ユダヤの魔術と迷信 10

ページ名:ユダヤの魔術と迷信 10

第10章 魔除け


魔除けの素材


 魔術の道具で最も人気のあるものの1つは魔除けであり、人が身に着けたり、物や動物に張りつけたりしていた(魔除けに対するヘブライ語の言葉、カメアには、その語源に「縛る」がある)。我々の表向きは迷信から解放されたとされる時代においてすら、幸運のお守りは今も大人気であり、人々は時計の鎖に済まなそうに結んでいたり、ポケットや財布の中にこっそりと入れていたりしている――それらは、兎の足、馬の蹄鉄、幸運のコイン、中国語やヘブライ語の文字が刻まれた指輪、動物の臼歯といったものである。現代ですらこれほど人気があるのなら、そのような物をより恥じる事なく大っぴらに認めていた社会、我々のもっと原始的な地域や、古代、中世の世界、少しといえどもその効果に疑いを持たなかった社会では、いかほどであったろうか! 実際問題、人が身に着ける装身具の全ての起源は、魔除けだったと言われている。


 原始的な宗教では、これらの特に力のある物を用いており、聖書時代のヘブライ人もこれらの利益をよく得ていた。タルムード時代でも、これらの使用は幅広く行われており、ラビの権威者たちからも認められており、後の時代にも強い影響を与えていた。ユダヤの魔除けには2つの種類があり、羊皮紙などに書かれたものと、ハーブ、狐の尻尾、宝石などの実際の物である。これらは人や動物、さらに非生命の物ですら、その治癒や守護に用いられていた。タルムード時代から中世まで、無論、その間の数世紀と文化の変移によって、様々な変化はありつつも、同じ種類の魔除けが用いられているのが見い出せる。そのような御守を用いる事への法的な禁止は無かった。実際、適切な魔除けと不適切な魔除けを区別するための規則は、これらを決定的に社会が受け入れるようにしていた。一部のラビは眉をひそめたり、それらの準備の危険を主張したりしていたが、その他の大多数のラビは、実際には特定の機会で用いる事を勧めており、一般大衆は魔術のこの特別な形式に没頭していた。魔除けは中世のユダヤ魔術でのお気に入りの道具であり、主に書かれた種類のものが用いられ、特別な危険な時のためや、特定の個人のために準備され、それらの魔術の性質を強化していた。


 これらの空想上のオカルトの力から魔除けに用いられた素材の数や種類は、文献が記しているものよりも遥かに多かった事は疑いが無い。タルムードではこれらについて幾つか記しており、中世の文献でのこれらの引用も多いが、これらの引用が、同じ御守の同時代の使用を反映しているか否かを判断するのは難しい。このカテゴリーに入るのは、狐の尻尾や赤い糸で、邪眼から馬を守るために、その額から吊るしていた。だが現代でも民話で伝わる狐の狡猾さから、狐の尻尾や他の部分の魔力も、中世のユダヤ人にはよく知られ、おそらく用いていたであろう。中世の狐物語にある話では、狐が城塞都市へと入ってきて、出ようとした時に門が閉められているのに気づくと、死んだふりをして、死体が壁の外のゴミ捨て場へと捨てられるのを望んだ。するとある男が来て、「この狐の尻尾は我が馬の箒として、悪魔や悪霊を払うだろう」と呟き、尻尾を切り取った。それから別の男も来て、「おっ! この狐の歯は、我が赤子の首に吊るすのに最適だ」と言い、歯を抜き取った。それから第3の男が来て、この哀れな生き物の毛皮を取った。狐物語の主人公は、このように悲惨な目に遭っている。この民話は、我々の目的のためには教訓以上のものがある。


 なお赤い糸について述べると、この赤色は世界中で悪魔と邪眼に対抗すると見做され、中世ではユダヤ人の子供はキリスト教徒の子供と同様に、悪意のある邪眼から守るために珊瑚のネックレスを身に着けていた。またハーブと良い香りのある根も、力ある魔除けとしてよく述べられていた。例えばウイキョウの実は、あるユダヤ・ドイツの呪文で示すように、あらゆる種類の損傷に対して用いられていた。


