古今の秘密の教え 古代密儀と秘密結社3

ページ名:古今の秘密の教え 古代密儀と秘密結社3

古代密儀と秘密結社

パート 3


 古代の密儀宗教の中でも最も有名なのは、エレウシス密儀である。ケレース女神(デーメーテール、レアー、イシス)とその娘ペルセポネーの栄誉のために、これらの儀礼はエレウシスの町で五年ごとに執り行われていた。エレウシス学派の秘儀参入者らは彼らの哲学的概念の美と、日々彼らが示した高い倫理性のためにギリシア全土で有名だった。彼らの高名により、この密儀はローマやブリテン島まで広まっていき、後にこれらの国々でも秘儀参入は与えられるようになった。その聖なるドラマが最初に行われたアッティカ地方の共同体のために名付けられたエレウシス密儀は、キリストが生まれる1,400年前にエウモルポスにより設立されたと一般的に信じられている。そしてプラトンの哲学体系を通じて、これらの諸原理は現在まで残されている。


 エレウシスの儀礼、自然の最も尊い秘密の神秘的な解釈は、この時代の文明を覆い、徐々に小さな学派を吸収していき、それらのうちに有用な情報があれば自らの体系へと取り入れていった。ヘッケソーンはケレースとバッコスの密儀は、イシスとオシリスの儀礼の変形と見た。そして、古代世界の全てのいわゆる秘密学派は、根が天にあり枝が地上にある哲学的な樹の枝であると信じるあらゆる理由がある。この樹は――人間の霊のように――不可視であるが、表現を与えられたものの原因であり続ける。この哲学的な光は密儀を通じて世に広められていき、知的、霊的理解に輝くこれらの秘儀参入者らはこの神の樹の完全な成果であり、物質世界の前にある全ての光と真理の深遠な源の証言者となった。


 エレウシスの儀礼は小密儀と大密儀と呼ばれるものに分けられている。ジェームズ ガードナーによると、小密儀は春(おそらくは春分の日)にアグラエの町で祝われ、大密儀は秋(秋分の日)にエレウシスかアテネで祝われた。小密儀は毎年行われ、大密儀は五年ごとに行われていたと考えられている。エレウシスの儀礼は非常に複雑なものであり、それらを理解するのにはギリシア神話の深い学習が求められ、これらの秘密の鍵の助けを借りつつ彼らはその中の秘教の光を解釈していった。


 小密儀はペルセポネーに捧げられていた。「エレウシスとバッコス密儀」の中で、トーマス テイラーはこれらの目的を以下の様に要約している。「小密儀は不浄な魂が地上的な体をまとい、物質的自然に包まれた状態を表すため、古代の神学者ら、創設者らにより作られた。」


 小密儀で用いられた伝説は、ケレースの娘、女神ペルセポネーの冥府の神プルートーあるいはハーデースによる誘拐である。ペルセポネーが美しい草原で花を取っていた時に、大地は突然に開いて、荘厳な戦車に乗った陰気な死の主が地下の深淵から現れ、彼女を腕で掴み取ると、泣き叫び暴れる女神を抱えたまま地下の宮殿へと連れ去り、そこで彼は彼女を妻とするよう強制した。


 この寓話の神秘的意味について秘儀参入者の多くが理解していたかには疑いがある。多くの者らが明らかに、これは単に季節の移り変わりを表していると信じていたからである。この密儀に関する満足する情報を得るのは難しい。志願者らはこれらの内なる秘密を大衆には明かさない神聖な誓いに縛られていたからである。秘儀参入の儀式の最初に、志願者はこの目的のために生贄にされた動物の皮の上に立ち、彼が受け取ろうとする聖なる真理を暴く前に、死が彼の唇を閉じさせると誓った。だが間接的な媒体を通じて、これらの秘密の一部は残された。新参者ニオファイトに与えられた教えは大体は以下のようなものだったようである。


 人の魂――しばしばプシュケーと呼ばれ、エレウシス密儀ではペルセポネーにより象徴される――は本質的には霊的な存在である。その真の故郷は高い世界にあり、物質的な形や概念の束縛からは自由だった。真に生きており、自己表現をしていたと言われる。この教義によれば、物質的人間、人の性質は墓であり偽りであり一時的なものであり、全ての悲しみと苦しみの源である。プルートーは魂の墓として肉体を説明する。そしてそれは人間の形だけでなく、その性質も意味する。


