ユダヤの魔術と迷信 3-2

ページ名:ユダヤの魔術と迷信 3-2

「ユダヤの」悪魔


 これまで中世のユダヤ悪魔学の一般的な様相について議論してきたが、この主題はまだ尽きていない。個々の特別な悪魔の類が区別不能な塊から分かれており、全てを理解したと考える前に、これらにも注意を向ける必要があろう。


 「ユダヤの」悪魔と霊、すなわちタルムード伝承から中世にも継承されてきた膨大な集団の中でも、個体性を持ち、決定的に区分できる性質を持つ悪魔は僅かしかいない。これらのタルムード時代に名前の違いに従って充分に個体化された少数の悪魔は、中世の時代にも自然と生き残っていたが、貧弱な形であった。タルムードで記された性質は繰り返されていたが、乾いた内容であり、生きた恐ろしい同時代の現象を説明するというよりも、リハーサルのレッスンのようなものだった。中世のユダヤ天使学の特徴であった豊富な発明は、悪魔学の領域では見い出せない。その理由は私が前に述べたように、悪魔の魔術的な使用の価値は低いからで、一方で成熟した非ユダヤ人の悪魔学はユダヤ人の民間信仰へも吸収されていったからである。


 地獄の王サタン自身も、この時代の倫理文献によく現れていたものの、そのキリスト教の対称物のような生き生きとした直接性を持っていなかった。サタンはほとんどただの用語であり、生に印象を与える影としては充分にリアルであったが、その性質と活動への曖昧で色の無いコメントから実体を見分けるのは難しかった。サタンはユダヤ文献(中世キリスト教とは違い、ユダヤ教ではサタンは神学的な意味合いのある存在とはならなかった)にあるものよりも、大衆の概念の中の方がより明瞭であった可能性は高い。だが文献にあるのと同様に、その概念は大衆の心にも深く印象付けてはいなかった。中世ユダヤ思考でのサタンは、罪が普及する事の寓意とほとんど変わらなかった。


 タルムードに記された悪魔らを背後へと退かせ、現在の悪魔界で重要な役割を与えない傾向は、これらへの引用が比較的少ないのと、そのコメントで示されている。例えば、悪魔シベタは、手を洗わずに触れた食物を食べる人々、特に子供を絞め殺すとされ、既に述べた「不浄の霊」らの1体ではなく、食物の中にある個体化された霊で、食物を取る前に手を洗う事によってのみ払われるとされた。だがこの悪魔はもはや中世のユダヤ人を恐れさせる事は無くなっていた。「人々がもはや子供たちに食物を与える前に手を洗うのに注意を払わなくなった理由は、この悪霊はもはやこれらの地に見つからなくなったからである。」この態度は現代性の要素が欠けていた多くのタルムード産の迷信にも当てはまっていた。後の時代のある著者はナイーブにもこう記している。初期の迷信の多くが後の権威者らに無視された理由は、「人の性質はこれらの古き時代から変わったから」であると。さらにその証拠として、「(悪魔からの)大きな危険を伴うとしてゲマーラー(タルムード)が警告するものは多くあるが、タルムードの警告を無視する事で傷つけられたりした者を、我々は見たりも聞いたりもしないからである」と付け加えている。これは悪魔への信念が弱まったのではなく、現代の霊たちの軍勢が、古代の霊たちと取り替わったのである。


 ケタブ メリリはタルムードによると、正午、特に暑い夏の期間で最も暴れる悪魔とされ、疑いなく灼熱の陽光の擬人化であったが、中世の間にはごく僅かのみしか現れなかった。セフェル ハシディムにある記録では、学校へと向かう子供たちの集団が、正午にこの悪魔に突然襲われ、2人を残して全員死に、この幸運な2人は重い病の後に生き残ったという。だがそれよりも儚いのは、「悪魔の王」アシュモダイと、タルムードでの「悪魔の女王」イグラト、その母のマフラトの役割である。これらや他のタルムードの悪魔らは、未定義の霊らの軍勢の中で、その名前のみが一時的に現れている。


