アストラル体投射 14

ページ名:アストラル体投射 14

第14章


隠れた意識の心とテレキネシス(念力)*1


 アストラル体投射の客観的な証拠を示すのは極めて難しく、実際ほとんどの人々が考えるよりも遥かに難しい。ひとたび「離脱者」が自らの肉体から離脱したら、物理的な物を意志の努力(念力)によって動かせるだろうという考えは、理論上は全く正しいものの、実践上は全く違った話である!


 離脱者がどのように物理的な物を動かすかの簡潔な説明を与える前に、まずあなたに理性的に考えてもらいたい。これまでどれだけ多くの人々が死んだだろうか? それは何千万といるだろう! これらの何千万という亡くなってからアストラル体の存在となった人々が、まだ生きている友らと対話するために意識的な意志力を用いないと言うほど、完全に非合理的なものはあるだろうか?


 それはアストラル体で目覚めた時に、まず最初にする事ではなかろうか! だがアストラル体の存在が物理的な物を動かしたという記録は毎年どれだけあるだろうか? 亡くなってから、その存在を示そうとした人々の数と比べたらごく僅かである。そのため、物理的な超常現象を生み出すのに意識的な意志は主要な要素ではない。


 それらを考えると、意識のあるアストラル体離脱者による物理的なあらゆる種類の操作を期待するのは、非合理的ではないだろうか? そしてアストラル体の存在と物理的な物との不可触性について考えている人はごく僅かである。多くの実験者すらも、アストラル体が肉体から6インチほど離れている時よりも、2フィートほど離れている時の方が高周波で振動する事を知らないように思える。だがこれは事実である。そしてさらに3フィートほど離れたならば、より高周波となる。もしそうでないならば、アストラル体は物質を通過出来なかっただろう。「でもアストラル体は肉体を通過できるだろう」とあなたは言うかもしれない。


 だが待ってほしい! あなたにこのような事が起きた事はないだろうか? アストラル体が肉体の「中」と「外」にいる時に同じ振動数だったとしたら、重なり合っている肉体を通過しようと試みる中でぶつかったりするだろう。アストラル体が振動数を増やさなかったならば、重なり合っている肉体を通過出来なかっただろう。


 だが意志力が物理的な物を操作する背後にある要素であるのは事実である。だがそれは表層意識の意志ではなく――無意識の意志、隠れた意識の心の意志である。おそらく霊が進歩したら、この隠れた意識の意志をより自由に制御する方法も学べるであろう。だが一時的に離脱したアストラル体は別の話である。私が既に述べたように、隠れた意識の心はこの時には大きく離脱者を制御している。


 では、この隠れた意識の心が物理的な超常現象をもっと多く起こさないのはなぜだろうか? 全ての物理的な超常現象が、この隠れた意識の意志によって生み出されていないのは事実である。だがそれらが起きた時には、この意志が何らかの「力」を操作してなしている。この意志のみでは、物理的な物を動かしたりはできない――この意志が操作している「力」がなしているのである。意志は精神であり、隠れた意識の心が「力」を特定の方法によって(決意とともに)操作するこのプロセスが、動力を働かせているのである。この動力については我々はごく僅かしか知らない――だが実在する事は知っている!


 あなたが肉体で意識があり、自らの動力を操作できるならば、例えばあなたがテーブルの上にあるコップを倒すとして、この時にはあなたは動力を用いて、自らの拳でコップを叩き、望むようにコップを倒せるだろう。だがあなたはここでは「力」を用いるであろう――あなたの意志のみでも、腕や拳のみでも、これをなせないだろう。力はこの内なる心のプロセスにより刺激されなくてはならない。


 これは隠れた意識の心でも同様である。物理的な物を操作する前に、まず「力」を操作する必要がある。だが、心(表層意識にせよ隠れた意識にせよ)がどのようにこれを行うかは未知である。肉体にある時には、あなたの腕が振り下ろされてコップをテーブルから倒すのは、脳から神経を通じてある印象が走り、あれこれの方法によって腕の筋肉を動かすと言うのは容易である。だがどのようにこの印象が作られるかや、それに何が含まれるのかは、現在では知るのは不可能である。勿論、このいわゆる印象は力である。


