召喚魔術の実践 1-20

ページ名:召喚魔術の実践 1-20

召喚魔術


 魔術師が召喚魔術の書を読むならば、あるいは自らの書庫にこの主題を扱う幾つかの書があるならば、これらの教授全てに特有の共通点があるのを見つけ、それら全てをまとめるならば、霊的存在を呼ぶ方法とそのためにはどの術式を用いるべきかを教えられるだろう。だが、召喚を成功させるための実際の前提条件については、どの本にも書かれていないだろう。そのため、ほとんど全ての試みが間違って行われるのも驚くべき事では無い。ヘルメース学的観点からは、特定の圏の霊とのコンタクトはいずれも召喚魔術と見做される。そのような接触を確立するために、どのような霊的な技法を用いようとも、降霊術や他の技法であろうとも、問題ではない。どの技法により望む霊的存在が実際に現れるかの問題は、なおも答えられてはいない。なぜなら、それら全てを試みた者のみが、真の返答ができるだろうからだ。たまに、魔術書に記してある技法が成功しても、その結果は技法によるものか、他の実践が決定的な役割を演じたかは、なおも決められない。


 例えば、心霊術的な召喚では、幾つかの極めて違った要素により、成功はもたらされる。たとえ、その成功が示唆された召喚技法にある膨大な証拠があったとしてもである。たとえ成功だとしても、霊媒の潜在意識が心霊術的な成功の原因かもしれない。さらに、潜在意識はファントム、エレメンタル、エレメンタリーを作り出し、作業者の増大した注意と想像力が、召喚の儀式の最中に作り出す事もあり、そのような場合には、それらは霊的存在に帰するものではなく、作業者自身の個人性によるものである。この事実は関連している人物からは滅多には受け入れられない。私は――ヘルメース学的観点から――成功する召喚、つまりどのような圏の霊的存在とも実際の魔術的な繋がりのために絶対的に不可欠な全ての説明を与えるつもりである。なにより魔術師や召喚魔術に自ら忙しくする意図のある者は、アストラル知覚、特に霊視と霊聴の開発無しには、成功する召喚は教えられないと知る必要がある。これは盲目の者がガイド無しに未知の街路を歩こうと望むのに似ている。霊視と霊聴は、魔術活動の助けにより霊的存在と意識的な接触を得るための、第一条件である。魔術師がこれらの条件を気にしなかったり、個人が自らのアストラル感覚の開発をしないまま、無謀にも召喚を試みようとしたなら、彼は他のあらゆる作業と同様に、失望し、決して成功しないのは確実である。同時に彼はその良き意図にも関係せずに、部分的にも成功しようがしまいが、自らを妖術師や降霊術師に貶める危険がある。


 魔術師はどのような条件でも、作業の間には自らのアストラル感覚を用いられるようにする必要がある。なぜなら、それにより作業の全体を正確に制御し、妄想に囚われる危険や、失敗する事が無くなるからである。アストラル感覚が良く開発された魔術師は、霊的存在として現れたものが、ただの想像力の産物なのか、特定の圏から現れるよう望んだ霊的存在なのかを即座に知る。そのためヘルメース学的観点から召喚とは特定の霊的存在と意識的な接触であり、受動的な相互交渉――「Initiation into Hermetics」の霊的存在との意識的な受動的な繋がりの章で扱っていたように――魔術師が霊媒として使われるが、その肉体の外側で行われるものでは無い。


 どのような圏の霊的存在や諸力で、魔術師の肉体の外側に召喚された者は、魔術の三角形か魔術の鏡、あるいは流体コンデンサーで満たされた形質の中に呼ばれるだろう。初心者の魔術師は魔術道具無しには行う事は出来ないだろう。


 後には、十分な経験を積み、特定の圏を完全な制御下に置けるようになったら、つまりその圏の霊的存在が完全に魔術師の力の下に置かれ忠誠を誓い、その魔術的権威を認めるならば、魔術の道具の助け無しにも行えるようになるだろう。ここまで来た経験を積んだ魔術師は、その力の下にある圏のどの霊的存在も、魔術の道具を用いる事無く呼べるだろう。円や三角形の助けすらも要らずに、どのような特別な準備もせずに、霊的存在をどこにでも何時にでも呼べるだろう。一方で初心者は魔術の補助を使わなくてはならない。なぜなら、それらは彼の意識をサポートし、それにより成功する召喚には不可欠だからである。


