古今の秘密の教え 薔薇十字友愛団

ページ名:古今の秘密の教え 薔薇十字友愛団

薔薇十字友愛団


 薔薇十字団とは何者だったのだろうか? 彼らは異端審問的な諸宗教や、彼らの時代の哲学的限界に抵抗する深遠な思想家らの組織だったのだろうか? それとも、彼らは孤立した超越主義者らであり、単に観点と演繹の類似性からのみ一致していたのだろうか? 彼らの宣言書に記されている、団の未来の活動について議論するために毎年会合していた「聖霊の家」とは何処にあるのだろうか? 「我らが高名な父にして兄弟 C.R.C.」として引用されている、この神秘的な人物は何者なのだろうか? この3文字は、実際には「クリスティアン ローズ クロス」の言葉を意味したのか? 小説「化学の結婚」の著者とされるクリスティアン ローゼンクロイツは、他の3人とともに薔薇十字団を結成した創始者と同一人物なのだろうか?


 薔薇十字団と中世フリーメイソンリーとの間に何らかの関係は存在したのだろうか? なぜこれらの二つの組織はかくも緊密な運命にあったのだろうか? 「薔薇十字友愛団」は古代の密儀と中世のフリーメイソンリーを繋ぐリンクであり、その秘密は現代メイソンリーに伝えられていったのだろうか? 元の薔薇十字団は18世紀後半に解消されたのか、あるいは今もなお団は健在で、その有名な秘密を保持しているのだろうか? 「薔薇十字友愛団」が結成された真の目的は何だろうか? 薔薇十字団は彼らが主張するような宗教的、哲学的友愛団なのか、それとも友愛団の真の目的、おそらくはヨーロッパの政治支配を隠すための表面的な教義なのか? これらは薔薇十字主義を学ぶ際で浮かぶ疑問の一部である。


 薔薇十字の謎に関して、4つの違った理論がある。それらはヘルメース学の伝承の研究に生涯を費やした学者らが慎重に証拠を検討して導き出したものである。これらの結論は、「薔薇十字友愛団」の起源と初期の活動に関して得られる記録の不十分さを明らかに示している。


第1の仮説


 この説では彼らの宣言書「友愛団の名声」に記されているように薔薇十字団は歴史的に存在していたと仮定する。この宣言書は1610年までに書かれたと信じられているが、1614年までは出版物として現れなかったように思える。もっとも、初期の版は一部の権威者らからは疑われている。薔薇十字団の起源への知的考察には、彼らの文書のうちの、この最初にして最も重要な宣言書の内容に熟達している必要がある。「友愛団の名声」は、神の善意と慈悲が世界に及ぶのを喚起させる文から始まる。そして知識人らに偽預言者らに従い、神の善意が彼らに明かした真の知識を無視する事になった、彼らの自己中心と貪欲さに警告する。ゆえに改革は必要であり、神は哲学者らと賢者らをその目的のために立ち上がらせた。


 この改革をもたらす助けのために、「高次の啓明された父、C.R.C」と呼ばれる神秘的な人物、ドイツ人の貴族の末裔であるが貧者として生まれた彼が、「薔薇十字の秘密結社」を設立した。C.R.C.はわずか5歳の時に修道院へ入れられるが、後にはこの教育システムに満足しなくなり、彼は聖地巡礼へ向けたある修道士についていく事にした。彼らは共に出発したが、修道士はキプロス島で死に、C.R.C.は単独でダマスカスへと向かった。だが病気になったためにエルサレムへは行けず、彼はダマスカスに留まって、そこに住んでいた哲学者らから教えを受けた。


 彼は学んでいる最中に、アラビアの神秘の街ダムカルに住む神秘家とカバリストの集団の噂を聞いた。エルサレムへの巡礼の望みを諦めた彼は、アラビア人に頼んでダムカルへと連れて行ってもらった。ダムカルにたどり着いた時にはC.R.C.はまだ16歳の少年だった。彼は長い間期待されていた、哲学の同志にして友として受け入れられ、アラビアの達人らから秘密を教授された。またそこでC.R.C.はアラビア語も学び、聖なるMの書をラテン語に翻訳した。そしてヨーロッパに帰る際には、この重要な書も一緒にもたらした。


 ダムカルで3年の学習を終えてから、C.R.C.はフェズの街へと出発した。そこではアラビア人の魔術師らが、更なる情報を彼に与えると約束していた。フェズで彼はエレメンタルの住人ら(自然霊らの可能性が高い)と対話する方法を教えられ、他にも自然の多くの偉大な神秘を明らかにされた。フェズの哲学者らはダムカルのよりも劣ってはいたが、C.R.C.の先に学んだ経験は、彼らの説の中の偽りと真とを区別する事を可能にし、彼の知識を大いに増やす事となった。


