召喚魔術の実践 1-18

ページ名:召喚魔術の実践 1-18

召喚魔術の利点と欠点


 召喚魔術の書を読むほとんど人々は、必要な魔術の開発段階に到達していないのに、推奨される様々な技法により迷わされ、本の中で教えられる不完全な準備の行で充分だと考えている。この種の実践作業へと導かれる動機は、通常様々な原因がある。ある者は他の圏は実際に存在するのかという、ただの好奇心だろう。他の者は、霊、存在、悪魔らを見たいという欲求からであり、また別の者は、魔術作業によって自らを優位な立場に置きたいというものだ。第4の者は、霊的存在の召喚により、地位と名誉などを得るための特定の力と能力を得たいと望むだろう。ある者らは、特定の霊的存在から特定の情報を得ようとしたり、彼らが好まない人物らに危害を与えるのを意図する。ここで記す召喚魔術の実践にとっては、数えきれない動機は無思慮へと導くだろう。この章は心から警告をされるべき人々のために特に書かれている。これらの警告を無視し、必要な訓練と個人の開発も無く実践する者らは、危険と不幸が魔術作業の結果となるのを防げないだろう。


 適切な魔術開発も無く準備もせずに召喚の実践へと無謀に進む者は、まったく何の結果も出せずに、おそらくは諦める事になろうが、あるいは不完全な結果しか出せずに、完全な不信者となるだろう。この苦い経験から、この者は全ては妄想だと主張し、自らの失敗の原因について調べようともせず、成功を望むならば必要な、魔術の学の知識を深く学ぶ必要にも気付かないだろう。


 一方で、前世か今生で少なくとも霊的完成をある程度進ませて、想像力をある程度持っている者は、完全な結果は得られないかもしれないが、部分的な結果はあるだろう。これらの人々はヘルメース学的な観点からは妖術師や降霊術師(ネクロマンサー)と正当に呼べよう。そして、我々が歴史で見る事が出来るように、通常は不可視の諸力の犠牲者になる者らである。最も恐ろしくも著名な例は、ゲーテが有名にしたファウスト博士の悲劇である。私はここでファウスト博士の人格について記すのは避けるつもりだが、あらゆる魔術師はこの場合に何が起こったかについて説明できるだろう。


 霊的存在と意識的に作業し、特定の権威、力をもって彼らに挑み、充分な魔術開発と成熟を得ている正当な魔術師の霊に対する態度は、妖術師の態度とは大きく違っている。また、魔術師の霊的存在への影響も大きく違い、魔術師が遭うかもしれない危険はあまりに小さいので、僅かにのみ記す必要があるほどである。魔術師は霊的存在によりわずかに誘惑されるくらいだが、この者は魔術的均衡に到達しているので、たとえ最も誘惑的なものでも、そのように誘惑される事は無い。霊的存在は魔術師の権威を認め、神の似姿として自らのマスターと見做す。そして魔術師に自らの作業の報酬を求めすらせずに、積極的に奉仕しようとする。これは妖術師や降霊術師とは大きく違っているが、彼らは霊的存在へ向けての必要な権威の力を作り出すことが出来ないからである。そのような者は個人性と魔術開発の代償として、常に均衡を失う危険がある。


 降霊術師や妖術師が 比較的に高い想像力を持ち、自らの意識を部分的に上昇させられるなら、蛮名を用いる事により、霊的存在の言語へと翻訳され、呼ばれた存在がその声を聴くことで、召喚を成功させられる事もあろう。次に湧き上がる疑問は、召喚と妖術師がそれらに望む意図に対し、霊的存在はどう反応するかである。なぜなら、霊的存在は妖術師が強制して行えるだけの充分な成熟と開発がされているか、あるいは逆の方向へと容易に陥るかを即座に知るからである。善で肯定的な存在が呼ばれていたとしたら、それは妖術師を憐れむだろう。もしも妖術師が似たようなそれほど活動的でない存在を召喚し、その命令が他者に危害を与えるものでないならば、共感により霊的存在は妖術師が望む事を行うだろう。だが妖術師が他者を傷つけるかもしれない願望を持ち、さらにその責任を取らないつもりならば、霊的存在は妖術師の召喚に応じないだろう。様々な魔術書に書かれている霊的存在を妖術師のために働かせるために強制する全ての方法は効果的ではなくただの言葉にすぎず、アストラル界の霊的存在にはごく僅かか何の働きもしない。一方で、否定的な存在は、否定的で悪しき意図への反応を好み、妖術師のそれらの現実化を助けようとする。だが、悪魔の魔王らもまた、妖術師の望みの結果がカルマ的な負債が多すぎるようになったり、カルマ的観点から責任を果たそうとしない事はすべきではないと良く知っている。そのような場合、悪魔すらも妖術師の望みを満たそうとはしない。たとえそれらは否定的な存在であったとしても、神の摂理に拠っているからである。それらは、自らの望みのために、圏の調和を乱すような振動を作り出す事は出来ない。そのため、既に何度となく言っているように、どの圏の霊的存在を召喚したり、自らの意識を関連する圏や帯へと向かわせて、自らの考えを霊的存在が理解できるように隠喩言語、普遍言語へと転換させるためには、魔術開発と完成が特定の段階まで絶対的に進んでいる必要がある。