 あるタルムードの魔除けは、中世でも幅広く用いられ――非ユダヤ人にもまた良く知られていた――、テクマー(保つ石)として知られ、流産を防ぐと信じられていた。タルムードは、この石が実際には何であるかは述べていない。中世の何人かの著者はそれ以上に記しているが、残念ながら彼らはフランスの単独か、おそらく複数の同等物を用いており、そのヘブライ語の音訳は明白なものではないが、これらが一般的に用いられていたのを示している。ある著者は、幾らか詳しく述べている。「この石は真ん中が貫かれていて、丸く、中くらいの卵のような大きさと重さがあり、ガラスのような見た目があり、野原で見つかる。」このフランスの用語は、小さな種類の真ん中に穴がある石で、ガラガラヘビの輪のような類(おそらくはイーグルストーンやアエティティース)であるのを示しているように思える。後の注釈者はこの石をSternschoss(流星物質)と呼んでいる。


 卵膜を付けて生まれた赤子は、嵐の悪魔に対しての守護となるので、生涯それを保つように勧められていた。トゥールーズのサン・レイモン博物館には、ヘブライ語で「眠りの出来事」と、創世記 第49章24節の「しかし彼の弓はなお強く」が刻まれた、男根の形をした石があり、その意図は誤解しようがない。似たような魔除けは、ドイツでも使われていたに違いない。中世の初期には無いものの、その終わりには、過ぎ越しの祭のセーデルの晩餐で、種なしのパンによる特別に定められたケーキ、アフィコメンを魔除けとして用いる風習が起きた。これは悪霊や悪人から身を守るために、家に吊るしたり、ポーチの中に入れて運んだりしていた。またテトラグラマトンを表すヘー(ה)の文字が彫られた金属板を首から吊るすのは、その儀式的な意味合いが説明されているものの、実際には似たような魔除けであったのは疑いなく、現在でもなおも用いられている。


 15、16世紀の幾つかの御守の引用では、そのドイツ語の顕著な性質から、非ユダヤ人から伝えられたものであるように思える。それらについて、以下のように引用するとしよう。人の目からの恩寵を得るには、動物の右目か耳を身につけよ。裁判官から望ましい事を聞くには、3つの結び目のある藁を得て、朝にその真ん中の結び目をあなたの舌の下に置くか、殻の付いているヒヨスの種を、あなたの額の上の髪の毛の中に置く。不眠症の人を眠らせる御守は、このように準備する。患者の頭から虱を取り、穴がある骨へと這いよるようにする。それから穴を封じて、骨の中に捕えられた虱を患者の首から吊るす。ある守護を得る魔除けは、ウイキョウの小枝で造り、それに呪文を唱えて、シルクで包み、幾つかの小麦とコインも加えてから、蝋で封じる。様々な材質の指輪やメダリオンといった他の魔除けも、疑い無く似たような目的で用いられていた。ユダヤ人は金属細工師や彫刻師の良い評判があったからである。


 この材質の類は、概ね秘教的な理由から用いられていた。時には、そのオカルトの性質の評判が元の理由を忘れさせる事もあった。その材質の特徴が、身に着ける者へと共感的に転移されるとされる事が多かった。例えば、赤色の場合、その魔力は生贄の血との関連から導かれ、生贄の代用となり、そのため悪の諸力を宥めると言われてきた。一方で動物の体の部分は、それが表す力、狡猾さ、勇気などの特別な性質を伝えると考えられていた。石の中にある石は、子宮の中にある赤子を表していた。片方が堅固に閉じ込められているように、もう片方もそうであるとされた。これらの情報源の不足にも関わらず、中世のユダヤ人はユダヤの伝統と非ユダヤの隣人らの伝統から、多数のこのような御守を作り出していた。