 フェズで2年間過ごした後、C.R.C.はスペインへと出航した。船には多くの宝も共に運んでいたが、その中でも稀な植物と動物は、彼の旅と共にあった。彼はヨーロッパの学者らが彼が学んだ稀な知識に感謝するのを望んだ。だが、現実には彼はただ嘲笑のみを受け、いわゆる賢者らは彼らの以前の無知を認めて、威厳が落ちるのを恐れた。またここで説明はパラケルススについても挿入してあり、彼は「薔薇十字友愛団」の団員では無かったが、Mの書を読んでおり、そこで得た知見は彼を中世ヨーロッパの最高の医者にしたと告げている。


 結果が伴わない努力に疲れ果て、だが絶望しておらず、C.R.C.はドイツに帰ると、学習と研究に静かに没頭できる家を建てた。また彼は研究目的のために稀な科学道具を幾つか創り出した。彼の知識を商業で使っていれば名声を得ていたかもしれないが、彼は富や名誉よりも神の友であるのを好んだ。


 この5年間の引退の後に、彼は世界の術と学問の改革のための闘争を再開する事にした。だが今回は彼は少数の信用できる友らと行った。彼は若い頃に教育を受けた修道院に手紙を送り、3人の修道士らを呼び寄せ、彼らに口頭で伝える内容と、後に指示のために書いた情報を秘密にする誓いを立てさせた。これらの4人は「薔薇十字友愛団」を設立した。彼らは秘密の暗号言語と、「名声」によれば、神の栄光に関する全ての知恵が含まれた大辞書を作り出した。また彼らはMの書の複写も始めたが、彼らに癒してもらおうと多くの病者らが来たために、この作業は難しくなった。


黄金と薔薇の十字

「薔薇十字の秘密の図表」より


 この十字架は霊的な金により造られ、各団員は胸につけていたと言われる。これには塩、硫黄、水銀の錬金術と、諸惑星の星々の象徴が含まれている。また周囲には、信仰、希望、愛、忍耐の4つの言葉がある。二つの頭のある鷲あるいは不死鳥は、人間存在の究極の両性具有状態を暗示している。薔薇十字団の錬金術は、金属のみを扱うものでは無かった。人の肉体そのものは錬金術の工房であり、団員は無知の卑金属を知恵と理解の純粋な金へと変える事での、至高の変容の体験があるまでは、薔薇十字団の達人には到達出来なかった。


 「聖霊の家」と彼らが呼んだ新しくより大きな建物が完成した後、彼らは友愛団に4人の新たな団員を加える事に決め、団の総数は8人となり、そのうちの7人はドイツ人だった。全員は結婚しておらず、共に勤勉に働き、団の文書、教授、奥義を整える労苦を速やかに終えた。また彼らは団の聖霊の家を整理した。


 それから彼らは別れて、地上の別の国々を訪れる事に決めた。彼らの知恵はそれを受けるに値する者にのみ明かす事にして、またその知恵により彼ら自身の体系に間違いがあれば、それを調べて正す事も出来た。別れる前に、彼らは6つの規則を作り、それぞれに従う誓いを立てた。第1の規則は、金を取らずに治療をする以外は何の威厳も名誉も求めない。 第2の規則は、以後は特別な衣や衣服を着ないで、彼らが住む現地の風習に合わせる。第3の規則は、毎年の特別な日に「聖霊の家」で会合を開き、出席が難しい場合は手紙を送る。第4の規則は、それぞれの人物は自らの死後のために価値ある後継者を準備しておく。第5の規則は、「R.C.」の文字が、以後は彼らの印章とする。第6の規則は、友愛団は、以後100年の間は世界には秘密のままにする。


 これらの規則を誓った後に、彼らの5人は様々な土地へと出発し、1年後には別の2人も出発し、C.R.C.1人を「聖霊の家」に残した。年々、彼らは大いなる歓迎を受けていた。地上の賢者らの間で彼らの教義が静かに確実に広がっていったからである。


 団の1人がイングランドで最初に死んでから、団員の墓は秘密にするよう決められた。その後にすぐに父C.R.C.は残りの6人を集めて、それから彼は自らの象徴的な墓を準備したとされている。「名声」では、これが書かれた時には、現在の団員の中でC.R.C.がいつ死んだのか、どこで葬られているのかを知っている者は居なかった。彼の遺体は死後120年後に、充分な建築学の技術を持つ団員の一人が、「聖霊の家」(この時には、墓が建物の中にあるのは憶測でしかなかった)を改築しようと決めた時に偶然に見つけられた。