 これらの点を心に留めた魔術師は、自らが個人的な使用のために用いた魔術書の真の価値に気づくだろう。それらの本は実際には宇宙的言語の書であり、それにより自らの召喚魔術の術の作業を象徴的な絵文字へと変換させられるだろう。降霊術師や妖術師は最悪の儀式に従って作業し、それらの最も蛮名による招聘と召喚では、体系的な召喚の実践は不可能である。霊的存在との対話をする際に、これらの者は必要な魔術的成熟と完成が欠けているので、自らを表す権威を示せないからである。降霊術師は最良の場合でも、作業の間に自らをエクスタシー状態へと導くが、その召喚が最も恐ろしく、非常に成功を約束するように彼には見えたとしても、実際には関連する帯へ向けて叫んでいる以上のものではないのである。


 ほとんどの場合、妖術師がエクスタシー状態にある時に経験するものは、最も誤解された幻覚の犠牲者なのである。最良の場合においても、妖術師の不完全な招聘は極めて無意識的なものであり、エレメンタルやエレメンタリーを創造する結果となり、妖術師の神経のエクスタシーのストレスにより、魔術の円から三角形へ神経の力をどれだけ放出するかに成功は拠っているのである。そのようなエレメンタリーは召喚される存在の姿を無意識に取り、妖術師はその違いを区別できないので、このエレメンタリーを自らによって召喚された霊的存在と見做すだろう。そして、そのようなエレメンタリーは創造主の望みにも気づくことができ、それらを満たそうとするだろう。私はこれについては、第一の書「Initiation into Hermetics」で既に充分に説明している。


 この繋がりにおいて、魔術師はコンタクトとは何か、どのように行うのか、その欠点は何かなどについて明白な概念を持たねばならないと私は強調したい。私は次に、この点についてさらに詳細を与えようと思う。


 妖術師や降霊術師が自らの霊をエクスタシーにより上昇させ、実際に特定の圏の頭領を物理世界に呼ぶのに成功したとして、そのような頭領が否定的な存在だったとしたら、常に妖術師の魂のみならず霊をも影響下に置いて、完全に従属させようと努める。妖術師は通常、2度目や3度目の作業では、特定の圏に影響を与えるのに助けとなったエクスタシー状態へは、もはや導けないのに気づく。これは彼の中で不安を感じるのに充分であり、自らの望みを実現させるために、現れた霊的存在に文字通りの意味で捕らえる機会を与える。今や妖術師の前に現れた頭領は、妖術師の魂と霊は充分に成熟しているか確信が無いので反応しなくなり、そのため、両方を得ようと試みるようになる。頭領は妖術師が既にある多くのカルマの進展状況と、その知性と成熟の段階を観察し、それにより妖術師はその死後に自らの良き従者へとなるだろうと確信する。妖術師が作業を行っているのを見ている間、霊的存在はこれら全てを既に自身の圏にいる時に知る。充分に行う利益があると判断したら、頭領、通常は否定的な存在は、妖術師の前に現れて、この者を捕まえるためにあらゆる術策を弄するだろう。妖術師の弱点を熟知しているので、妖術師の性格に応じて、霊的存在は最も効果的な方法を用いる。例えば、妖術師が常に臆病だったら、霊的存在は彼を服従させるために怖がらせようとする。だが妖術師が自らの霊的、サイキック能力に気づいていたら、霊的存在はあらゆる種類の約束、例えば全てを叶える力などをする事でその関心を買おうとする。だが同時に、そのような事は相互の同意が無ければ不可能であり、そのような契約の利点を説明するだろう。この誘惑に抵抗できるかは妖術師に掛かっている。妖術師の心の中での葛藤が始まり、それは恐ろしいものとなる。なぜなら、人の意識は神の摂理の最も微細な形態だからである。だが妖術師が神の警告を聞こうとせず、それらが意識に従い、何度となく現れたとしても無視したら、この者は最終的に霊的存在との契約を結ぶ事により、その犠牲者となるのである。


