召喚魔術の実践 1-16

ページ名:召喚魔術の実践 1-16

霊的存在の領域について


 真の魔術の作業と召喚について記す前に、私は霊的存在の諸々の圏について読者が良く知るようにする必要があろう。正当な魔術師は自らが行う事について完全に理解し、達成しようと意図する事について明白な展望が無い限りは、何も行うのを許さない。術式の書の先の章から魔術師が明白に学んできたように、魔術の諸道具を正しく扱うのと相似について知るのは極めて重要である。これらの相似と象徴の知識が無ければ、どのような肯定的な結果を得るのも不可能だからである。さらに、魔術師は瞑想での正当な態度を見つけられないだろうし、その霊を意識の正しい圏へと引き上げる事も出来ないだろう。その魔術の道具は妄想の産物となり、魔術師は一般的な妖術師のレベルに自らを貶めるだろう。霊的存在への作業で魔術的権威を作れず、これらにどのような方法でも影響を与えられないだろう。正当な魔術師は全てを意識的に行う。そして作業を始める前に、体系的にそれぞれの進行を自らの術式の書に書き、その心、意識は諸道具とその機能、充填などと繋がっている。また同じように、自らが作業を望む霊的存在の圏についても良く学んでおく必要がある。魔術師はこれらの存在とその行いについて、明白な判断が出来るようにしなくてはならない。自身の経験は、これらについて大いに助けとなるだろう。なぜなら、自らのメンタル体で「Initiation into Hermetics」で示唆したように、様々な圏へと訪問しているだろうからだ。そのため、以下の内容は、魔術師がこれらの圏を訪問した経験の短い要約である。


 肉体的感覚が物質世界のみしか知覚せず、見て、聴いて、感じるものしか信じない確信的な物質主義者のみが、物質世界以外の別の諸圏の実在を疑うだろう。正当な魔術師は物質主義者に対してどのような批判もせず、彼の世界観を修正しようと努めたりはしないだろう。物質主義者はこの物理世界での成熟の段階にあり、それらは彼の人格の開発と関連している。そのため魔術師は物質主義者により良くなるよう教えようとはしない。なぜなら、物質主義者は霊を見た事が無く、そのため見て、聴いて、感じる肉体器官で知覚可能なもののみを信じる結果に常に終わるからである。物質主義者は物質を拒否せず、自らが生きている世界の物質と力については同意するが、その視野を超えた、より微細な形質や力の圏は信じない。そのため、魔術師は他人の信念に影響を与えようと努めたりは決してしない。なぜなら、秘儀参入を受けていない者は、常に高い世界について個人的意見を持ち、その世界観から判断するからである。


 物質世界に3つの違った状態、固体、液体、気体が存在するように、相似の法則に従い、より微細な形でこれらが集まった状態も存在する。これらは我々の通常の感覚では知覚できないが、我々の物理世界と繋がっている。これらの集合の状態は、ヘルメース学的観点からは、界や圏と呼ばれる。これらのより微細な諸圏では、我々の物理世界と同じ事が起き、こごでもヘルメースの石板の法則、上にあるものは下にあるが如しは正当である。ここでも我々の惑星にあるのと同じ諸力が動いており、同じ種類の影響力が働いている。


 そのため、あらゆる圏において、神の摂理によりアカシャ原理に従って維持され制御されているエレメンツ、電磁気流を我々は同様に用いられる。肉体の五感から受け取る知覚のみに頼る者は、一つの圏のみが知覚するために開かれる。その五感に関連した圏で、それ以上進む事は出来ない。それ以外の何もかもが、この人物にとっては思いもよらず、信じられず、知覚を超えているのである。メンタルとサイキックの訓練により自らの感覚を洗練させ開発した正当な魔術師は、物理世界を自らの個人的開発のスタート地点としてのみ考え、高い圏を決して拒否しないだろう。なぜなら魔術師は自らでそれらの実在を知覚出来るからである。


 これらの諸圏はより微細で、より小さな世界の集合であるのは、真の魔術師には個人的経験によって、古くから知っている事である。魔術師はメンタル体により常に自らのメンタル体の感覚の開発状態に応じた圏を訪問する事ができ、そこで活動できる。召喚魔術を実践する時には、常にこの事を心に留めておかないといけない。通常は、より微細な圏は、時間と空間に関する我々の概念に属しておらず、我々の用語においてお互いに繋がっている。例えば、空間においては、我々の想像力において、常に限界と共にどこか混ざり合っており、多くの違った圏が同時に存在している。


