ユダヤの魔術と迷信 7-2

ページ名:ユダヤの魔術と迷信 7-2

神の御名


 魔術で用いられる全ての名前の中でも、神と直接に繋がっている名前は、魔術用語のランクの中でも最上位に位置していた。全能の本質が含まれているという直観により、これらは古代から聖性と畏怖のオーラに包まれていた。既に中世が始まる前から、テトラグラマトン(יהוה)は口で唱えるには神聖すぎる「言いようのない御名」となっており、1年に1度、エルサレム神殿の至聖所で大祭司によってのみ唱えられ、一般には代わりに「アドナイ(我が主)」の言葉が使われていた。タルムード時代には、「言いようのない御名」の数は増えていった。12文字、42文字、72文字の御名があり*1、エリート中のエリートの選ばれた集団にのみ教えられていた。さらにその次の諸世紀には、8、10、14、16、18、21、22、32、60文字あるいは音節の御名が発見されていった。これらの御名の秘教的な意味合いや力を語らない秘密主義の神秘家たちの、長く煩雑とした継承を通していった結果、これら全てはオリジナルの4文字の御名から、概ね怪しげな経由で導かれたと見做されている。


 神秘家がこの秘密の伝承に興味を持っていたように、実践的な興味のあった魔術師は御名そのものに注意を向けていた。カバリストたちはこれらの御名を用いるためには、それ以前に充分に理論に精通する必要があると力説していたが、魔術師は御名をさっさと手に取り、理論は学者たちに置いておいた。魔術師は「神の御名は世界を創造したり破壊したりする」と知っており、没頭していた事は、「全て」の御名の知識を得る事であり、例え世俗的でなかったとしても、全て実践的な目的に用いる事だったからだ。そして魔術師の行動は、カバラで御名の深い意味合いについて堅固な思考の無いまま手を出す「無知で不信仰な輩」への厳しい非難にも防げられてなかった。


 古代に用いられていた神の御名の別のカテゴリーもあった――聖書に出ていた神の御名と属性である。これらの徳はタルムード時代にはユダヤ人と異教徒の両方に知られており、ユダヤ、グノーシス、ヘレニズムの呪文で用いられていたのを見い出せる。中世になっても、これらはユダヤ人とキリスト教徒の達人たちの神秘的伝承のお気に入りに留まっていた。7世紀のセビリャのイシドールス*2は、そのような御名の10のリストを書いており、ユダヤの伝承とも一般的に一致していて、後の時代のキリスト教著者らから引用、注釈される事が多かった。酷い音訳や伝達にもかかわらず、これらはなおも認識可能である。これら10の御名は、エル、エロエ、サバオト、ゼリオズあるいはラマテル、エイェル、アドナイ、ヤー、テトラグラマトン、サダイ、エロイムである。よく使われていた別の御名は、モーセに対して燃える柴の中で明かされた、エヘイエ アシェル エヘイエ(「我は有りて有りし者」)であった。これらの御名は御守で用いられる事が多かったが、神秘的な力では他のように高いランクには属していなかった。


 これら全ての御名の中でも、一般とオカルトの力の両方で最上のものは、神のオリジナルの御名、YHVH(יהוה)の4文字であった。またその諸力は、様々な派生にも帰するものとされ、YAH、YAHU、HUなどの接頭辞から、文字の12の並び替えによるYHHV、YVHH、HVHYなどまであった。接頭辞のYAHは特に魔術書でよく使われていた。神秘家たちは、これらがテトラグラマトンの代用となり、あらゆる面で正確な同等物であると示そうと努めていた。もっともそれらの証拠は主にフォーマルな性質にあった。やがてはテトラグラマトンという(ギリシア語の)単語そのものすら、御名の力を持つようになっていた。そして、これまで与えられていた可能性にも満足していなかった魔術師たちは、神名の新しいヴァリエーションを作るために母音点を変えて、YAHAVAHA、YEHAVHA、YAHVAH、YEHEVEHなどの形が魔術師のポートフォリオの中に加えられた。


 この実践は全ての御名で用いられた。それは以下の説明によって正当化されていた。「子音は名前の『体』であり、母音はその『衣』である。そして体は身に纏っている衣によって形作られる。(略)そのため、母音はより重要な要素であり、その発声により潜在性から実在性へと転移させ、聖なる御名の特別な徳を定める。」言い方を変えると、それらの諸力やそれらが特に力のある時間も決められていた。これらの御名の発声の多くが不明瞭であり、その発音の様々な言い伝えがあった事は、それらの使用にある程度の自由を与え、どの御名にも拡張する可能性を開いていた。だがこれらの派生の諸力全てが、オリジナルの御名から直接的に導かれていた。