 この意志――隠れた意識の意志――には幾つかの状態があり、それぞれで「力」に違った方法によって影響を与える。これは表層意識の意志に対しても事実である。あなたがコップを倒そうと気乗りのしないやり方で行ったなら、あなたの意志は「力」に僅かしか影響を与えず、コップは僅かなやり方によって倒れるだろう。


 だがあなたが決意とともにコップを倒すのを望むならば、激しく叩きつけるだろう。そのため、激しく叩くのに必要な力は、この決意した意志によって起き上がる。そのためこの意志は「力」に対して、より堅固に働くであろう。そしてこれらは、隠れた意識の心の意志の違った状態がどのように「力」に影響するかでも全く同じである。


 離脱者やアストラル界の霊の隠れた意識の心が僅かな支配力しかなく、意志が弱いならば、その「力」も弱いだろう。この意志が決意をしていたり、超肯定的な状態だったら「力」を働かせて、それが我々が「堅固」と呼ぶものとなり、物理的な物を動かす力となろう!*2


 一部の人間は表層意識の意志を充分に開発する事で、それらが可能となると私も思っている。だが隠れた意識の意志は表層意識の意志よりも通常は遥かに強力である。無論、表層意識の意志がラポート(霊媒による霊感通信)に入ったり起こす事もあるが、隠れた意識の意志はそれらも非常に多く行っている。


 この「力」がどのように「堅固」となるかという疑問は自然と浮かぶが、我々はそれを確実に知る事はできない。この力は原子と電子により構成されると考えられるが、さらにこの理論を進めると、力の原子「構造」が変化し、より固体となる事で、他の固体と接触することが出来るようになると考えられている。


 (アストラル体が物質の物を動かせる事の)別の可能性としては、この体の原子構造が隠れた意識の意志の特定の働きによってより堅固となる事である。私自身の体験から、「決意をした隠れた意識の意志」は実際にアストラル体をより「堅固」にすると信じるようになっている。この体験については、私はすぐに以下に述べるつもりである。


 今はまず、テレキネシス(念力)の可能な性質についてのフラノイ教授の説について見てみよう。フラノイ教授はこう記している。
「原子や分子は放出する影響圏の概ね中心にあり、人体の組織的な構造、単独の細胞、細胞の集団は、元は活動の圏を有しており、その中心はある時にはある場所に、別の時には別の場所にと自由に集中すると考えられよう。


 反復、習慣、選択、遺伝、その他の生物学者が愛する原理により、この同質で原初の圏の中での、より不変的な力の線は区別化され、少しずつ運動器管が生まれていった。


 例えば、我々の血と肉の四肢は、我々の周囲の空間を動いているが、これらは自然により作られた功利的なものにすぎず、この曖昧で原初で圏的な力と同じ有用な結果を最小のコストで得られるようにと、進化により適するように働いた機械である。


 よって、この代替や変移によって、これらの力はその後は特定の状態や異常な個人による例外的な場合にのみ、遥か過去に使われなくなったものの先祖返り的な再出現として発現する。なぜならこれらは不完全で必要でもなく、通常の手足を使う場合と比べて何の利点も無く、生命エネルギーの消耗は遥かに大きくなるからである。


 おそらくこれは宇宙エネルギーそのものであり、(被験者の)ハルトマン氏の無意識で、善悪の区別もない愚かな「デミウルゴス」であろう。この力は異常な神経系と直接接して、筋肉の動きへの規則的な通路を使う事無く、その混沌とした夢を現実化させたのであろう。」


 フラノイ教授の説は興味深いものがある。多くのテレキネシス現象は、霊媒自身の動力がアストラルの「力の線」を通じて転移する事で作り出されている。私はアストラル体がコードの活動範囲内に離脱した際に、この動力が自由なケーブルを経由して行き来する方法について先に述べている。