 このテーマは確実に誰もが興味があるだろう。そのため私はヘルメース学的観点からより詳しく検討しようと思う。霊的存在はなぜ妖術師の霊と魂を欲しがるのだろうか? それには幾つかの理由がある。まず第1に、どんな存在にせよ、少なくとも否定的な存在全ては、妖術師のためにタダ働きをしたいとは望まない。妖術師は肉体の死後に地球帯から離れるよう契約により強制される。この者は無論、伝説が述べるように、悪魔に取り去られ、契約に従いその従者として存在の圏へと向かわねばならない。


 契約を結んだ頭領は、通常は死んだ妖術師を地球帯のアストラル、メンタル、物理圏の使者として用い、そこで妖術師はその存在の否定的な圏に関連する、主のための任務に従事せねばならない。そのような頭領は、妖術師との繋がりを得るのを好むが、それは妖術師も神の似姿として作られたので四極を持ち、結果として霊的存在自身よりも多くの可能性を持っているからである。多くの場合、首領の従者、この場合は人間であるが、は霊的な使い魔や雑役係となり、他の似たような妖術師らに貸し与えられる。この霊的な使い魔として、妖術師は霊的存在の代行として頭領が持つ全ての力を与えられる。力の妖術師への転換は、アンクルを用いて、頭領や悪魔らの大公らから与えられるか、帯の力により影響され、それにより彼は自らにより求められた結果をもたらし確定させるか、任務を果たす助けとして他の従者を与えられる。だが、そのような従者は元からの帯の住人で、そのために彼らの支配者に属するのか、あるいは上記によって記したような犠牲者であるのかを判断するのは難しい。なぜなら、そのような存在は自らについて何にせよ語るのを禁じられているからである。また、そのような霊の望まない記憶や意識は、魔術の呪文や他の手段により消されている可能性もある。また妖術師についてもそうで、たとえ彼には四極の性質があっても、頭領の圏に従属するようになり、それは頭領と彼の生活のこの軛から逃れるのを防ぐようになる。彼は頭領の意志無き道具となり、頭領が望む何であれ行わねばならなくなる。


 契約を結んだ後には、妖術師は数週間から数ヶ月はどのような作業も行えない。この時期に、彼は頭領から様々な実践を教えられ、彼の諸力を用いるために秘儀参入を受ける。そのような契約を結ぶのは、グリモアや魔術書で書かれているものとは、実際にはそう違いは無い。だが、ほとんどの人には知られていない小さな違いがある。契約書そのものは、霊的存在は書かずに、実際は妖術師が呪文書のように書き上げる。契約の文は通常のインクによって書かれるが、一部の儀式の際には特別なインクが使われる事もある。だがそれらは重要ではない。契約では霊的存在によりどのような奉仕がなされるか、どのような願望が叶えられるか、妖術師にこの契約によりどのような可能性が与えられるかが、明白に記される。契約の別のページでは、妖術師が霊的存在のために行うべき義務と、逆に霊的存在がすべき義務が記される。さらに他にも、頭領はどのような方法により呼ばれるか、見える姿か見えない姿で現れるべきか、妖術師に与えられる従者はどのように扱われるべきかなどである。最も重要な点は、契約が有効である期間であり、この後に妖術師は悪魔の圏へと赴く義務がある。また、妖術師がどのように物理世界で死ぬか、頭領の圏へとどのように移動するかも契約により定められる。両者が全ての条項で同意し、通常は霊的存在が妖術師の手を媒体として自らの印でサインをし、相互同意の副署がなされる。また、霊的存在が妖術師に自らの血でサインをするよう尋ねる事もよくある。だが、そのような条件の無い契約書も多く書かれている。通常、契約書は複数書かれる。一つは、妖術師の手に予備として残り、残りのものは、霊的存在に渡される。魔術書の中には両方とも霊的存在が求める事があると記されているが、それは稀な事であり、霊的存在の特定のカテゴリーの者にのみ起きる。通常、二枚目の予備は妖術師により丸められて燃やされる。この燃やされるのは、実際には契約書の概念が関連する帯へと転換されるのを意味する。