 小密儀の陰気と憂鬱さは、人間環境の限界と幻影を受け入れたために、自らを表現できない霊的な魂の苦悩を表している。エレウシスの教義の要点は、人は死後も生きている間よりも賢くも良くもならない事である。もし彼が生前において無知から脱却しなかったとしたら、人は死後においても永遠に彷徨い、生きている時に行った過ちを繰り返す。彼が物欲を乗り越えなかったら、不可視の世界でもその欲望を持ったまま向かい、そこでは彼は決して満たされることが無いので、終わりなき苦悩を続ける事になる。ダンテの地獄篇は、自らの霊的性質をプルートー的性質の熱望、習慣、世界観、限界から自由にしなかった者らの死後の苦悩を象徴的に記している。生前において自ら(その魂は眠っている)を向上させようと進むことが無かった者は、死後にハーデースの領域に入ると横たわり、生前に寝ていたように死後も魂は永遠に眠り続ける。


 エレウシスの哲学者らは、物質世界への誕生は言葉の完全な意味での死であり、真の誕生は人の霊的な魂が自らの肉の性質の子宮から起き上がった時と見ていた。ロングフェローは「魂は眠り続ける死者である」と言ったが、彼はエレウシス密儀の要点を突いている。自らの湖の水(古代人は、この動く水を、一時的で幻影で、物質宇宙の象徴として用いてきた)に映った姿に飛び込んで自ら死んだナルキッソスのように、人は自然の反映を見つめ、その感覚無き土塊(肉体)を真の自己と受け入れたために、物理的生から彼の不死で不可視の自己を解放する機会を失った。


 ある古代の秘儀参入者は、生は死によって支配されると述べた。生のエレウシスの概念を受け入れた者のみが、この言葉の真の意味を理解できるだろう。これはほとんどの人々は生ける霊によってではなく、彼らの感覚無き(ゆえに死者である)動物的性質によってのみ支配されるのを意味する。これらの密儀において輪廻転生を教えられていたが、いささか変わったやり方によってであった。不可視の世界の深夜に、地上的な圏に近づきすぎた魂らは、物質的存在へと滑り落ちる。この理由から、エレウシス儀礼の多くは、深夜に実行されていた。地上の生の間には高い性質へと目覚めるのに失敗したこれらの眠れる霊らの一部や、今は不可視の世界で彷徨っている霊らは、自らが作り出した闇に包まれ、時にはこの時間に滑り落ちて、様々な生き物へと生まれ変わっていた。


ペルセポネーの強姦

トーマサインの「彫像、集団、瓶、噴水、他の模様についての記録」より


 地下世界の主プルートーは、人の肉体的知性を表している。そしてペルセポネーの強姦は、人の中の神的性質が動物的魂により襲われ汚される象徴である。そして物質的、外的な意識の圏の同意語として用いられてきた、ハーデースの陰鬱な闇の中へと引きずり降ろされる。


 ギリシア瓶への論考の中で、ジェームス クリスティエはエレウシスの大密儀で必要と定められた九日間の間に起きる出来事のムルシウス版の内容を伝えている。第一日目は、全般的な会合であり、この間に秘儀参入を受ける志願者らは幾つかの前提条件について質問される。第二日目は海への行進で、おそらくは主催する女神の神像を海へと漬けるためである。第三日目には、魚のボラの生贄が捧げられる。第四日目には、特別な聖なる象徴が含まれた神秘的なバスケットがエレウシスへと運ばれ、さらに女性信者らによって小さなバスケットらも同時に運ばれる。第五日目の夜には、松明を掲げての行進があり、第六日目には、イアッコス(ディオニューソスの別名)の像に率いられた行進がある。第七日目には運動会が開かれ、第八日目には、時間の都合がつかずに早めに来れなかった者らのために儀式が繰り返された。第九日目にして最後の日には、エレウシニアの最も深遠な哲学的問題に捧げられていた。この期間、壺や瓶――バッコス神の象徴――は至高の重要性の印章として展示されていた。