 ある非ユダヤ人の御守に対する確信への興味深い例は、15世紀の本、レケト ヨシェルにある文に見い出せる。「私の息子のセリグマンが生まれた時、我が妻は息子のために、ドイツ語でNothemdと呼ばれるリネンのシャツを作ったのを覚えている。誰もが言うには、これは身に着けた者を山賊の襲撃から守護するという。もっとも私自身このようなシャツを着ている時に襲撃された事がある。正直言って、他のシャツはそうではないという確信が無い。」このNothemd(またSieghemd、聖ジョージのシャツとも呼ばれる)への著者の説明は、満足いくものではない。その説明は「この服は正方形で、真ん中に穴がある」が全てである。だが同時代のキリスト教徒の情報源は、その内容を補っている。この種のシャツは、幾つもの魔術の性質があったように思える。このシャツは武器と事故と襲撃から身を守り、子供を容易で安全に産み、戦いや裁判に勝利させ、妖術を無力化させるなどである。その製造法の1つでは、その処女が疑いない少女に、クリスマスの夜に悪魔の名前の下で、亜麻糸を紡がせ、縫うようにするというものである。シャツの前面には2つの頭が刺繍されていて、その右側は長い髭があり兜をかぶり、左側は毛深く、悪魔の冠をかぶっている。そして、これらの顔の両側には十字架がある。シャツの長さは、頭からウェストまであった。他の情報源の内容(これには悪魔の要素は抜いてある)では、7年かけて日曜日(あるいはクリスマスの夜)に純粋な少女によって糸を紡いで縫い、その間ずっと少女は言葉を話してはならないとされた。これはNothemdの性質(キリスト教の要素はユダヤ教の要素へと取り換えられている)であり、権威者たちはこれによって、初子が生の危険から守られるようにと望んでいた。


宝石


 宝石や準宝石は、特に優れたオカルト力を持つと、多くの人々に信じられていた。中世ヨーロッパでは、これは宗教の神学的思弁と迷信の両方で並ぶものなきドグマだった。これらの特有の性質が、神から授けられたものなのか、それとも単純に宝石自身の性質なのかについて激しい議論があった。ユダヤ人は中世初期での宝石商の代表であり、ヨーロッパのキリスト教徒は、宝石の魔術的な性質は彼らに帰すると考えていた。Christianos fidem in verbis, Judæos in lapidibus pretiosis, et Paganos in herbis ponere(キリスト教徒は言葉を信じ、ユダヤ人は宝石を信じ、多神教徒はハーブを信じる)は、この時代の格言であった。


 無論、そのように見做されるには、ユダヤ人のバックグラウンドに良い理由があった。聖書(出エジプト記 第28章17-20節)には、12の宝石について述べている。これらには12部族の名前が彫られて高祭司の胸甲にはめ込まれており、後の時代の文献に、これらの宝石の様々な様相への神秘的な思弁を与えていた。だが奇妙なことに、これらの議論は12の宝石の神秘的な意味合いに限定されており、これらの魔術的な性質にまったく触れていなかった。この主題はユダヤ人によく帰するものの、その伝統と興味からは外れていたように思える。例えばタルムードでは、アブラハムは見た者全ての病を癒す宝石を持っていたと記している。だがそのような注釈は、ユダヤ文献では比較的稀だった。ユダヤ人に対するキリスト教徒の他の考えと同様に、宝石の魔術的性質への熟練者であるという評判は、現実からはかけ離れていたように思える。シュタインシュナイダー氏は、「ユダヤ文献には、この主題についての一つの議論も滅多に見つからない。(略)そして、僅かに存在するものは、大した重要性もなく最近のもので、非ユダヤ人の情報源から主に伝えられてきたものである」と述べている。北欧のヘブライ文献で、私は宝石の性質の議論については、1つの例しか見つけておらず、それは14世紀の非出版の文書のセフェル ゲマトリアオトであった。これは非ユダヤ人の内容から伝えられた事は疑いないが、その多文化間の旅でユダヤ色に決定的に染められており、12部族の宝石の枠組みの上に建てられていた。私はここで、この書の部分訳を与えるとしよう。その完全な文は付録2で見つかるだろう。