 家の改築をしている最中に、この兄弟は初期の団員らの名前が刻まれている記念碑を見つけた。彼はこれを筆写するために、より明るい部屋へと持っていこうと決めた。この時期には父C.R.C.は何処の国で亡くなったのかも現在の団員らは知らず、オリジナルの団員らにより、この情報は隠されていたからである。この記念碑は巨大な釘によって留められていたが、これを取り除こうとする中、壁の石の幾つかが突如として崩れ、石工により隠されていた扉が背後にあるのが見つかった。団員は即座に残りの残骸を取り除いて、地下室への入り口を露にした。この扉には、大文字で以下の言葉が書いてあった。POST CXX ANNOS PATEBO(120年後に明かされるだろう)。これは友愛団の神秘的解釈では、「120年後に我は復活する」を意味する。


 翌朝、扉は開かれ、団員らは地下室へと入った。地下室は7つの面と7つの角があり、それぞれの面は5フィート(1.5メートル)の幅と8フィート(2.4メートル)の高さがあった。太陽光線は決してこの墓まで届かなかったが、天井からの神秘的な光により、部屋は明るく照らされていた。部屋の中央には円形の祭壇があり、その上にある真鍮の板には奇妙な文字が彫られていた。7つの面のそれぞれには小さな扉があり、開いたらその中には書、秘密の教授、失われたと思えた友愛団の奥義書で満ちた宝箱が幾つかあった。


 祭壇を片方へ動かすと真鍮の板が見つかった。それを持ち上げると、中にはおそらくはC.R.C.のものと思える死体があった。すでに120年過ぎているはずだが、まるで今日入ったばかりのように新鮮だった。その死体は団のローブを着ていて、片手には神秘的な巻物を握っていて、それは聖書に次いで友愛団には最も貴重なものとなった。この秘密の部屋の中身を全面的に調査した後、真鍮の板と祭壇は元に戻され、地下室への扉は再び封印された。団員らが見たこの神秘的な光景から、彼らの精神は高められ、信仰は増大した。


 この文書は以下の結びととも終わっている。「父 C.R.C.の意志に従い、この「名声」を五つの言語でヨーロッパの全ての知識人らに送る。それにより、全ての者はこの尊厳ある友愛団の諸秘密について知り、理解するであろう。神の栄光のために働く誠実な魂全ては、団と対話すべく招かれ、何処に彼らが居ようとも、どのような方法でメッセージを送るにせよ、彼らの提案は聞かれるだろうと約束する。同時に、自己中心的で下心のある動機の者らは、清らかな心と純粋な精神無きまま友愛団を見つけようと試みても、苦しみと悲しみしか得られないだろうと警告する。」


 これらが「友愛団の名声」の要約である。これを受け入れた者は、父 C.R.C.が1400年頃に建てたと信じられている友愛団の実際の創始者であると、文字通りに見做している。だが、「名声」の要点に関する歴史的な証拠は何も見つかっていないのは、この説の強力な反論となっている。父C.R.C.がスペインの学者らと接触した何の証拠も無い。神秘的なダムカルの町は決して見つけられずにいる。また大勢の病人が集まり神秘的に癒されたとされる場所は、ドイツのどこにも記録は無い。A.E.ウェイトの「フリーメイソンリーの秘密の伝統」の中には、父C.R.C.の絵が含まれている。そこでは彼は胸まで伸びる長い髭を持ち、燃えるロウソクが置かれたテーブルの前で座っている。片手は自らの頭を支えて、もう片方の手の人差し指は人間の頭蓋骨の頭頂に当てられている。だが、この絵は何も証明していない。父C.R.C.は自らの団員ら以外では見られる事は無かったし、彼らは父の記述を残してもいない。彼の名前がクリスティアン ローゼンクロイツである可能性は殆んど無い。この二人は「化学の結婚」が書かれるまでは関連づけられてすら居なかったからである。


第2の仮説


 この主題の研究をするメイソン結社員らは、「薔薇十字友愛団」の歴史的実在そのものは認めるものの、団の起源については意見が分かれている。一部の者らは団は中世ヨーロッパの錬金術思弁の結果を起源とすると考えている。第33位階メイソンのロバート マッコイは、ドイツの神学者ヨハン ヴァレンティン アンドレーエが実際の団の創始者であると信じ、さらにこの団はハインリヒ コルネリウス アグリッパがかつて建てた組織を改革し拡張したものに過ぎない可能性も信じた。ある者らは薔薇十字主義は仏教とヒンドゥー教文化の最初のヨーロッパへの侵略を表すと信じている。また別の者らは、「薔薇十字団」は古代エジプトで、帝国の哲学的優位性がある間に建てられ、さらに古代ペルシアとカルデアの密儀らも残されているという意見を持っている。