 アストラル体投射と関連する部分について述べると、表層意識の意志により物質の物を動かせるチャンスは、決意をした隠れた意識が彼を制御している場合を除いて、ごく僅かしかない。だが隠れた意識が決意をしたならば、表層意識の意志は僅かしか影響を与えられない! さらに隠れた意識が決意をしていない時も、表層意識の示唆には通常は反応しないだろう。


 私は意識をもって離脱した時に、何度も物質の物を動かそうと試みているが、もう嫌気とともに諦めた! この(物理的な物を動かす事への)失敗は、私が知る最も腹の立つ事の1つである。物質の物と接触を試みる中で、激怒し、ほとんど心を痛めつけるまでになった。確実にこの状態は、肉体に戻る事も、その地上での習慣や欲望を捨てる事も出来ずにいる不幸な者の真の「地獄」である。


 読者よ、あなたはこの体験がどれだけ腹が立つかについては理解できないだろう! 私は肉体から意識をもって離脱し、物理的な物に触れようと試みて、試みて、試みて――実際、私は気が狂ったように試み続けて、やがて肉体で目を覚ました際に、私が知っていて持っている全てのものを感じて、「なんと偉大で素晴らしいフィーリングか!」と叫びたくなったほどである。


 率直に告白するが、私は全ての離脱体験で「表層意識の意志により」物理的な物を動かせた事は無い。だが最近私は隠れた意識の意志によって、かなりの重さの物を動かせたように思える体験があった(この体験については、すぐに述べるつもりである)。


 アストラル体の離脱者、肉体にある霊媒、地上の縛られた霊は、隠れた意識の意志――彼らが気付く気付かないに関わらず彼らを動かしている意志――によって、物理的な物を動かせる事があり、実際に動かしているというのが私の主張である。離脱者が夢の状態にある時に対象物を動かせる事があるが、その時には隠れた意識の心が完全にアストラル体を動かしていて、何かを動かせという――夢から来た――示唆を受け取って、決意を持つようになり、その用いる力が「堅固」となり、対象物に対して物理的に働くからである。


 2つの違った時に、私は家で物を動かす夢を見て、目を覚ました時には物がその通りに動いていた事がある。バーンズ博士によると、ある紳士が夢の中で遠くの家のドアを押して、それは部屋の中にいる者らがその圧力に抵抗できないほど強かったという! これが決意をした隠れた意識の意志である!


 そしてこれが地上に縛られた存在、「地縛霊」が、物質の物を動かせる――少なくとも、動かす事がある理由である。あなたは、繰り返された行動(習慣や欲望)が、心の中の「ストレス」を増大させる事を思い出すだろう。アストラルの存在は、欲望、習慣、夢、狂気の1つ、あるいはその組み合わせにより彷徨っている。そして我々が狂気と呼ぶものは、夢の状態からそう遠くは無い!*3


 霊的な存在が狂気や夢の状態にある時に、ラポートを行ったならば、隠れた意識の心は「常に」この霊を支配し、この心は自らの理由によって――その理由は我々は知らない――決意をなし、その働く「力」が「堅固」となり、物質の物を動かす。地縛霊は上級霊が「円」無しには作れないような物理現象を作り出せる。その単純な理由は先に述べたように、隠れた意識の意志が「力」に対して超肯定的なやり方で働くからである。


 ここで、隠れた意識の意志の「力」と、意識の意志そのものとの違いについて述べる事を許していただきたい。我々はそれを知るために「不可視の世界」へと赴く必要も無い! ある気の狂った人物――まだ生きている人物――がいると仮定しよう。その表層意識の意志の影響下にある時には、この人物は他者より力において上位にある訳ではない。だが、その表層意識の心がバランスを崩して、内なる知性が支配するようになると、その潜在意識の意志は表層意識の意志と共同して働き、瞬きするほどの間で、その力は大きく増大する――ほとんど信じられないほどに。


