高等魔術の教理と祭儀 1-17

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第十七章 פ R 占星術


星は影響の現れ


 古代のマギの知恵に属する全ての術の中で、占星術は現在最も誤解されているものである。自然の普遍的な調和も、全ての原因と結果の必要な織りなしも、もはや誰も信じない。さらにカバラの特別で普遍的教義と繋がった真の占星術は、堕落したギリシアとローマ人らにより貶められた。十のセフィロトからもたらされた七つの天体と三つの動者の教義において、惑星の名前は天使らから多神教の神々へと変えられ、お互いの天体への影響力、数に結び付いた運命、天の位階と人の位階との比率の物差し――これら全てが、中世の没落した時代に誕生日のホロスコープ占い師やその制作者らにより世俗化され迷信へと落とされた。占星術をその原初の純粋さに戻すのは、ある意味では新しい学全体の創造であろう。ここでは、より速やかで相応しい結果とともに、その第一原理のみを示すにとどめよう。
 私は既に話したように、アストラル光は全ての見える物の印象を受け取り保存する。そのため、天の日々の惑星の場所はこの光にも反映され、それらの人生の主な動者であり、概念、形成に作用し、この目的に自然に定められた一連の器官により子供らの誕生にも作用する。さて、この光が新生児に物質的な想像や欲望を植え付けるだけの充分な像の豊富さがあり、そらに新生児に惑星系全体の印象と影響を植え付けるのなら、誕生の瞬間に星々のそのような特定のアスペクトを与えるであろう。自然に無関係なものは存在せず、道に石が多いか少ないかで、偉大な人物やさらに大帝国の運命を壊したり完全に変更するかもしれず、それ以上に星々があれこれの位置にある事で、星々の世界の普遍的調和の中に生まれた非常に最初の事実により、生まれた子供に影響があろう。星々は均衡を保持させ、空間を統一的に動かす原因となる、引き寄せる力により、お互いに縛られている。全ての天体から全ての天体へと光の壊されざる糸が伸びて、どの惑星にもそれらが繋がっていない点は存在しない。占星術の真の達人はそれゆえ、占断での生まれた正確な時間と場所に注意せねばならぬ。次に、アストラルの影響の正確な計算の後、彼にはなおも星々の位置の地位の計算をやらねばならない。すなわち、子供が彼の運命を満たす中で、地位、家族関係、相続した傾向、自然の気質によって出会う利益や障害である。最後に、彼は人間の自由とその自主性についても考慮しなくてはならず、子供はいずれは真の人となり、宿命の影響と運命の鎖から解き放たれればならぬ。私が占星術に多くの事を許していないように見えるかもしれないが、私はこれを疑いないものとしておく。これは科学的魔術的な可能性の計算である。
 占星術は天文学と同じく古いが、無論それはさらに古くからあった。古代の明晰な予言者全ては、この術に最大の信頼を置いている。我々はかような古代の堂々とした権威らが守り支持したものを、安易に非難したり拒否したりしてはならぬ。長く忍耐強く観察し、決定的に比較し、何度となく繰り返された経験が、賢者らをこれらの決断へと導き、それらを論駁するには同じだけの努力が必要である。おそらくパラケルススは偉大な実践占星術師の最後の一人であり、彼は星々の影響の下でのタリズマンにより病を癒した。彼は肉体の全ての部分に主要な星の印を認め、彼によると、真の普遍的な医薬、自然の絶対的な学で、人は自らの過ちによりそれを失い、ごく少数の秘儀参入者によってのみ回復されたという。人や動物、植物の上にある各惑星のサインを認めるのは、ソロモンの真の自然学であり、それらは失われたと語られているが、それらの原理はなおも他の秘密全てと同じくカバラの中に残されている。星々を読むためには、星々そのものを知らねばならないのは、容易に理解されよう。さて、この知識は天をカバラ的に12のハウスに分割する事と、ガファレルが回復させ説明した星座早見盤の理解により得られる。この星座早見盤には、星座はヘブライ文字の形をし、星座の神話の像はタロットの象徴に置き換えられよう。同じ星座早見盤でガファレルは旧約聖書の父祖の書の起源を参照し、星を引き寄せる鎖に原初の文字の第一の輪郭が良く見つかり、それによりこの天の書はエノクのものの原型として役立とう。そしてカバラのアルファベットは天全体の大意であったろう。これは詩において、特に可能性において充分であり、優秀なウィリアム ポステルが見たように、タロットは明らかにエノクの原初のヒエログリフ的な書であるが、これらにより我々を納得させるには充分である*1