 またエレウシスの密儀は自殺の悪について強調していた。この犯罪については深遠な神秘があり、彼らは語る事は無かったが、弟子らに自らの生を奪った者には大いなる悲しみが来ると警告していた。これらの秘教教義は小密儀の秘儀参入者に与えられた。この位階では、生前での哲学的機会を用いるのに失敗した者らが受ける苦難について大きく扱っており、地下の秘儀参入の部屋では複雑な儀礼のドラマにより、ハーデースの恐怖を生き生きと描いていた。試練と危険のある曲がりくねった通路を成功裏に通過すると、志願者は神秘家Mystesの尊称を与えられた。これは志願者がヴェールを通じて見たり、曖昧な幻視を見るのを意味した。これはまた、志願者がヴェールをもたらしたのを意味し、それは高い位階において破られるであろう。現代の言葉の神秘家mystic、信仰の道を通じて心の命ずるままに真理を求める者は、この古代の言葉から派生したものである可能性が高い。信仰とは見えずにヴェールをかぶせられた現実を信じる事だからである。


 大密儀(志願者はここでは、小密儀を成功裏に通過した者のみが受け入れられ、しかも常にそうとも限らなかった)はペルセポネーの母ケレースに捧げられ、彼女を誘拐された娘を探して世界を彷徨う者として表現していた。ケレースは失った子供(魂)を探す助けとして直観と理性という二つの松明を運ぶ。最終的に彼女はペルセポネーをエレウシスからそれほど遠くない場所で見つけ、感謝の念から彼女に捧げられていた穀物の耕し方をそこの民に教えた。また彼女は密儀を定めた。ケレースは死者の魂の神プルートーの前に現れ、ペルセポネーを彼女の家へと返すように要求した。最初はプルートー神は拒否した。ペルセポネーは死すべき定めの果実、ザクロの実を食べたからである。だが最終的には、プルートーは説得され、ペルセポネーが年の半分はハーデースの闇の中で彼と共に暮らすならば、残りの半分は上の世界で暮らすのを許した。


 ギリシア人はペルセポネーは冬の期間にはプルートーとともに地下で過ごし、夏になると豊穣の女神とともに帰ってくる、太陽のエネルギーの現れと信じた。花々はペルセポネーをかくも愛していたため、毎年プルートーの闇の世界へと彼女が向かうと、悲しみのあまりに枯れるという伝説があった。大衆と秘儀参入を受けていない者らは、この主題に対して自らの意見があったが、このギリシア寓話の真実は、これらの偉大な哲学的、宗教的比喩話の深遠を唯一理解していた神官らによって、安全に隠されたままだった。


 トーマス テイラーは、大密儀の教義を以下の文で概要していた。「大密儀が神秘的で華麗な幻視により曖昧に語るものは、生前と死後の魂の至福は物質的自然の汚染から浄化され、知的(霊的)幻視の現実へと継続して立ち上げられた時に起きる。」


 小密儀で意識が9日間(発生学的には9ヶ月)の人の胎生期間で、幻影の領域へと下落し非現実のヴェールに包まれると述べていたように、大密儀では霊的再生の諸原理について述べ、秘儀参入者に彼らの高い性質を物質主義的無知の束縛から解放する、最も単純なだけではなく、直接的で完全な技法をも明らかにした。カフカス山脈の頂上で鎖に繋がれたプロメーテウスのように、人の高い性質は彼の不十分な人格性と繋げられている。秘儀参入の九日間は人の魂が地上の形を取るまで降下する九つの圏の象徴でもあった。高い位階の弟子らに与えられた霊的拡張の技法の詳細については不明であるが、古代インドの密儀と似たものであると信じるあらゆる理由がある。なぜなら、エレウシス儀礼はその最後にサンスクリット語の「コックス オーム パクス」を唱えて閉じると知られているからである。