 このような場合や似た場合――といっても違いはごく僅かでしかない――により、契約、特に否定的存在との契約は結ばれる。そのような契約は妖術師も霊的存在も破る事が出来ず、無条件で遂行されなくてはならない。犠牲者がそのような恐るべき契約を結んだことすらも知らず、霊的存在が地上で与えた恩恵のツケを払う必要も知らないままに関連する圏へと送られる事もよくある。だが、妖術師は契約が切れる直前に悪知恵を働かせようとし、結果としてあらゆる手段を用いて妖術師が自由になろうとするなら、霊的存在は彼に対してあらゆる手段で傷つけ滅ぼそうとするだろう。過去の多くの魔女裁判では、この間違い様の無い証拠があり、そのような契約を結んだ事を後悔し、あらゆる手段で逃れ自由になろうとした妖術師は、霊的存在の誘惑による契約を違反した重い償いをする羽目となった。古代の多くの妖術師らは火葬場の薪から逃れられなかった。なぜなら、彼らの心の中でイデアと神の火花が勝利し、悪魔との契約期間が切れる前に好ましい死を遂げるようにさせたからである。だが厳密に契約を遵守する妖術師は、契約期間が切れるまでは、常に闇の諸力の防御下にあり、この世界の何物をも傷つける事は出来ない。契約を遵守せずに、過ちを後悔する者は、霊的存在によって厳しく罰せられる。なぜなら霊的存在は、かつての被保護者を傷つける方法を常に見つけるからである。


 上記の種類の契約は、通常のタイプと見做されよう。妖術師は霊的存在と召喚魔術の方法により接触し、霊的存在とは直接的にか、使い魔の霊を通じて繋がり続けようと務めるからである。


 さて読者はこの妖術師は霊的存在や頭領の従者として永遠に苦しめられるのかという疑問があるかもしれない。そのような質問の答えは、全ての圏を同等に到達した魔術師には難しくは無い。妖術師が地上で頭領を働かせた分の負債を払い終わったら――これは我々の世界の年数では数百年はかかるだろう。なぜなら、この諸圏では時間と空間は存在しないからである――妖術師の意識は徐々に自らのために働くようになり、彼の四極の性質は少しずつ拘束から自由を感じるようになる。妖術師が彼の負債をあらゆる額を払い終わったら、彼は再び自らが望む事を行えるようになる。だがこの時に、彼の意識がなおも止まっており、従うのを望まないなら、彼は自らの頭領の圏に留まったままとなり、いずれは彼の四極と自己認識を失い、この振動を受けている世界に永遠に留まるようになる。これにより、彼は自らを破滅させるだろう。それにより妖術師は人間、神の似姿としての存在を止めて、その圏の霊的存在となる。すなわち、彼は悪魔へと自らを貶める。これは確実に人間存在がなれる中でも最も後悔される状態である。そして宗教的な観点からは天罰、聖霊への真の罪とも呼ばれよう。


 これらは妖術師と別の帯にいる霊的存在との間の契約における完全な結末であろう。妖術師が内なる声に従い、頭領の帯を逃れられたら、地球帯に新しい故郷を見つけるだろう。そこで再び四極の存在として生き、霊性開発を新たに行えよう。この場合、この者は我々の物理世界へと帰る必要があり、この新生は問題なく叶えられるだろう。なぜなら、物理世界では浄化され、他の者らのように魔術開発を進めるのが遥かに容易だからである。


 転生した妖術師は、我々の世界で大いなる魔力を獲得できるが、それは自らと否定的な諸力との作業の経験からである。そのような再生した妖術師は生まれながらの魔術師である。なぜなら、彼らは生まれながらに魔術能力があり、魔術の多くの知識を集めたり特別な訓練をする必要も無い。だが、そのような人物が力を悪用する誘惑に再び襲われ、同じ霊の頭領が、今回は違った仮面の下で、以前の犠牲者を死後に自らの圏へと連れ去るために誘惑しようとする可能性は否定できない。だが、そのような妖術師はこの地上でより多くの自由意志を持ち、それにより誘惑に対してより強く抵抗できる。その意識もまたより良く働き、そのような個人的経験の無い人間の意識よりも、自らにより強く警告するだろう。よって妖術師が2度目の堕落をする事は滅多には起きない。通常はこの者は真の魔術の道を歩み、悪魔や否定的な霊らとの契約を結ぼうという傾向は少なくなるほどに、自らの経験により浄化されている。


 この真の事実らによる文章は、全ての真理を求める者らへ、妖術の道に従わないよう警告となろう。なぜなら、上記でこれまで見てきたように、そのようなステップは、霊性の進化と人間としての開発において大いなる後悔となるからである。私がこれまで述べてきた事は、ファンタジー小説の類ではなく、悲しい真の事実であり、どのような真の魔術師も確認する事が出来る。秘儀参入の正しい道を進んできた転生した妖術師は、霊性開発を始めたばかりの普通の人よりも、遥かに多くの誘惑に晒されている。先に彼を縛った界は、より洗練されたやり方で何度となく、以前の犠牲者を再び支配下に置こうと努める。