 微細さや濃度に応じて、数えきれない圏とその中間の圏が存在する。それら全てを挙げるのは不可能であり、私はここでは実践魔術にとって重要な圏のみを記す事にしよう。これらの段階的な濃度は階層(ハイエラキー)と呼ばれる。魔術師がこれらの圏で作業する前に、これらの階層と、自らが作業する圏についても、よく理解する必要がある。最初は理論的に理解し、後には勿論、実践的に経験しておく。だが何より重要なのは、自らがより微細な圏へと赴く前に、まず物質の圏全般への制御が出来ておく必要がある。この階層のそれぞれの圏は、相似の法則に従って特定の影響力を我々の物理世界に持つ。惑星の圏に関して、占星術師らはある程度の作業仮説を発見しているが、現在の占星術師らは残念なことに主に占術の目的のためにのみ用いており、惑星と黄道の宮の圏の影響について、彼らが部分的な説明のみを与えている事はほとんど知られていない事実である。高い諸圏の占星術に関連する部分はここでは扱わないが、もし魔術師に占星術の知識があれば、これらの個々の圏同士のより密接な関係を発見するだろう。そして、我々の物理世界での関連する圏の原因と結果の真の影響力を示すだろう。


 諸圏において、濃度の程度とそれらの性質に従った階層は、カバラでは生命の樹と呼ばれている。カバラの観点からのこれらの実践的応用は、私の近刊「The Key to the True Quabbalah」で詳細を扱うだろう。この書は魔術的目的、つまり霊的存在に関連しているカバラの生命の樹の諸圏についての興味を読者に刺激させるためにある。これらの圏の正しい順番は以下の通りである。


 1. 物理世界は魔術師の作業にとってのスタート地点である。あらゆる人間は、ヘルメース主義への秘儀参入を受けようが受けまいが、その感覚、霊、魂、肉体とともに、この世界に生きている。


 2. 物理世界より上に存在する次の高い圏は、地球の帯(ゾーン)である。この帯は地球を取り囲んでいる。この帯は濃度に応じた様々な段階があり、地球の人類がその体を失った後に進む、いわゆる副帯がある。ここはいわゆるアストラル界である。濃度の低位の世界には、死後まもなくのアストラル体の人物らが住んでいる。高い諸圏には、成熟の段階に応じた秘儀参入者らが住んでいる。魔術師がより成熟し、開発され、倫理的であればあるほど、死後により微細な帯の層に住む。そのアストラル界で住む場所は、物理世界でのその一生の間にどれだけ進歩したかに拠るだろう。アストラル界には天国も地獄も無い。これらは愚かな宗教の意見に過ぎず、一部の宗教の教えで、彼らの無知から、アストラル界を天国と地獄とに分割した結果である。しかし、アストラル界の低位の荒い諸圏を地獄と呼び、より明るく高い諸圏を天国と呼ぶならば、これらの宗教信念は部分的には真実といえよう。このような象徴や概念をどのように解釈するかを知っている魔術師は、「地獄」「天国」「煉獄」という概念についても自ら説明する事が出来るようになるだろう。


 アストラル界の全ての生き物について読者に述べるのは多すぎで不可能である。この主題の為に何冊もの本が書かれなくてはならないだろう。だが私は興味のある魔術師に少しのヒントを与えよう。魔術師はメンタル体やアストラル体の旅の中でこれらを経験するだろう。魔術師がメンタルやアストラル体を離脱させると、アストラル界には時間も空間も無いので、瞬時に長い距離を旅し、その途中ではどんな物質も、アストラル体やメンタル体が貫けずに止めたりはしないだろう。あらゆる人間は死後に同様の経験をする。だが秘儀参入者は生きている間にこの事実を得る利益があり、物質世界で1つの苦しみ、すなわち死の恐怖から既に解放されているのだ。この人物は自らの死後にどのアストラル圏で住む事になるかを前もって知っており、彼にとっては肉体を失うのは、引っ越しをするように、ただ物理世界からより微細な世界への移行を意味するにすぎない。


