召喚魔術の実践 1-2

ページ名:召喚魔術の実践 1-2

魔術の補助


 正当な魔術師はすべての事を魔術開発の道において得た彼自らの力により行えるが、儀式魔術を利用し、自らが望むだけその補助を使うかは、その好みに委ねられている。


 儀式魔術が提供する利点は、何度も繰り返して使われた道具により、魔術師の個人的な力を使わずとも結果を得られる事にある。儀式魔術はゆえに様々な補助によって、オカルトの諸力と容易に作業する事を可能にする。実際には、全ての補助的な装置、全ての魔術の道具は魔術師の意識と記憶の助けのためにある。彼の注意を特定の道具に向ける事で、その象徴化された機能と諸力は自らの意識へともたらされる。魔術師が――召喚儀式の最中に――その手を1つの、あるいは他の道具へと触れたら、望む存在とコンタクトを取り、求めていた結果をあらゆる特別な努力も無しに得られるだろう。例えば、魔術師が魔術の杖を手に取ったら、これは彼の絶対的な意志を象徴しているが、望む霊とのコンタクトは、杖を通じる魔術師の意思によって、即座に得られるだろう。同様の事は、それぞれの魔術の補助器でも象徴化した霊的な諸力、法則、性質により起きるだろう。


 儀式魔術を用いようとする魔術師は、自らの魔術道具に対して非常に慎重に、ほとんど宗教的畏敬に近い形で扱わねばならない。これらの価値は、慎重に正しく丁寧な使用によって高まる。魔術道具は聖遺物と同じであり、魔術師に儀式魔術で不可欠な神殿のような雰囲気を作る助けとなる。使用時には魔術師はほとんど完全なエクスタシー状態に入らねばならない。この魔術道具が本来の目的以外で使われたとしたら、その魔術的効果は失い、元の目的のためには二度と使えなくなる。


 あらゆる魔術道具は魔術師の意識に特別な敬意の感覚を求めるので、冒涜を避けるために、真に秘儀伝授を受けていない者の目からは遠ざけなくてはならない。魔術師はまた、自らの魔術道具に触れる前に、祈りや適切な瞑想により自らの心を清める必要がある。儀式において、心を必要なまでに落ち着ける前には、決して魔術道具に触れてはならない。あらゆる魔術の補助や道具は最も神的な法則を象徴化したものであり、それゆえ聖遺物のように扱わねばならないと常に心掛けなくてはならない。これら全てを心がけていた魔術師の手にある場合にのみ、これらの魔術道具は望む結果をもたらすであろう。


 全ての魔術道具に自らの精神をあてはめるこれら全ての推奨を行ったら、魔術師は極めて強力な信念、意志、法則の全ての性質により、自らの魔術の権威を増大させ、霊的存在や力に影響を与え、その意志により、望む結果をもたらすことができるだろう。


 たとえ魔術師が自らの魔術道具をそれ程長く使わなくても、これらは象徴化した機能と継続的に繋がっている。あるゆる道具が特別な目的のために魔術的に充填された(すなわち、献身された)ので、適切に扱われるならば――最後の使用から何世紀経っていたとしても――それは決して魔術の諸力を失う事は無いのである。道具の充填と聖別が特定の魔術師のために行われたとしたら、他の魔術師は使うことが出来ない。たとえ魔術の聖なる学の完全な秘儀参入を受けた魔術師であったとしても、自らのために充填されるのでない限り、これらの道具はどんな効果も無いであろう。


 以下の章において、最も重要な諸魔術道具の象徴の機能と、儀式魔術の作業の中での実践的適用について記していくつもりである。これらの情報を基にして、どの魔術師も必要だったり望むならば、特別な目的のための魔術道具を自らの手で作る事が出来るだろう。私は魔術師がどのように進むべきかのガイドの原理のみを与えるよう努めたい。


召喚魔術の実践 1-3
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