古今の秘密の教え ピュタゴラスの生涯と哲学

ページ名:古今の秘密の教え ピュタゴラスの生涯と哲学

ピュタゴラスの生涯と哲学


 ピュタゴラスの父ムネサルクスが宝石商の商売の関連でデルフォイの町にいた頃、彼と妻パルテニスはシリアへの帰還の船旅が上手く行くかについてデルフォイの神殿に神託を伺うことに決めた。アポロ神の巫女ピュトネスは黄金の三脚に座り、神懸かりに入った。彼女は尋ねられた事には答えず、ムネサルクスに彼の妻は男の子を産み、その子は美と知恵で全ての人を上回り、その人生は人類の利益のために大いに貢献するであろうと答えた。ムネサルクスはこの預言に大きく感銘を受けて、神託の巫女を称えるべく、以後妻の名をピュタシスと変えた。そしてフェニキアのシドンで子供が生まれた時、その子は――神託が言ったように――男の子だった。ムネサルクスとピュタシスはこの子を神託により預言された子と信じたので、ピュタゴラスと名付けた。


 ピュタゴラスの誕生には多くの奇妙な伝説が残っている。あるものは、彼は普通の人間では無く、神々の一柱であり、人類に教授するためにこの世界に人間の体を取ってやってきたと告げる。ピュタゴラスは古代の多くの穢れなき賢者や救い主の一人であった。ゴッドフリー ヒギンズは著書「アナカリプシス」で、こう書いている。「ピュタゴラスの歴史がイエスの歴史と一致する最初の状況は、彼らはほとんど同じ国の住人だった事である。ピュタゴラスはシドンで、イエスはベツレヘムで、両方ともシリアにある。ピュタゴラスの父はイエスの父と同じく、彼の妻が息子を産み、その子は人類の利益となるという神託を受けた。彼らは両方とも、母が故郷へ帰る途中で産まれ、ヨセフとその妻は納税のためにベツレヘムへ向かい、ピュタゴラスの父は故郷のサモス島から商売の都合でシドンへと向かった。ピュタゴラスの母ピュタシスは太陽神アポロの霊との繋がりがあり(勿論、これは聖霊でなければならない)、この霊は父へと彼女が妊娠中は結ばれてはならないと伝えている。この物語は明らかにヨセフとマリアと同じである。このように多数の類似性から、ピュタゴラスはイエスと同じ称号を得ていた。すなわち、神の子である。そして神の霊感の何重もの影響の下にあった。」


 この最も有名な哲学者は紀元前600年から590年頃に生まれ、彼の寿命はほとんど百年と見積もられている。


 ピュタゴラスの教えが示しているのは、彼は東洋と西洋の秘教主義に全体的に精通している事である。彼はユダヤ人らとともに旅をし、その間にラビ達からイスラエルの立法者モーセの秘密の伝統について教授されていた。後の時代のエッセネ派は主にピュタゴラスの象徴を解釈する目的で設立している。ピュタゴラスはエジプト、バビロニア、カルデアの密儀の秘儀参入を受けた。ある者は、彼はゾロアスター自身の直弟子と信じているが、彼の師がパルシー拝火教徒らが神人と崇める名前かどうかには疑いがある。彼の旅の詳細は違っているものの、歴史家らは彼が多くの国々を訪問し、多くの師のもとで学んだ点については同意している。


「可能な全てのギリシア哲学者らから学び、おそらくはエレウシス儀礼の秘儀参入者となった後、ピュタゴラスはエジプトへと行き、何度もの拒絶の後に最終的にテーベの神官らの手によりイシスの密儀の秘儀参入を受けた。それから、この大胆な『参加者』はフェニキアとシリアを彷徨い、そこでアドニスの密儀を授与され、ユーフラテスの谷を渡って、なおもバビロンの近郷に住むカルデア人らの秘密の学*1に精通するに充分に滞在した。最後に、彼はメディアとペルシアを通ってインドへと到達する最も偉大で歴史的な冒険をし、そこでエレファンタとエローラの町の学識のあるブラフミンらの弟子、秘儀参入者として何年も滞在した。」(第三十二位階メイソン、フランク C.ヒギンズの「古代フリーメイソンリー」参照)同著者が付け加えるに、ピュタゴラスの名はなおもイオニアの教師ヤヴァンチャルヤとしてブラフミンの記録に残っている。