 魔術師がどのような魔術武器を用いずともに、1つの圏を完全に制御できるなら、次の高次の圏へと進むことが許され、再びその魔術の道具を、その圏も完全に制御するまで使わなくてはならない。魔術師は成功する召喚をもたらそうと望む時には、以下の3つの原理を常に心に置いていなくてはならない。


 1. 特定の圏から自らの圏へと霊を召喚するつもりならば、三角形の中にせよ、鏡にせよ、流体コンデンサーにせよ、霊的存在は自らの圏に相応しい環境の中でのみ動けると心に留めておく必要がある。それゆえ、光の蓄積や圏のマテリアルにより、三角形の中か、さらに良いのは部屋全体に人工的に圏の環境を作らねばならない。魔術の鏡で作業する場合は、関連する圏の光の形質を充満させるか蓄積しなくてはならない。野外で作業する場合は、霊的存在や諸力が現れて動けるのに充分な空間を充満させておく。蓄積したり充満したりする光は、関連する惑星の色の法則に従わせる。空間に光を充満させたり蓄積させたりする方法については、私は既に学徒と読者に、「Initiation into Hermetics」の空間の充満の章で詳細に説明している。例えば、月の圏の霊的存在が外側の圏に召喚される場合、蓄積される光あるいは形質は、白銀色のものにする。水星の存在ならば、光/形質は乳白光にし、金星の存在は緑でなくてはならず、太陽は黄金色、火星は赤、木星は青、土星はヴァイオレットの色などにする。


 例えば魔術師が地エレメントの霊的存在を呼びたい時には、魔術の三角形や鏡の中に想像力を用いて地エレメントを集めなくてはならない。月からの存在を呼びたい時は、月の圏の振動を作る必要がある。どのような霊的存在も自らの圏に相応しくない場所に住む事は出来ない。強制的な召喚状の場合、この原理は密接ではなく、霊的存在は我々の物理の圏へと来るよう強制されるが、その場合でも自らにより必要な圏の振動を作らねばならない。この場合、魔術師は霊的存在への支配を失い、そのような失敗からその権威も損なわれる。なぜなら霊的存在は魔術師が完全ではないと考え、それにより敬意を払わなくなり、服従を拒否するだろうからである。この原理に密接に従い行動するのは、召喚を行う時には最も重要な事であり、真の魔術師は決して忘れたりはしない。


 2. 魔術師は召喚の作業の間、自らの意識を召喚する霊的存在の圏へと置く必要がある。それにより、霊的存在は彼を見る事が出来るだろう。この魔術師の霊の転移は、アカシャ原理の法則のもとで行われる。つまり、魔術師は自らをトランス状態へと導き、時間と空間をもはや知らないようになり、この状態のまま彼は自らの意志に従い、権威などを用いて、霊的存在の圏へと赴く。魔術師にこの能力が無ければ、霊的存在は現れる事は出来ない。


 3. 魔術師は自らの魔術的権威を用いて、霊的存在を畏れと服従とともに強制的に呼ぶ必要がある。さもなければ、霊的存在は――肯定的であろうとも否定的であろうとも――決して彼に敬意を持たないだろう。霊的存在への魔術的権威や魔術師の影響力は、魔術師の人格によって働くのではなく、知的な優位性とともに影響し縛ったり、権威の様相において神々として現れる事により行われる。そのため、魔術師が霊的存在に影響力を働かせるのではなく、上位の存在や可能な限り高い知性体の権威、あるいは神々自身を召喚する事に拠る。召喚を実践する時に、魔術師はまず最初に上位の知性体に影響を与えたり盟約を結ぶ。彼は権威として至高の性質の形を自ら造り、霊的存在が抵抗しようとする時にはそれを示す。魔術師が召喚した霊的存在に対して、自らの人格のみで影響を与えようとすると、霊的存在は服従を拒否したり、さらに悪い場合には最もショッキングなやり方により騙そうとするだろう。だが霊的存在が実際に高次の知性体や、あらゆる様相における神からすら命令を受け取っており、魔術師自身からではなければ、霊的存在はあらゆる状況において命令に服従しなくてはならない。魔術師は「Initiation into Hermetics」で私が書いた個々の神との対話の章で、既に知性や神の様相と一致する方法を学んでいるだろう。


 上記で述べてきた事により分かるように、これらの3つの原理はこれまで決してどの魔術書でも教授される事は無かった。なぜなら、これらの本の著者の誰も召喚魔術の個人的経験を持っていなかったからである。そのため彼らは自らの教える技法を他の情報源から写してきたのであり、事実それらも不完全なものなのである。これらの3つの基本原理に忠実に従わない限り、召喚の成功の可能性は無い!