 ゴッドフリー ヒギンズは自著「アナカルプシス」の中で、「ドイツの薔薇十字団はその起源については謎のままである。だが、言い伝えによると、彼らは古代エジプト人、カルデア人、マギ、ギムノソフィストの末裔だという。」と記している(最後の言葉は、アレクサンドロス大王の部下らがインドのガンジス川のほとりで瞑想をしていた裸形の行者のカーストに名付けた名前である)。これらの諸派に共通しているのは、父C.R.C.の物語は、メイソンリーのヒラム アビフの伝説と同様に寓話であって、文字通りに解釈するものではないというものだ。似たような問題は聖書の研究家らも直面しており、聖書の歴史的解釈を実証する彼らの努力は、難しいだけではなく多くの場合ではほとんど不可能なのを見つけている。


 薔薇十字団を哲学的、政治的な目的のための秘密結社として存在していたのを認めるとしたら、何世紀もの間ヨーロッパの全てに団員がいる組織が秘密を保持してきたのは驚くべき事である。だが「薔薇十字友愛団」はこれを達成できていたようである。学者らや哲学者らのかなりの数の者ら、その中でもフランシス ベーコン卿とウォルフガング フォン ゲーテは団に加入していた疑いが持たれている。だが、彼らの団との繋がりの証拠は、退屈な歴史家らの満足いくレベルでは無いようである。疑似薔薇十字団の結社なら豊富にあるが、「未知の哲学者らの古きにして秘密の団」は、成功裏にその名前を裏切る事無く、未だに未知なままにある。


 中世の間、薔薇十字団員が書いたと思われる幾つかの軌跡が現れている。だがその多くは偽物で、悪党らが宗教や政治的な力を得る望みから、崇拝され魔術的な薔薇十字団の名前を用いた自己強化のために書いたものにすぎなかった。これは団の歴史的研究を大いにややこしくした。疑似薔薇十字団の一つの集団は、団員らに黒い紐を与え、それによりお互いを知るようにし、またもしも秘密を破った時には、この紐で首を吊らせると警告した。薔薇十字主義の諸原理のごく僅かのみが、文献の中で保持されている。オリジナルの友愛団はその原理と活動の断片のみを出版しているからである。


十字架刑にされた薔薇


 薔薇十字友愛団のオリジナルの象徴は、十字架に架けられたヒエログリフ風の薔薇だった。十字架はしばしばカルバリーの三段の上に置かれた。時には十字架の象徴は薔薇から起き上がり、それらの活動性の繋がりの象徴として用いられていた。薔薇十字団の薔薇は、アーサー王の円卓から導かれたものであり、その中心的なモチーフは鎖であり、それによりガーター騎士団の宝石類とともに「大ジョージ」が吊るされる。ハーグレイブ ジェニングスは、この騎士団は薔薇十字団と幾つかの繋がりがあったと考えていた。


 「薔薇十字団の秘密の象徴」の中で、フランツ ハルトマン博士は友愛団を「超人的な――たとえ超自然的でなかったとしても――諸力を持つ者らの秘密結社で、彼らは未来の出来事を予知できたり、自然の神秘の深遠へと貫いたり、鉄、銅、鉛、水銀を金へと変容させ、生命のエリクサー、普遍的医薬を作り出し、その使用により彼らは若さと活力を保持したと言われている。さらに、彼らは自然のエレメンタルの霊らを命令したり、哲学者の石、保有する者を全てにおいて強力で不死で至高の賢さへと導く形質の秘密を知っていると信じられていた。」と記している。


 同著者はさらに、薔薇十字団の団員を「霊的覚醒のプロセスを通じて、薔薇と十字の秘密の重要性の『実践的知識』を得た者である。(中略)ある人物を薔薇十字団員と呼ぶのは、彼をそうはさせない。ある人物をキリスト者と呼ぶと彼をキリストにしないようにである。真の薔薇十字団員もメイソンも作り出す事は出来ない。彼は自らの心の中にある神力を拡張させ広げる事によって、そこへと成長する必要がある。この真実へと目を向けないのは、多くの教会や秘密結社がその名前が表現するものから遥かに遠い存在にする原因となってきた。」と定義している。


 薔薇十字主義の象徴原理は、現在ですら僅かのみ知られるほど深遠であった。彼らの図表には大いなる宇宙の諸原理が隠されており、哲学的理解とともに扱っていたが、それらは今日流行っている一般思潮の薄っぺらさと比べると断然として新鮮なものがある。現在残っている記録によると、薔薇十字団員らは友愛団の法というよりも、お互いの大志によって繋がっていた。「薔薇十字の兄弟達」は目立たないように生活し、商業や 専門職で勤勉に働き、彼らの秘密の知識を誰にも――多くの場合では、彼らの家族にすら明らかにはしなかった。C.R.C.の死後、団員の多くは会合の中心となる場所をもたなかった様である。この団が保有していた秘儀参入儀礼の情報は堅固に防御されていて、決して明らかにはされなかった。疑い無く、それは錬金術の用語で表されていたであろう。


