ユダヤの魔術と迷信 9-2

ページ名:ユダヤの魔術と迷信 9-2

共感魔術


 このような呪文に伴う魔術の行動の他にも、行動が実際には勝るものも多数あった。もっとも、ある魔術書にあるような「手で1マイルの深さに処女土を掘って」泉を作るような英雄的な行いを、多くは必要とはしなかった! 遥かに容易に行えるほとんどのものは、フレイザー卿が共感魔術(ホメオパシーあるいは模倣と伝染の2つの部分により構成される)と名付けた類であった。ここでは魔術師の行動は、対象の人物か自然を模倣するものであった。この極端な例は、世界中に存在する、敵を傷つけたり滅ぼすために、相手を表す人形を傷つけたり滅ぼしたりする実践である。現在ですらあるこの残存物は、憎まれている政治家の肖像を燃やしたり吊るしたりする、より悪意の無い風習の中に見る事ができよう。これらのデモンストレーションの背後には、この肖像に訪れた運命が、その犠牲者も体験してほしいという、期待でなかったとしても望みが潜在的にあるのは確実だと私は思っている。


 中世の間、この死の呪文、全ての中でも最も恐ろしいものは、幅広く用いられ、普遍的に恐れられていた。権力者や王たちはこのような企みにより、自分たちに恐ろしい運命が降りかかるのではと震えあがっていた。そして実際に、高位にある人物へ向けられた像の魔術の多くの例があった。1574年のフィレンツェで、コジモ ルギエリはフランス王シャルル9世に対して蝋人形を用いて呪った罪で逮捕された。そして、この王は1ヶ月後に不可解な死を遂げた。1560年に長いピンが胸に刺さったエリザベス女王への蝋人形が、リンカーンズ イン フィールズで発見され、イングランド宮廷を騒然とさせた。ゲオーニーム時代に書かれたモーセの剣には、このようなまじないの処方が書かれていた。「あなたが人を殺したいと望むならば、川の両岸から泥を取ってきて、それで人の形を造り、呪う人物の名前を書け。それから、7本の大きなヤシの木から7枝を取って(矢を造り)、アシと馬の腱の糸からは弓を造り、像を穴に入れてから、弓を引き絞って、像へ向けて矢を放て。そして、矢を放つたびに、(様々な御名)により、この者は滅ぼされると唱えよ。」


 中世ユダヤ人は、「蝋人形を準備した魔女」について様々な引用が示すように、この技術に精通していた。だが以下に引用する2つの例を除いて、私は敵を痛めつけたり殺したりするために、これを用いていたという示唆を見つけていない。これが用いられていたのは、盗人に盗んだ物を返させる事のみのように思える。この盗人に対しての魔術で、より一般的な方法と違っている部分は、盗みの容疑者の絵を壁に描いて、釘をこの絵の部分、通常は目に刺して、元の盗人の方に盗品を返させるまで痛みを与える事にあった。


 この方法によってキリスト教徒の命を奪っていたという、ユダヤ人に対してよくある告発には、ユダヤ文献からは絶対的に何の確証も見い出せない。ユダヤの魔術書はこの種の事を抑圧したり、隠したりする必要は全く無く、自己検閲も内外からの強制も無かった。これらの書はユダヤ人に対してのみ意図しており、ごく少数の選ばれた伝授者たちの間でのみ読まれていたからだ。もしこのような技がより一般的に用いられていたとしたら、これらの魔術書にもその事の証言があったであろう。


 先に述べた2つの例は、14世紀の文書に見い出せる。これらの技法そのものは違うものの、両者とも同じカテゴリーに属する。敵の死を望むならば、「葉にその名前を書いて、火で炙って縮ませよ。」あるいは、「ミルクの中で煮て、(被害者の名前)の心臓がこのように沸騰せよ、と述べよ。さすれば、あなたの敵の心臓は沸騰して、死ぬであろう。」この同じ魔術書では、愛の魔術でも同様に用いていた。名前を書いた葉を燃やす事で、対象の心も情熱に燃えるようになる。15世紀のヘブライ語とイディッシュ語が混ざったある魔術書には、その言語と処方にドイツの影響を見まごう事無く示しているが、よりオーソドックスな像の魔術についての似たような示唆が記されている。これは完全に引用する価値がある。なぜなら、この種のまじないに伴う事の多い「ビジネス」について記しているからだ。


