アストラル体投射 13-2

ページ名:アストラル体投射 13-2

恐ろしい体験


 1916年の夏のある日、私が住んでいる村で激しい雨と嵐があり、それは短い間ではあったが、かなりの被害を与えていた――建物は崩れて、木々は倒れ、電線は切れて、大きな貯水池は地面に溢れた。


 嵐の後、隣の家の少年と私と兄は災害の結果を見るために道へと出た。我々は歩道に沿って歩きながら、嵐の被害について話し合い、家から3ブロックほど離れた場所で電線が切れているのを見た。そのワイヤーの1本は、電柱から道を直接横切って地面に垂れさがっていた。


 我々は立ち止まり、このワイヤーは「生きている」かどうか気になった。地面や我々が立つ道はとても濡れていた。そこで私はワイヤーに近づいてみた。だがそれが私が覚えている事の全てであった。ワイヤーは高ボルトを伝えており、私の足はゴムなども履いていなかったので、即座に私は気絶したからだ。


 後に隣の少年が、私がこのワイヤーに触れた後に何が起きたかを語ったところによると、私は激しく飛ばされて、体は硬直し、私の顔は血圧で弾けるかのように膨らんだという。私の体は道から沼地へと10フィートほども激しく飛ばされ、ワイヤーは私に絡みついていて、あるいは私がワイヤーに絡みついていたというべきか!


 これらについて私は何も知らなかったが、その時には私の意識は肉体から離脱していて、肉体が横たわっているのを見た。つまり私は自らのアストラル体からそれを見た。私はワイヤーに触れていた肉体から数フィート離れて立っていたにも関わらず、激しい電気が体を通り過ぎるのを感じていた(感覚の複製の章を参照)。


 そして、何という恐怖、痛み、この試練の感覚があったことか! 今でもどうやって自分が生き残ったのか疑問に思う! 肉体はまだワイヤーと触れていて、私がアストラル体にあった間に感じた恐ろしい感触には、説明できる言葉が無い。肉体から離脱し、それを見て、その苦痛を感じつつも、私は何も出来ずにいた。私自身によって体を動かす事すらも出来なかった。


 私のアストラル体の腕は硬直していた――そこにないワイヤーを掴んでいるかのようだった――私の肉体が掴んでいるワイヤーのようにだ。そして私のアストラル体の腕をそこから動かせずにいた。私の意識があるアストラル体は立っていたものの、水平に横たわった肉体と同じ姿勢をしていた。それぞれの体の四肢は硬直し、それぞれの体は中央から僅かに曲がっていて、アストラル体の手もワイヤーを掴んでいるかのように、それぞれの手も似たような姿勢をしていた。


 この苦痛に耐えつつも、私は隣の少年が恐ろしげに側に立っていたが、自分も犠牲者にならないかと私の肉体に触れるのを恐れているのも見た。私は近くの大人を呼ぶようにと叫んだが、彼らはアストラル体の私を見る事も、その声を聞く事も出来ずにいた。何度も私は叫んだ。「この電流を止めるように彼らに言ってくれ! この電流を止めるように彼らに言ってくれ!」だが、私の叫びは聞かれる事が無く、2人の少年らはそこを動くのを恐れていた。


 突然、2人は感覚を取り戻したように見えて、叫び声をあげて後ろへと飛びのき、彼らは背後へと走りながら大人たちの助けを叫んでいるのを私は見た。彼らによると、私もワイヤーに触れた時に叫び声をあげて地面に投げ出されたというが、私にはその記憶はなく、無意識の間に叫んだに違いない。彼らによると、地面に投げ出されてからも、2回ほど私は立ちあがろうとするが、再び倒れたという。それで彼らは私が死んだと思った。この時に離脱が起きて、私はアストラル体で意識を取り戻したに違いない。


 いずれにせよ、私はアストラル体で意識を取り戻して、肉体のそばに立っていて、肉体が感じている激しい電流の苦痛を同時に感じていた。今でも思い出せるだけでも、この日の私の苦痛について言葉では説明できない。私の体の全ての細胞が沸騰しているような苦痛であり、肉体がこの電流で震えるように、私のアストラル体も震えていた。


 数分ほど救いも無く立っていたが、私にはそれは数年のように感じた。それから、ありがたい事に周囲から人々が私の方へと走ってくるのが見えて、誰かがこの電流から解放してくれると思った。その中には私の親友であったMがフェンスを昇ってから、現場へと走ってくるのも見た。


 また近くの家から2人の婦人も来た。私は彼女らも知っていた。それからある男とその息子も私に走ってきていて、男の方は手斧を持ち、足にはゴム長靴を履いていた。この男は私の肉体のそばまで来て掴むと、私の体は弾けたようになり、そこで意識を取り戻した。周囲の全ての者らはそばに立って私を見ていた。


