われている。キリスト教会は古代の風習に盲目的に従い、それらの目的について尋ねられると、迷信的で満足のいかない説明を与えた。彼らは各宗教は前の時代の秘密教義の上に成り立っている明白な事実に対して、忘れているか無知なのである。


三つの太陽


 太陽は人の自然と似て、古代の賢者らからは3つの別の体に分割されていた。神秘家らによれば、それぞれの太陽系には3つの太陽があり、個々の人の構成の中にある3つの生命の中心と類似していた。これらは霊的な太陽、知的あるいは魂的な太陽、物質の太陽の3つの光と呼ばれていた(現在のフリーメイソンリーでは3本のロウソクで象徴される)。霊的な太陽は父なる神の力を発現させ、魂的な太陽は子の神の命を放出し、物質の太陽は聖霊の神の発現の乗り物である。神秘家らは人の存在を霊、魂、肉体の3つの違った部分に分割する。その肉体は物質の太陽により養われ活性化され、その霊的な性質は霊的な太陽により啓明され、その知的な性質は恵みの真の光――魂的な太陽により贖われる。これらの3つの天体の連携は、諸惑星の軌跡は円形ではなく楕円形である事実により説明される。


 多神教の神官らは常に太陽系を大いなる人間として考えており、それらの3つの活動の中心を、人の体の中の3つの主な中心、脳、心臓、性器の類似として描いてきた。イエスの変容は、3つの仮庵祭として示され、その最大のものは中央(心臓)で、小さいものは両側(脳と性器)である。3つの太陽は歴史で何度となく起きた特定の自然現象が元になっている哲学的仮説も可能である。キリストの死後、西暦51年と66年に3つの太陽が見られた記録がある。69年には2つの太陽が共に見られた。ウィリアム リリーによれば、1156年と1648年の間にも、似たような事が20回記録されている。


 太陽を物質世界の至高の恩恵者として認識する事で、ヘルメース学者らは自然――人間と宇宙の両方で――の不可視で神的な部分の必要を満たす霊的な太陽も存在すると信じた。この主題について大パラケルススはこう記す。「地上の太陽があり、それは全ての熱の原因となり、見る事の出来る全ての者らがこの太陽を見る。そして盲目な者はその熱を感じるだろう。また永遠の太陽もあり、全ての知恵の源であり、霊的な感覚が目覚めた者は、この太陽を見てその存在に気づく。だが、霊的な認識をまだ獲得していない者も、直観と呼ばれる内なる働きにより、その力を感じるだろう。」


 一部の薔薇十字団の学者らは、太陽のこれらの3つの様相に特別な名称を与えていた。霊的な太陽を彼らはウゥルカーヌスと呼び、魂的、知的な太陽をキリストとルシファーとそれぞれ呼び、物質の太陽をユダヤ教のデミウルゴス、イェホヴァと呼んだ。ここでのルシファーは霊的な心の啓明がない知的な心を表している。そのため、これは「偽りの光」である。この偽りの光は最後には魂の真の光、第二のロゴスあるいはキリストと呼ばれるものにより乗り越えられ、贖われる。ルシファーの知性をキリストの知性へと変換するこの秘密のプロセスは、錬金術の大いなる秘密の一つであり、卑金属を金へと変容させるプロセスとして象徴される。


 「薔薇十字団の秘密の象徴」と呼ばれる稀な論文の中で、フランツ ハルトマン博士は太陽を錬金術的に以下の様に定義していた。「知恵の象徴。力の中心あるいは物の心臓。この太陽はエネルギーの中心であり、力の貯蔵庫である。生ける全ての者らは自らの中に命の中心を持ち、それらは太陽へと発展する素地がある。再生された者の心臓の中には神力があり、ロゴスの光により刺激される事で、彼の心を照らす太陽へと育っていく。」同著者は注記において、加えて彼の説明を拡張している。「地上の太陽は不可視の天上の太陽の像あるいは反映であり、天上の太陽は霊の領域にあり、地上の太陽は物質の領域にあるが、その地上の太陽の力は天上の太陽から受け取っている。」