 私が知っているある若者は、強靭さからはほど遠く、その心がバランスがある時には普通の人間でも彼を容易に扱えるだろう。だが、この若者がその狂気の癇癪の1つに襲われると、彼は巨人となる。ある時には、全員がエネルギーに満ちていた5人の男すらも、彼をほとんど保てずにいた。この種の全ての狂気の力は疑いなく隠れた意識の支配が原因である。これは正確に我々が今考えているケース――すなわち、隠れた意識の意志により作られる「力」と、それがどのように物理的な超常現象を起こすかについての同じ原理である。


 「地縛霊」が欲望や習慣のストレスの影響下にあるケースで、この「ストレス」が超肯定的となれば、隠れた意識の意志は通常は「力」に対して超肯定的なやり方で働く。これは多くの地縛霊が死後にも生きていた頃の習慣や、欲望を満たそうと努めているのを――それらをなす間、物理的な物を動かす事も多い――生きている人間にも見られる理由である。


 そして言うなれば、霊が欲望を満たせないならば、この欲望は大きく増大し――よって欲望のストレスはこの心で超活性化され――隠れた意識の意志を決意とともに働かせて、力が「堅固」となり、物理的な超常現象を引き起こすのである。


 我々は今では、「地縛霊」が物理的な物を動かす事が多い中、高次の霊――その欲望や習慣は消え去り、その心は落ち着いている――が行えない理由を知った。これら全てを事実と受け入れるならば、地縛霊は狂気の状態にあると(この状態では、その隠れた意識の意志は活性化する)、物理的な物を比較的容易に動かせるのも理解できよう。


 「アマーストの大いなる謎」*4はこの種のものに思え、狂気に陥った霊の多くがそうであるように、殺す事への強迫観念に囚われていた! 高次の霊らは疑いなく、多くのセアンスで呼ばれる「霊の科学者ら」が示すように、「地縛霊」が知らずに用いているこの「力」の原理を、科学的に用いる事ができるだろう。隠れた意識の心の微細な表現と、それが「力」をどのように動かすかを知る事で、ポルターガイスト現象を理解するのは困難ではないであろう。


私が物理的な物を動かしたアストラル体投射


 私がこれから述べる体験は、1928年2月26日の夜に起きた。この頃私は胃の不調に悩まされていた。私は家の1階で1人で寝ていて、私の母と弟が2階の寝室を使っていた。


 夜の11時30分から12時頃に、突然に胃にそれまでにない痛みを感じた。自らではどうしようもなく、私は何度か母を呼んだ。だが母は熟睡していて起きなかった。私はしばらく呼び続けたが無駄であり、そのためベッドから出て、床を這いながら広間へと行き、そこから階段を上って母が私の声が聴けるところまで向かおうと決めた。


 私はベッドから出るのには成功してドアへと這って行ったが、痛みは激しくなってきて、そこまで私は到達できずに意識を失った。私はすぐに意識を取り戻し、全ての意志力を用いて、数フィートほど進んだ。だがほとんど一ヶ月に及ぶ病床にあったので、私の意志力は尽きて、再び私は意識を失った。


 この時には私は肉体から離脱した状態で意識を取り戻し、自らが隠れた意識の制御下で――つまり、私の意識による導き無しに――階段を登っているのに気づいた。ここでは、隠れた意識の意志はこれまでになく決意のあるモードにあった。私はこれほどまでに完全な決意の影響下にあった事は思い出せない*5。自然と私は自らの肉体を見たいと望んだ――これは常に離脱した時に最初にする事であった――だがこの時には、私の考えは支配する力に何の影響も与えられなかった。


 階段を登ってから、私は母の部屋の壁を通り抜けて、母と弟がベッドに横たわって熟睡しているのを見た。この印象ははっきりとしていたが、ある時点で私の意識は遠のいた*6。そして再び意識を取り戻した時、私はベッドから1フィートほどの距離で立っていた。私は意識を失っていた時に何をしたのかは正確には言えないが、意識を取り戻した時には私は2人(母と弟)が混乱しているのを見た。母はベッドの近くの床に立っていて、弟もほとんどベッドから出ていた。彼女らは自らが寝ていた間に持ち上がって彼女らの肉体をベッドの外へと転がり出した布団について興奮して話していた!