 複数の文字の御名の中でも、ここでは22、42、72組のもののみを議論するとしよう。これらのみが、この時代の文献の中でも形と内容で継続性を有していたからである。他のものは神秘家個人の独創の産物であり、ユダヤ魔術の実践では継続的な影響を与えなかった。必要な技量と訓練をしていたら、誰でも伝統的な魔術の御名を、承認されていた技法を用いる事で個人的使用のために拡張させる事はできたが、これら3つの御名は(さらにテトラグラマトンも加えると)、魔術の構造の要石であり、自尊心のある魔術師でこれらを無視する事は出来なかった。


 タルムードに記されていた12文字の御名は、タルムード後の時代には忘れ去られていた。神秘家たちには未知となっており、民数記 第6章24-26節の祭司の祝福と関連するという言い伝えもあり、再構築しようとする者らもいたが、ユダヤ魔術では何の役割も演じなかった。そして14文字と22文字の2つの新しい御名に取って代わられ、14文字の方は、比較的僅かしか使われていなかった。これはシェマー*3の言葉で構成され、テムラーの方法(付録1を参照)によって作られたものである。これは神の正当な御名と見做され、時には呪文や御守でも用いられていたが、その主な使用はメズーザーの背後に彫っていた事だった。


 だが22文字の御名は別の問題であり、より興味深くも複雑なものであり、そして魔術師には遥かに重要であった。これはセフェル ラジエルによって大衆に広められた。この本は主にウォルムスのエレアザルが書いたとされたが、ゲオーニーム時代の神秘家たちの文献から多く引用したものだった。そのためこの本がユダヤ人の大衆に伝えるよりも前にも、この御名があった可能性が高いが、それ以上にはこの御名の成立年代については不明である。これは急速に幅広く人気を得る事となり、多くの呪文や御守で特に力ある御名として用いられた。そして17世紀には、シナゴーグの儀式でも祭司の祝福を読むのと関連した祈りで用いられるようになった。


 この御名が得た(魔術的な)評判は、その奇妙な構成から来ているのは疑いない。


אנקתם פסתמ פספסים דיונסים


 アナクタム パスタム パスパシム ディオンシム(この発音は疑わしいが、おそらく似たようなものだったろう)という発音と、この22文字に含まれたヘブライ文字そのものに神秘的な力があるとされた。残念ながらセフェル ラジエルは、この御名の説明を与えておらず、またこれはヘブライ語やアラム語の言葉との明白な関係も示していない。この言葉の異国起源を調べる危険にもかかわらず、これらはある程度は同意されている結果を生み出している。ディント氏はこれらはギリシア神話のアナクソスや、ゾロアスター教のアナーヒター、ヘーパイストス、ピスツゥス、ポセイドーン、プリアーポス、ディオニューソスといった古代の神々の名前の歪んだ形であり、これらの言葉の変装の背後で様々に隠れていると見做している。ギリシアの神々が敬虔なユダヤの衣を着て変装している!


 だがこれらの学者たちは、この奇妙な御名の由来を探すのに熱中して遠くへ行きすぎていた。その源はより近く、彼らが見落としていたユダヤ伝統の中に見い出せよう。一部の学者はこの御名をユダヤ起源から来たものとしており、一部の祈りの文の頭文字の集まりとしている。だがこれらの祈りは事後の予言であり、この御名のオリジナルの源よりも、後の著者らの発明であるのを示している。17世紀のカバラの祈りの書の編纂者であり、この御名を祈りの儀式へと導入したハノーヴァーのナタンは、このような頭文字の祈りの著者でもあった(22文字の御名だけではなく、42文字と72文字のものも作っていた)。そして自らもこれらの御名を学者として研究し、聖書の文と概ね曖昧に関係しているヘブライの言葉と見做していた。だがこれらの研究は、古典派のものよりも価値のないものであり、奇妙なインスピレーションが尤もらしさと混ざり合ったものだった。