 多くの場合、古代の諸宗教は物質の見える太陽は、力の源というよりも反射物だと見做していた。この太陽は時には、例えば北欧神話の太陽神フレイのように、太陽神が腕に持つ盾として表された。この太陽は、不可視の「霊的な」太陽の光を反映する。この光こそが命、光、真理の真の源であった。宇宙の物理的な自然は受容であり、結果の領域に属する。これらの結果の不可視な原因は霊的世界に属する。そのため、霊的世界は原因の圏であり、物理世界は結果の圏である。そして知的――あるいは魂的――世界は仲介の圏である。よってキリスト、至高の知性と魂の性質の擬人化は、「仲介者」と呼ばれ、彼の立場と力により、自らを「私を除いては、誰も父のもとへは至れない」と述べる。


 太陽系にとっての太陽は、人の体にとっての魂である。人の性質、器官、機能は、命の中心(太陽)を取り巻き、その放出により生きる諸惑星と同じだからである。人の中の太陽の力は3つの部分に分割され、それは人の3重の霊と名付けられている。これらの3つの霊的な性質全ては、放出し、超越し、統一され、人の中の神性を形作ると言われる。人の3重の低位の性質――彼の肉体のオーガニズム、感情の性質、心の機能を構成するものは、彼の3重の神性の光を反射し、物理世界での証人となる。人の3つの体は上向きの三角形により、その霊的な性質は逆三角形により象徴される。これらの2つの三角形が統一され六芒星となると、ユダヤ人からは「ダビデの星」「ソロモンの印」と呼ばれ、現在ではより一般的には「シオンの星」として知られる。これらの三角形らは、人は自然と神性の両方を含み、それらの霊的、物質的宇宙が共に繋がっているのを象徴する。人の動物的性質は地に、人の神的性質は天に、人の人間的性質は仲介者にある。


太陽の天上の住人たち


 薔薇十字団とイルミナティは、天使、大天使、その他の天の住人らについて記述し、これらは小さな太陽であり、ヴリルの諸力の嵐により包まれたエネルギーを放出する中心存在であると公言した。これらの迸る力の流れは、天使には翼があるという一般的な信念を導いた。これらの翼は、光の扇のようなコロナであり、それにより天の生き物らは超物理的世界に充満する微細なエッセンスの間を飛翔する。


 真の神秘家らは、しばしば書かれているような天使や大天使らが人の姿をしているのを拒否する事で一致している。人の姿は、彼らがそれにより発現するエーテル形質の中では完全に無用であろう。科学は存在が住む他の世界の可能性について長きにわたって議論してきた。この考えの拒否は、人間の器官のある生物は、火星、木星、冥王星、海王星の環境では生存不可能である事実を基にしている。この議論は、環境に順応する自然の普遍的法則を見過ごしている。古代人らは命は太陽を起源としており、太陽の光を浴びる全ての生き物は、太陽の命の要素も吸収できると確言し、後にそれらを動植物にまで拡張させた。ある哲学的概念では、太陽を親とし、植物を胎児とし、それらはエーテルの臍帯により繋がっており、植物へ命と滋養を運ぶと見做していた。


 一部の秘密結社では、太陽には生き物の種族が住んでいて、それらの体は放出する霊的なエーテルで構成され、その構成要素は太陽自身の生長する球だと教えていた。太陽の熱はこれらに被害を与えないが、それはこれらの器官は太陽の激しい振動率と調和するように調整されているからである。これらの生き物は太陽のミニチュアのような姿をしていて、夕食の皿よりもわずかに大きい。もっとも、より力ある生き物は、更に大きい。これらの色は太陽の白金の光で、それらからは4つのヴリルの流れが放出されている。これらの流れはしばしば大きな長さがあり、継続的に動き続けている。特有の鼓動が、この球の外側全体で記され、放出する流れを波打たせる事でお互いに対話する。これらの球の中でも最も偉大で高名なのは大天使ミカエルであり、彼に似た姿で太陽に住む太陽生物の階級全体は、現代のキリスト教徒からは「大天使」や「光の霊ら」と呼ばれる。


スーリヤ、太陽の摂政

ムーアの「ヒンドゥー教の神々」より


 ムーアはこの神像を以下の様に記している。「この像は高さ9インチで、9頭の蛇の上に座すヴィシュヌ神の属性を持つ栄光ある太陽神を表している。この神の馬車は、7つの頭の馬により引かれ、夜明けあるいはオーロラの擬人化である足無きアルンにより操られる。」(ムーアの「ヒンドゥー教の神々」を参照)


