アレイスター クロウリー

ページ名:アレイスター クロウリー


 アレイスター クロウリー(本名エドワード アレクサンダー クロウリー。1875年 - 1947年)は20世紀最大の魔術師とも、マスコミからは「史上最大の悪人」と呼ばれた人物で、自らを聖書のヨハネの黙示録で未来に現れると預言された反キリスト、666の獣マスターテリオンを名乗った怪人である*1
 1898年にマサースと知り合い黄金の夜明け団に入り、以後速やかに達人の位にまで上昇する。この頃には、ゴエティアやアブラメリンの魔術を中心に行う。それから彼は偶然ヨーガと出会い*2、インドへ行き熟達する。パリのマサースのもとに帰ると、黄金の夜明け団にもヨーガを取り入れるべきだと力説した。だが、団を西洋秘教に限定したかったマサースは乗り気ではなかった。幹部同士のイザコザにもウンザリしていたクロウリーは結局、団を離脱し、自らの結社、A∴A∴(アルゲントゥルム アストルム。銀の星)を結成する。この団では、まず新会員はヨーガに熟達させ、それから儀式魔術を学ばせるカリキュラムとなっていた。
 それから1904年に新妻と世界一周新婚旅行をしている中、エジプトのカイロで第二の契機が訪れる。この妻が突然、神懸かりとなり自動書記で文を書いていったのである。それはアイワスと名乗る霊的生命体からのもので、「法の書」と名付けられた。キリスト教2000年間の時代はもうすぐ終わり、新時代「ホルスのアイオン」を告げる啓示の書だという。クロウリーはこの書を教典とし、「汝の意志するところをなせ」を教義とする新宗教セレマ(ギリシア語で意志を意味する)を設立する。
 そしてドイツのメイソン系秘教結社O.T.O.(Ordo Templi Orientis.東方聖堂騎士団)をセレマ教を広めるための媒体とすべく乗っ取り、シチリアにセレマ教の僧院を作り、そこでドラッグと性魔術に耽る爛れた生活をしていたが、ムッソリーニの激怒を買って追放される。その他、世界中を放浪しつつ、パリでの悪名高きドラッグと男色性魔術の「パリ作業」や、アルジェリアの砂漠でエノキアン魔術の30のアエティール界を幽体離脱し探索するなど、様々な魔術の研究、実験を繰り返した。1947年に72歳で死去。
 クロウリーの体系は、このように東洋のヨーガ、易経から西洋のカバラ、儀式魔術、ギリシア・エジプト密儀、スーフィズムまでレパートリーの引き出しが多い。さらにそれらを組み合わせて自家薬籠中にしている。そのため、初心者にはどこから手を出せばいいかわからない*3とよく言われる。なのでここでは、なるべく初心者向けの本から順に置いておく事にする。
 クロウリーの代表作は、先に述べた「法の書」の他に、Book 4の中にある入門書「魔術 理論と実践」、トートタロット(イラストはフリーダ ハリス夫人)、魔術照応表である「777の書」、アエティール界放浪記の「幻視と幻聴」の他、セレマ教の機関紙「イクイノックス(春秋分点)」もあり、これは魔術の記事の他に、詩人でもあったクロウリーの詩や小説も多く含まれた多彩な内容だった。



Book 4 ABAの書
 (比較的)初心者向けに書かれた魔術の入門書。4部からなり、ヨーガ、魔術武器、魔術 理論と実践、法の書からなる。


Oの書 第6の書
 黄金の夜明け団での五芒星、六芒星儀式などの説明と、アストラル体離脱の技法について。


ゴエティア 準備の招聘
 クロウリー版ゴエティアに掲載されていた「生まれ無き者の招聘」。


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*1 もっともこれは、母親から悪ガキだったクロウリーに「あんたはあの獣だよ」と綽名されていたが、本人もそれを気に入って、以後署名では獣と書くようになった事から来ている。クロウリー流の諧謔、ジョークだったのかもしれない。
*2 メキシコへの船旅で出会った、あるオカルティストと対話した時、彼はクロウリーが注意散漫なのを見て、ヨーガの集中の行をするよう助言し、その方法も伝授した。クロウリーは船旅の間、その実践をしヨーガの効果に感銘を受けた。それまで西洋魔術に限定されていた彼の視野を大きく拡大させた「オカルト開眼」体験だった。
*3 いきなり「法の書」を読んで「わけがわからん」というのも、よくある話である。