ユダヤの魔術と迷信 序説

ページ名:ユダヤの魔術と迷信 序説

ユダヤの魔術と迷信

ある民間宗教の研究


ジョシュア トラクテンバーグ著


序説


 ある民族を――さらに、それを通して人類を――理解するとは、その生活全体を見る事である。だがユダヤ民族について考慮すると、これは特に困難な作業であった。世界の(人々の見る)ヴィジョンは、闇(偏見)のバイアスで染められた眼鏡により曇らされてきたからである。一方ではキリスト教と反ユダヤ主義の偏見は、冒涜者と寄生虫の集団という悪名のみでユダヤ人を見ており、もう一方では旧約聖書に限定された歴史的観点から、ユダヤ人を高潔なる預言者の集団で、その預言のヴィジョンと頑固さから追われ迫害されてきたと見做してきた。だがこの両極端――いずれにせよ、不幸極まりない破滅したユダヤ人である――の間の大多数には普通の人々がおり、その人間が持つ全ての美徳と欠点と共に、敵意ある異常な環境に置かれ苦闘しつつも、その歴史を通して普通の人間としての軌跡を追求してきた。これまでどの民族も味わった事の無い敵意ある環境に取り囲まれつつも、なおも精神のバランスを保ち続けて、人類の普通の一員に留まり続けた事は、おそらくはユダヤ人の最も優れた達成であろう――ユダヤ人特有の美徳と欠点とともに、人類全体に共通する脱線(魔術や迷信)すら有していた事も。


 新約聖書が書かれたころに、ユダヤ人は生と発展を止めたりはしなかった。それ以来2,000年間、ユダヤ人は自らの内面生活を堅固に発展させてきた。新しい宗教概念が発展し、古いものは洗練され、常にそれらが概念以上のものとなるよう努め、日々の生活を織りなすものとし、ユダヤ人が自らの宗教の中で生きるようにしてきた。これは残念ながらユダヤ教での「律法主義」と誤解されてきた。だがユダヤ教の公的な発展と共に、「民間宗教(folk religion)」と呼ぶであろうものが常に存在していた――その概念と実践は決してユダヤ教の宗教指導者らが心から承認する事は無かったが、あまりに大衆の中で人気があったので、それらを宗教の領域から完全に取り除く事も出来なかった。これらは、天使や悪魔の信念についてや、それらの信念を基にした多くの迷信であり、概ね怪しげな根源から来たこれらの実践は、実際にユダヤ教の一部分、宗教生活の周辺に存在するようになった。魔術の実践はユダヤ教教義を完全に破壊する事は無かったが、ほとんど破壊するまでに拡張されていた。


 私がこれらを「民間宗教」と呼ぶのは、シナゴーグの(ラビらによるユダヤ教の)公的な考えに対して、これらが民衆の考えを表現していたからである。


 ラビらは、これらの実践を取り除く、あるいは少なくともその攻撃的な部分を変えようと努めていた。だが彼らの努力は常に無駄にのみ終わり、この民間宗教の要素に従って、不承不承受け入れる羽目となる事も多かった。「イスラエル(の民)が意識的に律法を破るよりも、無意識のうちに罪を犯す方がマシだろう」と。


 この面ではユダヤ思想の歴史は他の全ての民族の歴史と同じように進んでいた。民衆の中には常に自らの知的、霊的な界が存在し、ごく最近になってのみ、真の科学と宗教が民衆の中の宇宙の概念へと入りこみ――ごく僅かであったとしても――現代の理性主義者の観点と我々が呼ぶものへと近づかせていた。ユダヤ人の歴史家らは、この民間宗教と民間科学の様相をこれまでほとんど無視してきた。この傾向は、ユダヤ人全体が少数の進歩した思想家たちで、哲学、神秘主義(カバラ)、法を研究し、知的エリートの文化的・宗教的な創造物と考えるようにさせていた。これらは無論、価値ある研究ではあったが、大衆自身の内的生活については、何の洞察も与えてこなかったのである。


 本書は民間ユダヤ教、民衆の精神を雄弁に表現してきた信念と実践の理解への貢献を与える。これら奇妙な全てはユダヤ教の歴史的な発展と対となっており、ユダヤ人の民衆の日々の生活の宗教を形作ってきたのである。だがここで強調する必要があるが、本書ではこの民間宗教の側のみを描いており、ユダヤ教の公的な様相は記していない。このもう片方の側については、多くの優秀で共感的な本により、これまで説明されている。


 本書にある内容は、11世紀から16世紀までのドイツのユダヤ人――ドイツ、北フランス、イングランド、オーストリア、ポーランドのユダヤ人は文化的、歴史的に単独の共同体を構成してきた――の文献(脚注でそれらの情報源について記している)から集めたものである。この時期を表すために、「中世」の用語を本書全体で用いている。それ以前からユダヤ人共同体は存在していたものの、北欧*1のユダヤ人の歴史は11世紀から始まっており、16世紀までその中世の様相を保っていて、一部の地域ではそれよりもかなり後まで続いていた。だが本書は1600年前後を終わりとして選んだ。その次の世紀には、サフェドの町から現れた、いわゆるルーリア派カバラが様々な新しい神秘主義の要素と強調をユダヤ文化へと導入しており、またこの時期にはユダヤ人の生活の中心は東欧へとシフトしていき、スラブ文化の影響が強まっていくからである。1600年頃までは、北欧のユダヤ人文化はかなりの程度で均質かつドイツ語圏に留まっていた。