 星々の反映と引き寄せによりアストラル光に記されたサインは再生され、それゆえ、賢者らが見つけたように、全ての体はこの光のコンジャンクションにより形成される。人はこれらの星の諸サインを主に額と手に、動物らは個々のサインを姿全体に、植物は葉と種に、鉱物は鉱脈と模様に持っている。これらの特徴の研究はパラケルススの生涯の作業であり、彼のタリズマンの図はその研究の結果だった。しかし彼はこれらの鍵を残さず、星のカバラのアルファベットとその照応はなおも研究課題として残っている。知られているのは、特別な魔術の文字の学はガファレルの星座早見盤で止まっている。占いの真剣な術は、これらのサインの知識の中に完全に留まっている。手相は手の線の中にある星々の文字を読む術であり、人相は相手の人相にある同じか類似した特徴を探す技である。事実、神経の収縮により人間の顔に形成される線は宿命的に定められており、神経組織の放出は星の引き寄せの鎖による世界の間に形成されるこれらのネットワークと絶対的に類似する。それゆえ人間の運命は、必然的に我々の皮膚の皺に描かれており、見ず知らずの者の額にも一目見れば、カバラの星座早見盤の神秘文字の一つかそれ以上がしばしば見えるものだ。文字がぎざぎざの線で難儀な風に描かれていたら、意志と運命、最も強力な感情と傾向の間で闘争があり、その個人の過去の現れ全体が、魔術師には明らかである。これらから未来を類推するのは容易であり、出来事が占者の洞察を欺いていたとしても、相談をした者はなおも達人の超人的な知識に驚き信用するだろう。
 人間の頭は、天の諸天体をモデルに形成され、引き寄せ放出し、子供の頃に最初の形成と発現がある。ゆえに、頭の形はアストラルの影響力の絶対的な方法の主題であり、様々な隆起により様々な引き寄せがあるのが証明されている。骨相占いの奥義は学と純粋な占星術の中に見つかり、そのため我々は学者らの忍耐と誠意を指し示す。
 プトレマイオスによると、太陽は乾かし、月は濡らす。カバラ学者らによると、太陽は厳格な正義を表し、月は慈悲の共感である。太陽は優しい圏の圧力のようなもので嵐をもたらし、月は満ち引き、あるいは海の呼吸のようなものをもたらす。我々はカバラの最も偉大な書の一つ、ゾーハルで、「魔術の蛇、太陽の息子が世界を飲みかけた時に、月の娘、海が彼の頭に足を置いて和らげた。」この理由から、古代人らにおいて、ディアナが月の娘であったようにヴィーナスは神の娘であった。ゆえに、マリアの名前は海の星あるいは塩を意味する。このカバラの教義を大衆の信仰の中で聖別するには、預言の言語でこう言われる。「女は蛇の額を砕くであろう。」*2
 ジェロラモ カルダーノは、最も大胆な学徒の一人であり、当時の最も熟練した占星術師らの反対を超えていた――ジェロラモ カルダーノの死の伝説を信じるならば、彼は占星術の自らの信念の殉教者であり、誰もが自らの人生の全ての年の吉凶を予知できる計算法を残した。彼の理論は自らの経験に基づき、この計算が欺いた事は無いと保証している。人生のある年の運命を知るには、彼は4年前、8年前、12年前、19年前、30年前の出来事を要約する。4の数は実現の数であり、8は金星または自然のもので、12は木星の周期で成功に対応し、19は月と火星の周期で、30の数は土星と運命の数である。よって、例えば、私が今年の1855年に何が起きるかを知りたいならば、4年前に起きた人生と進歩に決定的だった出来事、8年前の自然な幸せや不幸について、12年前の成功や失敗、19年前の人生の変化、不幸、病、30年前の悲劇的や宿命的な経験を回想する。それから、変更不能な既存の出来事と時の進歩を考慮しつつ、同じ惑星の影響から類推される運を計算し、その結果私が結論付けたのは、1851年には私はそこそこだが充分な収入があったが、地位にある恥ずかしい事があった。1847年には私は我が家族から暴力的に切り離され、家族と私には大きな苦しみがあった。1843年には使徒として旅をしていて、人々に説教し、悪意ある者らに迫害を受けた。簡潔に言えば、私は名誉と迫害を同時に受けた。最後に、1825年には神学校に入った私に家族生活は終わり、私をこの学と不幸へと導く運命的な道を確実に進んだ。私はそれゆえ、この年は労と貧しさ、苦しみ、心の追放、場所の変化、公的さと、反対を経験するだろう。