 魔術師が霊的存在の召喚を始める前に、彼は進行全てを術式の書へと正確に書く必要がある。そして可能ならば心に刻み込む事で、作業中に書を確認する事で遅らせる事が無くなる。この魔術師の実践は、最初は難しいかもしれないが、霊的存在の召喚を繰り返しているうちに、すぐに自信が強まっていくだろう。それらに加えて、召喚はただ霊的存在を呼ぶのみならず、様々な魔術儀式を組み合わせた系統立った儀式であるのに気づくだろう。魔術師は自らの儀式の間で中断が無いようにする必要がある。それぞれの中断で魔術師のみならず、呼ばれた霊的存在も、心を乱すだろうからである。失敗無き作業とは、グリモアが完全な円と呼ぶものである。この表現は魔術師が守護用に描く魔術の円や、小宇宙と大宇宙との関連、神との関連の象徴を指すのではなく、完全に一貫した魔術作業を指している。召喚の目的もまた、作業を始める前に書に書いておく必要がある。それにより、召喚の間に新たな疑問が湧き上がる事がないだろう。


 この準備行の全体の説明から気づいた者もいるかもしれないが、慎重に準備され正確に完成する召喚魔術は多くの時間を必要とする。同じ特定の霊的存在と繰り返しの相互交渉を続ける事により、魔術師は良き繋がりを確立し、この霊的存在は絶対的に服従し、彼の魔術的権威を完全に認めたなら、魔術師は時間をそれ程に使わない省略した儀式を用いたり、あるいは単に一言唱える事で霊的存在を召喚するよう霊的存在の承認を得たり、場合によっては霊的存在とその従者らがいつでも反応するように縛る省略した技法を選ばせる事もある。この省略した技法もまた、実践中に失敗が起きないように、術式の書に意識的に書く必要がある。特に重要な事は、魔術師は霊的存在との幾つかの繋がりを持つ必要がある。もしも単純化した技法が霊的存在から提供され、しかし同時に、それらの進行は文章には書かずに、単に記憶するように求められたら、魔術師はそのような要求を尊重すべきである。たとえ魔術師が省略した進行への暫定的なメモを残す事を認められたとしても、それらのメモは術式の書と同様に、他人の手には決して触れさせてはならならず、それは正当な魔術師の手だってとしてもである。唯一の例外は、霊的存在が他人に渡すのに同意した場合である。そうでない場合、魔術師は自らの権威が崩れるのを気にしないのでもない限り、決して禁止を避けようとしたりしてはならない。これが魔術師には何を意味するかは、それ以上言う必要も無いだろう。


 霊的存在が魔術師の前に現れる姿は、自らの圏で動くのに慣れているのと同じ方法によってである。魔術師が霊的存在が現れる方法に不満があれば、彼は自らの魔術的権威を用いて、霊的存在に対して自らが望む姿で現れるようにさせられる。この点で何の制限も無く、召喚された存在がどの姿を取るかは魔術師に委ねられおり、彼の想像力によって形作られる。性別もまたこの場合の必然性は無い。だが魔術師は例えば、霊的存在が女性の生き物の圏と関連していたら、魔術師が強要したなら、霊的存在は男性の姿で現れる必要があるが、そうは強要しないだろう。そのため、この魔術作業の初心者には、霊的存在が自らの圏と親しい姿で現れように認めるのを勧める。


 魔術師は霊的存在と自らが慣れている言語で対話する。なぜなら、彼はどんな状態でも、超越的な状態でも、トランス状態でも、彼の言語は自動的に霊的言語、いわゆる隠喩言語へと変化し、それにより霊的存在が理解できるからである。また霊的存在も通常は自らの言語を使っているが、それを霊的言語へと転換し、再びそれらは魔術師が慣れている言語へと自動的に翻訳されるだろう。この事実から、魔術師は最初は、霊的存在からの返事は、内なる声が聴こえるような方法で、自らの潜在意識から来ているように感じるだろう。これらの体験に少しずつ慣れていくうちに、やがては魔術師は霊的存在は実際には自らの外側から語っているのに気づくだろう。そしてこの領域の作業を繰り返し続けているうちに、他の人へと語るのと同じように感じるようになるだろう。