 この団に加入しようとする努力は無益だったようである。薔薇十字団の側が常に彼らの団員を選んでいたからである。この高名な友愛団に名誉ある行いをすると彼らが信じた者と、彼らは多くの神秘的な方法によって交流していた。彼は匿名か、特別な印、通常は「C.R.C.」あるいは「R.C.」という文字で封された手紙を受け取る事もあった。そこでは彼は適切な時間に特定の場所へと行くように指示された。そこで彼が何を明らかにされたかは、決して明らかにされなかったが、多くの場合は彼が後に書いたものには、彼の生に訪れた新しい影響、彼の理解が深められ、知識が広げられているのが示されていた。少数の者は、「薔薇十字の友愛団」の尊厳ある現前にて彼らが見たものについて、寓話的に書いている。


 錬金術師らの工房に時には神秘的な放浪者が訪れてきて、ヘルメースの術の秘密のプロセスについての知識を明らかにし、その後に退去し、以後の足取りは掴めなくなった。他の者らは、「薔薇十字の兄弟達」が彼らと夢や幻視の手段により対話し、彼らが寝ている間にヘルメースの知恵の諸秘密を明らかにしたと述べた。教授を受けた後に、志望者は明かされた化学の術式のみならず、それらを確保するための技法についても秘密にする誓いを立てた。これらの匿名の達人らは「薔薇十字の兄弟達」である疑いを持たれているが、誰がそうであるかの証明はなされておらず、訪問された者は憶測しか出来ずにいた。


 薔薇十字団の薔薇は、古代エジプトやインドの蓮華の慣例化と多くの者が疑いを持っている。このより古き象徴と同じ象徴的な意味合いを持つからである。ダンテ アリギエーリの「神曲」は、彼が薔薇十字主義の理論に慣れ親しんでいたのを示している。この点に関して、アルバート パイクは「倫理と教義」で、この重要な発言をしている。「彼の描く地獄は否定的な煉獄でしかない。彼の描く天国はエゼキエルのペンタクルのような、十字架で分割されたカバラの幾つかの円で構成されている。この十字架の中心には、薔薇が花咲き、我々はここに最初に一般に出版され、ほとんど断定的に説明された薔薇十字の達人らの象徴を見る。」


 薔薇十字団Rosicrucianの名前は、薔薇と十字の象徴から来たものか、あるいはそれは団の真の目的を盲目な大衆から隠すためのカムフラージュにすぎなかったのかの疑いは常に存在した。ゴッドフリー ヒギンズはこの薔薇十字団Rosicrucianという言葉は薔薇の花から来たものでは無く、滴を意味するRosから来たものだと信じていた。また、Rasは知恵を意味し、Rosはそれを隠すために変換されたという説も興味深い。これらの意味合い全てが薔薇十字の象徴主義に貢献してきたのは疑いない。


 A.E.ウェイトはゴッドフリー ヒギンズの説と同意しており、哲学者の石を作るプロセスは薔薇十字団の名前の中に隠されている滴の助けによると見た。また、この滴は人間の脳の中の神秘的な形質を表す可能性もある。これは錬金術師ら記す天から降りて地を復活させる滴と非常に似ている。十字架は人間の体の象徴であり、二つの象徴を合わせる事――十字に付けられた薔薇――により、人の魂は肉体に三つの針によって十字架刑にされているのを意味した。


 薔薇十字の象徴主義はエジプトのヘルメース神の秘密教義の永続化であり、この未知の哲学者らの結社は現代メイソンリーと繋がった真のリンクであり、その象徴の多くは古代エジプトのヘルメース学から来ている可能性が高い。A.E.ウェイトは「カバラの教義と文書」の中で、重要な観察を記している。「メイソンリーと薔薇十字主義との間の繋がりを示す特定の点がある。そして、これを受け入れるとしたら、古代との繋がりを示す最初のリンクでもある。だが証拠は決定的なものではないか、少なくとも解決させるものではない。フリーメイソンリーそのものは、私が先に述べたように神秘主義との親和性があるものの、どのような神秘主義の性質も決して示したことも、その象徴によりそれに至る方法を明白に示す事も無かった。」