 ピュタゴラスは自らを「哲学者(philosopher)」と呼んだ最初の人物だと言われる。事実、世界は彼にこの言葉の借りがある。それまでは、賢い人物は自らを「賢者」と呼んでいて、それは知る者を意味する。ピュタゴラスはより謙虚だった。彼は哲学者という言葉を造語し、それは知ろうと努める者と彼は定義した。


 放浪の旅から帰ってから、ピュタゴラスは学校、あるいは時には学院と呼ばれるものを南イタリアのドーリア植民地のクロトーンに設立した。ピュタゴラスがクロトーンに到達すると最初は彼は怪しい者と見做された。だが、短期間で植民地周辺で要職に就いている者らは大きな諸問題について彼に相談するようになった。彼は誠実な弟子らを集めて、彼に旅の間に明かされた秘密の知識、さらにオカルト数学、音楽、天文学の基礎を教授した。この三つを彼は全ての学と技芸の三角形の基盤と見做していた。


 ピュタゴラスが60歳前後になった頃、女弟子の一人と結婚し、七人の子供をこしらえた。彼の妻は非常に賢い女性で、彼の生涯の間に彼に啓発を与えてきたのみならず、彼の暗殺後も彼の教えを広めていった。


 天才にはよくある事だが、ピュタゴラスは遠慮なくものを言う性格から、政治的で個人的な敵意を被った。それらの中でも、秘儀参入を受けに来て断られた男が、恨みから彼と彼の哲学を滅ぼす決意をした。デマの拡散により、この不平屋は群衆を哲学者に敵対させた。警告も無く、人殺しらの集団がピュタゴラスと弟子らが住む学院の建物の小さな集まりへと向かい、火を点けるとともにピュタゴラスを殺した。


 ピュタゴラスの死の詳細には様々な説がある。ある説では、彼は弟子らに殺されたと言う。別の説では、クロトーンから少数の弟子らと逃げる最中、夜に泊まった家で敵らにより焼き払われたという。さらに別の説では、燃える建物の中にいるのに気づいたので、弟子らはピュタゴラスを逃がすための人間の橋を造るべく一人一人火の中へと飛び込んでいった。人類に仕えて啓明する彼の努力の明らかな無駄な結果に、悲しみのあまりにピュタゴラスは心を壊して死んだという。


 彼の生き残った弟子らは、彼の教えを不朽にすべく努めた。だが彼らは様々に迫害され、今日ではこの哲学者の偉大さの証言の残存はあまりに少ない。ピュタゴラスの弟子らは決して彼に対してその名で呼んだり引用したりせず、常に師やあのお方と呼んでいた。これは、ピュタゴラスの名は特別な配列された文字による特定の数で構成されており、それは非常に聖なる意味合いがあると信じられてきたからであろう。ワード誌にあるT.R.プラターの記事では、ピュタゴラスは弟子志願者らに彼の名の文字の中に隠されている特定の形式によって秘儀参入を与えていたという。これはピュタゴラスの言葉が高く扱われていた理由を説明する。


ピュタゴラス、最初の哲学者

神々の預言の歴史より


 若い頃、ピュタゴラスはペレキュデースとヘルモダマスの弟子だった。彼の十代の間に彼の哲学的概念の明白さにより高名となった。彼は6フィート(182センチ)を超えた身長を持っていた。彼の体はアポロ神のように完全な均整が取れていたという。ピュタゴラスは威厳と力の具現であり、彼の前では人々は謙虚で畏れるようになった。彼が育つにつれ、その肉体の力は衰えるどころか、さらに増大し、彼が百歳に近づいた時も、その体は壮年のようだったという。この偉大な魂の影響は弟子らに強くあり、ある者がピュタゴラスから褒められると、エクスタシーに入った。そして、ある者は師が彼の行動にイライラしたために自殺した。ピュタゴラスはこの悲劇に深く反省し、彼は二度と誰に対しても不快さを示さないようになったという。


 ピュタゴラスの死後、彼の学院は徐々に崩壊していったが、その教えに利益を得た者らは偉大な哲学者の記憶を彼の生前のように崇敬した。時が過ぎ去るにつれ、ピュタゴラスは人というよりも神と見做され、彼の散りばめられた弟子らは彼らの教師の超越的な天才への共通の崇敬により纏まった。エドアルド シューレは「ピュタゴラスとデルフォイ密儀」の中で、ピュタゴラス学派の者らを統一させる絆として以下の事件を記している。