「オデム(一般的には、カーネリアンやルビーと訳される)は、ルベン族に属する。(略)これはルビノと呼ばれる石である。その使用法は、これを身に着ける女性が流産するのを防ぐ。また出産時に激しく苦しむ女性にも良く、多産のためには飲食と共に食べる。(略)時には、このルビノ石はルビン フェルシュトと呼ばれる別の石と組み合わされる事もある。(後略)


 ピツダー(一般的にはトパーズ)は、シメオン族の石である。これはプラシヌム(?)であるが、私にはスメラルダ(?)に見える。この石は緑色をしているが、その理由はサルの息子、ジムリ(民数記 第25章14節)がシメオン族の顔を緑色にしたからである。また、この鈍い見た目は、彼らの顔は青ざめたからである。この使用法は、体を冷やす為である。(略)エチオピアとエジプト人は好色に浸っており、そのため体を冷やすために、ここでよく用いられている。これはまた、心臓の問題にも有用である。(後略)


 バレケト(エメラルド、翠玉)は、カーバンクル石であり、稲妻(バラク)のように輝き、炎のように煌く。 (略)これはレビ族の石である。(略)これを身に着ける者には利益があり、人を賢くして、その目を輝かせ、その心を開く。粉末状にして食物として他の薬と共に食べると、若返りの効果がある。(後略)


 ノフェク(カーバンクル石)は、翠玉である。(略)この石は緑色をしているが、それは(創世記 第38章で)タムルとの関係を認めた時に、ユダの顔が緑色になったからである。この石は透明で、シメオンの石のように曇っていない。それは、ヨセフの死の疑いを晴らした時に、その顔は喜びに輝いたからである。この石の働きは力を強め、これを身に着ける者は戦いで勝利する。これはユダ族が力強い英雄たちだった理由である。これはまた、ノフェクとも呼ばれるが、それはこれを身に着ける者の敵は、(創世記 第49章8節で)「あなたの手は敵の首を押え」と書かれているように、背中を向けて(ノフェク)逃げ出すからである。


 サピル(サファイア)は、トーラーと「よく時勢に通じ」(歴代誌上 第12章32節)ていたイサカル族の石である。これは青紫色をして、病、特に目を過ぎるものを癒すのに秀でている。それは(箴言 第3章8節で)「あなたの身を健やかにし、あなたの骨に元気を与える」と言われるようにである。


 ヤハロム(エメラルド)は、ゼブルン族の石である。これはペルラと呼ばれる宝石である。これは交易での成功をもたらし、旅で身に付けると良い。なぜなら、これは平和を保ち、善意を強めるからだ。また(創世記 第30章20節で)「今こそ彼はわたしと一緒に寝るでしょう」と書かれているように、眠りももたらす。


 レシェム(青玉)は、ダン族の石であり、トバジアーである。人の面がこれを見たら、逆向きとなる。なぜなら、これらは刻んだ像をひっくり返したからである(士師記 第18章)。


 シェボ(瑪瑙)はナフタリ族の石であり、ツルキトカである。これは人を堅固にその場所に定め、震えたり倒れたりするのを防ぐ。これは特に騎士や馬乗りに好まれており、騎乗を堅固にするからである。(後略)


 アフラマー(アメジスト)は、クリスタロと呼ばれる石であり、実に一般にあり良く知られている。これはガド族の石である。なぜならガド族は非常に多くて、高名だからである。(略)また、ディアマンティと呼ばれる別の石もあり、これもクリスタロと似ているが、微かに赤い色合いがある。ガド族はこの石を常に身に付けていた。これは戦争では有用であった。心を強めて、恐れさせないからであり、ガドはそれにより、他の兄弟たちよりも先んじて戦いに挑んだ。(略)この石は悪魔や霊に対しても良く、身に付けていたならば、グロリル(?)と呼ばれる心の眩暈に襲われる事はない。


 タルシシ(緑柱石)は、ヤキント(青玉)である。タルグムはその色から「緑の海」とこれを呼んでいた。これはアセル族の石である。その使用法は食物を(胃の中で)良く燃やし、悪しき食物が腸に残る事無く、薄い油に変わるであろう。なぜなら、「アセルはその食物がゆたかで、王の美味をいだすであろう」(創世記 第49章20節)と書かれているからである。時には、このヤキントとサファイアが組み合わされる事もある。なぜなら、アセル族とイサカル族はよく婚姻していたからである。(略)アセルの食物は全ての生き物の肉であり、頑強な人々の顔は赤っぽいので、ヤキントも赤っぽい色合いがある。