 ユダヤの伝承を通じて知られる霊らの中で、リリスのみが中世でもその立場を保っており、その活動の性質により強められる部分すらあった。元は風の霊で、アッシリア語のリリツ(Lilitu)から来ており、長い乱れた髪と翼を持つとされた。そしてタルムード時代には彼女の名前とライラ(夜)の言葉との混同があり、リリスは夜に独りで寝ている者を襲う霊へと変わる事となった。またライラの方も夜と妊娠の天使として現れるようになり、これらの2つの概念が混ざり合った結果、中世に繁栄するリリスの観点が育った。リリスと大衆によって派生した複数形リリン、リリオスは、先に特定の木の中で会合するリリオスの話について述べているように、漠然とした形、単に悪魔の同義語としてよく現れていた。だがリリスは中世の民話では2つの傑出した特徴があり、これらを明白なものとしていた。これらは生まれたばかりの赤子とその母を襲い、寝ている男を誘惑するのである。アダムのリリスとの関係の伝説*1の結果、これらの働きはリリスに限定されるものではなかったが、その最も顕著な特徴として、寝ている男を抱き、夢精をさせて、それによって人と悪魔の混血児を生む悪魔とされた*2


 だが、このリリスの第1の役割(母子を襲う)は中世のユダヤ人を大きく恐れさせた。出産の母子を特別な獲物とするこの悪魔に対して、様々な種類の特別な防御方法を用いるのが必要だと考えられた。だがラビたちの記した書からは、リリスに対するこの種の防御方法の発展の歴史は明白ではない。ともあれ我々はここに、夜の悪魔と妊娠を司る霊との結合を見る事ができる。さらに、バビロニアのラマシュ、ギリシア・ローマ民間伝承のラミアイとストリガの性質も加えられたのも疑いはない。この種の悪魔は、タルムード後のユダヤ教の発明と見做すのは正しくなく、その源は遥か昔のユダヤ人の民間の信念だけではなく、その周辺の民族のものから来ているのは疑う余地がないが、ゲオーニーム時代に入るまで、その完全に成熟した概念には到達していなかった。この時期にリリスは、7世紀のアラム語の呪文の中と、西暦1000年より前にペルシアかアラビアで編纂された「ベン・シラのアルファベット」の中に現れている。このペルシア、アラビアの地で、古いバビロニアの信念や、アラビア砂漠のグールの概念がユダヤ人の民間伝承に影響を与えた軌跡を見い出せる。またヨーロッパでは非ユダヤ人のラミアやストリガの様々な形で続いた迷信が、このリリスの概念の性質を保ち強める結果となった。


 初期のユダヤ文献の版の伝説では、アダムの最初の妻、リリスは夫婦喧嘩の後に去っていき、アダムの懇願の結果、神は彼女を連れ戻すために3人の天使を送ったが、彼女は帰るのを拒み、その結果として彼女の100人の子供が日々死ぬ呪いがかけられた。天使らがリリスを捕まえようとすると、「ほっといて!」と命じて、こう伝えた。「私は子供たちを弱めるためにのみ創造された。男の子は最初の8日間(つまり割礼を受ける前まで)、女の子は20日間(おそらく、過去に女の子用の通過儀礼があった事の名残であろう)が過ぎるまでは」。エリヤ レヴィタはこの伝説についてこう記している。「私はこれらを全て引用したいとは思わない。全く信じていないからだ」だが、他のユダヤ教の同輩はこの懐疑主義を共有していなかった。実際、エリヤ自身がリリスに対しての人気のある防御手段を記す際に、「これは我々、ドイツ ユダヤ人の間で一般的な実践である」と認めていた。


