高等魔術の教理と祭儀 1-5

ページ名:高等魔術の教理と祭儀 1-5

第五章 ה E ペンタグラム


ゲブラーを見よ


 これまで我々は魔術の教義の、いささか無味乾燥で抽象的なフェイズを見てきた。ここから、魅惑が始まる。今、私は驚異を宣言し、最も秘密の事柄を明らかにできよう。ペンタグラムは精神が四大エレメンツを超えているのを意味し、風の悪魔、火の霊、水の亡霊、地の幽霊らはこの印により縛られる。これを装備し、適切に用いる事で、きみは魂の目のような能力を通じて無限なるものを見るであろう。そしてきみは天使らの諸軍団と悪魔らの軍勢に仕える事となろう。



 だが、ここではまず、特定の原理をまず確立させるとしよう。不可視の世界というのは存在せず、様々なレベルの知覚能力がある。肉体は粗雑なものであり、魂の腐敗しやすい外皮である。魂は自らを知覚する事ができ、物理的な感覚器官からは独立している。――その感受性と透明性から――霊的と物質的なものは両方とも宇宙に存在している。霊的、物質的は同じ形質の濃度の程度を表す用語の違いでしかない。我々の中にある想像力は、生ける光、大いなる磁気動者の像と反映を吸収する魂の生得の能力である。科学がこれらの体あるいは光を明らかに出来たならば、そのような像や反映は啓示となろう。天才が妄想家や愚者と違う唯一の部分は、彼の創造は真理の類似であり、愚者と妄想家のものは反映を失い、像を暴露しているのである。ゆえに賢者には想像する事は視る事であり、魔術師には語る事は創造する事なのである。この想像力の働きにより、悪魔や霊らを現実に真に見る事が出来る。だが達人の想像力は透明だが、大衆のものは濁っている。真理の光は、通常の光が透明なガラスを通過するように人の中を通過し、通常の光がガラスの板、異質な物質に反射するように反射する。これが、大衆の過ちの最大のものであり、下等な想像力の反射である。だがこの肯定的な学の性質により、見者は彼が想像したものが真実であるかを知り、出来事が常に彼の幻視を確証させる。私は祭儀篇で、どのようにしてこの透明性を得られるかを説明しよう。
 この光により、静かな幻視家が全ての世界での交渉を行う。スウェーデンボルグの中でしばしば起きたようにである。彼は完全な透明さでは無く、光線と反射を区別せず、しばしば彼の最も素晴らしい夢の中で怪物的な幻想を混ぜ合わせていた。私は夢と言ったが、それは眠っている時の自然で定期的なエクスタシーの結果だからである。エクスタシーに入る事は、眠る事である。磁気的な夢遊病は、このエクスタシーの創造物であり方向である。ここで起きる間違いは、起きている人物の透明さからの反射により、さらに重要なのは、磁気によるものである。夢は真理の光線の反射により作られた幻視である。怪物的な幻想は反射により起きた幻覚である。聖アントニウスの誘惑の中にある悪夢やその怪物らは、直接の光線の反射の混乱を表している。ゆえに彼の魂の苦闘は筋が通っている。これが侵略する酔いの種を産み出した時、それは狂気となる。この直接的な光線を解き放ち、その反射と区別する――それこそが秘儀参入者の作業なのである。この作業はごく少数の人類の精華らにより、常に実践されてきたと言わせてもらおう。直観により永遠の啓示があったからである。そして魂らを分割する克服できない壁は無い。自然には精神をお互いに分割出来る突然の妨害や高い壁も無いからである。万物は変遷し、混ざり合う。それゆえ、完全となる可能性を与えられている。無限か少なくとも人間の能力で定義されていない時間をかけたら、あらゆる人物は全てを見、それゆえ全てを知るであろう。自然には虚無はどこにも無い。万物は満たされている。自然には真の死は存在しない。万物は生きている。「貴殿はあの星を見たか?」ナポレオンがフェッシュ枢機卿に尋ねた。「いいえ、陛下」「私はそれを見た」と皇帝は答えたが、彼は確実に視たであろう。偉大な人物らが、迷信により訴えられたなら、それは彼らが見る事の出来ない大衆らの先を進んでいたからである。天才らは、感覚的に他者と対話し、熱狂と共感の力により彼らを信じさせる能力により、単純な見者らとは違う。そのような人物らは、神の御言葉の語り手である。