 ショハム(オニキス石)はニキル(ニキルス、瑪瑙)である。これはヨセフの石であり、恵みを授ける。(略)人々の集まりでこれを身に付けている者は、自らの言葉を聞かれて、(議論に)勝つのに有用であるのを見い出すであろう。(後略)


 ヤシェフェー(碧玉)はベンジャミン族の石であり、ディアスピと呼ばれ、緑、黒、赤といった様々な色を持っている。なぜなら、ベンジャミンはヨセフが(エジプトに奴隷商人によって)売られたのを知っており、何度も父ヤコブにこれを話そうかと迷い、秘密を明かすか隠すかを(他の兄弟たちと)議論する中で顔色は変わったからである。だが結局は保つ事にしていた。この石はその舌を束縛したものであるので、ヤシェフェーと呼ばれ、また血を保つ力も持つ。(後略)」


書かれた魔除け


 これまで述べた全ての御守は、ユダヤ魔術で最も強力な要素――御名――を含んでいた、(羊皮紙などに)書かれた魔除けほどの人気は無かった。特定の必要に叶うように熟練者によって準備されたこれらの魔除けは、詳細では幅広く違っていたものの、一般的にその書かれた呪文の根底にある構造は一致していた。一部は聖書の引用のみで造られており、そこから導かれる御名が加えられている場合もあった。例えば、詩篇 第126篇の引用に、リリスに対する御名、サンヴィ、サンサンヴィ、セマンゲラフを加えた魔除けは、家の四方の角へと置く事によって、出産の危険から赤子を守るとされた。また赤子が生まれた時にその首に吊るす、詩篇 第127篇が書かれた魔除けは、以後の人生の全てで守護するとされた。天使の御名のみで構成された魔除けもあったが、それらは比較的稀であった。ほとんどの書かれた魔除けは、何世紀もの使用によってこの魔術の形に影響を与えてきた要素の組み合わせを含んでいた。


 以下の文は、ある典型的な幅広い働きのある魔除けについてのもので、これらの内容について知るのに役立つであろう。


「これは効果的な魔除けであり、試されて用いられたものであり、邪眼や悪霊に対抗し、捕囚や剣に対して恵みがあり、トーラーを人々に教えられるような知者となり、全ての病に対抗して回復させ、資産の損失にも対抗する。天地を創造したシャダイの御名により、この月を司るメムネ(天使)、天使ラファエルの御名により、そして汝ら、夏至のメムニム(天使たち)のスムメル、フンゲル、ヴングスルシュ、クンドルス、ニドメー、クミエル、サアリエル、アブリド、グリドと、その君主オラアニル、時間と星の天使の御名により、ケルビムの上に座する主、イスラエルの神、偉大にして力強く素晴らしき神の御名、その御名はYHVH ツェバオトにより、恵みの神の御名により、信じる価値ある癒しの神アディリロンの御名により、その手が天地に知られる神により、その御名YHVHにより、この書かれたもの、(対象の母親の名前)の息子、(対象の名前)の名前が書かれた魔除けによって我を救いたまえ。この者の全ての248の器官を捕囚と諸刃の剣から守りたまえ。この者がユダヤ人であろうとも異教徒であろうとも、悪人、悪しき発言、訴訟に対して救い、運び、守り、助けたまえ。この者を行いや言葉、助言や考えにより敵対する者たちを卑しめ、貶めたまえ。この者を傷つけようとする全ての者たちが、転覆され、滅ぼされ、卑しめられ、苦しめられ、壊され、その四肢が全て残らないようにしたまえ。この者が病になるようにと望む者全てが恥を受けるようにしたまえ。全ての妖術、全ての不運、貧しさ、悪人、突然の死、情熱の悪しき結果、全ての類の艱難と病から、この者を救い、運びたまえ。そして神の御座の御前と、この者を見る全ての存在からの恵みと愛と慈悲を授けたまえ。力強き獅子が、それよりも力あるマフギアを恐れるように、万物にこの者を恐れるようにしたまえ。私は(対象の母親の名前)の息子(対象の名前)に、ウリロンとアドリロンの御名により唱える。主を世々限りなく称えよ。アーメン、アーメン」