「異国の」悪魔


 フランス語やドイツ語の名前のある多くの霊がユダヤ人の民間伝承に吸収されている事実は、中世ユダヤ人とその隣人らの間での緊密な文化的関係への些か重要な記録となっている。我々が得られる情報源はこの時代の知識人と宗教指導者らの産物であり、これらの学者やユダヤ教の公的な立場の者らは、過去のユダヤ教の伝統的な道や信念への自然な偏向を強調するきらいがあるので、これらの非ユダヤ人の要素が容易で疑いなく受け入れられていった事実は、これらが大衆のイマジネーションへ強い影響を与えていたのを示している。11、12世紀には、これらの一部は既にユダヤ悪魔学に加わっていた。だが、フランス語、ドイツ語、ラテン語の名前や用語が特に目立つようになるのは13世紀に入ってからであった。この時代のユダヤ人の一般的な迷信、特に悪魔への信念は、この時代精神の反映であるのには疑いが無い。


 それらの中でも最も多く記されていたのは、エストリエ(estrie)、ブロクサ(broxa)、メア(mare)、ウェアウルフ(werwolf。狼男)であった。これらの名前のヘブライ語への翻訳は混乱している事が多く、これらの生き物の説明はそれ以上に混乱していたが、それらの非ユダヤの原型を認めるのは難しくはない。これらはユダヤ民間伝承に密接に入ってきたので、一部の著者らはこれらを原初の悪魔と同一視し、天地創造の1週間の中で安息日の直前に急いで魂が造られたので、肉体を持たない生き物と考えた。一部の情報源では、エストリエ、メア、ウェアウルフはこのカテゴリーに含まれるとしているが、他の情報源ではメアを除外し、これらは肉体と魂を持つとした。


 エストリエが真の悪魔か魔女かを区別するのは困難である。両方の意味で記されており、時には同じ情報源の中ですらそうであった。肉体の無い霊に含まれつつも、肉と血のある人間の女でもあった。いずれにせよ、エストリエの性質は吸血鬼で、特に幼い子供を獲物とするが、時には大人を食べるのも避けなかった。これらの説明によれば、エストリエは女の姿をした悪霊であり、その血生臭い食欲を満たすために男たちの間で生活をしていた。エストリエとブロクサを同一視する立場の者らは、彼女は人間の姿であると信じるようになった。


 エストリエは自らの姿を望むように変える能力があり、夜に空を飛ぶ時には元の悪魔の姿になるとされた。エストリエであると疑われていたある女が病となり、夜に2人の女たちに介護されていた。そしてこれらの2人のうちの片方が眠った時、この患者が突然にベッドから起き上がり、その髪は頭の周囲で広がり、飛ぼうとしたり、眠っている女の血を飲もうとした。それを見たもう片方の女が恐怖から叫び、それを聞いた眠っていた方の女も起きた。この2人の間にいたこの悪魔・魔女は抑えられ、ベッドへと戻された。「彼女がこの女性を殺していたら、(その血を飲む事で)自らの命を保つことが出来ただろう。だがその努力が妨げられたので、彼女は死んだ。」これらの生き物は人間の血によって生きており、重病になった時にはそれにより命を保つとされた。


 エストリエが人間に傷つけられたり、(悪魔の真の姿を)人間に見られたりしたら、その人間の持つパンと塩を手に入れて食べない限り彼女は死ぬとされた。ある男が猫の姿をしたエストリエに襲われて、叩いて撃退したが、翌日に魔女が近づいてきて、そのパンと塩を分けてもらうように頼まれた。そしてこの男が何気なく叶えようとした時に、ある老人がそれを留めて、その寛大な態度を厳しく叱った。「お前がこの魔女を生かすならば、彼女は他の男たちを傷つけるのみだろうよ」またシナゴーグの会合で先詠者が吸血鬼として知られる病んだ女のために祈ったならば、会衆は「アーメン」と応えてはならなかった。またブロクサやエストリエが墓に埋められたら、その口が開いているかどうかを見る必要があった。もし開いていたら、それは彼女が別の年に吸血鬼として活動する徴とされた。その場合、彼女の口を土でふさいだら、無害なままとなるだろうとされた。