 だがハノーヴァーのナタンが、この御名を祈りへと入れて祭司の祝福と関連づけた事は、この長く続く伝統に敏感なのを示していた。祝福は長い間、ユダヤ神秘的思弁の伝統で重要な場所を占めていた。その主な理由はエルサレム神殿が存続していた時に、神官が祝福をしている間、秘密の神名も一緒に「飲み込んで」唱えていたと信じられてきたからだった。そして22文字の御名が最初に現れた時、それは既に祝福と関連づけられていた。またセフェル ラジエルの中にある4つの例のうちの2つもそうであった。これらの関係は、神秘伝統で特に重視されていた2冊の本の中の注釈によって、さらに緊密なものとなっていた。それらの一方では、「アナクタムなどの22文字の御名は、(祭司の祝福の)22文字で構成された5つの単語、すなわち יאר יהוה יברכך יהוה וישמרך‎ から導かれている。」と述べている。そしてもう片方も同様に明解である。「22文字の御名は、カバラの伝統に従った多くの『アルファベット』による、祭司の祝福から来ている。」


 神名を変換するのに、文字の並び替えや置き換えによって無限の可能性が開かれるのを知り、またユダヤ神秘主義でのそのような技法の人気からして、これらの著者たちが真実を語っているのを疑う理由がない。祝福の5つの言葉にある22文字の数が御名の数と対応しているだけではなく、これらの個々の言葉と御名の構成部分との照応もある。セフェル ラジエルとハノーヴァーのナタンの両方とも、御名の最後の言葉を2つの言葉として読むように主張していた。それによって5つの単語となり、以下の様に対応できる。


יברכך יהוי וישמרך יאר יהוה‎ (祭司の祝福)

אנקתם פסתס פספסים דיו נסיס (御名)


 16世紀のサフェド学派の有名なカバリスト、モーゼス コルドヴェロは、祝福の言葉からこの御名を導く詳細を教えるアルファベットの転換表を書いている。


 42文字の御名はハイ ガオンは知っており、完全なものではないが、それが何であるかを明白に示すのを恐れなかった。ガオンはこう述べている。「この御名の子音はよく知られているが、その適切な(母音の)発音については、言い伝えは述べていない。ある者は最初の部分をアブギタと唱え、他の者はアビグタと唱える。そして最後の部分は時にはシャクヴァジトとも、時にはシェクジトとも唱えられるが、決定的な証拠はない。」ガオンが適切な読み方を知らないのは、私の意見では、この御名がかなり古くからあるのを示しているように思える。ヘブライ語のような言語では、子音は固定されているが母音は何世紀も伝達されている中で転移したり変わったりする傾向がある。特にそれが、この場合のように、そのプロセスに秘密が取り巻いていたり、口承の性質が個々の派生を生み出す傾向があるならばである。この御名が比較的最近作られたものならば、そのような混乱は起きなかっただろう。このような名前を扱う際に主に考慮されていた事は、その形と発音を守り、よってその力を保つ事にあるからだ。この御名について述べている中世の諸文書では、完全に母音点を欠いており、もはや発音の再構築は出来なくなっている。口承によって続いた発音の派生は、時代が過ぎるごとに増大していき、事実、この御名には多くの版があった。そのためここでは子音のみに制限する事にして、42文字の御名は以下のようなものである。


אדגיתץ קרעשטן נגדיכש בטרצתג חקדטנע יגלפזק שקוצית‎


 大きな徳が、この御名全体だけではなく、寓意的、神秘的な規則による解釈によって、その構成する部分にもあるとされた。例えば、5つ目の単語 חקדטנע は、ゲマトリア(文字の値の計算)を用いれば、天使グズレルと同等とされた(両方とも合計241の値となる)。この御名の部分を唱える事で、唱える者に天から放たれた悪しき布告(ゲゼラー)を撤回できるとされた。2つ目の単語 קרעשטן はヘブライ語では2つの単語「サタンを引き裂く」と読めるが、「狂ったり、悪霊や悪魔に攻撃されている者には良い。この御名を魔除けに書いて、犠牲者の首から吊るすならば、それにより治癒されるであろう。」この御名の部分は、それ自身の生得の御名の威厳と力が与えられていた。一部のカバリストはさらに各文字を個別の名前として用いており、その結果この1つの御名は42の数の御名となった。