 フリーメイソンリーの進歩に貢献してきた多くの者らは、同時に薔薇十字団員だったと疑われている。ロバート フラッドのような一部の者らは、この団の弁護書すら書いている。現代メイソン象徴主義者のフランク C.ヒギンズは「この友愛団(薔薇十字団)のメンバーだったアシュモール博士は、ロンドンの最初のグランドロッジの創設者の一人としてメイソンらにより仰がれている。」と記す(「古代フリーメイソンリー」参照)。だがイライアス アシュモールは、薔薇十字団とフリーメイソンリーの草創期を繋げる多くの知的なリンクの一つに過ぎない。「ブリタニカ百科事典」はイライアス アシュモールは1646年にフリーメイソン結社に秘儀参入を受けたと記している。またさらに、彼は最初にこの石工職人結社に「受け入れられた」ジェントルマンあるいはアマチュアだと記している。


 この同じ主題でパピュは「ボヘミアンのタロット」で「薔薇十字団はライプニッツとアシュモールを通じてのフリーメイソンリーの創始者らへの秘儀伝授者であった事実を忘れてはならない。」と記している。フリーメイソンリーの創設者らが古代エジプトの大奥義を伝授されていたとしたら――そして現代メイソンリーの象徴主義は、それが事実であるのを示している――、彼らが実在を認めた結社から得た情報を保管し、またこの結社はその象徴と寓話を教える正当な価値があるとメイソンリーを認めていたと推測するのも理がかなっている。


 この二つの秘密結社に関する一つの説では、フリーメイソンリーは薔薇十字団の派生であるというものがある。言い方を変えると、「未知の哲学者ら」はこの物質世界で彼らに仕えるために作った組織を通じて既知となったのである。この物語はさらに先があり、薔薇十字団の達人らはメイソンリーの子孫らに失望し、静かにメイソンリーの位階から退いて、象徴と寓話を残したものの、それらの秘密の意味合いを解くために必要な鍵は自ら持っていったという。研究家らの推測は幅広く、一部の者らは現代メイソンリーは完全に薔薇十字団を吸収し、世界の最大の秘密結社として成功したと主張し、同様に学んでいる別の者らは薔薇十字友愛団はなおも実在し、メイソンリー結社から撤退した結果として、その独自性を保持していると主張する。


 広く受け入れられた言い伝えによると、薔薇十字団の総本部はオーストリアのカールスバッドの近くにあるという(フランツ ハルトマン博士の書を参照)。別の意見では、薔薇十字友愛団の一般諸原理において類似している神秘的学院があり、自らを「ボヘミア兄弟団」と呼び、ドイツのシュバルツバルト(黒い森)で、なおもその独自性を保持しているという。一つ確実なのは、フリーメイソンリーの興隆とともに、ヨーロッパの薔薇十字団は実質的に消滅しており、一部で反論があるものの、第18位階(一般的に薔薇十字として知られる)は、薔薇十字団の火の錬金術師らの多くの象徴を保持している。


薔薇十字団の薔薇

「薔薇十字の秘密の図表」より


 薔薇は生成、肥沃、純粋と関連づけられている女陰の象徴である。広がる事により花が咲く事実は、これらが霊的な広がりの象徴として選ばれる原因となった。薔薇の赤色はキリストの血を表し、花の中心の中に隠された黄金の芯は、人間の性質の中に隠されている霊的な金と関連づけられている。また10枚の花弁の数は、ピュタゴラスの完全数を暗示している。薔薇は心臓を象徴し、この心臓は常にキリスト教徒から愛と哀れみの美徳の紋章、さらにキリストの性質――これらの美徳の擬人化――として受け入れられてきた。宗教の紋章としての薔薇の歴史は非常に古くからある。薔薇は古代ギリシア人から日の出の象徴として受け入れられてきた。アプレイウスは「変容」あるいは「黄金のロバ」の小説で、自らの愚かさによりロバへと変えられ、エジプトの神官らが与えた聖なる薔薇を食べる事により人間の姿へと戻っていた。
 マルティン ルターの盾章に薔薇の図が含まれているのは、彼の宗教改革と薔薇十字団の秘密の活動との間に繋がりが存在するかの推測の基礎であり続けた。


 18世紀の未出版の匿名文書には、薔薇十字団のカバラ主義の特徴が以下の文のように表わされている。「さらに私は世界の賢人らに解くべきパラドックスを与えよう。すなわち、一部の啓明された者達はヨーロッパに知恵の学院の設立を行い、ある特別な理由から自らを薔薇十字団と呼んだ。だがすぐに、偽りの学院らも存在するようになり、これらの賢者らの良き意図を腐敗させてしまった。そのため、団は多くの人々が考えるようには存在しなくなったが、御子(キリスト)の民の友愛団は、自らを薔薇十字友愛団と呼ぶようになり、聖霊の民の友愛団は自らを百合十字友愛団あるいは白獅子騎士団と呼ぶようになった。それにより知恵の学院らは再び咲き誇るようになるが、最初の者らが彼らの名前を選び、他の者らもまたそれらの名前を選んだ理由は、自然の中にあるものを理解する者らのみが解くことが出来る。」