 ある情報源によると、メアは森の中で9匹の集団で過ごす生き物であった。もし10匹目がいたら、サタンが10番目を取り除くだろうとされたからだ。そしてこれらは人間には無害とされた。だがより権威のある版では、メアは人が寝ているうちに上に乗って、その舌や唇を塞ぐ事で喋れなくして、首を絞めてその息を止めようとする。そのため、この犠牲者は非規則に叫ぶようになる。このメアはナイトメア(悪夢)の語源となっている(この言葉はヘブライ語と民間伝承にも取り込まれている)。フランス語ではこの現象はcauche mareとして知られている。


 ウェアウルフは普段は人の姿をしつつも、望むように狼に変わり、人々を襲って食べる妖術師あるいは悪魔とされた。その女の対照物であるエストリエのように、ウェアウルフも食事に人間の血を必要とし、吸血鬼の別版である。


 別の使い魔の霊についても記録に読める。コボルトは13世紀の文書に現れる悪魔的な小人で、人を戸惑わせるために、腹話術のようにその声を真似てエコーさせるとされた。また同じく13世紀の別の書では、「wichtchenと呼ばれる小さな悪魔」を述べている。この霊は荒野に住み、夜に独りで寝ている男を襲うとされ、北フランスではファエ(Fae)と呼ばれるようになった。ある敬虔なラビは、「これらの多くが、我々の間に見い出せる」と嘆いていた。ファエと関連して、フランスの民間伝承でのホブゴブリンであるルティン(Lutin。あるいはNuiton)もそのような役割を主に演じていた。だがドイツでのアルプ(エルフ)に対応するものは無かった。水の霊のニクシーや、その姉妹であるセイレーンもこの頃に現れている。そしてジニーは魔女や妖術師の使い魔であった。


 ドラゴンも奇妙な属性を持つ悪魔となっていた。人間による打撃はドラゴンには何の効果も無く、自らの子供のみが傷付けられるとされた。またドラゴンが人の家の中にいたら無害であるが、出るとすぐに家は燃え尽きる。そして稲妻や雷をドラゴンは恐れ、それらから逃れるには、人間の住処へと向かうしかないとされた。ある時、1匹のドラゴンが王女と住んで、彼女は子供を生んだ。このドラゴンは王女に自分の息子のみを恐れると告白した。そしてこの息子が青年となった時、国王から父であるドラゴンを殺すようにと頼まれた。青年はある夜に、気付かずにいたドラゴンを襲って致命傷を与えた。そしてドラゴンはもう一度叩くようにと懇願した。奇妙な事に、1度の打撃ではドラゴンを殺すが、2度目の打撃で命が救われるとされたからだ。だが息子はそれを慇懃に断り、やがてドラゴンは死んだ。その最後は些か滑稽なものだった。ドラゴンの死体は膨らんでいき、バラバラに切断してから多数のワゴンに載せて運ぶ羽目となったからである。


 安息日に食べるパンでドイツのユダヤ人が親しんでいた名前、バルヒェス(Barches)やベルフェス(Berches)と、そのパンの特有のねじった形から、ある学者たちはこれらは古代異教の実践のユダヤ版であると主張している。チュートン族の豊穣の女神、バルフタあるいはペルフタは、女たちから自らの髪を捧げるのも含まれた儀式によって崇められていた。やがてこの儀式は時代遅れとなり、髪を捧げるのは編んだ髪を表す形をしたパン、ペルフスやベルヒスブロドの象徴に替えられた。この言葉と実践は、奇妙にもユダヤの儀礼で、特に安息日のためのパンの中で保たれたと、これらの学者は述べている。これらの名前と形は、ドイツ ユダヤ人の特有のものである。だがたとえこの説が正しいとしても(他の学者たちは、この女神との関係について強く否定している。そしてこれは――おそらくは永遠に――議論の的であろう)、ペルフタ崇拝がユダヤの儀式や信念の中にあると結論すべきではないだろう。せいぜいがベルフェスの名前の中に、奇妙な吸収と、意味のない言葉が長い間生き残ったと考えられよう。