 本書において私は古代から現代まで霊的存在と契約を結ぼうとした者らの名前を、ファウスト博士やグランディエ修道士のように一般に知られている者らを別にすれば、挙げる意図は無い。だが一般に知られていない、数えきれないほどの者らがいるのだ。


 契約を結ぶには別の方法もあり、それらはごく少数の秘儀参入者のみに知られている。これは様々な霊的存在と契約を結ぼうと努める者ら全てへの警告である。この契約は直接的に行われず、既に存在する人間の体の助けを借りて行われる。この2つの方法のいずれを用いるかは、個々の魔術師の観点に拠る。あまり知られていない方法は、死者や地球帯の他の存在、場合によっては高い帯の存在に好まれる。


 人間を通じての契約を得る方法は、霊的存在の方に人間のエレメンツと光とアカシャ原理の制御ができ、高い知的、魔術的成熟を求められる。ヘルメース学的な観点からは、このような契約は極めて可能であり、奇妙で不自然な出来事で一般人らの注意を惹きたくない妖術師らにより行われてきた。よく訓練された遠隔透視者や、正当な魔術師の目のみが、そのような契約を区別できる。通常、妖術師は霊的存在からこのような契約を結ぶよう勧められるが、地球の隣に住むエレメンツの存在らからは、ほとんど与えられる事は無い。


 全ての前提条件が満たされていたら、そのような契約を結ぶのは難しくは無い。残りの技法は以下の通りである。霊的存在は物理世界で死にかけている肉体を求める。この場合、健康な体、わずかな原因で死んだ者、例えば事故死などが好まれる。または、肺炎、脳炎、心臓発作などで死にかけている肉体も、この目的に仕えよう。一方では、結核やその他の主要な臓器の伝染病で破壊され、死の原因となっている肉体は好まれない。そのような病で破壊された肉体の調和を回復するのは、より多くの努力を必要とするだろう。そして、肉体、魂、霊を繋げている糸と生命マトリックスが緩んできた瞬間に、霊的存在は自らと人間の体との間に新しい糸を作る。そのための方法は、私は「Initiation into Hermetics」で既に述べているが、光の流体を用いる事によってである。2つの生命の糸、メンタルとアストラルマトリックスの調和された統一を得るために、霊的存在は――自らと肉体とを統一させる前に――そのアストラル体を、エレメンツの形質を用いて、人間の体と同じ形と大きさにしなくてはならないのは極めて明らかである。


 このような方法により人間の体に憑依した霊的存在は、借りた体での人間そのものとなる。親族らと見物人らは、死にかけた人物が苦しみ悶えた後に、奇跡的に命を取り戻し、最終的には病から回復したと考える。これはアストラル体が肉体から離脱するのを見る霊視能力を持っていない親族らや見物人らが、この現象を見る方法である。霊的存在は奇跡的なまでの適応性を持ち、アストラル界の全ての機能と能力を保持しているので、既に死んでいる人物の役割を演じ続け、そのうちに親族らの周りから失踪し、注意を惹くことなく妖術師とコンタクトをする。霊的存在は、以前にいた圏の能力を新しい体の中に全て保持し、妖術師に与えられる。真の魔術師を除けば、誰も真の事実を見つけられず、2人の友人、ボーイフレンド、ガールフレンドが会うのを疑う事は無く、周囲の人間は、この2人の真の関係について決して見つける事は無いだろう。霊的存在が物理的存在にある間に妖術師に与える恩恵は、妖術師がこの圏の他の存在と接触した場合と正確に同じものである。妖術師がこの霊的存在を通じてアストラル界やメンタル界に影響を及ぼしたい時には、霊的存在はトランス状態に入り、妖術師の望みを満たせるのである。


 物質界での接触については、通常は最初の遭遇時に議論され、妖術師は全体の要項について良く教えられる。妖術師がこの事を誰にも話さないようにするのは明らかである。さもなければ、彼は軽率さを自らの命で支払う羽目になっただろう。


 しばしば妖術師は上記で述べた方法により、人魚マーメイドにこの世界の美しい少女の体を得るように扇動する。それにより、ウンディーネらと肉体的な接触をし、そのような存在と結婚する事すらある。この場合、通常の女性と転生したウンディーネとの間には何の違いも無い。後者の肉体は、他の人間と同じ法に従属するからである。だが、それらは水エレメントの機能と力を保持しており、人間の転生体でも用いる。また転生したウンディーネは子供を作る事も出来る。だが最も悲劇的な事実は、彼女は妖術師に絶対的な忠誠を求める事である。なぜなら、彼女は自らの肉体と妖術師の肉体の間の繋がりを保持しているからである。もしも妖術師が他の女と性的関係を持とうとしたら、彼は自らの命で償わねばならない危険に陥る。またそのような場合、ウンディーネはもはや肉体をこの物理世界で保持する事が出来ず、更なる接触をする事も出来なくなる。妖術師の死後すぐに、彼女もまた死に、彼はアストラル界で彼女の恋人や夫となる。そのようなウンディーネが死んだら、もはや他の人間の様に地球帯へと旅することはなく、水エレメントへと帰って再びウンディーネとしてそこで過ごす。