「彼らの一人が病と貧困に落ち、宿屋の主人の優しく介護された。彼が死ぬ前に、神秘的な印(疑うことなく五芒星ペンタグラム*2である)を宿の扉になぞり、主人に言った。『恐れないでください。私の兄弟らが負債を払いますから』 その一年後、旅人が宿を通り、この印を見て、主人に言った。『私はピュタゴラス学派の者です。我が兄弟の一人がここで亡くなったようですね。私が負っている彼の負債額を言ってください』」


 第三十二位階メイソンのフランク C.ヒギンズは、以下においてピュタゴラス学派の信条の素晴らしい概要を与えている。


「ピュタゴラスの教えはメイソンには最も超越的な重要性がある。それらは彼自身の時代の文明世界の指導的哲学者らからの必要な果実であり、全ては同意され、論争の雑草は刈り取られねばならない。よって、毅然としてピュタゴラスが記したものに向き合え。純粋な一神教の擁護において充分な証拠として、この伝統が効果を持つには神の統一が全ての秘儀参入の至高の秘密であったのは大いに正しい。ピュタゴラスの哲学学派はある意味では秘儀参入の連続体であり、彼は弟子らに位階の連なりを通らせて、高い位階に到達するまで彼と個人的な対話をさせなかった。彼の伝記作者によると、彼の位階は三つあった。一つ目は「数学」のものであり、彼の弟子は数学と幾何学に堪能でなければならなかった。それらは、現在でメイソンリーが適切に教えられるように、この基底の上に全ての学は建てられているからである。二つ目は「理論」の位階で、厳密学の表面的な応用と対処する。そして最後に、「選ばれた者」の位階で、啓明に満ちた光へと志願者は入り、彼はそこに溶け込む。ピュタゴラス学派の弟子らは外陣の学級の「外部の教え」と、秘儀参入の第三位階を通り抜け、秘密の知恵に入った「秘教」に分かれていた。沈黙、秘密、絶対服従はこの偉大な学院の基本原則だった。」(「古代フリーメイソンリー」参照)


ピュタゴラス哲学の基礎


 幾何学、音楽、天文学の学習は神、人、自然を理性的に理解するためには不可欠と考えられていた。そしてピュタゴラスはこれらのどれが欠けている者も弟子には受け入れなかった。多くの者が彼の学院に受け入れられるように来たが、それぞれの志望者はこれらの三つの主題についてテストされ、無知が見つけられたら、即座に退去させられた。


 ピュタゴラスは極端な人では無かった。彼は何事についても、過ぎたるよりも中庸を教えた。なぜなら彼は徳の過剰はそれ自体が悪と信じていたからである。彼の好みの格言の一つは、「我々は体から病を、魂から無知を、腹から贅沢を、都市から誘惑を、家族から不和を、そして万物から過剰さを、最大の努力で避けなくてはならない。そして、火と剣と全ての方法により切断すべきだ。」ピュタゴラスはまた、アナーキー(無政府状態)よりも酷い犯罪は無いと信じていた。


 誰もが何を望むかを知るが、僅かな者のみが何が必要かを知る。ピュタゴラスは弟子らが祈る時には、自分の為に祈ってはならないと警告していた。神々に何かを望む時には、彼ら自身のためにものを望んではならない。なぜなら、彼にとって何が良いかは誰も知らず、その理由から、得た時にかえって有害となるのを望むのは望ましくないからである。


 ピュタゴラスの神はモナドあるいは一者で、それは万物全てであった。彼は神を宇宙全てに含まれた――万物の原因、万物の知性、万物の中の力――至高の精神と記した。彼はさらに、神の動きは循環し、神の体は光の形質で構成され、神の性質は真理の形質で構成されると公言した。


 ピュタゴラスは肉食は理性の機能を曇らせると述べていた。彼は肉食を非難したり、自ら完全に菜食に徹したりはしなかったが、裁判官らに、裁判の前には肉を控え、それにより最も誠実で明敏な決断が出来るよう勧めていた。ピュタゴラスが神の神殿の中で瞑想と祈りのために、ある程度の期間隠居するのを決意した時(彼はしばしば行った)、彼は特別に用意した食物と飲み物を持っていった。食物はケシとセサミの種を同等ずつ、液を完全に取り除いたカイソウの皮、ラッパズイセンの花びら、ゼニアオイの葉、大麦とえんどう豆の粉末であった。これらを混ぜ合わせて野性の蜂蜜を加えた。飲み物には彼はキュウリの種、乾燥させたレーズン(種は取り除く)、コリアンダーの花、ゼニアオイとスベリヒユの種、チーズ、麦、クリームを擦り合わせ、これらを混ぜ合わせてから、蜂蜜で甘みをつけた。ピュタゴラスはこれはリビアの砂漠を放浪していた頃のヘーラクレースの食事であり、それはケレス女神からこの英雄に与えられたものだと述べていた。