「処女蝋を用意して、女の像を造れ。それには性器と、あなたが心に思っている人物の特徴も明白に描くようにせよ。そして胸に、(対象の父親の名前)の娘(対象の名前)と(対象の母親の名前)の娘(対象の名前)と記せ。そして背中の両肩の間にも、同じように記せ。そして像に向かって、(対象の両親の名前)の娘、(対象の名前)が私に強い情熱を燃やすのが、主の意志とならんことを、と述べよ。それから像を土の中に埋め、その四肢が壊れないように慎重に行え。それから24時間放置せよ。それから家の軒に(再び)埋めよ。誰もあなたの行動を見ないように慎重にせよ。それから、この像が壊れないように、上から石で覆うようにせよ。あなたが掘り出す時には、慎重に3回水をかけよ。そして1回目の時にはミカエルと、2回目の時にはガブリエルと、3回目の時にはラファエルと呼べ。そして幾らかの小便もかけよ。そして乾かしてから、あなたが対象の女に情熱を燃やしたいと望む時に、像の心臓の最も痛みを感じる部分に新しい針を刺せ。それにより、今からこの娘は日々、この痛みを体験するであろう。」明らかに、この可哀想な娘は、愛の痛みと傷の痛みの両方で苦しむ事になろう。ちなみに、この内容全体は逆向きに書かれている。


 この像の魔術との繋がりで、また全ての中世ユダヤ魔術で事実である事がある。原始的な部族では、呪文を伴う事が多い共感と伝染の道具は、自動的に働くと信じられていた。フレイザー卿や他の研究者が引用する多くの例の中で、霊の介入を仄めかすものは1つも存在しない。共感の規則による単純な行動が、その関連する効果を生みだすとされた。一方でユダヤ魔術の実践では、この一般原理を用いつつも、その理論の全てで、結果のために主に霊に拠っていた。これらの行動に伴う呪文には、霊を魔術師の支配下に置くのを意図した慣習の要素全てを含んでおり、何人もの著者たちが代理の天使によって、像や絵に与えた打撃を、意図した犠牲者に送って、効果をもたらすと明白に主張していた。この霊の仲介はユダヤ魔術をより原始的な呪術と区別するものであったが、一部のキリスト教徒たちにも認められていた。例えば、オーベルニュのウィリアムは、こう記している。「このような像(の魔術)がたまに成功するように見えるのは、魔術師が像になした事に対して、悪魔が像の対象となった人物の同じ部分を傷付けるからであり、そのため像の性質がこの結果をもたらしたと人々を欺くのである。」この点は重要である。なぜなら、これは「行動」を通じて、すなわち共感の原理を通じて働く、大きく禁じられた種類の魔術と、中世のラビたちが渋々と大目に見た霊の魔術との違いを示すからである。


 何かを縛ったり、縛るのを暗示するものには、制約や傷つける効果があるというのは、過去と現代の迷信で幅広く信じられていた。それらはユダヤの民間伝承でも見い出せ、結婚前に花嫁が髪を解いたり、花嫁・花婿の衣服の結び目を解く事や、死体の白衣に結び目が無いように慎重であるよう警告があった。これらの警告は結び目に対する迷信的な恐れが基になっているだけではなく、そのような結び目が妖術師の興味を惹く事への恐れからでもあった。結び目を結ぶのは、一般的なホメオパシーの道具であり、魔術の説明全体に用いられる事すらあった。例えばタルムードでは、魔術は「結ぶのと解く」事で構成されると述べている。またダニエル書(第5章12、16節)でも、「結び目を解く」能力は、魔術師の達成の1つとして挙げられている。タルムード文献には、結び目の魔術の幾つかの例が含まれている。またアル クルアーン(第113スーラ)の結び目の魔術の使用への有名な引用では、あるユダヤ人の魔術師が結ぶ事でムハンマドを呪い、預言者は結果として病気にかかり、食事もできずに妻たちも無視するようになったという。タルムード後のアラム語の呪文書にも、常に結ぶのを避けるように指示があったり、全ての霊、悪魔、魔術師を「結べ、結べ、結べ」とあったりし、別のゲオーニーム時代のある呪文では、「墓地に座り、人を病にする悪霊」を呼ぶのに、「(犠牲者の名前)の頭、その目、その口、その舌、その喉、その気道に結び目を造れ」とある。


 なお預言者ムハンマドがその妻を無視するようになったのは、結び目の魔術の典型的な効果であり、これは夫婦生活の活動を防ぐと一般的に信じられていた。中世ドイツでは、この実践はNestelknüpfenとして知られていた。タルムード文献でも、花嫁と花婿を「結ぶ」事への引用が少なくとも1つあるが、中世のユダヤ人がこの力を信じていたのは、この内容よりも、ドイツの隣人の例からである。中世のヘブライ文献では、夫と妻が同居できなくする呪いへの不満が多く記されている。またアサル(結ぶ)という言葉は、「結び目のまじないによって、妻との関係を楽しめなくなる」の意味で一度ならず記されている。