 この文にある要素は、1. 最も重要なものとして、神と天使の御名。2. 神の属性や自らの守護や癒しの力について述べた聖書の表現や句。例えば「その御名はYHVH ツェバオト」や「ケルビムの上に座して」など。他の魔除けの中には、これよりも明白なものもあるが、これよりも粗雑な文では、これらは全て含んでいない。3. この魔除けの様々な働きについて詳細を述べる。4. この魔除けを用いる人物の名前と、その母の名前である。


 全ての魔除けがここまで長いものや、複雑なもの、包括的なものではなかったが、ほとんど全てがこれらの4つの要素を含んでいた。単独の働きのための御守は無論、遥かにシンプルなものであったが、ここで挙げた例と本質的には違いは無かった。セフェル ラジエルが主張するように、作業では現在の状況を支配していたり、望んだ諸力を持つ天使たちの御名を含むように慎重である必要があった。また特定の病を癒す御守には、知っているならば、その責任のある悪魔の名前も書く必要があった。以下に引用する遥かにシンプルな魔除けの例では、聖書の詩句は省いているものの、残りの必要条件は満たしている。


「(上位者からの)恩寵を得るには、以下を羊皮紙に記して、常に身に付けよ。我が右のハスディエル、我が左のハニエル、我が頭のラフミエルの天使たちよ、全ての人の前で、我が必要とする全ての者の前で、我が恩寵と恵みを見い出せるようにしたまえ。ヤー ヤー ヤー ヤウ ヤウ ヤウ ヤフ ツェバオトの御名によって。アーメン アーメン アーメン セラー。」


ニューヨークのユダヤ神学校図書館の御好意により

2つの中世の魔除けの文

上は「恵みと恩寵のため」、下は「全ての武器に対しての守護のため」

セフェル ラジエル(1701年。アムステルダム)より


 書かれた魔除けには呪文の他にも、魔術的な図形の装飾がある事も多かった。それらの中でも最も多いのは、ペンタグラム(五芒星。「ソロモンの印」と一般に同一視されていた)とヘキサグラム(六芒星)であった。特にヘキサグラムはユダヤ人の愛着で特別な場所を占めており、「ダヴィデ王の盾章」の名の下で、ユダヤ教のシンボルとも見做された。この印とユダヤ人の繋がりは強かったので、今日ではこれは数千年も伝統的に用いられてきたように見えるだろう。そのためこのマゲン ダヴィドが、キリスト教徒にとっての十字架や、イスラーム教徒にとっての三日月のように、ユダヤ人の信仰のシンボルとして受け入れられていたのは、実際には僅か数百年しかなかったと知ったら、一部の読者は驚く事だろう。事実、ヘキサグラムはユダヤ教との直接的な繋がりはなく、これら2つの図形は人類共通の資産である。これらは、ペルー、エジプト、中国、日本で神秘的、魔術的な役割を演じていた。これらはギリシアの魔術パピルスにも見つかり、インド人は力ある魔除けとしてヘキサグラムとペンタグラムを用いており、アラビアの魔除けや中世中国の魔術書にもよく現れていた。ドイツではDrudenfussと呼ばれるペンタグラムは、厩舎のドアや、ベッド、揺り籠に、まじないに対する守護として彫られているのを今でも見る事もあるだろう。これらの魔術的な性質は古代からユダヤ人の間では知られており、後タルムード時代の初期の呪文書の中でもよく現れていて、中世の魔除けとメズゾトにも多く現れていた。そしてこの魔術のヘキサグラムの三角形の中には、神の御名や聖書の詩句が書かれる事が多かった。