 この御名はアナ ベコアフで始まる祈りの頭文字から導かれたと一般的に見做されている。この祈りは2世紀のラビ ネフンヤ ベン ハカナーが作ったとされている。この祈りがこの御名の源であったり、2世紀にまで遡るのはあり得そうにないが、この説はこの御名が古くからあったと考えられていたのを示している。ハノーヴァーのナタンが22文字の御名で行っていたような例示が、ここでもされたのは疑いが無い。だが中世の神秘家たちには、この御名が聖書の最初の42文字から導かれたという言い伝えがあった。この説は何度も現れており、12世紀の有名なタルムード学者のラッベヌ ヤコブ タムすらも認めていた。この記録が事実であるのに疑う理由がない。


 72組――これは文字ではなく、音節あるいは3つ組である――の「聖にして荘厳なる」御名は、これらの人工的に作られた御名の中でも、最も強力で(セフェル ラジエルでは、この御名の助け無しにはどの魔術も効果が無いとすら示唆している)、また同時に最も神秘性のないものである。その構成はゲオーニーム時代には既によく知られていたが、その発音には疑いがあり、有名な訓詁学者のラシは、それが作りものであるのを暴露するのを躊躇わなかった。この御名を作る方法自体は単純である。おそらく、神秘的な用語に取り囲まれていたため、学徒の分析力はこれに気づくには鈍くなりすぎていたのだろう。ともあれ、これは出エジプト記 第14章の19-21の3つの節を基にしている。それぞれの節は72文字で構成され、19節の最初の文字、20節の最後の文字、21節の最初の文字を組み合わせて、御名の最初の3つ組が作られる。次には19節の2番目の文字、20節の最後から2番目の文字、21節の2番目の文字で、第2の3つ組が作られる。このようにして、これらの節の文字全てから、72の3つ組が作られる。



 一見してこれらの作り方は明白すぎて、それにより作られる力を鼻で笑う誘惑に駆られよう――これには奇跡の御名に帰する最も本質的な要素――神秘、奇妙さに欠けている。だがこの作成の方法はともかく、この御名が用いられたのは最も厳しい目の持ち主も満足させるだけの奇妙さがあったと覚えておく必要がある。そして、これらの御名にあるとされたオカルトの諸力は、古めかしい神秘的な伝統の結果であり、この場合、この御名を取り巻く神秘のヴェールは、最も強い懐疑家のみが無謀にも笑えるだけ厚かった。ラシはこの御名とその神秘的な使用の言い伝えをタルムード時代まで遡っていき、この言い伝え自身も、これはモーセが燃える柴で学んだもので、それによりモーセはエジプトから逃げ出すイスラエルの民の前で紅海を割る奇跡をして、後には大祭司たちは民を祝福する時に神殿で唱えていたとしていた。


 そのような教えが思い込みの強い神秘家たちに与える効果について考えると、以下の様に信じられたのを理解するのも難しくはない。「この御名を悪魔に対して唱えるならば、消え去るであろう。大火に対しては消火されるだろう。病人に対しては癒されるであろう。不純な思想に対しては、それらは追い払われるだろう。敵に対して向けたら、死ぬだろう。権力者に対して唱えたら、その恩寵を得るだろう。」など多数あり、歴史の始まりから人々を渇望させてきた、これら全能の夢全てが現実化するとされた。「だが、この御名を不浄な状態で唱えたら、確実に死ぬであろう。」


 セフェル ラジエルの印刷版には、72のこの御名の全てが記されているが、母音点は欠けている。私が調べた文書版では母音点は含まれており、他の御名のように、これにも発音に混乱があったのを示している。文書版の結論部で、写字生は以下の様に注記している。「この御名の発音について、別の言い伝えもあるが、私は聖書の節の文との繋がりを慎重に学習して、私がここで与えるものの方が良いのを見い出した。」だがこの文書の後の研究者の1人は、それには同意してなかったようで、多くの派生の発音の方が望ましいと余白に記していた。