 寓話の中で、二つの6ヶ月の期間の片方はペルセポネーがプルートーと共に留まり、もう片方では高い世界に再訪する内容は、深い思考の素材を提供した。エレウシス学派は、魂は寝ている間に肉体を離れる、少なくともエレウシス学派が疑い無く教えていた特別な訓練により離れる能力があると気付いていた可能性が高い。これにより、ペルセポネーはプルートーの領域に妻として、昼間の起きている時間帯には留まるが、眠っている時間帯には霊的世界へと上昇するだろう。秘儀参入者はペルセポネー(秘儀参入者の魂)を物質的自然の闇から知性の光へと上昇させるようプルートーに認めさせるよう仲裁する方法について教えられた。これにより、土塊の束縛と固定化された概念から逃れることで、秘儀参入者は彼の生前において解放されるのみならず、永遠に解放される。なせなら、彼は死後に所謂天国で顕現させ表現する乗り物となる魂の質を二度と奪われないからである。


 ハーデースが地下の闇の状態という考えと対称的に、神々は山頂に住むと言われている。その最も有名な例はオリンポス山で、ギリシアパンテオンの十二の神々がそこで住まうと言われている。そのため秘儀参入の放浪の中で、新参者は低位の世界から至福の領域へと上昇する霊を描く輝く部屋へと入る。この放浪の頂点として、彼は巨大な地下室へと入り、その中央には輝くケレース女神像があった。ここで秘儀伝授をする高祭司と、それを取り囲む豪華なローブを着た神官らから、彼はエレウシスの密儀の至高の秘密を伝授された。この儀礼の結論として、彼は見る者あるいは直接見るのを意味するエポプテスとして称えられる。この理由から、この秘儀参入は「自らの目で見る」とも呼ばれた。それからエポプテスは、おそらくは暗号で書かれている聖なる書を幾つかと、秘密の教授が彫られた石板が与えられた。


 ジョン A. ヴァイセは「フリーメイソンリーのオベリスク」の中で、エレウシス密儀の祭司を行う者らについて、男女の秘儀参入を与える高祭司、男女の松明持ち、男性の布告者、男女の祭壇の世話役として記している。また多くの小司官らもいた。ポルピュリオスによると、高祭司はプラトンのデミウルゴス、世界の創造者であり、松明持ちは太陽、祭壇の男は月、布告者はヘルメースあるいは水星、他の司官らは星座の星々を表していたと述べる。


 現在残されている記録から、この儀式では様々な奇妙な、そして明らかに超自然的な現象が伴っていた。多くの秘儀参入者らは実際に彼ら自身が生ける神々を見たと主張している。これは宗教的エクスタシーの結果なのか、不可視の力と見える祭司らが共同で働いたせいなのかは、なおも神秘のままである。「変容」あるいは「黄金のロバ」で、アプレイウスはほぼ確実にエレウシス密儀であった彼の秘儀参入について記している。


「私は死の境界へと近づき、ペルセポネーの境界に足を踏み入れ、そこから私は全てのエレメンツを通じて帰ってきた。深夜に私は輝ける光の太陽を見た。そして私はその近くに、下には神々が、上にも神々が現れ、私は直接に彼らを崇拝した。」


 エレウシス儀礼では女子供も受け入れられ、かつては文字通りに数千の秘儀参入者らがいた。多くの者は高い霊的、神秘主義的教義の準備が出来ていないので、この社会自身の分割は不可欠だった。高い教授は高い精神性を持ち、これらに横たわる哲学的概念を完全に掴んでいるのを示した少数者にのみ与えられた。ソクラテスはエレウシス密儀で秘儀参入をされるのを拒んだ。なぜなら、教団のメンバーでなくその諸原理を知る事により、彼はメンバーになると彼の舌は封印されるだろうと気付いたからである。このエレウシス密儀が偉大なる永遠の真理を基盤としているのは、古代世界の偉大な哲学者らにより尊敬される事により証明されていた。M. オーヴァロフは尋ねる。「ピンダロス、プラトン、キケロー、エピクテトスらがかくも賛美して語っていたのは、高祭司が自らの意見か彼の教団のを大声で主張する事で自らを満足するためだろうか?」