 だがこの主題を完全に説明するために、否応なしにそれ以前の時代についても説明する必要がある。聖書*2や、主にタルムード時代(西暦1世紀から5世紀頃まで)とゲオーニーム時代(5世紀から11世紀まで)の言い伝えは、中世のユダヤ人の生活に深く決定的な影響を与えてきた。中世ユダヤの魔術と迷信の評価の試みを、それらの根源となっていた古い情報源を無視して行うのは無益であろう。


 また加えて述べるに、本書にある内容は、現代でもなおも行われている部分もある。マービン ローウェンサールは、「今日西洋世界が知るオーソドックス ユダヤ人は、それが創作でないならば、ドイツ ユダヤ人の概ね後継者である」と述べている。中世のドイツ ユダヤ人の研究は、今日のユダヤ人の多くの実践の起源と意味合いも明かしている。


 聖書時代の迷信や魔術については、何人かの学者らによってこれまで全般的に研究されてきた。タルムード時代も、そこまでは完全では無いにせよ、慎重に研究されてきた。だが残念ながら、ゲオーニーム時代については、ほとんど注意が払われていない。そして中世の北欧のユダヤ人については、Moritz Güdemann著「Geschichte des Erziehungswesens and der Cultur der abendländischen Juden」の中の唯一のパイオニア的な章で、非常に有益ながら、必然的に限界のある内容のみがあり、それで満足する必要があった。本書は中世ユダヤ人の我々の理解にあるこのギャップを埋める助けとなると私は信じている。


 ユダヤ人は主に2つの大きな集団、南欧(スペイン、北アフリカ、イタリア、後には地中海東部の諸国)の文化を表すセファルディムと、ドイツから発して、今日ではヨーロッパと南北アメリカの多くのユダヤ人を構成するアシュケナジムに分かれている。だがこの区分は概ね迷信的なものであり、本質的に両者とも共通の言い伝えと法に従っており、両者の間に思想と文献が行き来し、統一された集団としてのユダヤ人を保ってきているからである。だが違いも認めるべきであり、この違いは明らかにその環境を反映した文化的なトーンにある。(スペインの)ムスリム世界のユダヤ人は、ユダヤ哲学、詩、科学、神秘主義(カバラ)の開花を生み出した。一方で北欧のユダヤ人はタルムード――さらに迷信と魔術の萌芽――を生み出した。


 本書全体はセフェル ハシディムの中にある一文「異教徒が行う事は、ユダヤ人も行う」の線を貫いている。中世ヨーロッパのゲットー(ユダヤ人居住地区)でのユダヤ人は、その時代の気質を完全に取り除かれていたという旧来の記述は誤りである。人々は日々(外界と)接しており、ヨーロッパを覆っていた新しい思想やムーブメントは、ゲットーの中にも同様に入ってきていた。ユダヤ人は中世ヨーロッパの統合された部分であり、それらの文化もこの時代の一般的な(ヨーロッパ)文化で働いていた諸力全てを反映していた。これはドイツでは特に顕著であり、人々の間の共通点を構成していた民間信仰以上にそれらが明白なものはない。ユダヤの迷信と魔術は、中世ヨーロッパ史研究でこれまで見落とされてきた別の観点を表している。


 最後に私は本書の読者に、その思想史――ユダヤ人のみならず、人類全体の――の知識に本書が僅かなりとも貢献するのを望みたい。迷信と魔術はそれらの普遍的で均一の発現であり、人類の思想の発展での重要な一章を構成している。その随所に現れている小さな変化は、人類精神の無限の多様性と工夫の反映にすぎない。リン ソーンダイク教授は、思想史の一つの様相としての中世ヨーロッパの「魔術と経験科学の歴史」の全般的かつ価値ある研究書を書いている。私は本書が、教授の本の謙虚な付録と見做されるのを望みたい。


 読者の便宜のために、ヘブライ語の略語と称号、ヘブライ用語集を本書の最後に付記しておいた。これらは本書を用いるのを容易にするだろう。


 そして本書の執筆に対して多大な貢献をした方々へ感謝を述べる喜ばしい任務が残っている。まず私はコロンビア大学のサロ W.バロン教授とリン ソーンダイク教授に大いに恩義がある。またユダヤ神学校のルイス ギーンズバーグ教授には、本書の原稿を読んでもらい、多くの助言を頂いている。また私はユダヤ神学校図書館のアレクサンダー マックス教授と職員らにも、その豊かなコレクションを用いさせてもらった事に感謝したい。ルイス メーゴリス氏には、本書のインデックスを用意する重荷を引き受けて頂いた事に謝意を述べたい。我が同輩のペンシルベニア大学イーストン校のブリト シャロム氏には、本書を書く時間を与えてもらい、その出版の助けも頂いた事を感謝する。最後に我が妻には、最大の感謝を述べたい。妻がなした多くの貢献を、私は感謝しきれない。


ユダヤの魔術と迷信 1
↑ ユダヤの魔術と迷信


*1 本書では北欧の言葉は、狭義のスカンジナビア半島のみならず、アルプス山脈以北のドイツ全域なども含めている。
*2 ユダヤ人の歴史を扱っている本書全体では、The Bible(厳密に言うならばタナハ)という用語は、旧約聖書のみを指し、新約聖書は含まない。またトーラーは旧約聖書の最初の5冊の事である。