 では次に、幻視が行われる方法について明確にしよう。全ての形態はイデアと関連しており、適切で特定の形の無いイデアは存在しない。全てのイデアの乗り物である根源の光は、全ての形態の母であり、これらを流出から流出へと運び、その媒介の濃度に応じて修正したり失わせたりする物はほとんど無い。第二の形態は流出してきた光の方向へと帰す反射である。ものの形態、光の修正は、反射が送った光の中に留まる。ゆえに、アストラル光、地上の流体、私が大いなる磁気動者と呼ぶものは、全ての種類の像や反射に充満している。次に、我々の魂はこれらを召喚し、カバラ学者らが呼ぶ透明性へとこれらを服従させられる。そのような像は常に我々の前にあり、起きている時には現実の外界のより強力な印象や、心の中を占めているものにより打ち消されている。それにより、このアストラル光の流体的な光景に対して我々の想像力を無頓着にしているのである。そして我々が眠った時、この光景は我々の前に自発的に現れ、それにより夢が作られる。――寝ている時に、心の機能の一部が覚めていなければ、夢は曖昧で辻褄の合わない。たとえ無意識としても知性へ向けられる事により、夢は幻視へと変容するだろう。動物磁気は二つの意志の結合により自発的あるいは強制的に生み出された人工的な睡眠以外の何物でもない。一人は起きていて、もう一人は眠る。――すなわち、一人がもう一人の反射を操作し、夢を幻視へと変容させ、像の主題により真理へと到達させる。ゆえに、夢遊病者は実際には磁気動者により送られた場所へと旅をするのではなく、彼らは自らの像をアストラル光の中で喚起し、この光の中には無いものを見るのである。アストラル光は神経に直接働き、動物組織を操作し、それを脳へと運ぶ。夢遊病の状態で、神経の手段により光の放出に拠らずとも見るのは可能である。アストラル流体は、見えない熱の存在を物理学が認識するのと同じ意味において、見えない光である。
 二人の人物の間の生体磁気は確実に驚異的な発見であるが、自らの磁気に気づき、それを意志により動かせるようになるのは、魔術の技の完成である。この大いなる作業の秘密は未だ大衆には隠されたままである。これは多くの秘儀参入者らにより知られ実践されており、その中でも高名なティアナのアポロニウスは、これに関する理論を残しており、それらを私は祭儀篇で記すとしよう。磁気流体と磁気現象の誘導の秘密は二つのものに拠っている。――様々な精神の同意と、様々な意志の完全な統一を方向付けるもので、これはこの学により可能であり決定される。これは二人かそれ以上の人物の間の磁気の操作である。単独での磁気の実践には、私が第一章で話した真の達人に必要な要素を列挙した準備が必要である。以下の章において、私はこの重要性と本質的な点をさらに説明しよう。
 アストラル光にある意志の帝国、四大エレメンツの物理的な魂であるが、魔術においては本章の頭で示したペンタグラムとして表されている。エレメンツのスピリッツはこのサインに服従し、これらを理解した上で召喚の円の中や机の上に置いて用いたら、彼らは柔順にされ、捕囚状態として魔術的に呼ばれる。この驚異を簡潔に説明するとしよう。全ての被造物はサインにより対話し、明確な形として表された真理の特定の数に繋がっている。形態の完成はスピリットの流出の比率を増大させる。そして物質の鎖で押しつぶされていない存在は、直観的にこのサインを真の力、あるいは意志によるものかを認識する。賢者の知性はゆえに、このペンタクルに学が彼の意志に重みを置くように価値を与え、この力をスピリッツは即座に理解する。ゆえに、このペンタクルの力により、スピリッツは召喚者が起きていようが寝ていようが幻視の中に現れるよう強制されるのである。我々の透明性の前に、これらは地上に生きているならばアストラル光の中に存在するその反射へと導かれる。地上に生きていないならば、これらの霊的なロゴスの類似の反射となる。これは全ての幻視や見者の前に常に現れる死者を説明しており、これらが地上に生きていようと墓の中にいようとも、我々の実際の視覚から逃れる事は出来ないのである。
 妊婦は他の人間よりもアストラル光の影響を受けやすく、これらは子供の形成を共に行い、子供の形に絶え間なくレミニセンスを与える。これは、どのように高貴な女性が同様の類似により観察者の悪意を欺くかを説明する。彼らの結婚の子供に対して、しばしば夢の中で像を植え付けて、それにより観相術による同じ姿を何世代にもわたって繰り返すのである。それゆえカバラにおいてペンタグラムはまだ生まれていない子供の姿を決める。そして秘儀参入を受けた女性は彼女の息子をネロやアキレウス、ルイ14世やナポレオンのような人格として産む。私はこの技法について祭儀篇で説明する事にする*1
 ペンタグラムはカバラでは大宇宙のサインと呼ばれる。このサインはゲーテを感銘させ、ファウストでのかの美しき独白を生んだ。「あぁ、これを見る事で我が感覚全てが踊る! 我が神経と血管に人生の若く聖なる喜びの震えを感じる。神がこのサインを描き、それは我が魂の眩暈を静め、我が貧しい心は喜びに満たされ、神秘的な昇天の中で、我が周りの自然の諸力を明らかにしたのか? 私は自らが神となったのか? 万物はかくも私には明らかなのだ。私はこれらの単純な線の中に、我が魂へ活動的な自然の啓示を見た。私は初めて賢者の言葉の真理に気づいた。スピリットの世界は閉ざされていない! 汝の感覚は鈍感で、汝の心は死んでいる! 起きよ! この学の達人よ。汝の胸になおも覆っている地のヴェールを洗うのだ。この夜明けの日の光輝の中で!」(ファウスト第一部第一幕)