 他にもこの共感の原理を用いた多くの魔術の行動が、曖昧に記されていつつもある。この種の魔術の数えきれない可能性について示すのには、幾つかの例を出すので充分であろう。「盗人を拘束するには、盗みが起きた家から塵を幾つか集め(盗人が踏んだ塵は、その衣服、爪、髪のように、その人格の本質が染み込み、そのような物は世界中の魔術で重要な場所を占めている)、リネンの布で縛り、ユダヤ人か非ユダヤ人の墓に埋め、「この塵を含んだ布が、我が同意と助け無しには、この場所から離れないように、盗人も今立ったり座ったりしている場所から、我が許可無しには離れられない」と述べる。


 この原理の働きは、以下のまじないでは、先のものほど明白で直接的なものではないが、にも関わらずここに記すとしよう。情熱を燃やすには、小さな手鏡を言い値で購入し、ガラスの後ろのピッチを幾つか削り取り、この場所に3回愛する相手の名前を書く。それから、この手鏡を交尾している2匹の犬の間に置き、これらの犬が鏡に映るようにする。また相手の娘がこの鏡を見るようにする。それから鏡を娘がよく通る場所に9日間埋めて、それが過ぎたら常に手鏡を身に着けるようにする。この意図は娘の名前と人格と関連づけられた鏡に結び付けられた性的な行動の魔力を通じて、この娘を刺激する事にある。また別の例で、未来の妻を見るためには、塩、小麦粉、卵を用意し、秘密に混ぜて、寝る前の夜に食べる。あるいは、テーブルの背後に置いたままの塩、パン、ナイフを用意し、それらを枕の下に置いて寝る。これらの意図は、こじつけめいているのは認めざるを得ないが、台所の女主人が用いる物を集める事で、その幻覚を造り、家の女主人となる女が現れるように刺激する事にある。


 共感魔術で人体や動物の体の部分を用いるのは、中世ヨーロッパではよくあったが、ユダヤ人の実践では極めて稀であった。髪や爪を燃やしたり、排泄物に熱い灰を覆ったりするといったような、人体の部分を悪用する事で、傷付けられる事をユダヤ人は知っていたが、この知識はユダヤ人の魔術ではほとんど使われなかった。キリスト教徒の妖術では、内外の使用のために、人間や動物の血、脂肪、心臓、性器、脳、排泄物などといった様々な不気味な材料が定められていた。その主な理由は、これらのホメオパシー的な性質からである。死体から取り出した部分は高い価値があり、特に盗みの魔術で求められていた。これらを家に散らばらせると、その住人を深い眠りへと結びつける力があったり、死者の脂肪や指、特に新しく生まれたり、生まれ無かったりした赤子のものでロウソクを造ると、盗人は自らは不可視でありつつ、闇を見る力が得られるとされた。


 この中世のユダヤ人がこれらの人体の部分を用いるのを控えていたのは、おそらくは彼らに名誉が帰するとはいえず、これらは古代のユダヤ律法による厳密な禁止から来ているからである。あらゆる場合で血を飲む事や、特定の状況によらずに殺した動物の肉を食べる事や、死体のいずれの部分も用いる事への禁止は、ユダヤ人の心に深く根付いており、そのような物を用いる事を忌わしい事とされた。疑い無くユダヤ魔術でもそれらの実践の僅かな例はあるが、これらはユダヤというより同時代のドイツでの使用から来ていた。私が見つけて、これから述べるつもりの僅かな例は、3つを除いて全てドイツの迷信から来た後期の文書からきたものであり、非ユダヤ人の魔術書と容易に符合する。そのほとんどは、愛のまじないと媚薬の調合の内容である。


 愛情を引き起こすには、以下の内容がある。1. 呪文を彫った小さな銅板をあなたの精液で満たしたガラスのゴブレットの中に入れて、女性が必ず通る場所に隠す。2. (これは女性用)熱い風呂に入ってから、体全体を小麦粉で覆い、多くの汗をかく。清潔な白いリネンの布でそれらを拭ってから、皿の上に絞り、それに卵を混ぜる。それから手足の爪と体全体の毛を切り、これらを粉末状になるまで燃やす。これらを集めて、パンとして焼いて用いる。3. 手足の爪と陰毛を切り、粉末状になるまで燃やす。それから水の中に入れて9日9夜保ってから飲むのに用いる。4. (これは逆向きに書かれている)木曜日に生まれた卵を割って中身を取り出し、残った殻に左腕から取った血で満たす。そしてこれを雌鶏の下に置く。そして雌鶏が卵をかえすと、卵の殻を人間の排泄物と共に燃やして、粉末状にする。それから(別の)雌鶏を言い値で買い、バラバラに引き裂いて、その心臓をあなたの舌の下に「それが死ぬまで」置く。それから心臓も灰になるまで燃やして、この様々な粉末を混ぜてから用いる。5. より簡単な方法は、雌鶏を買って、引き裂いてからその心臓を取り出して、あなたの舌の下に置く。6. モルモットから幾つかの血を取って、乾くまで皿の上に置いておく。それから鳥の羽根に混ぜて、それを2人が出会う時にその間に密かに置く。7. 対象が男ならば雄を、女ならば雌の、生きているモグラを用意し、その右足を叩く。「そして、これはあなたに真の愛をもたらすだろう。」この最後のは、「並ぶものが無い」と宣伝している! そして最後に、8. 「ヤツガシラの鳥の舌を、心臓の右に吊るすならば、あらたゆる敵を、たとえ王といえども負かすであろう。そして女がこの左目を首から吊るすならば、その夫は彼女がどれだけ醜くても愛し、決して他の女を愛さないであろう。多くのギリシアの賢者たちが、これを試しており、私もまた行い、これが事実であると確認している。」