 完成の高い段階にあり、神との関係のある魔術師が、このような試みをしたら、その創造的な力により、人間に憑依したあらゆるエレメンツと同じように、ウンディーネと調和を作る事が出来るだろう。この魔術師は、その霊が他の人間存在の霊と同じように不死の、新しい人間存在を作り出すことが可能であろう。だが、真の魔術師は、適切な理由がない限り、そのような作業をする事は無いだろう。私がここで記すのは、魔術師の能力の中にはそのようなものもあると記したいからのみである。秘儀参入を受けていない者は、そのような話はおとぎ話にしか聞こえないだろうが、ヘルメース学的な観点からは、そのような事は極めて可能であり、容易に現実化出来る。真の魔術師は、これらの可能性について何の疑いも持っていないだろう。


 心霊主義を除いて、降霊術ネクロマンシーと呼ばれる別の種類の霊の召喚もある。妖術師と降霊術師の違いは以下の通りである。妖術師は通常は地球帯の高い霊的存在、エレメンツの頭領ら、他の帯の頭領らと接触しようと試みる。一方で降霊術師は、死者の霊の召喚のみを行う。降霊術の技法は極めてシンプルであり、まだ完成に到達していない魔術師でもこの技法を用いる事ができ、それらは妖術師が実践する召喚よりも成功率が高いだろう。降霊術師は、妖術師と同様の危険に直面する。なぜなら、死者の霊もまた、降霊術師に完全に憑依し、彼を完全に従属させようとする者らもいるからである。降霊術師が、アストラル存在の助言や助け無しには何も出来ないほどに従属したならば、この種の契約についても語る事にしよう。もっとも、この種の契約は、先に述べたような契約ほどには悲劇的な結末にはならない。


 魔術師はどのような危険も無く、従属する事も無く、降霊術の犠牲者となる事も無く、アストラル界からどのような霊的存在も呼ぶ事が出来る。降霊術師は低い霊性と魔術の開発段階にある者であり、その主な目的は地球帯のアストラル存在、特に死者の霊と接触を得る事にある。降霊術師はほとんどの場合、アストラル圏の霊的存在を用いて利益を得ようとする。彼は物理世界、アストラル界、メンタル界での特定の魔術の任務を霊的存在に求めるか、あるいはただ彼の好奇心を満たそうとする。この目的のために、降霊術師は生前に何らかの秘密の学に精通して、完成へのある程度の段階に到達している死者を選ぶ。そのような人物は秘儀参入の道に従って地上で全ての法を学び、ある程度の完成を得た真の魔術師である。彼は肯定的な目的のために努める高貴な精神を持ち、否定的な諸力を制御する。彼がそれが利益になると考えたなら、降霊術師の前に現れ、彼にその試みと意図の利益と欠点を指し示すだろう。


 だが真の魔術師は降霊術師との繋がりを継続して維持せず、彼が従属するような方法で影響を与えようともしないだろう。彼は常に降霊術師を歓迎し、緊急時には自らを呼ぶのを許すであろう。さらに、彼は降霊術師への良き助言を与え、アストラル圏の諸法への秘儀参入を与えるだろう。だが、彼は降霊術師に仕えたりはせず、彼が望むこと全てをしたり物質的欲望を満たしたりはしないだろう。わずかな経験しか無く、否定的な諸力に影響されている悪しき魔術師や、ただの妖術師のみが、降霊術師との繋がりを保持しようとしたり、彼の望みを実現したり好奇心を満たしたりしようとするだろう。降霊術師がこの圏へと入り、そのような存在に支配されたなら、彼は地球帯にいた存在が持っていた振動と同じものを身に着け、よって苦しみの仲間となるだろう。それによりアストラルの存在は、降霊術師がどのような霊的な魔術的な開発を進めるのも防ぎ、彼が人格の向上とともに啓明されたり祝福されたりするのを見ないだろう。そして霊的存在は地上の人間に困難をもたらすのに成功した邪悪な喜びを満たす。それは彼に地上に自らが生きていた頃の困難やトラブル、誘惑には抵抗出来ず、諸力を悪用し、真の秘儀参入のチャンスに欠けていたのを思い出させる。また、降霊術師が自らの開発を進めるのを防ごうと努める。このような場合に降霊術師が向き合う危険については言うまでも無い。だが私は降霊術師はそのような存在により容易に吸血鬼化され、その吸血鬼の力の助けにより霊的存在はアストラル界で自らのエゴイスティックな計画を現実化しようと努めるだろう事は伝えておきたい。