 13世紀のある宗教規則の文書は、このカテゴリーでも最も興味深い内容へと我々を導くであろう。ユダヤ教の実践では、儀式的な沐浴に入る前に、装飾品などのような肌が水に直接触れるのを防ぐもの全てを取り除く必要がある。ここで長いもつれた髪を持つ男女は、沐浴をする前にこの邪魔な髪を切る必要があるかの疑問が浮かぶ。この文書ではこう記してある。「私の意見では、フェルトのように縺れてもつれた髪を持つ人々に、その髪を切るよう求めなくてもいいだろう。この状態は、ドイツ語ではיילק״ש‎と、フランス語ではפלטרי״ד‎というが、それはこの不調和は悪魔によるものであり、そのような髪を切るのは非常に危険であると私は考える。」ここで現れた2つの言葉は曖昧である。後のある権威者は、この文を引用してから、こう注釈している。「ולקר״ט‎(おそらくפלטרו״דで表している元の言葉の別の音訳であろう)は我々がהיל״א לוק״אと呼ぶものである。」ここで謎は解けた! この最後の2つの言葉は、ドイツ語でのHolle-lockeの事であり、最初の‏יילק״ש(これは‏היילק״שとも書かれる)は、疑いなくその派生である。そして2番目の言葉のפלטרי״דは、フランス語のfeltre、feutre、我々の言葉でいうフェルトの事である。


 この夜の悪魔が獣のたてがみや人の髪をもつれさせるという信念は、世界中に幅広く存在する。ここで私はシェイクスピアの以下の文を思い起こす。


 これはかのマブの事、
 夜に馬のたてがみをもつれさせ、
 (人を)elf-locks(もつれた髪)、見苦しい髪にし、
 ひとたび解いたら、多くの不幸の前兆にする。


 このelf-locksの言葉の元となったHolleとは誰か? 古代チュートンではHolle、Holda、Huldaは、長くてもつれた髪を持ち、突き出た歯を持つ醜い老婆の魔女であった。中世ドイツでは、この魔女は子供らを貪り食う悪魔・魔女へと発展し、夜に髪をもつれさせる者ともされた。朝に髪の毛がもつれているのを見ると、「ホッレが来て、やりやがった」と呼ばれていた。このHolle-lockeと関連する言葉はHollenzopfである。


 ユダヤ人の生活にこのように影響した魔女には、別の役割もあった。14世紀初頭の記録では、Hollekreischと呼ばれる儀式がドイツのユダヤ人社会で幅広く行われていたと記されている。ユダヤ人の少年は、割礼の時にヘブライの名前を受け取り、少女は通常は生後の最初の安息日に受け取っていた。だが古代でのユダヤ人の諸国離散以来、ユダヤ人は住んでいる場所の人々の言葉の生まれの名前も得ていた――この名前は、ヘブライ語の古典的な名前と区別する世俗の名前と呼ぶことができよう。この世俗の名前は、口語体や翻訳、音や見た目のみにせよ、ヘブライの名前と何らかの関連があった。子供にこの世俗の名前を授けるhollekreischの儀式は、以下のように行われていた。赤子(あるいは赤子が入った揺り籠)は通常はそのために招かれた子供たちによって、空中に3回持ち上げられ、そのたびに会衆によって赤子の名前が叫ばれる。しばしばこの叫びは形式に則って行われ、近代のものは「Hollekreisch! この子供の名前は何か?」それに続いて適切な返答がなされた。あるいは「Holle! Holle! この子供の名前は――」が用いられていた。17世紀にはHollekreischの慣習は、南ドイツでは少年少女の名前で用いられていたが、一方でオーストリア、ボヘミア、モラヴィア、ポーランド地方では、少年には全く用いられず、稀に少女のみで行われていた。