 この御名の構成する部分にも特別な諸力があるとされ、それらにも多くの意見があったようである。例えば印刷版のセフェル ラジエルでは、この御名を10の部分に分け、その9つは7つの3つ組を、10番目は最後の9つの3つ組を含ませていた。第1の部分は「悪を征服し、悪霊を祓う力があり」そのため大病への主な治療法となる。第2の部分は知恵を得たり、悪魔や邪眼から身を守るのに良い。第4の部分は旅人を守り、第5の部分は頭を冴えさせて、良い学者にする。第6の部分は祈りに神が応えるようにするなどである。一方で文書版では、この御名を3つから9つの3つ組で恣意的に14の部分に分けており、それらに以下のような諸力を当てはめていた。第1の部分には「人の心に愛を起こしたり、怒りや憎しみを起こして別れさせる。」第2の部分は「敵意のため」であり、第3の部分は「知のため」で、第4の部分は「悪口を言う者を黙らせ」、第5の部分は「王や権力者の恩寵を得て」、第7の部分は「対立する者たちの間に平和を作り」、第10の部分は「奇跡的にある場所から別の場所へと瞬間移動させるよう距離を取り除く」、第11の部分は「敵を殺し」、第14の部分は「悪魔に対してや、悪人を町から追い出したり、困難な試みに対して」用いられた。明らかに、この御名はその部分の組み合わせでも、目的に達成するために用いられるほど強力だと考えられていた。魔術師たちは、自らの目的のためにこれらの組み合わせを行っていたようである。


 この行動は、神の魔術的な御名の全てに当てはまる。特定の場合には、これらは特別な効果が定められたり用いられたりしていたが、一般的にはこれらのいずれにも、決定的な内容が割り当てられてなかった。魔術師たちは大きな選択の自由を行使しており、特定の場合に大きな力があると信じていた1つか複数の御名を選び、特別な必要や、御名を唱えるのを伴う魔術の作業で用いていた。


天使の御名


 神の御名自身も定められた目的のためには効果的とされたが、それらの働きをなすためには、特別な天使を通じて行われる事が多かった。セフェル ラジエルでは72の大いなる御名を用いるために、このように賢明に唱えるようにせよと述べていた。「私は汝、ハニエル、ハシディエル、ザドキエルに、この御名によって、これこれをなすように命じる。」言い方を変えると、魔術師の手にある神の御名は、神自身がその僕らに及ぼす力を持つとされた。そのため目的を速やかに進ませる天使の御名を知るのが重要であった。事実、天使によって表された中間の諸力は、魔術師の目的のほとんどでは充分であった。


 天使は無論大勢おり、魔術の実践では多くこれらを使うほど良いとされた。「あらゆる種類の危険に対して保護となる70の天使の御名」があった(この70という数はよく用いられていた。例えば、神の70の属性や、メタトロンの70の御名など)。ある典型的な呪文では、56の天使の御名が記されており、その他にも21の名前が使われていた。1つの御守の中で天使と神の御名が共に豊富に使われる事も多かった。ある呪文では、83の天使の御名が用いられ、さらにYHVHも3回そのまま繰り返され、その後にはこの文字の12種類の並び替えのうちの8種類の形や、42、72、22文字の神名もあった。この単独の目的のために膨大に御名を用いる習慣は、それ以前のゲオーニーム時代やヘレニズムの魔術文献から来ていた。また魔術師の確信が1つの御名に集中している事もあったが、1つの御名を唱えるだけでは充分に力が無いように思えるので、御名を繰り返した。例えばある魔術書では「ウリエル」の天使名を242回繰り返し唱えるならば、記憶力を増大させるのを保証するという! ――少なくとも、その言葉はもう忘れる事は無いだろう。だがほとんどの場合では、魔術師の忍耐力はそう長くはなく、幾らかの良い大きさで御名を唱えるので満足していた。


 タルムード文献によく現れてくる天使の御名は、3大天使、ミカエル、ガブリエル、ラファエルであった。これらは想像できるあらゆる働きをなすとされ、通常は低位のアシスタントの天使と共に働いていた。少なくともゲオーニーム時代にまで遡れる、ある古い言い伝えでは、世界には7大天使がいて、それぞれが7つの惑星と関連づけられていた。それらは先に述べた3大天使の他に、アニエル、カフジエル、ザドキエル、サマエルである(時には、ハスディエルとバルキエルが、これら他のうちの2つと替えられていた)。大天使たちはまた、黄道12宮とも関連づけられていた。


 これらの天使は概ね、過去の数世紀から継承されたものだった。だがそれより遥かに大きい天使の集団が特定の働きをなすために呼ばれていた。これらの名前は、通常は働きを示す語源と神を表す接尾辞、通常は「エル」を加えて作られていた。それらは、守護天使のシャムリエル、扉を「開く者」メファティエル(盗人のお気に入りだった)、「祝福」「恵み」「慈悲」の天使たち、ハスディエル、ハニエル、ラフミエル、「記憶」を司るザフリエル、新年、贖罪の日の前のエルルの月を司る「畏敬」あるいは「畏怖」の天使モラエル、ティシュレイの月とその祭日を司る「恐怖」の天使パバドロン、「川」を司る天使ナハリエルなどであった。