錬金術の象徴学での太陽


 金は太陽の金属であり、長い間多くの者から太陽光線が結晶化したものと考えられてきた。金が錬金術の文脈で述べられる時、金属そのものか、金の霊、源である天の太陽のいずれかを指していた。硫黄はその火的な性質から、これもまた太陽と関連づけられていた。


 金が霊の象徴であり、卑金属は人の低位の性質を表していたので、一部の錬金術師らは「鉱夫」と呼ばれ、つるはしとショベルを持って貴金属を探して地面を掘る姿で描かれた。これらの高貴な性質を表す貴金属は、物質主義と無知の世俗性の中に埋められているのである。黒カーボンの中にあるダイヤモンドは、同様の原理を描いている。イルミナティは海底で貝殻の中に隠れている真珠を、霊的な諸力の象徴として用いていた。そのため、真理を求める者は真珠貝採りの潜水夫として描かれた。彼は物質の幻影の海へと秘儀参入者らから「大君主の真珠」と名付けられた理解を求めて沈んでいく。


 錬金術師が宇宙のあらゆる生き物、非生物の中に金の種子があると述べた時、それは砂の粒すら霊的な性質を保有しているので、金は万物の霊であるのを意味した。これらの霊的な金の種子についての以下の薔薇十字団の格言は重要である。「種子は相応しい構造体へと置くまでは無意味で無能である。」フランツ ハルトマンはこの格言について、これらの啓明する言葉で述べている。「魂は相応しい体が無ければ進歩も開発も出来ない。なぜなら、肉体こそがその開発のための形質を与えるからである。」(「知恵の神殿の内陣にて」参照)


 錬金術の目的は、無から何かを作るのではなく、既にある種子を豊かにし養う事にある。そのプロセスは実際に金を作るのではなく、すでに物質の中に存在する金の種子を育て豊かにする事にある。存在する全てのものには霊――その中にある神の種子――があり、再生は過去に存在しなかったどこかの場所へ至るプロセスでは無い。再生は実際には人の中に充満する神性の拡張を意味し、それによりこの神性は太陽として輝き、接触した全ての者を照らすであろう。


深夜の太陽


 アプレイウスは彼の秘儀参入(前述)について説明する時、かように述べた。「深夜に私は高貴な光で輝く太陽を見た。」この深夜の太陽は錬金術の密儀の部分でもある。これは人の中の霊が、人の器官の闇の中を輝くのを象徴する。またこれは、太陽系の霊的な太陽を表しており、神秘家はそれを昼間でも深夜でも見る事ができ、物質的な地球はこの神性の球の光条を防ぐ事は出来ない。この神秘的な光は夜の間のエジプト密儀の神殿を照らし、ある者らはこれを神官らの魔力によって集めた霊的な太陽の反射と述べている。この奇妙な光は地下の10マイルにあっても、神人により見る事ができ、これについてはメイソンの印象的なEtidorhpa(アフロディーテAphroditeの言葉を逆読みにする)の寓話は、おそらくは古代の儀礼の神秘的な深夜の太陽を表していたのだろう。


 善と悪の原理の戦いに関するこの原始的な概念は、しばしば昼間と夜の違いを基盤としている。中世において、黒魔術の実践は夜の時間に行われ、この悪霊に仕える者らは黒魔術師と呼ばれ、一方で善霊に仕える者らは白魔術師と呼ばれた。黒と白はぞれぞれ夜と昼に関連づけられ、光と影の終わりなき戦いは、様々な神話で何度となく言及されている。