 この風習について最も古い記述は、15世紀のモシェ ミンツのもので、この言葉はヘブライ語のHol(世俗)とドイツ語のKreischen(叫ぶ、呼ぶ)の言葉の組み合わせで、「世俗の名前を呼ぶ儀式」となると説明されていた。この説明は、後の時代の著者らからも受け入れられ、繰り返されていた。あるいは近代のある著者は、最初の部分は「Holla!」の叫びから来たものとしている。だがこれらの説明は真実に近いものですら無かった。先に述べたように、Holleは赤子を襲う悪魔・魔女からである。この意味では、この魔女は悪魔リリスと相通じるものがある。さらにこれら2つに関連しているものもある。どちらも夜と繋がりがあり、長い髪を持つ外見の類似、子供を名付ける前に襲う性質、これら全てはこの2つを自然と同一視させるようにした。全ての記録にある、子供の名前を叫び、3回空中へと持ち上げるのは、この悪魔Holleとその仲間らから子供を離すのを意図していた。それは割礼の前夜のWachnachtの儀式が、リリスが襲うのを払いのけるために行われたようにである。このHollekreischにあるものが、ユダヤ人の信念と実践に密接に一致しているので、この儀式がユダヤ人の間で幅広く人気を得たのを容易に知る事ができる。


 だが我々はまだこの芳しくない友Holle-Huldaから別れる事はできず、ユダヤの民間伝承での、この魔女の悪魔的な軌跡に従う必要がある。もっとも、ここでは彼女はより魅力的な役割を演じている。13世紀のある文書では、ヘブライ文字による中高ドイツ語で書かれた呪文があり、この同じ婦人Huldaは、ここでは愛の女神となっている。この文の中で、Huldaのhofへの引用があり、これは有名なタンホイザーのウェヌスベルグ(Venusberg)以外の何物でも無い。童話作家のグリムは「Der Venusberg ist Frau Hollen Hofhaltung, erst im 15. 16. Jahrhundert scheint man aus ihr Frau Venus zu machen」と書いている。ここで醜く残酷な魔女Holleは、愛の女神ウェヌス(ヴィーナス)となっている! そのため、彼女は15世紀に書かれたヘブライ・イディッシュ語の魔術書の愛のレシピにも現れている。「木曜日にこれまで卵を産んでいなかった漆黒の雌鶏が初めて産んだ卵を用意し、この同じ日の日没後に、十字路の真ん中に埋める。そして3日後の日没後に掘り返して、市場で売り、その代金で鏡を買う。その夕方に「In Frau Venus namen(婦人ウェヌスの名により)」同じ場所に埋めて、その際に「allhie begrab ich diesen spiegel in der Libe, die Frau Venus zu dem Dannhäuser hat.」と唱える。そしてこの場所で3夜寝てから、鏡を取り出す。するとこの鏡を見た者は誰でも、あなたを愛するだろう!」


ユダヤの魔術と迷信 4
↑ ユダヤの魔術と迷信


*1 アダムの最初の妻はリリスであったが、男性主導の結婚を拒否した事から離婚して、神は柔順なイヴを造る羽目となったというユダヤの伝説。その後、リリスはエデンの園を去って、洞窟の中で悪魔らと交わって、多数の悪魔の子らを生み出していった。また善悪の知識の木の実を食べる前の出来事なので、人と違ってリリスは不死性を失ってもいない。
*2 原注。Shab. 151b;—San. 96a; Nid. 16b;—Abrahams, op. cit., 48.「赤子を家の中で昼も夜も独りにしたり、どの住居であっても、あなたは独りで夜を過ごすべきではない。そのような環境下では、リリスは男や子供をその致命的な抱擁で捕えるだろうからだ。」この誘惑する女悪魔の似たような概念は、(ゾロアスター教の聖典)アヴェスタにも見い出せる。このバビロニア版のリリスは、アルダド リリ「夜の乙女」と呼ばれていた。Zoller, Filologische Schriften, III (1929), 122ページを参照。リリス伝説の1つには、彼女が預言者エリヤに15(あるいは17)の名前を伝えるというものもあり、それは望まないリリスの訪問を防ぐのに用いられたという。これらのリリスの名前は、中世では知られておらず、少なくとも使われてはいない。