 ピュタゴラス学派が好んだ治療法は、湿布を用いたものだった。彼らはまた、多くの植物の魔術的性質についても知っていた。ピュタゴラスはカイソウの治療の性質を高く評価し、これだけで一冊の書を書いていたと言われる。もっともそのような書は現在には残っていない。ピュタゴラスは音楽には大きな治療の力があるのを見つけ、彼は様々な病に対応した特別なハーモニーを研究した。彼はまた色についても明らかに研究しており、考慮に値する成功を得ていた。彼のユニークな治療の研究活動の結果には、ホメーロスのオデュッセイアとイーリアスの書の特定の治療価値を見つけたものもあった。彼は特定の病気に罹っている人にこれらを読ませるようにした。彼はあらゆる種類の外科手術には反対し、焼灼止血法も批判していた。彼は人間の体の美観を損なう傷をつけるのを許さなかっただろう。そのようなものは、彼の考えでは、神々の住居への冒涜だったのである。


 ピュタゴラスは友情はあらゆる人間関係の中で真理にしてほとんど完全なものと教えていた。彼はこの性質の中には万人のための万人の友情があると公言した。人類へは神々が、他者へは教義が、肉体には魂が、不合理な部分には理性の部分が、その理論へは哲学が、人にはお互いに、田舎の者もお互いに、このような友情はまた異邦人らの間に、男とその妻、彼の子供ら、従者の間にある。友情なき関係全ては束縛であり、それらを維持するのには何の徳も無いと彼は公言した。ピュタゴラスは人間関係は物理的なものというより精神的なもので、知的共感のある異邦人の方が、自らと違った観点を持つ近親よりも近いと信じていた。ピュタゴラスは知識を精神の蓄積の成果と定義した。彼はこれを得るには多数の方法があるが、主には観察によると信じた。知恵は万物の源あるいは原因への理解であり、人が知力を高めていき、やがては可視の世界を動かす不可視の世界を直観的に認知するようになり、よって自らを物事の形態ではなくその魂へと引き上げられる事によってのみ得られると信じていた。知恵が認識できる究極の源は、モナド、ピュタゴラスの神秘的な不変の分子であった。


 ピュタゴラスは世界も人も神の像により造られたと教えていた。両者とも同じ像から造られ、片方の理解により、もう片方の知識も得られるとされた。彼はさらに、大いなる人(宇宙)と人(小宇宙)との絶え間ない相互干渉があると教えていた。


 ピュタゴラスは全ての天の惑星は生きており、その姿形は魂、精神、霊を包む体にすぎないと信じた。それは人間の外見が、不可視の霊的器官、実際には意識的個人性を包む乗り物であるのと同じ意味においてである。ピュタゴラスは惑星を神々の現れで、人の崇拝と敬意を受けるに値すると見做した。だがこれらの神々も彼は第一原因の従者で、死すべき定めが不死の中に存在しているように、この中に一時的に存在していると見做した。


対称的な幾何学立体


 古代の五つの対称的な立体は、全ての形態の中で最も完全な球(1)に加えられた。五つのピュタゴラス学派の立体は、四つの正三角形が表面にある四面体テトラヘドロン(2)、六つの正方形が表面にある六面体キューブ(3)、八つの正三角形が表面にある八面体オクタヘドロン(4)、二十の正三角形が表面にある二十面体イコサヘドロン(5)、十二の正五角形が表面にある十二面体ドデカヘドロンである。


 有名なピュタゴラス学派のY字は、選択の力を意味し、道が分かれる象徴として密儀で用いられていた。その中央で二つの道に分かれており、一つは右に、もう一つは左へと向かう。右への分かれ道は、神の知恵と呼ばれ、左への分かれ道は地上の知恵と呼ばれる。新参者の個人化である若者、人生の道を歩む者は、Yの字の中央の幹で表され、道が分割する点へと到達する。新参者は、左手の道を選び、彼の低位の自然の決定へと従い、愚行と無思慮の間へと入り、それは彼の破滅の結果へと必然的になる。あるいは、右手の道を選び、統合と精励と誠実さを通じて、最終的に至高の圏で不死との再統合を獲得する。