 志願者が秘儀参入を受けた時に着ていた衣服は、長く保存され、ほとんど聖なるものとして扱われていた。魂が知恵や美徳を覆うものを着れないように、志願者――まだ真の知識を持たない者――は裸で秘儀参入を受け、まず最初に動物の皮を与えられ、後には秘儀伝授者から与えられた哲学的教えを象徴する聖別されたローブを受けた。秘儀参入の間、志願者は二つの門を潜り抜けた。第一の門は低い世界へと導き、無知の世界への彼の誕生を象徴する。第二の門は不可視のランプにより輝きも中にケレース女神の像がある部屋への上昇へと導き、これは高い世界、光と真理の住処を象徴する。ストラボンは、エレウシスの大神殿では二万から三万人を収容する事が出来たと主張する。ザラスシュトラに捧げられた洞窟もまた、誕生と死の通りを象徴する二つの扉があった。


 以下の文は、ポルピュリオスによるエレウシスの象徴主義の良く適切な説明である。「神は輝く原理の存在であり、最も微細な火の中に住まい、自らを物質的な生から引き揚げなかった者らからは不可視のままである。この点では、水晶、パロス島大理石、象牙といった透明な物質の見た目は、神の光の概念を思い出させる。金の見た目は純粋さの概念を刺激するが、金は汚されないからである。ある者らは黒石は神々の本質の不可視性を表すと教える。至高の理性を表現するために、神々は人間の姿で表される――さらに美もそうで、神は美の源だからである。さらに違った年齢、様々な属性、座っているか立っているか、男性か女性か、処女か若者か、夫か妻か、これら全ての影と段階は神像において注記されよう。結果として、あらゆる輝くものは神々に、球や全ての球状のものは太陽、月――時には、幸運や希望と関連づけられる。円や全ての円形のものは永遠――天の動き、天の周期や諸領域である。円の部分は月齢であり、ピラミッドやオベリスクは火の原理であり、これらを通じての天の神々である。コーン状は太陽を表現し、円柱は大地であり、男根や三角形(マトリックスの象徴)は生成を表す。」(M. オーヴァロフの「エレウシスの密儀のエッセイ」より)


 エレウシスの密儀はヘッケソーンによると、キリスト死後の400年後まで生き残り、秘儀参入が絶える事も無かったという。その後、テオドシーウス帝(大帝と称される)により最終的に弾圧された。帝はキリスト教信仰が受け入れるもの以外の全てを残虐に破壊していった。キケローが人がどう生きるべきかのみならず、どう死ぬべきかも教えると述べた、全ての哲学的学院の中でも最も偉大なものもである。


ケレース、密儀の保護者

ポンペイの壁画より


 ケレース、あるいはデーメーテールは、クロノスとレアーの娘で、ゼウスとの間にペルセポネーを産んだ。ある者らは彼女は大地の女神と信じているが、より正確には、彼女は一般的な農業と特に穀類の保護者である。ヒナゲシはケレース女神に捧げられており、彼女はこれらの花々の花輪をつけた姿でよく描かれる。密儀においては、ケレースは翼のある蛇らにより引かれる戦車に乗った姿で表される。


オルペウスの密儀


 トラキアの詩人オルペウスは、ギリシアの偉大な秘儀伝授者であり、キリスト暦の数世紀前に人としては死に、神として祝われていた。トーマス テイラーは述べる。「オルペウス自身の生涯については、膨大な時の廃墟の中でわずかな痕跡しか残していない。彼の生まれ、年齢、国、生涯について確実に言える者がいようか? 一般的に同意される唯一の事は、オルペウスという名で生きたある人物はギリシア人の間で神学の創設者であった。また、生き方と倫理の教師、預言者らの最初の者、詩人らの王子でもあり、彼自身が詩の女神の落とし子という伝説もある。ギリシア人らに神聖な儀礼と密儀を教え、永遠の豊かな泉のような彼の知恵より、詩聖ホメーロスやピュタゴラスとプラトンの深遠な神学が溢れ出てきた。」(「オルペウスの神秘的な賛歌」を参照」)


 オルペウスはギリシア神話学体系の学派の創設者であり、彼は神話を自らの哲学教義を普及させる媒体として用いた。彼の哲学の起源はわかっていない。おそらくインドから得たのであろう。彼はバラモン教の行者からそれらを得た伝説がある。彼の名ορφανιοςは闇を意味する言葉から導かれた。オルペウスはエジプトの密儀の秘儀参入を受け、彼はそれらから魔術、占星術、妖術、医学の膨大な知識を得た。サモトラケ島のカベイロイの密儀も彼は受けており、彼の医学と音楽の知識に疑いなく貢献していた。