 エジプトの悪魔テューポーンは部分的にはワニ、部分的には豚により象徴されているが、これらの動物は見た目と気質の両方とも粗雑で、地上的だからである。世界の始まりより、生き物らは闇を恐れた。そして闇を彼らの動きを隠す盾として用いていた少数の生き物らは、通常は悪霊と繋がっていた。結果として、猫、蝙蝠、ヒキガエル、フクロウは、魔女術と関連づけられていた。ヨーロッパの一部では、現在も夜に黒魔術師らが狼の姿となり破壊のために徘徊すると信じられている。この言い伝えが、狼男の物語の起源となった。蛇は地を這って生きているので、闇の霊と関連づけられた。自然の生成力に関する善と悪の間の戦いで、翼ある蛇は人の動物的性質の再生を表したり、この再生が完成した大いなる者とされた。エジプト人らは、太陽光線の末端を人間の手が掴んでいるようによく描いていた。メイソンはこれらの手と、有名な万物の命を蘇らせる獅子の手との繋がりを見出すであろう。


太陽の色


 長く信じられてきた3つの主要な色と4つの副次的な色の理論は、純粋に通俗的なものである。古代から、主要な色は3つではなく7つであると知られており、人間の目はそれらのうちの3つのみを見分けられていたからである。よって、緑は青と黄色を混ぜて作れるが、混ぜられていない真実の、あるいは根源的な緑も存在する。これはプリズムによってスペクトラムを分離する事で確認できる。ヘルムホルツはスペクトラムの中のいわゆる副次的な色は、主要な色とされていたものにより分割できないのを発見した。よって、スペクトラムのオレンジ色は、第二のプリズムを通過した際に、赤と黄色に分割される事無く、なおもオレンジ色のままである。


 意識、知性、意志力は青、黄色、赤の色によって適切に象徴される。さらに、色のセラピー効果は、これらの概念と調和している。青は公正、慰める、電気的な色で、黄色は生命力のあり、洗練させる色で、赤は刺激的で熱を与える色である。また、鉱物や植物も、それらの色に従って人間の体に影響を与えると示されてきた。黄色い花は一般的に黄色い光や音楽のミの音と似た方法により体に影響を与える薬となる。オレンジの花は、オレンジの光と似たような方法により影響を与え、いわゆる副次的な色の一つとして、レの音かドとミの和音と関連する。


 古代人は人の霊は青色と、心は黄色と、肉体は赤と関連すると考えていた。そのため天は青色で地は黄色で地獄――あるいは冥府――は赤だった。火炎地獄の火的な状態は、それらが構成される力の圏あるいは界の性質の象徴にすぎない。ギリシア密儀では、非合理な圏は常に赤として考えられてきた。なぜなら、それは意識が低位の性質の欲望や情熱に支配されている状態を表してきたからである。インドでは神々の一部――通常はヴィシュヌ神と関連づけられている――はこれらの神的で世俗の超越性を表すために青い肌で描かれていた。秘教哲学によれば、青は太陽の真理で聖なる色だった。物理的な太陽のオレンジ、黄色の見え方は、この幻影の世界の形質により太陽光線が影響を受けた結果によるものである。


 キリスト教の元の象徴主義では、色は最も重要なものとされ、それらの使用は慎重な規則に従って定義化されていた。だが中世以降になると、色は慎重さを欠いた形で使われるようになり、結果として深い象徴的意味合いを失う事となった。その根本的な様相では、白や銀は命、純粋、無垢、喜び、光を表し、赤はキリストやその聖人らの受難と死を、さらに神の愛、血、戦いや損傷を表した。青は天の圏や信心や黙想の状態を、黄色や金色は栄光と豊穣と善意を、緑は肥沃と若さと繁栄を、スミレ色は謙虚さと深い愛情と悲しみを、黒は死と破壊と恥辱を表した。個々の教会画では、衣や装飾品の色によって、その聖人が殉教者であるか、列聖に値するとされた行いの性質などを表していた。


 スペクトラムの色に加えて、膨大な数の振動の色の波があり、その一部は人間の目が識別するには振動率が低すぎたり高すぎたりした。それは抽象的な空間の展望を得るには人の無知が大きすぎるからと考えたくなる。昔の大航海時代の人々が未知の大陸を探検したように、未来においても、この目的のために適切な道具を身に着けた人は、この光、色、音、意識の未知の領域を探検するであろう。


太陽の顔

モンフォコンの「古代史」より


 太陽のコロナは、ここでは獅子のたてがみとして表わされている。これは夏至が獅子宮、天の獅子の座にて起きた事実を微細に思い出させる。


古今の秘密の教え 黄道とその宮
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