 ピュタゴラスはこのY字の概念をエジプトで得た可能性がある。エジプトでの秘儀参入の儀式の中で、二人の女性と直面する場面が含まれている。その片方は白いヴェールと神殿の白いローブを着て、新参者に学習の間へと入るよう勧める。もう片方は地上の宝を象徴する宝石で着飾り、その手には葡萄(偽りの光を象徴する)の入ったトレイを持ち、彼を放蕩の間へと誘う。この象徴はなおもタロットの分かれ道と呼ばれる札の中に残されている。分かれた枝は、多くの国々で人生の象徴であり、砂漠では水のありかを示すために挿されていた。


 ピュタゴラスが転生説を広めたかどうかは研究家の間にも議論がある。ある意見では、彼は地上に存在する者はその生前の行動により、特定の動物となり、再び地上にその獣の姿で生活すると教えていた。よって、臆病な者はウサギや鹿へと移動し、残忍な者は狼や他の残酷な獣となり、抜け目のない者は狐となる。だがこの概念はピュタゴラスの他の教えと合わず、文字通りの意味というよりも寓話的な意味合いの可能性の方が高い。それは人間が己の下位の自然や破壊衝動に身を委ねたら獣のようになる考えを伝えるために意図された。この魂の移動、transmigrationという用語は、転生、reincarnationとより一般的に呼ばれるものとして理解されていた可能性がある。この教義はピュタゴラスがインドやエジプトで直接的間接的に得たに違いない。


 事実、ピュタゴラスが様々な人間の形態の中で霊的な性質の継続しての再出現の説を受け入れていた事は、エリファス レヴィの「魔術の歴史」の脚注に見つけられる。「彼は魂の輪廻説と呼ばれていたものの重要な提唱者の一人であり、魂は肉体に次々と移っていくのを理解していた。彼自身も、(a)ヘルメース神の息子、アイタリデース。(b)パントゥウスの息子エウポルブスで、トロイア戦争でメネラオスの手を切った。(c)イオニアの街クラゾメナイの預言者ヘルモティムス。(d)謙虚な漁師。(e)最終的にサモス島の哲学者となった。」


 ピュタゴラスはまた、生き物のそれぞれの種には、彼が印と名付けた神から与えられたものがあり、それぞれの姿は物理的形質にこの印が与えた印象だと教えた。よって、それぞれの体には神が与えたパターンが植え付けられている。ピュタゴラスは人は究極的には肉体の粗雑な性質を捨て去り、体は霊化され、それは第八圏に位置して物理的な体と平行に存在するか、大地から離れると信じた。これにより彼は不死の領域へと上昇し、神と共に生きるようになる。


 ピュタゴラスは万物は三つに分割でき、あらゆる問題を図形的に三角形として見る事の出来ない者は真の賢者にはなれないと教えていた。彼は「三角を確立せよ。さすれば問題の三分の二はすでに解決した」と言った。さらに、「万物は三によって構成される。」この観点を確信していたので、ピュタゴラスは宇宙を三つの部分に分けて、それを至高の世界、上位の世界、下位の世界と呼んだ。至高の世界は、微細で相互に浸透する霊的形質が万物に満たされ、それゆえ至高の神自身の真の界である。この神はあらゆる点において遍在、全動、全能、全知である。それより二つの低い世界はこの至高の圏の中に存在する。


 高位の世界は不死者の故郷である。ここはまたアーキタイプ、あるいは印の住処でもある。これらの性質は、地上の物質ではないが、その影を深淵(低位の世界)へ投げかける。そしてこれらへの認知は影を通じてしか行えない。第三の、あるいは低位の世界は物質によってできた生き物や、それらへ影響を与える者らの故郷である。ゆえに、この圏は死すべき定めの神々デミウルゴス、人と共に働く天使らの故郷でもある。また、地上の性質のあるダイモンもそうで、最後に人類と低位の領域があり、これらは今は地上にあるが、この圏から理性と哲学により上昇する可能性を持つ。


 1と2は、ピュタゴラス学派は数とは見做さなかった。なぜなら、これらは二つの超自然的な圏に分類されるからである。ピュタゴラス数はゆえに、3の三角形、4の四角形から始まる。これらに1と2を足したら、万物の中での大いなる数、宇宙のアーキタイプである10を生み出す。三界は容器と呼ばれる。第一の世界は原理の容器で、第二は知性の容器で、最低の第三は特質の容器である。