 オルペウスとエウリュディケーの恋愛譚はギリシア神話の悲劇の一つであり、オルペウスの儀礼で重要な役割を演じている。エウリュディケーは彼女を誘惑しようとする敵から逃げようとして、足に噛みついた毒蛇の毒により死んだ。オルペウスは冥界へと降り、プルートーとペルセポネーにその美しい音楽によって感銘を与え、彼らはエウリュディケーを生き返らせるのに同意するが、オルペウスが導く彼女に対して振り向かないまま地上へ出れたらの条件を与えた。だが彼女が迷うのではないかと恐れたオルペウスは、彼の頭を回してしまい、エウリュディケーは恐ろしい叫び声とともに死者の国へと戻されてしまった。


 オルペウスは悲嘆のあまりに世界を放浪した。彼の死についてはいくつかの矛盾する説がある。ある者らは彼は稲妻に撃たれて死んだと主張する。他の者らはエウリュディケーを救うのに失敗したため、自殺したとする。だが一般的に受け入れられている説は、彼がはねつけたのを恨んだキコニアの女らに八つ裂きにされたというものだ。プラトンの「国家」第十の書で、女らに殺された悲しい運命から、前世はオルペウスだった魂は、再び地上に生まれる宿命があったが、女に生まれるよりも白鳥として生まれるのを選んだと記している。肉体を引き裂かれた後、オルペウスの頭はヘブロス川に彼の琴とともに投げ捨てられた。やがて頭は海へと流れていき、岩の裂け目に引っかかった。これは何年も神託を伝えたという。琴の方は、神殿から盗賊に盗まれたが、この盗賊を破滅させた後に、神々に拾われ、琴座として天の星座となったという。


 オルペウスは音楽の守護者として長く歌われていた。彼は七弦の琴で神々自身が彼を称えるために動くほど完全に演奏したという。彼が楽器の糸に触れたら、鳥や獣らも集まり、彼が森で歩きながら奏でると、古き木々も節くれの根っこを引き抜いて彼に従おうと激しく努力するほどだった。オルペウスは人類が神々の知恵を得るべく自らを犠牲にした不死者の一人だった。彼の音楽の象徴主義により、彼は人類に神々の秘密を伝えた。そのためある著者らは、神々は彼を愛していたものの、彼らの世界が人類によって転覆されるのを恐れて、渋々ながら彼の破滅を行わせたと主張している。


 時が過ぎゆく中で歴史的オルペウスは彼を示す教義とごちゃ混ぜになっていき、やがては古代の知恵のギリシア学派の象徴となった。それにより、オルペウスは神的で完全な真理の神アポローンと詩の女神ムーサの中の調和とリズムの女神カリオペーとの間の子と宣言された。言い方を変えると、オルペウスは音楽(カリオペー)を通じて秘密の教義(アポローン)を明らかにした。エウリュディケーは偽りの知識の蛇に噛まれて死んだ人類で、無知の地下世界に閉じ込められている。この類推では、オルペウスは神学を意味し、それにより死者の王には勝つが、彼女の復活には失敗する。なぜなら、人間の魂の中にある生来の理解に対しての、間違った推定と不信によるものである。オルペウスをバラバラにしたキコニアの女たちは、お互いに争い、真理の体を破壊する様々な神学派閥を意味する。だがオルペウスの魔術的な琴による調和を彼らの不調和な叫びによって打ち消さない限り、これらは達成されない。オルペウスの頭は、彼のカルトの秘教教義を表す。これらの教義は彼の体(カルト)が破壊された後にも生き、語り続ける。琴はオルペウスの秘密の教えである。七つの弦は普遍的知識の鍵である七つの神的な真理である。彼の死についての様々な説は、秘密の教えを破壊するための様々な方法を表している。知恵は同時に様々な方法により死ぬことができる。オルペウスが白鳥に生まれ変わった寓話は、彼の教えた霊的真理は、全ての未来の世代の啓明された秘儀参入者らによって教えられ続けるだろうという意味でしかない。白鳥は密儀の秘儀参入者の象徴である。これはまた、この世界の創造主である神的な力の象徴でもある。