 だが天使の御名の語源はランダムに選ばれ、天使に与えられた働きとに関係が無いように思える場合も多かった。もっとも、これらの御名が作られた時には、天使の性質を示すのを意図して言葉が選ばれた可能性が高い。それらはユダヤ月と関連づけられた天使の一部、ザフニエル、アムリエル、プニエル、ベザハリエル、ロミエル、バルキエルなどに顕著である。もっともここでも、ダグヒエル、ドゥハエル、プエル、シムシエルのように、天使の名前でヘブライの語源がほとんど認識できないものもある。この方法で作られる天使の御名の可能性は、ヘブライ語の語源にのみ限定されていた。そして他にも多数の御名を作る方法が神秘家には開かれていたので、天使の御名の可能性が尽きる事も無かった。


 これらの方法(ゲマトリア、ノタリコン、テムラー)で作られた天使の御名は、ほどんど認識できなかった。創世記の最初の5つの節の最後の文字から拾ったズムルハのように、時には人工的な御名をはっきりと認識できるものもある。もっとも通常は、それが「正当に」作られたものか、ランダムに文字を混ぜられたものなのか区別がつかなかったが、それらは目的のためには同等によく働いていた。我々はそれらを「そのまま」受け取る必要があり、疑問を抱いてはいけなかった。それらの中の意味合いを見つけようと試みるのは興味深いが、本質的には要点を外していた――これらの用語は、それが「名前」だから意味があるのであって、「何かを意味する」からではなかった。シュワブ氏の著書「天使学の語集」では、数千の御名を吟味しているが、奇妙な御名については、その多くがはっきりとしたものではなく、その理性的なアプローチでは魔術の心理の我々の理解にはほとんど益しなかった。


 例えば、セフェル ラジエルが各月に割り当てている天使、アニナオル、タアズブン、ルルベグ、アルブグドル、タルガル、トシュンドルニスが、どのようにして造られているか知り得ようか? 容易なものがあっても数ページ進めると、この書の編者以外の誰も意味がほとんど分からないのを示している。さらにこのアプローチを受け入れるとしても、今度はセフェル ラジエルのどの版、初版か第2版のディドナオル、タアフヌ、イヌルング、アントグノド、ツァフルグルを基にすべきか? これらを解読しようとする努力は無益である。「名前」は「名前」であり、魔術の役割について考えるならば、それが唯一の説明である。そして各月の天使はその特別な配下、36や42や65体といった(セフェル ラジエルは数について慎重に書いていない)天使を伴っており、我々の宇宙のあらゆる働きには、それらを司る数えきれない天使たちもおり、7つの天にもそれぞれ「首領」と「軍勢」がおり、それら全てに魔術的な御名があるので、このような語源学の探求のどこに終わりがあろうか?


他から得た御名


 中世で用いられていた御名の幾つかは、明らかに非ユダヤ起源であったが、そのヘブライ化された形からは、元のギリシア・ローマやキリスト教世界の神話や言語に詳しくなかった中世のユダヤ人は認識できなかった。ある学者の意見では「セフェル ラジエルに出ている御名のみからでも――この分野で用いられている再構築のプロセスを当てはめる事で――幅広い民族の神々のパンテオン全体を再構築する事ができる。」先に述べたように、22文字の御名の語源として、様々なギリシア神話の神々の名前が示唆されてきた。この解釈方法自体は疑わしい部分もあるが、他の御名は明白に認識可能である。アプロディーテーは金星の天使の1体として充分に適切に現れており、ヘルメースは太陽の守護者の1体であった。ヘブライ文書に魔術史で有名なアブラクサス(アブラサクスの元の形)の名前が現れる「単独の信頼できる例」も無いというブラウ氏の意見があるものの、実際にはユダヤ文書で両方の形で誤解しようがなく現れていた。モントゴメリー氏とミルフマン氏はタルムード以後の呪文の文書の中に、ガスター氏はゲオーニーム時代に書かれたモーセの剣の中にそれらを発見しており、セフェル ラジエルでも少なくとも1箇所であり、さらに私は16世紀のグルンヴァルトが出版した魔除けについての書の中にも見つけている。