 対称的な立体はピュタゴラスと彼以後の思考家らから、最大な重要なものとして見做された。立体が完全に対称的か各面の大きさと形を等しくするには、それぞれの角に接する面が同じ数でなければならず、それらの面も同じ多角形でなければならない。すなわち、これらの面と角は全て同等の図形である。ピュタゴラスはおそらく、唯一五つのみあるこの立体の偉大な発見をした功績が与えられるであろう。


「ところで、ギリシア人は世界(物質宇宙)が四大エレメンツ――地水火風――で構成されると信じ、それらのエレメンツの粒子の形は必然的に正多面体であるとギリシア精神は結論付けた。地の粒子は大いなる安定を持っている正六面体である。火の粒子は最もシンプルでそれゆえに最も軽い立体である正四面体テトラヘドロンである。水の粒子は正確に逆の理由から正二十面体イコサメドラルである。風の粒子はこれら二つの中間にあるので、正八面体オクタヘドラルである。正十二面体ドデカヘドロンは、彼ら古代の数学者らには、立体の中で最も神秘的なものであった。これは現時点では最も作成が難しく、正五角形を正確に描くには、ピュタゴラスの定理のいささか巧妙な応用が必要となる。ゆえに、プラトンが述べたように、「これは神々が宇宙の計画を複写するのに用いられた」と結論づけられた。」(H.スタンレー レッドグローブの「過去の信念」より)


 レッドグローブ氏が記さなかった事は、古代密儀の第五エレメントで、これは対称の立体とエレメンツの完成の間の類推を作るだろう。第五エレメント、エーテルは、ヒンドゥー教徒らからはアカシャと名付けられた。これは現代科学のエーテル仮説と密接に関連しており、他のエレメンツ全てに相互浸透する形質で、これら共通の溶媒や分母として働く。十二面体はまた宇宙に面している十二の不死者らや人間の脳の十二の脳回――人の性質の中にある不死者らの乗り物である――とも微細に関連している。


 ピュタゴラスは、同時代人らの証言によれば、占術(おそらくは数による占断)を実践していたが、彼が用いた方法についての正確な情報は無い。彼は驚くべき輪を持っていたと信じられており、それにより未来を予知する事が出来たという。また、エジプト人らから水占いも学んでいた。彼は真鍮には神託の力があると信じた。全てが完全に平静な時には、真鍮の椀で泡立つ音が常にあったからだという。彼は川の霊に祈った時、水から声が響いた。「ピュタゴラス、汝に挨拶する」彼はダイモンを水の中に入れ、その表面を騒がせる事が出来たとされ、それにより未来を予知できたという。


 ある日、特定の泉の水を飲んでから、ピュタゴラスのダイモンの一体が翌日に大地震があると告げた――この預言は的中する。ピュタゴラスが催眠術的な力を持っていた可能性は高い。それは人間のみならず動物に対してもである。彼は精神の実践により鳥の飛ぶ方向を変え、熊を集落で暴れさせないようにさせ、雄牛の食事を変えられた。彼はまた遠隔透視の力もあり、遠くの出来事を視て、まだ起きていない出来事を正確に記す事が出来た。


形と関連した数


 ピュタゴラスは点は1の力の象徴であり、線には2の力があり、平面には3の力があり、立体には4の力があると教えていた。



ピュタゴラスの象徴的格言


 イアンブリコスはピュタゴラスの三十九の象徴的な発言を集め、それらを解釈した。それらはギリシア語からトーマス テイラーにより翻訳されている。格言は、クロトーンのピュタゴラス学院では最も好まれた教授の方法の一つだった。これらの格言のうちの十は隠された意味合いの解説とともに以下に記す。


 1. 「公道を避け、誰も進まない路を歩め。」 これにより、知恵を求める者は孤独を求めよと理解される。


 2. 「全ての他の事より前に自らの舌を支配し、神々に従え。」この格言は、人に自らの言葉が彼を表すのではなく、彼を間違って表す事もあると警告する。そして、何を言うべきか疑いがある時には、常に沈黙せよ。


 3. 「風が吹き、その音を崇めよ。」ピュタゴラスは弟子らに神の命令はエレメンツの声の中で聴こえ、自然の万物は神に関連づけられたハーモニー、リズム、秩序、順序を通じて現れると思い起こさせる。


 4. 「重荷を持ち上げる者を支えよ。だが、横たわった者を支えるな。」学徒は勤勉な者を助けるが、責任から逃げ出す者は決して助けるなと教えられる。それは怠惰を推奨する大きな罪となるからである。