バッコスとディオニューソス儀礼


 バッコス儀礼は若いバッコス神(ディオニューソスあるいはザグレウス)がティーターン巨人族によってバラバラにされる寓話を中心とする。これらの巨人らは、鏡を用いてバッコス自身の鏡像にうっとりと魅惑させることにより破滅を達成させた。その手足を切断した後、ティーターンらはまず水で彼の肉片を煮て、それからローストで調理した。パラス女神はこの殺された神の心臓を救い、この警戒により、バッコス(ディオニューソス)は全ての彼の過去の栄光へと再び生まれ出るのを可能とした。ユーピテル、デミウルゴスはティーターンらの罪を見たので、稲妻を放って彼らを全滅させ、天の火により彼らを灰にした。このティーターンの灰の中から――これらは部分的に食べたので、なおもバッコスの肉の一部を含んでいた――人類が創造された。よって、あらゆる人間の日常の生の中には、バッコスの生の一部を含んでいると言われた。


 この理由からギリシア密儀は自殺に対して警告する。自らを滅ぼそうと試みる者は、自らの中にあるバッコスの性質に手を掛ける。人の肉体は間接的にこの神の墓なので、結果として最大限の注意を払って保存されなくてはならない。


 バッコス(ディオニューソス)は内なる世界の理性魂を表す。この神はティーターン――日常の圏の技工――の首領である。ピュタゴラス学派はこの神をティーターンのモナドと呼んだ。よってバッコスはティーターンの圏とティーターン――あるいは断片の神々――の活動的な動者の包括的な概念である。普遍的形質はこの動者により、この概念のパターンへと整えられる。バッコス状態は自己認識の状態の中にある理性魂と創造を通じて理性魂から分かれ、自らの本質的な単独性を失ったティーターン状態との統一を意味する。バッコスが見つめ自らの破滅の原因となった鏡は幻影の大海――ティーターンらにより作られた低位の世界である。バッコス(日常の理性魂)は目の前の像を見て、像を自らに似たものとして受け入れ、その類似性に取り込まれた。すなわち、理性の概念はその反映――非理性的宇宙へ取り込まれた。非理性的な像に取り込まれる事により、それはその源、理性的像へと至る衝動を植え付けられた。そのため、人は論理や理性によって神々を知る事は出来ず、むしろ自らの中にある神々の存在を気づく事によってだと古代人らは言った。


 バッコスが鏡を見つめ、物質の中にある自らの反映に従った後、世界の理性魂はバラバラにされ、ティーターンらによって本質的な自然である日常の圏へと散らされた。だがその心臓、源はまき散らされる事がなかった。ティーターンらはバッコスの肉体をバラバラにして、湯で煮た――物質世界に浸される象徴――それにより形の中にバッコスの原理が含まれるのを表す。この断片はその後、ロースト状にされるが、これは続いての形からの霊的自然の上昇を意味する。


 バッコスの父ユーピテルと宇宙のデミウルゴスらが、ティーターンらが理性、神的イデアの部分を低位世界の成分にまき散らしていたのを見ると、神的イデアが完全に失われるのを防ぐためにティーターンらを殺した。ティーターンらの灰から人類が作られたが、その存在の目的はティーターンの作り上げたものからバッコスのイデア、理性魂を保存し、いずれは復活させるためであった。デミウルゴスであり、物質宇宙の創造主であるユーピテルは、創造の3つ組トライアドの第3の存在であり、結果として死の主である。死は彼が司る低位の圏にのみ存在するからである。分解が起きる事で、形や知性の高いレベルでの再統合が起きよう。ユーピテルの雷は彼の分解する力を象徴する。これらは死の目的を明らかとする。それにより非理性の自然の力に理性魂が飲み込まる事から救出するのである。


