高等魔術の教理と祭儀 1-14

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第十四章 נ O 変容


月の球は永遠の助け


 聖アウグスティヌスはアプレイウスがテッサリアの魔女によってロバへ変身させられたか真剣に問い、神学者らはネブカドネザル2世が野の獣に変容したか長く議論を続けたが、それはこのヒッポの雄弁な学者が魔術の秘密について知らなかったのを証明しているに過ぎず、この神学者らは聖書講解からそれ程進んでいなかったこともである。私はこの章では、違ってより驚くべき、だが同時に議論の余地のない事柄を述べよう。私は狼憑き、すなわち夜に人が狼に変身する事について話すが、これら狼男の歴史は黄昏時の地方の民話でかくも有名である。これらの歴史では、懐疑家の科学は説明のために、熱狂の狂気と動物への変装に助けを求めた事はよく証言されているが、そのような仮説は幼稚で何も説明していない。この現象の秘密について別の場所を探ってみよう。まずは、この主題の観察され確立した事から始めよう。(1)狼男によっては、血や傷を出さない窒息以外で誰も殺されていない。(2)この狼男は追跡され追われ傷つけられたりもしたが、見つかった場所で殺されたりはしない。(3)狼男が追跡され、多かれ少なかれ傷つけられ、時には死んだとしても、変身していると疑われている人物は必ず自然な姿で常に家で見つかっている。
 次に違った視点からこの現象を確立しよう。ローマから遠くにいた家で祈りと恍惚としていたアルフォンソ デ リゴウリ神父が同時に瀕死の教皇のそばにいたのを実際に見られている以上に、良い証拠は世界には存在しない。さらに加えて、伝道師フランシスコ ザヴィエルが様々な場所に同時に現れていたのは、厳密に証明されている。これらは奇跡だと言われるかもしれないが、私は正当なものなら奇跡は単純なこの学の事実だと答える。親密な人物が死の時に我々に霊として現れる現象は、同じ原因と同じ種類と属性の現象である。私は魂と肉体の間を仲介する星の体*1について先に述べた。ところで、この体はしばしば肉体が寝ている時にも起きている事があり、普遍的な磁気が開く全ての空間を通り抜ける。それは心臓と脳を繋げる共感の鎖を壊さずに伸び、この理由から、夢の中にいる者を突如起こすのは危険なのである。事実、急にしすぎると、この鎖をすぐに壊して、即死の原因となることもあろう。星の体は我々の思考の日常的な習慣に対応して形作られ、長期的にはこれは肉体の状態も修正する。これはなぜスウェーデンボルグが催眠的な直観の中で、しばしば様々な動物の形の霊らを見た理由である。
 極論するのを許していただくなら、狼男とは人の星の体以外の何物でもなく、これらの野蛮さと血の本能は狼の典型である。そして亡霊が田舎を彷徨っている中、その本人はベッドの中で苦しみつつ寝ており、彼が実際に狼になった夢を見ている。狼男を視覚可能にしている理由は、それを見ているものの恐怖によるほとんど催眠的な動揺か、あるいは特に単純な田舎者らの幻視や夢の共通の媒体であるアストラル光と直接繋がり合う傾向である。狼男を傷つけると、アストラル光の中のオドと共感の過剰によるのと、肉体と非物質体との照応により、寝ている人も現実に傷つける。これらのことを読むと、多くの者は自分は今は夢を見ていると信じて、実際に起きているかどうか尋ねてくるであろう。だが、私は学のある者らに懐胎の現象と女たちの想像力の影響が子供へ影響する事について考えるのを求めるのみである。車裂きの刑で輪で壊れた男を見たある女が、四肢が砕けた赤子を産んだことを。この恐ろしい情景により母の魂に与えた印象が子供に作用したかを誰にせよ説明できるだろうか。だが私は夢で受け取った暴力が肉体をも傷つけられるか、それどころか想像の中での傷が、特に彼の体が神経的磁気的な影響下にあるなら、肉体を傷つける事すらあるのを説明するつもりだ。