 魔術師はこの地球の圏で別の経験もするだろう。普通の人、つまり物理世界に住む秘儀参入を受けていない人が興味深く思うもの全ては、アストラル界では消滅するだろう。そのため、物理世界とアストラル界の両方に精通した正当な魔術師が、物理世界で自らの個人的な開発の手段とならないものへの関心を失うのも、全く驚く事では無い。魔術師は、この地球での名声、名誉、富、その他世俗的な全ての利益は、アストラル界へは持って行けず、そのため無用であるのを学んでいる。そのため、真の魔術師は世俗のもののために泣き叫んだりは、決してしないだろう。彼はこの物理世界で持つ時間を、個人的開発のために向けるのに常に興味があるだろう。


 そのため、人間をこの物理世界に維持させている愛情や忠誠といった全ての束縛は、ここでは何の意味も無くなるのは極めて明白である。お互いに愛し合っている者らがいたとして、彼らのサイキックとメンタルの開発段階に違いがあれば、死後にはそれぞれが同じ圏で住む事は出来ず、生前のようにお互いに引き寄せ合う事は、この世界では無くなる。例えば、男性と女性が同じレベルで開発していたら、彼らの死後にアストラル界の同じ圏へと行き、お互いの共感の内なる絆により繋がる事も可能であろう。だがそれでも、彼らは物理世界で経験していたような同じ愛情の種類を経験したりはしないだろう。アストラル界では、自己保存本能や性本能、性愛や性欲というものは存在しない。高い諸圏では、地上で同じような開発レベルの者らが波動の微細な繋がりにより繋がっているものとは、違った引き寄せの感覚がある。我々の物理世界では、2つの存在の間の共感や魅力は、通常は外的な刺激により喚起され保持される。


 だが自然には、これはアストラル界ではそれほど無い。またアストラル界での美の概念も、物理世界での美の概念とはかなり違っている。アストラル圏へ入った死者はもはや時間と空間に属さない存在となる。この世界では完全さの度合いを測る方法は失われ、再び地上へ生まれるまで長くかかる。人間が生まれ変わる前には、彼が生前で犯した過ちを原因と結果のカルマの法の力により均等化する必要がある。また、物理世界に戻り別の学びをする機会を得たり、アストラル界のさらなる高い諸圏で自らの霊がさらなる経験を集めるのに長くかかる。


 あらゆる人間は死後に、アストラル界の別の事実にも気づくだろう。低位の開発段階のみの者は、生前に高い開発段階に達した者と対話が出来ないのである。なぜなら、これらの存在はアストラル界のより高く微細な諸圏に住み、自身はこれらの光の圏へと向かうことが出来ないからである。たとえこの者がこの高い諸圏へと移動する事が出来たとしても、そこでの上昇する波動に耐えられず、落下するだろう。そしてすぐに自らが己の開発段階に適したアストラル圏にいるのに気づくだろう。だが、完成の高い段階にいる者は、自らの霊を低位の諸圏の波動へと調整する融通さがあるので、低位の諸圏へと赴く事は出来る。


 そのため、低位の開発段階の霊が高位の者と接触したければ、低位の者は想像力を用いて高位の者に自らの圏へと赴いてくれるよう尋ねる必要がある。高い存在が低い存在の願いを聞き入れるかどうかは、その呼ぶ目的に拠る。これは低位の存在がアストラル界の高い諸圏を移動できないのを明らかに示している。だが反対の場合は極めて可能である。良い開発段階にある魔術師は、自らをどのような圏にも置くことができる。進みたい圏のどのような種類の波動も形態も調整し作り出せるからである。読者の多くは聖書の「そして光は闇の中に輝き、闇はそれに勝てなかった」の言葉を思い出し、その意味を理解するだろう。


 肉体は食物(すなわち蓄積されたエレメンツ)により養われ、呼吸はアストラルといわゆるアストラルバンドを通じて繋がっている事は 経験を積んだ魔術師は良く知っている。そのため、死の瞬間、最後の息が止まったら、アストラル体とメンタル体が肉体からの分離が始まるのにも気づく。また自ら魔術訓練の結果、意識的にメンタル体のみならずアストラル体を肉体から分離すると、エクスタシーの状態や死のような状態を経験し、その時には呼吸もまた止まっているので、これらを論理的に類推できる。本当の死との唯一の違いは、このエクスタシーの状態の時に肉体は腐敗する事無く、メンタル体とアストラル体との繋がりはなおも維持されている。魔術師は生と死に及ぶ力を持っているので、神の摂理が許すならば、死者を再び蘇らせるために、歴史において同様の事を行ったと知られる聖者らのように、この接続するリンクを修復できる。私はこの主題については既に「Initiation into Hermetis」で扱っている。