 先に私は(ギリシア語の)「テトラグラマトン」が神の御名の1つとして現れていると述べた。この御名はヘブライの御守の中でよく現れていた。似たように、他のキリスト教の形態の御名も、ユダヤのエクソシズムへと入っているのが認識できる。 ‏אַלואי שבאוטּ は、エロエ サバオトの文字通りの音訳であるが、他のヘブライ起源の御名たちの中で、神の正当な2つの御名のフリをしていた。だがある鋭い読者の目からは誤魔化せなかったようで、ある文書の余白に、このような注意が書かれていた。「これは אלהי צבאות‎ (アルファ ツァバオト)と読むべきである。」この「アルファ」も、御守の中で神の御名の1つとしてよく用いられていた。


 ある規定書では、人が悪の諸力に圧倒されそうならば、ピピ(pipi)の御名を唱える事でそれらを祓えると述べている。また、ゆで卵の殻にピピを書いてから中身を食べると、知恵と理解に「心を開く」のが保証されているという。このピピの名前自身も好奇心をそそるが、その曲がりくねった語源の歴史はそれ以上である。中世に入る前のヘレニズム時代のユダヤ人には、テトラグラマトンの3つ目のヴァヴをヨドに替えて、יהיה にする習慣があった。そして「ギリシア語の七十人訳聖書のより古い文書では、テトラグラマトンはヘブライ文字のままにされていた。そしてギリシア人はこれらのヘブライ文字、ヨド ヘー ヨド ヘーをそのように認識せず、ギリシア文字でπιπιとして読んでいた。」こうしてピピは魔術の御名となり、ギリシア語の呪文の中で現れるようになった。そしてユダヤの伝統の中で、この御名をギリシア人から取って、ヘブライ語へと戻した――こうして言いようのない御名は、そのオリジナルの言語へと戻った。だがどれだけ形が変わったことか!


 「ベン シラのアルファベット」で悪魔リリスの襲撃に対する力ある予防者として最初に現れ、以後もそのために幅広く用いられていた3つの天使の御名があり、多くの興味と考察を引き起こしてきた。これらはSnvi、Snsnvi、Smnglf(時にはSnmglf)と綴られて、おそらくサンヴィ、サンサンヴィ、セマンゲラフと読むのだろう。シュワブ氏は最初の2つは鳥のさえずりの擬音語であり(なぜなら、魔除けではこれらの御名は、粗雑な鳥の絵と共に描かれる事が多かったからである)、第3のものは「毒の発見」(sam niglal)として疑わしく読む事で、自らのアプローチの不備を示している。


 一方でガスター氏はスラブ伝説で似たように子供を攫う魔女に対する3人の聖人の名前のヘブライ化と見ている。第1の聖人は元はアノスだが、ガスター氏は後に意見を変えて、シロ・ドロスあるいはシシノ・ドロスと見ている。第2は聖シシニーであり、第3はサタナエルである。この結論に到達するため、この高名な民俗学者はこれらの名前のヘブライ化をするだけではなく、これらの起源を様々な東欧の民族と言語に属する伝説と、3世紀のマニ教の発展で重要な役割を演じた人物(ガスター氏は、これらの伝説の根源と見做している)から導いている。そしてユダヤ人はこれらの3つの名前を様々な源を集めて――そのいずれからも3つの名前が取れるであろうが――この特別な使用のために組み合わせており、これらはあまりに変化しているので、その起源を知るには想像力と学識が必要であった。ここでは私はこれら2つの語源探究の極端な例のみを述べたが、そのいずれも確信からはほど遠かった。ガスター氏自身も、そのような努力の究極的な愚さについてよく理解しており、「適切な御名の語源研究を試みるほどに当てにならない事は無い」と別の箇所で述べている。