 だがこれらの僅かなまじないは、キリスト教徒の間で行われていた無数の様々なものと比べたなら、大した事はなかった。このような幻想的で、反社会的な事も多かった調合物と方法が、愛の甘い感情を起こすのだろうかと読者は疑問に思えるだろう。だが中世人の心の中では、この繋がりは極めてシンプルで論理的であった。汗、爪、毛、血などを通じて、愛する相手の体へ自らの意志を送り込むならば、その心にも同様に引き起こすであろうし、その激しい性生活と多産で有名な、雌鶏、モルモット、モグラといった動物も用いる事で、極端に冷淡な人物も、これらを真似るように動くだろうと考えられた。


 動物の部分と、人間と関連づけられたものは、他にも同じ原理であったが様々な目的によって魔術で用いられていた。例えば、遠くにいる人物を連れてくるには、その着ていた服の布切れを用意し、唾をかけて(あるいは切って)、新しい土器によってその下から香を焚いて、その間土器には白いスティックで叩き続けて、布の持ち主を連れてくる様々な御名を呼び掛けた。また、扉のロックを開けるには、オスのカラスの右足に蛇の肝を塗りつけてから、これでロックを叩く。また、敵を不眠症にするには、生まれたばかりの、まだ日の光を見ていない犬の頭を用意し、その口に呪文が彫られた金属板を入れて、蝋で口を封じて、獅子の印象を生み出す印で封じる。それから、これを敵の家か、よく通る場所に隠す。この呪文の一部はこう記されていた。「この者を鉄の鎖で縛りつけ、真鍮と鉄の枷により結び付け、この犬のように吠えさせ、その母のように泣かせて、私以外の誰もそれを解けないようにせよ。」この哀れな犬の苦しみ、その母犬が眠る事無く仔を探し求め、力強い獅子の印で封じるという象徴主義に、さらに幾つかの魔術の縛りも加えることで、犠牲者の休息を防ぐと考えられていた。


 また本質的には霊に捧げていた他の種類の魔術の行動もあった。これらの霊の恩寵と助けを得るために、その性質は世間からは認められていなかったが、にも関わらず、「霊に生贄を捧げて、香を焚くのは魔術師の慣習である」と認識されていた。その方法の1つは、2羽の白い鳩を特別な方法によって殺して、その内臓に古いワイン、純粋な香、透明な蜂蜜を混ぜて、全てを炉床で燃やすと、そこから立ちあがる煙は、魔術師に神託の夢を引き起こすとされた。他にも、雨を起こすには、白い雄鶏を殺し、バラバラにして内臓を引き出して、そこに没薬、フランキンセンス、クロッカス、良質な白胡椒、「白い花」、蜂蜜、ミルク、古いワインを満たす。そして、太陽の光の下でこれらを保ちつつ、呪文を唱える。だがもしもこれが働かなかったら、大地にミルク、蜂蜜、ワインを7回降り注ぎ、「力ある、恐ろしく、聖なる御名」を唱えるならば、「雨はすぐに降ってきて、大地は蘇るであろう。」この第1の例は純粋でシンプルな供犠であり、第2の例は、伝統的に自然の豊かな果実と共に、雨を真似るホメオパシーの道具も組み合わせている。また、降霊術のある術式では、墓にいる死霊に対して、新しいガラスの椀に入れた蜂蜜とオイルの混合物を捧げ、「私は汝、墓の霊を召喚する。(略)我が手からこの供犠を受け取り、我が望みをなせ」と唱えるように定められている。このような食物の供犠と共に率直な望みを告げるのは、無論珍しい事であったが。これらの例は、よく行われていた魔術の特徴を描くのには充分であろう。


ユダヤの魔術と迷信 10
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