 1854年7月24日に、本書の著者エリファス レヴィは、祭儀篇の第十三章で示した全ての儀式により準備を整えてから、ペンタグラムでの召喚儀式を行った。この試みのこの原理における成功の詳細は、現在の教義篇の関連する章で見つけられるであろう。これにより新しい病理学上の事実を確立し、それはこの真の学の者達は容易に認めるであろう。この試みは三回も繰り返され、真に驚くべき結果を与えた。肯定的で、幻覚が混ざっていないものである。私は懐疑家らに、彼らが肩をすくめてやれやれと苦笑する前に、意識的で知的な検証のために参加を招きたい。この学に基づいて作られ、著者によりこの試みで使われたペンタグラムは、この章の頭に示したものである。そしてこれはソロモンの鍵や、ティコ ブラーヘ*2とドゥシャントゥの魔術カレンダーのものよりも完全なものである。だが、この五芒星の完全な理解無しに作業で用いるのは最も危険だと注意したい。この五芒星の向きは任意で決められたものではなく、頂点の向きは作業の全体の流れを変えるであろう。私は祭儀篇でそれらについて説明する。
 魔術の革新者パラケルススは、彼の誰の助けを借りずに行ってきた成功により、他の全ての秘儀参入者を超えていた。彼はスピリッツを抑える全ての魔術とカバラのペンタクルのサインは、二つへと要約され、それらは他の全ての総合だと述べている。それらの一つは、六芒星、大宇宙のサイン、ソロモンの印で、それは第二章で既に示している。そしてもう一つは、小宇宙のサインで、先のものよりも力があり、この五芒星ペンタグラムについては彼のオカルト哲学の書で最良の説明を与えている。なぜこのサインがスピリッツに対してかくも力を発揮できるのかと問われれば、私はなぜキリスト教徒らが十字架のサインの前に従うのかと問い返すであろう。このサインはそれ自体では何者でもなく、ロゴスの要約の教義以外に何の力も無い。さて、サインはその表現により、自然の全てのオカルトの諸力を要約する。サインは四大エレメンツのスピリッツらや他の力に対して、それら自体よりも強い力を表し、自然とこれらに敬意と恐怖で満たさせ、無知と弱さへのこの学の支配により、これらを服従させる。またこのペンタグラムにより、哲学者の石を作り大いなる作業を達成するのに必要な大いなる唯一の炉の、正確な比率を測らせる。精髄を練る事が出来る最も完全な蒸留器はこの形に適合しており、精髄そのものもペンタグラムのサインにより表わされている。



高等魔術の教理と祭儀 1-6
↑ 高等魔術の教理と祭儀


*1 ウェイト注。だが、この主題について再開する内容はどこにも無い
*2 実際には、ヨハン バプティスタ グロッチェデルの作。