 薔薇十字団の政治的な大望は、フランシス ベーコン卿、サンジェルマン伯爵、カリオストロ伯爵らの活動を通じて表現されている。カリオストロ伯爵はまた、エリファス レヴィが言うには超越主義に深く関わっていた結社であるテンプル騎士団の使者の疑いもある。薔薇十字団がフランス革命を少なくとも部分的には扇動していた有名な疑いもある(特にブルワーリットン卿の薔薇十字団小説「ザノーニ」の導入を参照)。


第3の仮説


 第3の説は、薔薇十字団の完全な否定である。所謂オリジナルの団は歴史的事実とは何のかかわりも無く、完全に想像力の産物である。この観点は、この形而上学の捉えどころの無い集団の研究者らが、現在もなお尋ねている疑問の数によって最良に表現されている。「薔薇十字友愛団」は、単に一部の冷笑家が錬金術とヘルメース学を嘲るために豊かな想像力で作った神秘組織にすぎないのか? 「聖霊の家」は、一部の中世の神秘家らの想像力の外側には存在したことがあるのか? 薔薇十字団の物語全体は、ヨーロッパの学者らの騙されやすさをおちょくるための風刺作品だったのか? 神秘的な父C.R.C.はヨハン ヴァレンティン アンドレーエや他の似たような精神の者の文学的天才の産物で、元は錬金術やヘルメース学を非難する目的で書いたのが、望まずしてその普及に大いに力となったのか? 少なくとも、薔薇十字団の初期の文書の一つは、アンドレーエの作であるのにはほとんど疑いが無いが、彼が何の意図で書いていたのかは、なおも推測の中にある。アンドレーエ自身が、一部の未知の者らから、これを行うべく教授を受けていたのだろうか? 彼が「クリスティアン ローゼンクロイツの化学の結婚」を、わずか15歳の時に書いたとしたら、この書の準備のために彼は作者と偽装されていたのではないか?


 これらの主な疑問には何の答えも無い。ある者らは、アンドレーエの壮大なペテン作を絶対的真理として受け入れている。結果として、数えきれない疑似結社が現れ、それぞれは自らこそ「友愛団の名声」と「友愛団の信条」が記している組織だと確言している。今日でも多くの疑似結社が存在するのには疑いが無い。だがこれらの中の僅かのみが、彼らの歴史が19世紀の始めよりも古くからある正当な主張を与えられる。


 薔薇十字友愛団に関連づけられている神秘については、終わりなき議論の対象となった。多くの優秀な精神の者ら、その中でも著名なのはトーマス ヴォーン、ミハエル マイアー、ジョン ヘイドン、ロバート フラッドらは、「未知の哲学者らの結社」の具体的な存在を擁護している。同様の知的評判のある他の者らは、薔薇十字団は元は詐欺から来ており、疑わしい存在である事について確言している。トーマス ヴォーンは団に捧げた何冊もの書を書き、さらにその諸原理を広く示す書を書いているが、団との個人的な繋がりが何も無いと宣言している。多くの他の者らも同様の事を行っている。


 一部の者らは、フランシス ベーコン卿こそが、「友愛団の名声」と「友愛団の信条」の真の著者だという意見を持っていた。その根拠は、これらの書の文体の、卿の「新アトランティス」との類似性からである。また「新アトランティス」には薔薇十字団の象徴主義を親しく知っているのを示していると注記する。薔薇十字団のつかみどころの無さは、小説の題材として人気を得させる結果となった。多くのフィクション作品の中でも、とりわけ重要なものは「ザノーニ」である。著者のブルワーリットン卿は一部からは薔薇十字団の団員と見做されていた。別の者らは彼は団への加盟を望んだが拒否されたと確言している。アレキサンダー ポープの「髪盗人」、ド ヴィラールの「ガバリス伯爵」、ド クインシー、ハルトマン、ジェニングス、マッケンジーその他のエッセイは、薔薇十字団小説の例である。中世の薔薇十字団の実在を証明するのは難しいが、かつてドイツに存在し、やがてはフランス、イタリア、イングランド、その他のヨーロッパの国々に伝わった啓明された従者らの秘密結社があり、それらは人類の知識の増大に貢献し、同時にその人格性と組織について絶対的な秘密を保持してきた充分な証拠がある。