 これらの現象と、それを支配するオカルトの法は、呪いの効果についても関連しているのだが、それは私は後々に話すとしよう。悪魔憑きと脳に影響する多くの神経の病は、アストラル光の異常な比率での流出や吸収による神経網への傷である。意志の異常で不自然な緊張は憑依と神経の病に罹りやすくなるであろう。強制的な不淫、禁欲、憎悪、野心、愛の拒絶は多くの地獄の形と影響の原理を産み出す。パラケルススは「女性の月経は風の中に亡霊を産む」と言ったが、上記の観点から、女子修道院は夢魔のための神学校であり、一方で悪魔は自らの傷の血から永遠に再生するアルゴスの沼のヒュドラの頭と比せよう。ユルバン グランディエを死なせたルーダンのウルスラ会女子修道院の憑依現象は誤解され続けている。修道女らはヒステリーに取り憑かれ、エクソシストらの秘密の考えを狂信的に真似て、それらはアストラル光により神経系へと変換された。不幸な神父が呼び出し、自らに敵対させた憎しみ全ての印象を彼らは受け取り、これらの低位の興隆が、彼らには悪魔的、奇跡的に見えたのである。かように、この悲劇の出来事では、誰もが真剣に行動し、リシュリュー枢機卿の偏見的な判断を盲目的に実行したローバルドモンすら、真の裁きの務めを果たしていると信じていたのであり、聖書で彼が読んだであろうポンティオ ピラトに従った疑いすら無くもなく、サン ピエール デュ マルシュの放蕩な神父はキリストの弟子、殉教者なのである。だがルヴィエの修道女の憑依はルーダンの修道女の模倣よりも恐るべきものがある。悪魔らはほとんど発明せずに、お互いに盗用する。ゴーフリディとマグダラ デ ラ パルドらの場合、犠牲者と告発者が同一人物という奇妙な特徴がある。ゴーフリディは鼻に息を吹きかける事で女たちの誘惑を防ぐ力を奪った罪を告白している。この影響を受けた高貴な家柄の若く美しい少女は、怪物的でグロテスクさを競うかのように淫らなシーンを詳細に示している。それらは、病んだ禁欲と偽りの神秘主義のよくある幻覚である。ゴーフリディと彼の女は、お互いのキメラに取り憑かれ、その脳は相手の悪夢を反映していた。マルキ ド サド自身がある消耗して病んだ性質の者らには病原菌のようなものではないか? 
 ジラール神父のスキャンダラスな裁判は、神秘主義の譫妄とそれが必然的に伴う特異な神経病の新たな証拠である。ラ カディエールのトランス、エクスタシー、聖痕は全て現実であると同時に、彼女の指導者の愚かな、そしておそらくは自発的な放蕩もそうである。彼女は彼が別れを持ちかけた時に告発し、この若い女の改宗は復讐であったが、それは堕落した肉欲以上に酷いものは無いからである。ある影響力のある団体が、異端の嫌疑を避けたいために、グラディエ裁判に介入したように、この場合は修道院の名誉のためにジラール神父を救った。さらに、グランディエとジラールは非常に違った方法により同じ結果に到達したが、それらについては私は十六章で特に話すつもりだ。
 我々は自らの想像力によって他の者の想像力に、自らの星の体によって彼らのものに、自らの器官により他の器官に作用し、それが傾向にせよ憑依にせよ共感作用により、我々はお互いに憑依をし、作用したいと願う相手と一体化する。そのようなものへの反応は、しばしば最も明らかな反感を鋭い共感へと変える原因となる。愛は存在するものを統一する傾向があり、その二人の深い性質の部分にプライドといったような非社交的な傾向があるなら、しばしば彼らをライバルにし、結果として敵同士にする。二つの統一された魂らを同等の程度でプライドで満たすのは、彼らをライバル同士にして分離する事である。拮抗作用は神々の複数性の必要な結果である。