 そのため、あらゆる学徒はそのような契約を結び、あらゆる霊的存在に従属しないように警告する。降霊術師がアストラル界から霊的存在を呼ぶには、2つの方法がある。1つは、心霊術的なものである。霊的存在を霊媒の助けにより現れるように尋ねる。それらは自動書記か、霊媒のトランス状態により行われる。この技法は霊的存在が直接的に接触し、降霊術師の前に現れるようになるまでに、莫大な忍耐を必要とする。もう1つの方法は、召喚によるものである。降霊術師は霊的存在の生前の写真の助けを借りて接触し、そのような写真にエネルギーを満たして、やがてはエレメンタリーのように霊的存在がそこから出てきて、前世の姿を取る。降霊術師は通常は1回で成功する事は無いが、継続的に実践し続けるならば、彼の成熟や開発度、意志力、想像力に拠っては、霊的存在を目に見える形で現れるよう強制する事ができるだろう。


 降霊術師はこの場合には、接触したのが彼の想像力の産物なのか、彼が作り出したエレメンタリーなのか、真正の霊的存在の視覚的な繋がりなのかは、ほとんど区別できない。だが狭量の降霊術師は、実際には何と接触したのか、望む結果の原因は何だったのか、それは彼の想像力(幻想)なのか、彼の神経への絶え間ないストレスが作り出したエレメンタリーなのか、アストラル界から実際に召喚した霊的存在なのかは気にもしない。


 降霊術師が否定的な諸力を好むならば、その召喚やアストラル界への旅は、そのような降霊術師と接触をしようと努める、いわゆる黒魔術師により容易に答えられる事もある。降霊術師の教授、実践、好奇心や願望を満たす欲望は、そのような存在によって叶えられる。降霊術師は起きた出来事全てに責任があり、自らのカルマに記されるだろう。特に、倫理的に正当化出来ない欲望の現実化を望んだ場合にはそうである。そのような降霊術師の最期は、悲劇以外の何者でもないのは言うまでも無い。降霊術師らは、通常は不自然な死をしたり、不治の病に突然かかって死ぬ。また私はアストラル界や高次の帯の霊的存在との受動的な関係もある事も示さなくてはならない。だがこの受動的な相互交渉は、効果的ではなく、召喚の実践のような大きな魔術的結果を与えない。また、この場合には、予想しなかった契約が、最後の結果となるだろう。そしてこの受動的な相互交渉を取った人物は、時には妖術師や降霊術師よりも悪い結果となる。なぜなら、この者は繋がった霊的存在に対して何の制御も無く、その結果に影響を与える事も出来ないからである。


 この受動的な相互交渉には2つの原理がある。第1のものは、心霊術的なものである。心霊術師自体も霊媒であり、霊媒的な霊視、霊聴、自動書記などにより、霊的存在と接触し、相互交渉する。第2の受動的な相互交渉の可能性は、催眠術師が自らの好奇心のためや、メンタル、アストラル、物理世界での特定の仕事のために、夢遊病にある霊媒を用いて、霊的存在と接触し、繋がりを維持する。催眠術師や心霊術師がどのような魔術的訓練もしておらず、そのため魔術開発と成熟の必要な段階に達していないならば、霊媒の健康は両方の場合で危険に陥る。多くの霊媒や心霊術師は継続的に単独の霊的存在と接触をし続け、使い続けるので、最終的には彼らはその存在に従属するようになり――これは実際には、間接的な契約の結果である――メンタル体、アストラル体、肉体に酷い病を得る事で、それらを払わねばならなくなる。精神病院では、そのような哀れなケースの証人を多く見い出せよう。


 上記で述べてきた事全ては、否定的な諸力と作業し、危険が含まれている妖術師や降霊術師らにも当てはまる。この繋がりについてさらに私は述べたいのは、真の開発の道を進む正当な魔術師が、肯定的な存在と接触しようと試みる場合、そのランクや帯とは関係なく、たとえ良き存在や知性体であったとしても、従属すべきではない事だ。彼は望むならば、良き存在といつでも接触できるが、彼はどのような存在にも、たとえ魅力を感じたとしても、加わるべきではない。もしそうしていたら、契約は否定的な存在と似た結果となる。もっとも、正当な魔術師が肯定的な存在とする作業の危険は、大きなものでも悲劇的なものでも無いだろうが。