 神秘的な御名の起源を探る別の困難の例は、安息日の終わりや他の機会で魔術の儀式とともに唱えられた、忘却に対しての有名な呪文に対する議論の中に見い出せる。この呪文は以下のようなものである。「我が愚かさを取り除き、丘や高地へと投げ捨てるために、聖なる御名により、アルマス、アリマス、アルミミマス、アンシス、ヤエル、ペタヘルの御名により、私は汝ポテフ(あるいはプラフ)、忘却の君主を召喚する。」別の版では、これらの御名は「アリマス、アブリマス、アルミマス、アシエル、アンシエル、アンシピエル、パティエル、パタ」となっている。一部の学者たちは、これらは3つの名前が崩れた形と見ている。「開く者」パティエルと、「強いる者」アンシエルは、一般的に用いられていたものであり、アルミマスは、一部の学者の観点ではヘルメースかオルムズドであり、別の観点ではアルミニウスかメムスであった。さらに、ギリシア、ゾロアスター教、チュートン、ラテン語からかもしれない――可能性の範囲は充分に広い! そしてポテフやプラフも、同様に激しい議論の的であって、それらの示唆はさらに巧妙なものであり、結果はより確信の無いものだった。加えて述べると、この呪文は子供が最初に学校へと入る時にも唱えられ、加えて「破壊の天使たち」とされているネゲフ、セゲフ、アガフの御名も10回唱えられた。


 また、ラテン、ギリシア語から句や文がヘブライ語に翻訳されていて、御名の連なりとして用いられていた例も幾つかある。無論、今ではそれらのほとんどは、その起源が明らかに思えるものもあり、言葉がかつて発音されていたように再読できるのがたまにあっても、元の文に再構築するのは不可能である。ある裂けた木を癒す御守には、2つの「御名」の連なりがあり、グルンヴァルトはこれらを「patriæ pax corona evocatur Dei」と「ut arcus offensionum submotus est, ita cave emovere」ともっともらしく読んでいる。そしてグーデマンは16世紀のドイツ・ヘブライ語の文書から、ラテン語の文全体を非常に巧みで都合よく再構築している。そして結論として――これが唯一の可能な説明であるとして――この魔術の術式はキリスト教徒が作り、おそらくはイタリアのユダヤ人によってヘブライ語へと翻訳され、ドイツ ユダヤ人に伝えられたが、彼らは元の言語を知らなかったので、それらを神秘な御名の集まりと考え、そのように用いていたとした。


 この文書は、そのような音訳が特に豊富であった。ちなみに、この中にある呪文の1つには、「Akos Pakos」の御名が含まれているが、この僅かに違った最初期の文は、幾つものヨーロッパ言語での疑似呪文の代名詞――我々の英語では、Hocus Pocusである――の源となった。これはヨーロッパ文献では17世紀の始まりから知られるようになった。この言葉の起源は不明である――これはユダヤ人とキリスト教徒の両方から起源が主張されている――だがその起源が何であれ、ドイツ ユダヤ人によってこの言葉が保たれてきたのは疑いが無い。


 ある愛のまじないでは、ギリシア語でieros laos filosの言葉として読める3つの御名を左手にインクによって書いて、「望む相手を見たならば、その者はあなたを愛するだろう」とあった。そしてこの章の最後に、ある「解釈の御名」を紹介しよう。これは説教者が説教のための特別な直観を得るために用いられており、おそらくはギリシア語が起源であるが、それらの御名の中には「マリア」と「パラクレートス」、ナザレのイエス自身も入っていた!


ユダヤの魔術と迷信 8
↑ ユダヤの魔術と迷信


*1 原注。12文字の御名はKid. 71aに1度のみ記されており、42文字の御名もここにはある。他のタルムード文献で後者が記されているのは、Lekah Tovの出エジプト記 第3章15節に対する文のみである。72文字(あるいはその集まり)の御名はタルムードには記されておらず、ミドラーシュのGen. R. 44: 19, Lev. R. 23, beg., Nu. R. 1:11などで、 ‏ששמו של הקב״ה שבעים ושתים אותיות‎ が述べられている。また聖歌の R.から2:2には、 ‏ששמו של הקב״ה ע״ב שמות הן‎ がある。これらでは、最も古い神秘的な御名は12文字のものであり、42と72のものは後に発展していったとされる。72の御名は少なくとも3世紀前半には知られていたようである。だがタルムード文献では、これらの御名、その意味、その構成要素、作成方法について何の情報も与えていない。
*2 560年 - 636年。セビリャ司教、後期ラテン教父の中でも最も重要な神学者の1人。ちなみにインターネット利用者とプログラマーの守護聖人でもある。
*3 シェマー イスラエル。「聞け、イスラエル。主は我らが神、主はただ一人。」の申命記 第6章4節から来た、ユダヤ教を代表する祈り。