 我々が生きている人を夢で見るのは、我々のアストラル光の中で彼らの星の体が来ているか、少なくともその反映が来ており、この遭遇での我々の印象はしばしば人物の我々への秘密の気持ちを知らせる結果となる。例えば、愛は片方の星の体を、相手の像と姿に作り上げ、女性の魂の媒体は男性のものに似てきて、男性のものは女性に似てくる。カバラ学者らはこれらの変化を語る時には、創世記の古い用語の説明により秘められた方法で行った。「神はアダムの肋骨を女エバの胸の中に入れ、さらにエバの肉の部分をアダムの胸へ入れて愛を造った。それゆえ、女達の心の底では男の骨があり、男達の心には、女の肉がある。」この寓話には深みと美が欠けている事は決して無い。
 私は先の章で、カバラの師らは魂の胎児の状態と呼んでいると述べたが、人の死後に完成し、それにより他者へと憑依するこの状態は、しばしば強迫観念や愛により生前にすでに始まる。私はある若い女性を知っているが、彼女は両親から大いに恐れさせられていたが、突然に罪の無い人に彼女が受けてきたような脅迫行為をするようになった。私は別の例も知っており、特定の奇行により来世で苦しんでいた女性を呼び出す降霊会に参加した人が、その後に理由も無く死人の行動を真似し始めた。地上の全て国々で恐れられている両親の呪いの恐るべき影響力は、このオカルト力が原因なのであり、また真の達人の孤立に到達していない者が魔術作業をするのも大変危険なのである。この星々の変容の性質は、愛の中に真に存在しており、それらはキルケーの杖の不思議な寓話の中で説明されている。アプレイウスはテッサリアの女が鳥へと変身したのを語り、彼は彼女の召使の愛を勝ち取る事で、女主人の秘密を知ったが、彼自身をロバへと変身させたのみであった。この寓話は愛の最も隠された秘密を含んでいる。再びいうと、カバラ学者は男が女のエレメンタル――ウンディーネ、シルフィード、ノーミッデと恋に落ちたら、彼女は彼とともに不死となるか、あるいはお互いに死ぬしかないと述べた。私は既にエレメンタリーズは不完全であり、死すべき人であるのを述べてきた。私が今まで述べたのは啓示であり、それらはおとぎ話にすぎないと考えられてきて、そのため愛の倫理的堅固さの教義とされた。それ自体は愛の基礎であり、その聖性の全てやその全ての力を単独で説明する。だがそれなら、このキルケーとは誰だろうか? 彼女の崇拝者らを豚へと変えたが、彼女が愛の魅了に囚われた途端に、その呪文が破壊された者は? 彼女は古代の高級売春婦であり、万世の冷酷な女である。近づく男らを吸い寄せ、食い尽くす愛無き女である。一方では愛する女は情熱と高貴と命を放散させる。
 前世紀には、詐欺師と非難されたある達人に関して多くの話があった。彼は生前に「神の如きカリオストロ」と名付けられた。彼は召喚実践していたのは知られており、この術において啓明されたシュレプファー*2以外には並ぶ者はいなかった。彼は共感を結び付ける自らの力について豪語していたと言われ、大いなる作業の秘密を保有しているとも主張していた。だが、それらよりも有名なのは、とある生命のエリクサーであり、それは即座に若さの年と力と生命力を回復させるという。この構成要素は、マルヴォワジー ワインに、ある動物の精液とある植物の樹液を蒸留して得られるとされる。私はこれらのレシピを持っているが、読者に教えない理由は充分に理解してもらえるだろう。



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*1 サイデリアル ボディ。アストラル体と同一のものであろう。
*2 レヴィ注。祭儀篇にてシュレプファーの秘密と形式を参照せよ。 ウェイト注。だが、これらについてはどこにも無く、少なくとも見つけられない。シュレプファー自身については、拙著「フリーメイソンリーの秘密の伝統」を参照。