 私がここで述べた全ての者らはまだ生きていて、この出来事の肉体に関しての部分については事実であると証言するだろう。私は彼らの名前を書くのを控えたが、この種の本に自らが現れているのを不快に思うだろうからだ。


 彼ら全ては私が、彼らの言葉でいう「生き返った」事に驚いていた。そして呼ばれた医者もまた、あれだけの時間、電流のあるワイヤーに触れていた事を思うと、私の無事に当惑していた。事実、見物人らは私がしばらくは死んでいたと考えた。隣の少年と兄は、私がワイヤーに触れてから解放されるまで10分は経っていたと主張した。私はそのうちの5分ほど意識があったので、アストラル体で意識を取り戻す前の5分は無意識であったに違いない。


なぜ暴力的な死の犠牲者はアストラル体で死の再演をするのか


 この事件の後、ほとんど毎夜のように私は自らに電気が流れる夢を見た。そして夢の中では、実際に起きた出来事全体を同様に再体験していた。時には私は途中で意識を取り戻して、それが夢であったと気付いたが、その時には常に離脱していて、通常はベッドで横たわっている肉体のそばに立っていた。それでも時には、私は意識があってアストラル体にあり、この経験は過去のものだと理解するのに数分はかかった。


 ある時、私はこの酷い夢から目覚めて、自らが離脱しており、私の家から数ブロック離れた事件の現場にまさにいるのに気づいた。私は前の章で、暴力的な死の犠牲者が、アストラル体で何度となく死の再演をする事が多いと述べているが、この事を考えると、実に残酷なように思える。


 なぜ犠牲者が死んだときの状況を何度も繰り返しているのかを説明するのは困難ではない。犠牲者の実際の肉体の痛みよりも多くの心の恐怖(ストレス)が、深く精神に植え付けられ、犠牲者の意識が完全に働くまで、その動きを支配するからである。


 これをあなたに説明するために、私があのワイヤーを浴びてから生き返った代わりに死んだと仮定しよう。そして条件がさらに悪かったならば、私は永遠にアストラル体にあり、死を再演していただろう。


 私は毎夜、このような出来事を肉体が生きていて、アストラル体も生きている時に正確に行うのを見ている。ならば私が永遠に離脱していても、眠った状態で同じ事をしないだろうか? 確かに、あなたも私もアストラル体が眠って夢を見る事もある。アストラル体は夢の体である事を忘れてはならない。


 そのため、私が不可視の世界の住人となってからも、私は今の肉体にあるのと似ていなくも無い。そして夜寝ていたり、無意識になった時や、夢を見ている時に、生前にアストラル体で経験するように、死んだ状況を再演するだろう。


 そして我が心に植え付けられた主要な印象(ストレス)が、習慣のストレスが離脱者をその習慣を行わせるように強いるように、私を制御下に置くだろう。そのため、恐ろしい死の恐怖が心に作る印象についても、よく想像できよう! この恐怖は、犠牲者の精神のバランスを崩す事すらあり、しばらくはアストラル体で正気を失う事もある。そして、その精神を支配する「ストレス」が、定期的に死の状況を再演するように強いるであろう。


 そしてこのアストラル体は「地縛霊」となり、生きている人間からも死の状況を再演するのを見られて、その場所は「幽霊屋敷」と呼ばれるだろう。地縛霊については多くの事が書かれているが、ほとんどの著者らは霊がなぜそのような状態にあるかを説明できずにいる――一部の著者らは、「地縛霊」は生きているうちに悪しき生を送って、そのためアストラル体でも「地上に縛られている」という主張すらしている!


 これは客観的思考が与えられる最も論理的な説明ではあるが、アストラル体投射の体験は、私があなたに今与えている真の理由を明かしている。世俗で最も高潔な人物であっても、最も邪悪な者と同じように地縛霊の状態の犠牲者となる事もある。地縛霊となるのはモラルからではなく、その精神の状態からである。


 私はこの主張、つまり最も高潔な人も邪悪な人と同じように地縛霊の状態の犠牲者となるという主張から、心霊主義者らから何度か批判されている。だが完全に無垢な人物も地縛霊となる事もあるのも事実である。殺人の「犠牲者」の方が、常に死んだ場所でその死を再演しているのである。人殺しの方が地縛霊となる話を、我々はどれだけ聞いているだろうか? 勿論そうではなく、幽霊屋敷現象で挙げられるのは、常に犠牲者――無実な方なのである。事実、「現代」心霊主義の基盤全体は、この「幽霊屋敷」現象の上に建てられている*1


 霊がなぜ地縛霊となるかには、4つの――4つのみの――理由があり、興味深い事に私はそのうちの3つを既に自己離脱を生み出す技法の中で説明している。これらは全て心の状態とその働きであり、すなわち(1)欲望、(2)習慣、(3)夢、(4)狂気である。これは一見して非合理的に見えるかもしれない――特に地縛霊は生前で悪しき行いをした者がなると信じている人にはである。だが「復讐」の心によって地縛霊となり、その場所あるいは人物に地縛するようになったり、「愛」もまた同様の行いをなすのだ。