さらに、いずれは私の余生には決定的な事もあろう。現在のあらゆる兆候が、この予測を認めている。よって、私は結論するのは、私はこの年にカルダーノの占星術的計算の正確さを完全に確認すると経験し、さらに古代の占星術師らの転換期の年に繋がろう。この用語は、天秤を整えたり、天秤の角度を計算するのを意味する。ヨハネス トリテミウスは彼の著書「第二の原因」で、世界の全ての帝国の幸運や不幸の回帰を非常に奇妙に計算している。私は祭儀篇の第21章で、この書の正確な分析について、原典よりもさらに明瞭な形で、トリテミウスの時代から現在までの彼の魔術的な秤を応用して、さらにそれらを用いてフランス、ヨーロッパ、世界の近未来の最も起こりやすい可能性についての計算を話すであろう。
 占星術の全ての偉大な師らによれば、彗星は例外的な英雄の星であり、これらは大いなる変化を意味するためのみに地球に訪れる。惑星は集団の存在を統治し、人類の運命を集団として修正する。恒星はより遠くにあり、その働きはより微かであり、個人を引き寄せ、彼らの傾向を決定する。時には、星々の集団が集まり、一人の人間の運命に影響し、一方では大勢の人々の魂らが同じ恒星の遠い運命の光線により引き寄せられる事もある。我々が死ぬと、肉体を離れた内なる光が星に引き寄せられる。ゆえに、我々は別の宇宙で再び生まれ、そこでは魂はその美しさに対応した進歩や退化と類似する新たな衣を作る。我々の魂は、肉体から離れたら、惑星と似ている。これらは動く光の集まりで、常に平衡と真の動きを回復するためにこれらの中心を求める。だがそれら全ての前に、これらは蛇、すなわち不浄なアストラル光の牢獄から解放する必要がある。それらは、魂の意志が乗り越えるまで、取り込み、閉じ込める。死んだ光の中の生ける星に浸るのは、メゼンティウスのもののような恐ろしい責め苦である。そこでは、魂は凍るのと燃えるのを同時に行い、それらから自由になるには外的な形の流れに再び入り、新しい肉体の衣をとるしかなく、それゆえ光を照らし微笑む星々への勝利の飛翔をし、死の瞬間からの地上の鎖を破壊し、倫理的自由を強めるために、本能と熱心に戦うだろう。これらの手がかりから、我々は地獄の火、それらは悪魔や古き蛇と同一だが、これらの性質を理解できよう。また我々は人の救済と永遠の罰が含まれるものも集められ、全てが成功裏に呼ばれ選ばれるが、少数においては、彼ら自身の過ちから永遠の火へと落ちるリスクがあろう。
 これらが、偉大にして深遠なるマギの啓示、全ての象徴の、教義の、宗教の母である啓示である。先に私はデュピュイは天文学を全ての宗教儀式の源だと誤解したと思い到った。逆に、占星術から天文学は生まれているのであり、原初の占星術は聖なるカバラの枝の一つであり、諸学の中の学、諸宗教の中の宗教である。タロットの第17ページで素晴らしい寓話がある――裸の女性であり、これは真理、自然、知恵を一つにして同時に表しており、二つの瓶を地面へと向けて、一つは火を、もう一つは水を注いでいる。彼女の頭上には、八芒星と七つの星々が輝く。この八芒星は金星であり、平和と愛の象徴である。この女性の周囲の大地には草が生い茂っており、その一つにはプシュケーの蝶が止まっている。これは魂の象徴であり、この聖なる書タロットの別の版では代わりに鳥があるが、それはよりエジプト的でより古いものである。現代のタロットの第17は輝く星という題名がある。これはヘルメスの象徴のいくつかと類似しており、薔薇十字団の秘密の教義の密儀のほとんどを表しているメイソンの秘儀参入者の輝く星と照応している。



高等魔術の教理と祭儀 1-18
↑ 高等魔術の教理と祭儀


*1 ウェイト注。ポステルの名が本書で何度も出てくるので、ここではっきりと述べておく必要があるが、彼はタロットについては一度も述べた事が無く、彼の仄めかすエノクとその伝統は、タロットとは近くも遠くも無い。ポステルはセーフェル イェツィラーを最初にラテン語に翻訳した学者で、その一部は拙著「カバラの教義と文献」の357-364ページに載せている。彼は1510年に生まれ、パリで1581年に亡くなった。彼が知るカード――ヒエログリフ的だろうと何だろうと――はギャンブルゲームのものくらいである。彼は極めて博識な人だったが、奇妙な感傷と放縦の癖があった。彼の小著「世界の構造の隠された鍵」はレヴィが高く評価しているが、1899年にフランス語に翻訳されて出版された。
*2 創世記 第3章15節。