 人は複合的な生き物であり、その低位の性質はティーターンの断片より構成され、その高位の性質はバッコスの聖なる不死の肉(命)からなる。そのため人はティーターン的(非理性的)にもバッコス的(理性的)にも存在する事が出来る。ヘーシオドスが記した12のティーターンらは、黄道12宮の類似である可能性が高い。一方で、ティーターンらが殺してバラバラにしたバッコスは、物質世界に関わる事で歪められた黄道の諸力を表している。よってバッコスは黄道の諸宮によりバラバラにされ、その体より世界が作られた太陽を表している。その体の様々な部分から地上の形が作られると、完全性の感覚を失い、分離の感覚が確立した。パラスあるいはミネルウァ女神によって救われたバッコスの心臓は、バラバラにされエーテルの中に置かれた体により象徴される4大エレメンツにより持ち上げられる。バッコスの心臓は理性魂の不死の中心である。


 理性魂が創造物と人の性質の中に振り撒かれた後、バッコス密儀はそれを非理性のティーターンの性質から分離するのを目的として設立された。この解放は、魂を分離状態から統一状態へと持ち上げるプロセスである。バッコスの様々な部分は、地の様々な部分から集められた。全ての理性の部分が集められたら、バッコスは復活する。


 ディオニューソスの儀礼はバッコスのものと非常に似ており、多くの者にとって両者は同じ神と見做された。ディオニューソスの神像はエレウシスの密儀、特に小密儀において運ばれていた。日常の圏の魂を表すバッコスは、無限の形と名称を持つとされ、明らかにディオニューソスはその太陽の相であった。


 ディオニューソスの建築家らは、古代の秘密結社を構成していたが、その原理と教義は近代のフリーメイソンリー結社と非常に似ていた。彼らは建築学の中にある地上的と神的な諸学の関連性の秘密の知識により、共に繋がっていた建築家らの組織であった。彼らはユダヤ人でもユダヤの神を崇拝してもおらず、バッコスとディオニューソスの信奉者であったが、ソロモン王によりその神殿の建築に雇われたと推測されている。ディオニューソスの建築家らは古代の多くの大記念物を建て、秘密の言語と石工の体系を保有していた。また毎年会合する聖なる祝祭があった。彼らの教義の正確な詳細は不明である。聖書にある大建築家ヒラム アビフはこの結社の秘儀参入者だったと信じられている。


バッコス儀礼の行進

オウィディウスの「変身物語」より


 バッコス密儀の秘儀参入において、バッコス神の役割は志願者が行い、巨人族ティーターンの扮装をした神官らにより殺され、最終的に大いなる喜びとともに命を蘇らせる。バッコス密儀は3年ごとに行われ、エレウシス密儀に似て、2つの位階に分かれていた。秘儀参入者はバッコスに捧げられた植物であるギンバイカとツタの王冠を与えられた。


 ゴッドフリー ヒギンズの「アナカルプシス」の中で、バッコス(ディオニューソス)はキリスト神話の初期の多神教の形態の一つとして結論付けている。「サバジウスあるいはサガオトと呼ばれるバッコスの誕生の地はギリシアの様々な場所が主張されているが、トラキア地方のゼルミソス山で信者らから主に祝われていたようである。この神は12月25日に処女より産まれ、人類の善のために様々な偉大な奇跡を行い、特に水をワインへと変えるものがあった。この神はロバに乗って勝利の行進をし、ティーターン族らにより殺され、3月25日に死者より復活した。この神は常に救い主と呼ばれていた。その密儀においては、キリスト教徒がクリスマスにローマの朝で示すように、赤子の姿で示されていた。」


 アポローンは太陽として最も表されているものの、バッコスもまた太陽のエネルギーの姿で表されていた。その復活はアポローンの手助けにより達成されたからである。バッコスの復活は世界のティーターンの体制からのバッコス体制の様々な部分の摘出あるいは解放を意味する。これらはティーターンらの燃える体から湧き上がった煙やすすにより象徴される。魂は煙として象徴されていたが、それは密儀の火から現れるからである。煙は魂の上昇を意味し、進化とは神性が物質的形質を焼き尽くした結果の、魂の煙のような上昇のプロセスである。古代ではバッコス儀礼は高い敬意が払われていたが、後の時代では大きく権威を損なった。バッコス祭あるいはバッコスの乱行騒ぎは、文献において有名である。


古今の秘密の教え アトランティス大陸と古の神々
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