 これら全てははっきりしていて、私は起きている時と同じように意識があった。即座に私はこの部屋から消え去り、肉体へと降りて行って、旋回する動きで引き戻された――再合一している間に意識による引き戻しを体験していた。


 私はすぐに母を再び呼び、この時には母は階段を急いで降りてきて、激しく興奮していた――事実、興奮しすぎていて、私がベッドの外で床に倒れている事にも気づかずに、「霊たち」が布団を持ち上げて、自らをベッドから転がり出した事を興奮して語り始めた! 霊たちは一度だけではなく何度か布団を持ち上げたと母は言い、その時にはとても恐ろしかったと告白した。


 このような事が夜の間(離脱者が実際に自らが関わっていると気付く)に起きるならば、どれだけ多くの似たような事、つまり死者の霊が起こしたとされるが、実際には離脱者のアストラル体が、隠れた意識の意志の超肯定的な影響下で、離脱者自身の意識が無い中で起きている事があるだろうか。それが多くある事は疑いあるまい!


夢の中で作られる「ラップ音」


 1928年3月17日の夜、私はダニエル ダングラス ホーム*7と、その空中浮揚の能力についての本を読んでいた。私はこの事を考えながら眠りに入り、深夜に私はホームに会って、道を歩きながら空中浮揚について議論する夢を見た。この時に我々は親友のように見えて、親友のように会話していた。


 私はホームに言った。「おいホーム。確かにお前は空中浮遊をしただろうさ! 私にも人々に示せるようにその方法を教えてくれよ!」
 するとホームは私にデモンストレーションをした――空中に浮かんでいき、やがては再び地上へと戻る夢である。それからホームは私に行ったばかりの事を説明した。残念ながら、彼が言った事を私は覚えていない! ともあれ私も試みて、その最初の試みでは、私は顔面から地面へと着地していた!


 私は起き上がると、ホームは私に再び教えて、それから自分が空中に上昇していくのに気づいた。それはとてもリアルに感じて、即座に私は意識を取り戻し、自分がアストラル体で離脱しているのに気づいた――つまり夢(空中浮揚のタイプ)が原因となる離脱である。私の肉体はベッドで横たわっていたが、私は道にいるわけでは無く、ホームや他の誰も近くにいなかった。


 私は階段を登っていき、2階の各部屋を通過し、家族らが寝ているのを見た。それから再び階段を下りて、アストラル体の手で自らの肉体に触れる事にした。これは引き戻しを起こすために、友人によって示唆された事であった。だが私はこれを行うのに失敗した。なぜなら私が肉体から4フィート(約120センチ)ほど近づいた時、自らの制御を失い、再合一へと向かったからである。


 私は横たわった肉体で目を覚まし、時計が3時を告げるのを聞き、再び眠りへと落ちた。その後、私は別の夢を見た。今回は私の家の裏庭を散歩している夢だった。私はそこで自分が夢を見ているのに気づいた(これは夢の制御の訓練をしていると普通に起きる事である)。


 私の家の向かいには600ガロンの大きなオイルタンクがあり、私はこのタンクへと近づいて、そこにあった自在スパナを拾うと、タンクに何度も叩きつけていった(思い出してほしい、これは夢である)。この叩く騒音は――あまりに大きな騒音で――私を驚かせたように思え、それから私は家の壁を通過して、自らの肉体で目を覚ましたのを覚えている。だが私が完全に意識のある時にも、タンクからの叩きつける音がなおも響いているのを聴いた。さらに他の3人もタンクが響く音を聴いたと証言し、誰かがハンマーでタンクを叩いているようだったが、確認しても誰も近くにいなくて驚いたと、それぞれが正確に同じように述べている。


 あなたは表層意識の意志により隠れた意識の意志を刺激するのは、いかに困難な事であるか――自らの表層意識の意志を用いるのに、どれだけ多くの働きが必要であるか――を見い出すであろう。そしてやがては「降参」する事が多い。つまり、あなたが自らの努力を止めて、試みるのを諦めるまで、達成できない事が多い。それから隠れた意識の意志――上位の意志――がこの「ストレス」、得ようと試みる事を諦めた「物理的現象」に働く機会を得るのである!