 5. 「ピュタゴラス派に関連することを光無き場所で語るな。」よって、霊的かつ知的に啓明されていないならば、神の密儀や諸学の秘密の解釈を試みようとしてはならないと世界は警告される。


 6. 「家から出たら、戻ろうとするな。復讐の女神が汝の供となるだろうから。」ピュタゴラスは弟子らに、真理を求め始め、密儀の一部を学んだ後に勇気を失い、かつての悪と無知の道へと戻ろうとする者は、非常に損失を受けるだろうと警告する。神について少しだけ学び、それから全てを学ぶのを止めるよりも、最初から何も知らない方がマシである。


 7. 「鶏を養え。だが生贄にはするな。それは太陽と月へ捧げられているからだ。」この格言には二つの偉大な教訓が隠されている。第一に、神々へ生ける動物を犠牲にする事へ警告する。生命は神聖なものであり、人は神に捧げるためといえどもそれを破壊すべきでないからだ。第二の警告は、人間の体はここで鶏として表され、太陽(神)と月(自然)に捧げられ、人の最も大切な表現の媒体として守り保存されるべきである。ピュタゴラスは弟子らに自殺に対して警告しているのだ。


 8. 「ツバメを汝の家に受け取るな。」これは真理の探究者に自らの精神に散漫な思考が来るようにしたり、汝の人生に怠惰な者を入れたりしないようにと警告する。彼は常に理性に啓明された思考家や良心的な働き手に取り囲まれていた。


 9. 「汝の右手を誰でも容易に与えるな。」これは弟子らに助言は自らに留め、知恵と知識(右手)をその価値を理解出来ない者らに与えるなと警告する。この手は無知により落ちた者を引き上げる真理を表すが、罪深い多くの者は知恵を望まず、優しさにより彼らに差し伸べられた手を切り落とすだろう。時のみが、この愚かな大衆の贖罪に効果があるのである。


 10. 「ベッドから起きたら、布団をたたんで、肉体の印象を消し去れ。」ピュタゴラスは無知の眠りから知が目覚めた状態に入った弟子らに、過去の霊的な闇の時代の記憶を全て消すように勧めている。亡くなろうとする賢者は、より知が足りない者らに、偶像を鋳造するための型として使われるだろう何も残さないだろう。


 ピュタゴラス派の最も有名な残存する断片は、黄金詩集である。ピュタゴラス自身が書いたとされるが、それは疑わしい部分がある。黄金詩集にはクロトーン、あるいはより知られる名前であるイタリア学派の教育の基礎となった哲学体系全ての簡潔な要約が含まれている。これらの詩集は読者に神を愛し、偉大な英雄らを尊び、ダイモンとエレメントの住人らに敬意を持つよう勧めるところから始まる。それから、人に日々の生活について慎重に勤勉に考え、地上の富を求めるよりも魂と心の富を好むようよう勧める。また詩集は人に低位の物質的な性質から上がり、自己制御を養うなら、彼は最後には神々の目に適う者となり、彼らと再合一し、彼らと不死を共にするだろう(プラトンが大金をはたいてピュタゴラスの書の一部を買い、それによりクロトーンの破壊から救った話は、ここに記すのはいささか意味があろう。「神々の預言の歴史」(ジュネーヴ、1675年)参照)。


ピュタゴラスの天文学


 ピュタゴラスによれば、宇宙の各惑星の位置は、その惑星の本質的な品位により決められるという。彼の時代に広く信じられていたのは地上が世界の中心であり、太陽と月を含む諸惑星は地上の周りを回り、地上そのものも平面で正方形であるというものだ。この概念と対称的に、そして批評無しに、ピュタゴラスは火が全てのエレメンツで最も重要であり、そして体のあらゆる部分の中で中央が最も重要なので、かまどの女神ヴェスタの火がどの家でも中心にあるように、宇宙の中心も天上の星々の燃える球であるとした。この中央球を彼はユピテルの塔、統一の球、大モナド、ヴェスタの祭壇と呼んだ。10の神聖数が万物の全ての部分とその完成を意味するように、ピュタゴラスにとって宇宙を10の部分に分割し、それらを10の複合円で表現するのは自然な考えだった。これらの円は中心の神の火の球より始まり、七つの惑星、地球、さらに別の神秘的な惑星、反地球アンチクトンがあるが、これは決して見る事は出来ない。


 反地球の性質については様々な意見がある。アレキサンドリアのクレメンスはこれは天国の形質を表すと信じた。他の者は、これは月だという意見を持っていた。より可能性があるのは古代で第八の天体、闇の惑星で、地球と同じように動くが、常に太陽の反対側に隠れているとされる。これは天文学者らが長い間考えてきた惑星リリスの事であろうか?