 ユダヤの魔除けで別の種類であるが同じように用いられていたものは、以下にあるような、その先端に円のある直線や曲線の組み合わせの図形であった。



 これらは、円、螺旋、正方形、その他の幾何学模様に散りばめられていた。この種の図形は、初期のアラム語の魔除けで現れていた。これらの元の意図が何であったかは、現在では判断するのが難しい。これらは単に神秘的な雰囲気を出すためなのか、それとも何らかの意味を持っていたのか? 何人かの中世の著者たちは、各ヘブライ文字と関連づけて魔術のアルファベットを造っているが、残念ながらこれらのいずれもお互いに同意しておらず、魔除けに記された文字を解読する役にも立たなかった。これらのアルファベットは、個々の創造物であり、これらのサインに元があるというよりも、これら自身の思い付きの産物と結論付けざるを得ない。これらの図形は、魔除けの文の最後に小さな集まりや多数乱雑に書かれており、魔術師の巧みさに拠っていた。一部の魔除けは完全にこれらのサインで構成され、書かれた文は全く無かった。以下の御守は、これら全ての要素を示している。


「これは恵みと恩寵のための魔除けで、鹿の皮に描く。恵みと恩寵のあなたの普遍的な御名、YHVHにより、そのYHVHの恵みを(対象の母親の名前)の息子、(対象の名前)に与えたまえ。「主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ」(創世記 第39章21節)とあるように、義人ヨセフを見る全ての者らから恩寵を与えさせ、回復させたように。ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、カブシエル、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー、ヤー、エヘイエー、アハー、アハー、アハー、アハー、イェフ、イェフ、イェフ、イェフ、イェフ、イェフ、イェフ、イェフ、イェフの御名によって。」



 さらに他の種類の魔除けについては、確信を持って語るのは難しい。この北欧ユダヤ人の最も初期の記録は、12世紀のアブラハム イブン エズラがこれについて述べているものの、16、17世紀から来たものである。だがこれが北欧でもかなり昔から知られていた事には、ほとんど疑いが無い。これはZahlenquadrat(魔方陣)として知られ、それぞれの行と列、斜めの合計がイコールとなる数の連なりで形成された正方形である。これは複雑そうに聞こえるかもしれないが、実際はシンプルなものである。



 これは、これらの図形の中でも最もシンプルなものである。他は、4x4の16、5x5の25、6x6の36などのマスで構成されている。アグリッパ フォン ネテスハイム(1486年 - 1535年)は、著書「オカルト哲学」の中で、これらの魔方陣の特別な占星学的な意味合いについて記しており、それぞれを惑星の神々と関連づけ、キリスト教カバリストと魔術師の間で非常に人気を得る事となった。これらのキリスト教徒の魔除けは多数あるが、その多くがヘブライ語で書かれており、結果としてユダヤ起源と誤解される傾向があった。たとえヘブライ語で書かれていたとしても(キリスト教魔術でも、ヘブライ文字を用いる事が多かった)、これらの占星術の魔除けは、ユダヤ人が仮に用いていたとしても、アグリッパがこの体系を開発して、キリスト教徒の実践が反映した後の時代のみである事には疑う余地が無い。


 これらの魔方陣の占星学の様相はともかくとして、上記での9マスのシンプルな図形は、魔術の歴史で長い様々な経歴があった。これは古代中国やインドでも高く評価されており、アラビア魔術でもよく現れていた。そしてユダヤ人にとって、この図形は特に力ある性質があると見做されていた。このオリエント魔術のバックグラウンドや、数の組み合わせについてのピュタゴラスの神秘説の他にも、数としてユダヤ人が用いていたヘブライ文字には、特有の魔術的な意味合いがあったからである。この図形の中心の5の数は、ヘブライ文字ではヘー(ה)であり、これはテトラグラマトンの象徴でもあった。一方で合計の15は、ヘブライ文字ではヤー(יה)であり、これはテトラグラマトンの部分であると同時に、それ自体が神の力ある御名とされた。ヨーロッパの博物館にあるこれらの文書を調べるならば、それらの例を見い出せるであろう。


ユダヤの魔術と迷信 10-2
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