 魔術師が自らの肉体の死を経験すると、自らが再び物質世界に帰らなくてはならない何の理由も無く、物質世界とアストラル界とのバンドを修復する意思も無い。勿論、低い段階の魔術師や妖術師らの中には、アストラル界から再びアストラル体と肉体とのリンクを修復しようと意識的に試みる者もいる。だが、彼らは光を充分に蓄積するための必要な完成に欠けているので、その成功は部分的なものに留まる。通常そのような存在は、過去の肉体の形に纏わりつき、再び死の状態に戻るのを避けようとし、自らの捨て去られた肉体へと蓄積するために、吸血鬼として生きている者の電磁気流(生命エネルギー)を吸収しようとする。彼らはそれによりやがては再び生き返られると考えているのである。そのような存在に操られる死体は、何世紀にもおよんで腐敗を防ぐ事もある。歴史は腐敗しない死体に関する多くの例を我々に与えており、科学は満足する説明を未だ与えられずにいる。そのような吸血鬼らは、ヘルメース主義的観点からは、哀れむべき者らであり、かつての宗教者らはそのような腐敗しない死体をよく破壊していた。通常、死体の心臓を木の杭で貫いたり、首を斬り落としたりして、死体そのものは燃やして破壊していた。それにより、これらの死体の束縛から霊は自由となる。狼男の伝説もまた、このヘルメース的観点から説明できよう。進行はほとんど同じだが、吸血の時には、獲物が感受性の強い人物であり認識されるのを避けるために、アストラル体は動物の姿を取る。


 要約すると、物理世界では、肉体とアストラル体は共に食料と呼吸により養われ、睡眠中には高い諸圏より微細な形質のエレメンツによって肉体、魂、霊の3つの部分全ては強められる。一方でアストラル界では、アストラル体はアストラル圏の物質的な振動によって得る印象によって養われる。人間がアストラル界から物理世界へと帰ってくると、アストラル体と肉体との間の繋がりは引き裂かれ、アストラル界で存在は死に、この物理世界に再び生まれ変わるのである。この世界での死は肉体の死と似ている。アストラル体はもはやメンタル体によりアストラル界の印象により養われなくなる。


 アストラル体の腐敗は、肉体のものよりもはるかに長くかかり、アストラル体は関連する霊により維持されなくても、我々の年代記における何年も存在したままとなるだろう。他の存在、通常は悪魔らは、そのような死体で人々を騙すために取り憑く。数えきれない心霊術の会合で現われる死者のアストラル体は、実際にはその死者の霊ははるか昔に放棄したもので、悪魔によって制御され使われているものなのである。よく訓練されたメンタル感覚により、アストラル体とメンタル体の違いを見分けられる透視能力者のみが、真実を見つけられる。そのような悪魔らは愚者らを好み、彼らを騙して、あらゆる種類の誤解を作り出す。インプ、スプーク、ファントム、ホブゴブリンら全ては、同様に悪戯をする。


 私はこの主題については、既に「Initiation into Hermetics」の中で全般的に説明している。一般的に、アストラル体はゆっくりとそのエレメンツへと分解されていき、いわゆるアストラルの死体はエレメンツにより吸い取られていき、ふるいにかけたように、徐々に透明になっていく。最終的には完全に個々のエレメンツの形質へと分解される。死後にアストラル界へと住居を移した人間らの他にも、地球の帯には様々な存在が住んでいる。エレメンタルズ、ラルヴァエ、ファントム、ゴブリンといった既に述べてきたものの他にも、エレメンツの存在がこの帯には存在する。私はこれらの個々のエレメンツの存在らとその頭領らについて、階層を扱う章でより詳しく説明するつもりである。自らをあれやこれやと宣言したい霊らは、どの圏へと向かうにせよ、たとえ至高の圏で生きねばならないにせよ、アストラル界を通過しなくてはならない。地球を取り巻く帯は、物理世界を超えた最初の帯である。カバラでは、この帯はマルクトとも呼ばれており、それは王国を意味する。これについては「The Key to the True Quabbalah」で詳しく説明するつもりである。


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