 アイザック マイヤーは述べる。「ピュタゴラスは各惑星にはそれ自身の圏の世界があり、それらにはエーテルで周囲を回る衛星があるという意見を持っていた。」(彼の著「カバラ」参照)またピュタゴラスの弟子らは金星を高く尊重していた。なぜなら、この星は影を払うのに充分に明るく輝くからである。明けの明星として、金星は日の出の前に見え、また宵の明星として日没の直後に輝く。これらの性質から、古代人から様々な名がこの惑星に与えられていた。日没で見える事から、ヴェスパーと呼ばれ、太陽の前に昇る事から、偽りの光、朝の星、光を運ぶ者という意味のルシファーとも呼ばれた。また太陽との関連の深さから、この惑星はまたヴィーナス、アスタルテ、アプロディーテー、イシス、神々の母とも関連付けられた。特定の季節と緯度によっては、金星は三日月型で望遠鏡無しでも見られる。これは古代の女神の装飾にしばしば三日月が使われる理由となった。これらの女神の物語は月齢とは何の関係も無い。ピュタゴラスが天文学の正確な知識を持っていたのは、疑いなくエジプトの神殿で学んだからである。エジプトの神官らはこれらが世俗に知られる何千年も前から天体の関係についての知識を知っていた。彼が神殿で得た知識は、プラトンとアリストテレスが古代密儀の深遠を高く評価した理由の証拠であるが、二千年かかってようやく人類は理解できるようになった。周囲の科学的無知の中にあり、現代の道具の助けもなく、古代の神官哲学者らは宇宙の動力学の真の基礎を発見していたのである。


 ピュタゴラスの幾何学立体の教えの興味深い応用は、プラトンがカノンで明らかにしたものにより見つけられる。ある匿名の著者が言う。「ほとんど全ての古代の哲学者らは、宇宙のハーモニーに関する意見を考えていた。そしてこの伝統は、古代哲学が死に絶えるまで続いた。ケプラー(1596年)は、プラトンの宇宙は五つの正多面体により形成されたという教義を実演するために、以下の規則を提唱した。『地球は円であり、全ての測りである。その周囲は十二面体として記される。隣接する円は火星である。火星の周囲は四面体として記される。これに隣接する球は木星であり、周囲は六面体として記される。これを含む球は土星である。次に、地球の二十面体として記すと、それに隣接する円は金星で、八面体として記される。それに隣接する円は水星である。』(「天地学の神秘」、1596年)16世紀初めにコペルニクスにより出版された比率とはまったく似ていないので、宇宙の比率の現実の意見として、この法則を真剣に受け取る事は出来ない。だがケプラーはこの形式をとても誇りに思っており、彼はこれをザクセン選帝侯の地位よりも価値があると述べていた。またこれは、二人の高名な権威からも承認されていた。ティコ ブラーヘとガリレオで、彼らはやがてこれを理解した。ケプラー自身はこの正確な法則がどのように解釈されたかの、わずかなヒントも決して与えなかった。」プラトンの天文学は物質的な星座や天体の位置について考慮せず、星々や惑星を神の知性の焦点として考慮した。物理的な天文学は「影」の学と見做され、哲学的天文学は「現実」の学とされたのである。


テトラクティス


 スミュルナのテオンは十の点、ピュタゴラスのテトラクティスは、宇宙の性質の密儀を洞察力のある精神に明かすのに最も重要なものであると公言した。ピュタゴラス学派は以下の誓いを自らに定めていた。「我々の魂にテトラクティスを与えた御方により。それは常春の自然の泉にして根」


六面体と六芒星


 テトラクティスの十の点を繋げる事により、九つの三角形が形成される。それらの六つは六面体を形成するのに含まれる。同じ三角形の間で線が適切に引かれるならば、中央に点がある六芒星が明らかにされる。七つの点のみが、六面体とこの星を形成するのに用いられる。カバラ的には、端の使われなかった三つの点は、宇宙の三重の不可視の原因の性質を表す。そして六面体と星に含まれる七つの点はエロヒム――七日の創造の期間の霊を表す。サバト、七日目は中央の点である。


古今の秘密の教え ピュタゴラスの数学
↑ 古今の秘密の教え


*1 カルデアの術とは、占星術のこと。
*2 ピュタゴラス学院の象徴は五芒星ペンタグラムだった。