 グリモアでは望まない付いて来る要素について記されている。例えば、霊的存在の暴力行為、きしる音、雷鳴、怪光の瞬き、その他の心を騒がすもので、通常は召喚に伴って起きると言われているが、正当な魔術師には完全に未知なものであり、それらは魔術訓練をしていない妖術師や降霊術師や、真の召喚のための必要な前行をせずにいたり、少ししかしていない人々のみが経験する。正当な魔術師はどんな望まない付随する現象を経験する事も無く、彼の召喚は他の物理的、アストラル、霊的行動と同様に、スムーズに行われるだろう。


 召喚の初めには、魔術師は霊的存在に多すぎる質問は尋ねず、少数の具体的な質問のみを尋ねるだろう。それらは霊的存在が来た圏についてである。霊的存在の威厳を侵害するような質問は尋ねるべきではない。後になって、霊的存在、知性体、頭領、従者らが魔術師の支配下に入ったら、活動的な部分を演じるよう尋ねられよう。それらは知識を得るために限らなくなる。一般的に霊的存在は正当な魔術師に仕えるのを好み、彼らの力が及ぶ範囲内において利己心無く助けようとする。魔術師は霊的存在に宝をもたらしたり、重度の物理的な作業を行うよう尋ねるような、愚かな事は決してしないだろう。なぜなら、我々の物理世界で霊的存在が示せる力の効果は、燃料(つまり、その発現のために用いられた形質)に依存しており、それらは魔術師が用いたものだからである。


 最初は霊的存在はメンタル界の作業のみが行えるだろう。後に、魔術師が充分な経験を積んだら、それらはアストラル界でも行え、またしばらくしてから、物理世界でも行えるだろう。もっとも魔術師は霊的存在に物理的な仕事の重荷を与えないよう勧める。なぜなら、霊的存在が行う任務は、魔術師自身が獲得した能力によるのと同じやり方で行われるだろうからである。霊的存在は魔術師が個人的な作業で用いたのと同じ力を用いる。これはつまり、物理的な作業を行うには、それらはエレメンツの流体、すなわち電磁気流を必要とし、魔術師自身のようにアカシャ原理を考慮に入れなくてはならない。霊的存在は通常は、魔術師の環境から形質、力を引き出す。そのため、魔術師はあらゆる召喚は彼のコストを用いて行われると常に心に留める必要がある。これは魔術師にとって、他人の好奇心を満たす程度のことで召喚を行わない充分な理由となる。彼は既に述べてきたように、なによりも彼の仲間を助けるためや、自らの力を霊的存在やエレメンツに及ばし、それにより個人的な経験を増やすために召喚を実践するだろう。


 実際の霊的存在の召喚では、呪文や似たようなナンセンスは必要ではない。なぜなら、召喚の全体の期間を通じて、魔術師は超越的な状態、神との真の関係にあるため、自らの意識を選んだ霊的存在の圏へと置き、その名前を読んだ後には、霊的存在に目の前に現れるよう尋ねる。霊的存在は魔術師の呼び声を聴き、すぐに反応して彼の近くまで喜んで赴く。真の魔術師は霊的存在を彼の意志に従わせるために、決して存在に脅迫したり、似たような行動を取る事は無い。これらは頑固な悪魔らに対して、魔術師が彼の神との関連を示す時にのみ行われる。ほとんどの霊的存在は、何のランクにあろうとも、自らを神の対立の場所へと置こうとする勇気は無い。神は霊的存在を作り出した力であり、それゆえ敬意を抱かれねばならないからである。


 魔術師にとって、星の影響は真実であるが、強制されることはない。魔術師が占星術の本質的な知識を持ち、関連する霊的存在の惑星の好ましい時期を選ぶことが出来るならば、召喚の時間を占星術の法則に従うかどうかは魔術師に委ねられている。


 グリモア諸書に記されている様々な召喚の方法は、魔術師のためではなく妖術師のためである。そのため、真の魔術師には、グリモアに記される教授は無用であり、結果として、魔術師はそれらを省みない。魔術師は秘儀参入の真の道を知り、また召喚が行われる方法も知り、そのため彼の作業が完全に成功すると確信がある。


 召喚が終わった後、呼び出した霊的存在をその圏へと戻す、つまり放出するのは魔術師の義務である。彼はそれを自らの意識により行え、霊的存在が元の圏へと帰ったなら、満足と確信の感覚があるだろう。儀式で用いた全ての道具は、魔術師の手により保管場所へと戻し、そこで蓄積した全ての諸力は彼の意志と想像力により解放する必要がある。そしてこれが召喚の最後の作業である。



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