 受動的な意志の方法は、遥かに容易に隠れた意識の意志を刺激する。これはアストラル体投射への能動的な意志の方法が失敗しつつも、受動的な意志の方法が成功する事が多い理由である。勿論、繰り返し(つまり習慣化させる)は、隠れた意識の意志を刺激する別の方法である。


 だが、隠れた意識の意志がどのように「力」を動かすかについて、我々は知らない。隠れた意識の意志が超肯定的となり自らに働きかける方法も、別の神秘である。だが心の別の部分からの印象により超肯定的となると、この意識が動かす「力」は、いわば「堅固」となる。


 我々の心、意志、「力」、「制御」の働きの多くが、我々が肉体の「中」にいる時と「外」にいる時で同じように働いている。アストラル体の夢遊病と肉体の夢遊病が似たように働くのを思い出してほしい。また、アストラル体の浮遊と肉体の浮遊もあり――両方とも水平の姿勢で浮かんでいる。


 また体が空中で起き上がった際での垂直の浮遊もある。ホームは一つの窓から別の窓へと地上から70フィートほども肉体の空中浮揚したと言われる。そこには3人の観衆、ドンラヴェン伯爵、リンジー卿、ウィン大尉がいて、いずれも名誉と評判ある人々で、その証言には信頼が持てる。ウォレス氏はこれを「現代の奇跡」と呼んだ。(小説家の)アーサー コナン ドイル卿も、ホームのこの行いはオカルトへの大きな関心を刺激したと述べている。ウィリアム クルックス卿はホームのその他の多くの単独の空中浮揚を見ている。他にもシュレンク ノッチング博士が最近のサイキック学会で読んだ論文では、ドイツでヨーガを実践していたある若者が、27回ほど空中浮揚を――肉体により――行ったと述べている!


 隠れた意識の心が肉体の質量を浮かばせるのに、どれだけ多くのエネルギーが必要かを考えてみよう! これだけのエネルギーがあれば、アストラル体を動かすのにはいかに容易であるかも想像できよう。アストラル体はおそらくは肉体よりも1,000倍は軽いだろうからだ。


 隠れた意識の意志が能動的なモードとなり、離脱者が肉体から自由となったら、この意志が動かすようにその体は動き、あちこちに振り回されて、この支配する力を「制御する」事が出来ない事も多い。この「制御する」のは勿論、表層意識の意志の事を指している。


アストラル体投射 14-2
↑ アストラル体投射


*1 キャリントン注。この章と関連して、「動力の複製と転移」の64ページを参照せよ。
*2 キャリントン注。(物理霊媒の)エウザピア パラディーノは、その意志が充分に堅固だったら念力で物を動かせたと言われる。この用語の選択の偶然の一致は驚くべきものがある。
*3 キャリントン注。ジューウェットの著書「眠りと夢」の中の「狂気の、眠りと夢との類似」の章を参照せよ。
*4 カナダのアマーストの町で1878年と79年に起きたポルターガイスト現象。後に本にもなって55,000冊も売れる(当時としては)大ベストセラーとなった。後にキャリントンも調査をしている。
*5 マルドゥーン注。このケースでは、決意のある表層意識の意志が、決意のある隠れた意識の意志とともにラポートを行っている。
*6 マルドゥーン注。ちなみにこれは稀に起きる事では全く無い。
*7 1833年 - 1886年。有名な物理霊媒。幼い時から霊能力があったとされ、その最も有名なのは空中浮揚の能力であり、多くの著名人や研究者の前でも披露している。