 また、あらゆる帯でジニー(精霊)と接触するための技法や教授も存在する。これらは契約により、魔術師をあらゆる面で助言し支えるだろう。無論、正当な魔術師は、開発の期間において良き存在と接触しようとするだろう。これが必要なのは疑いないからであるが、彼は天使だろうが上位の知性体であろうが、どのような存在にも従属しないようにしなければならない。良き存在に従属する事により、魔術師は妖術師の時のように、良き存在が来た圏の振動を持つようになり、徐々に自らにもこの振動に強く影響され、最終的には彼はその存在の完全な性質を取るようになるだろう。だがそのような存在は勿論、契約書には興味を持たないだろう。


 魔術師と上位に好意的な知性体との間で、契約と同種のものを結ぶための技法もある。この契約では、魔術師は霊的存在があらゆる面で彼を保護するように確信できる。つまり、これは彼を助け、警告し、彼のためのあらゆる良き奉仕をする。だが、魔術師が死後には、霊的存在は自動的に彼を自らの圏へと引き連れて行く。この帯では、魔術師はこの守護天使に強制的にではなく自由意志で仕えるだろう。魔術師が継続的に良き存在と繋がっていたので、彼はこの界の部分となり、より高い圏へと登ったり、他の帯へ旅する、どんな興味も失うだろう。彼の生は固定化され、彼の進化のための上昇は、一時的に中断される。


 魔術師が神の摂理により地球帯や物理世界へと、人間としてのある使命により送られてきたら、彼は自らよりも高次の諸圏を切望し始める。前世で魔術師が特定の帯で精霊と盟約を結んでいて、この物理世界へと転生してきたら、そのような以前の盟約はヘルメース学や、芸術、文学などの他のあらゆる文化領域での彼の持つ才能により明らかとなる。この進行は肯定的な存在も否定的な存在も同じだが、正当な魔術師は精霊や天使との契約により彼の開発を邪魔される事は無いだろう。全ての存在を同等に愛する事で、魔術師は神の真の似姿として作られた完全な人間存在となる大望に常に意識的に留まり、真の神性が彼により反映されるだろう。彼はどのような圏からも影響されず、そのため彼は真の完成へと到達できる。どのようなエレメントも彼の中で優勢なものがなく、彼は全ての諸力の絶対的均衡へと開発でき、未来においてもこの状態を保持できるようになる。


 高次の諸圏は、魔術師が可能な限り高い完成へと到達しようと望むか、聖人セイントとなるかを決める場所である。完成の至高の段階への望みを持つ魔術師は、創造の最も偉大で至高の主となるだろう。なぜなら、彼は自らの要素の全てにおいて、神の真の完全な似姿として自らを象徴化させられるからである。だが聖人は、一つの様相に留まり、そこでの完成に到達する。彼はその様相の部分となり、最終的に、彼がこの様相で完成に到達すると、自らの個人性を失う。人が到達可能な最も高い段階は、真の王者、真の魔術師、よって真にして完全な神の似姿として表される。そこで彼は、自らの個人性を決して失わず、諦めるように強制されたりはしない。霊的存在の階層、それらの帯、それらの原因と結果の知識により、真の魔術師はあらゆる創造物を善であろうと悪であろうとも支配できる。これは実際には彼の真の任務だからである。霊的存在を支配するのは、強制的である必要は無い。なぜなら、霊的存在は善であれ悪であれ、常に魔術師に仕えるように努め、彼の意志を完成させ、どんな見返りも求めずに彼の願いを満たそうとするからである。また諸帯の頭領らも、魔術師に仕えるのを好む。魔術師が望むならば、それらに仕えていた霊的存在らをも処分し、関連する帯での契約を結ぶよう魔術師に尋ねる事もなく、必要なアンコルも与えるだろう。正当な魔術師は、どれだけ多くの精霊を従者とするかは自由である。これらは至高のマスター、これらの君主として彼に仕えるだろう。高貴な性格を持つ正当な魔術師は、肯定的な存在も否定的な存在にも差別をしないだろう。神の摂理は、どのような不明瞭なものも作らなかったからである。彼は悪魔は天使と同じほどに必要なものであるのを完全に理解している。それらの対称物が無ければ、違った階層は可能では無かっただろうからである。それが肯定的であれ否定的であれ、彼の霊的存在への敬意は、そのランクに拠るだろう。彼自身は、中道の黄金の道、真の完成の道を歩むだろう。


召喚魔術の実践 1-19
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