第4の仮説


 薔薇十字の一見して矛盾する議論は、純粋な超越的説明によって解決される。初期の著者らはこの仮説に精通していた証拠がある――だが、これは神智学協会により信奉されるようになった後に有名となった。この理論では薔薇十字団は実際に記されていたような超越的な力を全て保有していたと確言する。彼らは実際には二つの世界の住人であった。彼らは物理世界で表現するための肉体を持つと同時に、友愛団からの教授によって、時間や距離の制約を受けない神秘的なエーテル体も働かせることが出来た。この「アストラルの形態」の方法により、彼らは自然の不可視の領域で働くことができ、この領域の中に、俗界の者が到達できない彼らの神殿があった。


 この観点によると、真の薔薇十字友愛団は限られた数の高次に開発された達人あるいは秘儀参入者らにより構成され、これらの高次の位階の者らは、もはや死すべき定めの者らの諸法には属さなかった。志願者は長い観察期間の後にのみ、団に受け入れられた。達人らは哲学者の石の秘密を保有し、卑金属を金へと変容するプロセスを知っていた。だが、これらは人間の低位の性質の「卑金属」を、知的、霊的な悟りの「金」へと変容させる事による、人間の再生の真の密儀を隠すための寓話でしかないと教えていた。この理論によれば、薔薇十字団と繋がっている出来事の記録を探し求める者らは、常に失敗してきた。なぜなら、彼らはこの主題に対し、純粋な物理的、物質主義的な視野からのみアプローチしていたからである。


 これらの達人らは人に「十字架から薔薇を」取り外す助けにより、肉体から自由に魂を離脱させる方法を教えられると信じられてきた。彼らは霊的な性質は十字架刑での「釘」として象徴される肉体の幾つかの点で繋げられていると教えていた。だが、霊界、真の薔薇十字団の神殿で起きる3つの錬金術の秘儀参入により、彼らはこれらの釘を「引き抜き」、人の神的性質をその十字架から降ろすことが出来るようになる。彼らは「溶解した海を注ぐ」「薔薇のダイヤモンドを作る」「哲学者の石に到達する」の3つの錬金術の形而上学的表現により、このプロセスを隠した。


 知識人らが矛盾する諸理論の間でのたうち回っている中、神秘家はこの問題に完全に違った方法によって扱っている。真の薔薇十字団、超人(インドの伝説のマハトマらと似てなくもない)らの学院は、見える世界には無く、霊的な世界に存在する組織であると彼は信じ、これを「自然の内なる諸界」と呼ぶのにふさわしいと感じる。団員らには、物質世界の限界を超えられる者らのみによって到達できる。この観点を実証するために、これらの神秘家らは「友愛団の信条」の以下の重要な文を引用する。「価値無き者らは千回喚くだろうが、彼らは千回自らを差し出すだろうが、神は我らに一切聞き入れるなと命じ、神の雲が神の僕たる我らを取り囲むのだ。暴力は一切我らには行えない。今や、我々は人間の目には、鷹からの鋭い視線を借りない限り、見えなくなる。」神秘主義において、鷹は秘儀参入(脊柱の霊的な火)の象徴であり、これにより、薔薇十字の秘密結社を理解することが霊的再生無き世界では不可能であるのを説明している。


 これらの理論を信奉する者らは、サンジェルマン伯爵をこれらの至高の達人と見做しており、伯爵とクリスティアン ローゼンクロイツを同一人物と確言している。彼らは火を普遍的象徴として受け入れていた。このエレメントによって、金属を制御できるからである。彼らは自らをトバル カインとヒラム アビフの末裔と宣言し、彼らの存在理由は、物質主義の時代を通じて人の霊的な性質を保存する事にあった。「グノーシスの諸宗派、アラビア人ら、錬金術師ら、テンプル騎士団員ら、薔薇十字団員ら、最後にフリーメイソンらは、オカルト学の変容の西洋の鎖である。」(A.E.ウェイトがパピュのフランス語から翻訳した「ボヘミアンのタロット」を参照)


 キリスト教神秘家のマックス ハインデルは、薔薇十字団の神殿はヨーロッパのある田舎のジェントルマンの家の中と周辺にある「エーテルの構造体」として説明していた。彼はこの不可視の建物は、やがてはアメリカ大陸へと移動したと信じていた。ハインデル氏は、薔薇十字団の秘儀参入者らは、命の学において「死は彼らには忘れ去られた」ほど発達していたものだったと引用している。


ヨハン ヴァレンティン アンドレーエの紋章

「化学の結婚」より


 「クリスティアン ローゼンクロイツの化学の結婚」で記されている4つの赤薔薇と1つの白薔薇は、ヨハン ヴァレンティン アンドレーエが著者であると認識させる。上記の彼の家紋は4つの赤薔薇と1つの白薔薇により構成されているからである。


古今の秘密の教え 薔薇十字団の教義と信条
↑ 古今の秘密の教え