 その子を抱きたいと強く望んでいた母は、死後もしばらくはその場所に現れ、言い方を変えれば「地縛」するだろう。犯罪者への復讐を望む犠牲者も、同じ事をなすだろう! 両方とも心の「ストレス」の影響下にあり、完全に意識のある時(つまり、隠れた意識がストレスに注意を向けて、表層意識の示唆を無視している時)になすだけではなく、完全な無意識や夢の状態でもなすだろう。


 私は自らの子らを深く愛していたある老女が、死後も何ヶ月もその場所に現れていたケースを知っている。さらに、この老女は死ぬしばらく前から正気を失っていた。何ヶ月も地縛霊となった後に、家族の1人が彼女と接触してこう述べた。


「お婆ちゃん、何があなたをここに縛り付けているのです?――私たちに不快な事がありますか?」
 それに対して、老女はドイツ語訛りで答えた。「私はしばらくここで迷惑をかけていたとは知りませんでしたよ。私はただ、ここで子供たちはどうしているのか心配になってね」


 そして生きている側は彼女に対して、ここではもうなす事がなく、彼女は地上の欲望と習慣を捨てるべきだと諭した。その時から、この家は老女の地縛霊によって悩まされる事は無くなった。これは愛(欲望)が霊をその「ストレス」によって留まらせたケースである。


 さらにアストラル体で死んだ状況を再演する別のケースとして、イングランドのブリストルの町の近くの、ある水車小屋への道で2人の男が喧嘩した記録がある。2人は取っ組み合いとなって、殴り合って、やがては片方がもう片方を殺した。


 その時から毎夜、何ヶ月も犠牲者が繰り返し見られ、喧嘩とその死を再演していた(私が電流を浴びる夢を毎夜繰り返していたようにである)。この霊はしばらく想像上の敵と殴り合い、取っ組み合ってから、消え去った。


 この状況を観察した研究者らによると、この霊は夢を見ているようであったが、同時に時には、意識のある人がなすような論理的な会話も彼らとなしていたという。これは多くの研究者らを困惑させる事であった。地縛霊は彼らのいう事を理解したり会話したりできるので、夢の中にある可能性は無いと彼らは考えるからである。だが、これは大きな間違いである!


 その時には隠れた意識が霊を支配していて、話したり質問に答えたりしているが、その間に表層意識の心は夢の中にあるのだ。また逆に、霊に意識があって、隠れた意識の心の支配下にあり、表層意識の示唆を無視して、潜在意識の心のストレスに注意を向けている場合もある。だがこれはそう多くは起きない事である。


 私は隠れた意識の心が常に対象――離脱者や霊――が無意識だったり夢の意識だったりしたら、たとえ夢の意識からの示唆を受け取ることがあったとしても、支配していると先に述べた。あなたが地縛霊を見たとしたら、その心は通常の状態、つまり充分に強くなく、隠れた意識の意志が動かしているのである。


 おそらく、あなたはこれを信じないかもしれないが、それでも構わない。我々はそれを証明するためにアストラル界へ行く必要はない。私はアストラル体の夢遊病と肉体の夢遊病の唯一の違いは、後者では肉体はアストラル体と密着しているのにすぎず、両者とも潜在意識の意志、隠れた意識の意志の支配下にあると先に述べている。


 では、次の機会にあなたが論理的に語りかけてくる夢遊病者と出会ったら対話をし、それから彼を起こして、述べた事を覚えているか尋ねるとよい。彼は事実上、常に「いいえ」と言うだろう。だがこの人は夢遊病状態では論理的に話していて、本能的に正確に行動していた(この本能は隠れた意識の心から来ている)。そのため、あなたが対話していたのは、この人の表層意識では無いのである。また地縛霊もあなたに返答しているのではなく、夢の中で自らの死やそれに関連する出来事を再演しているのである。


 暴力的な死によって作られた印象――ストレス――が心に植え付けられ、表層意識が働いていなかったりストレスを制御するのに充分に強くないならば、隠れた意識の心に影響を与える。私が電気ショックを受けた夢で、もし夢遊病となっていたとしたら、アストラル体が単独で行っていたように、アストラル体に密着した肉体でも再演していただろう。これは(第1次)世界大戦の頃にはよくあった事で、帰還兵らが夢の中にいるままベッドから飛び起きて、戦場で体験して潜在意識に深いストレスを残していた恐怖を繰り返していた。


 我々は離脱者や霊が、ある場所に「地縛」したり、悲劇的な出来事を何度となく再演する理由を知るために、わざわざ不可視の世界へと赴く必要はない。ジャネット夫人は夢遊病の多くの興味深いケースを記録しており、その中でも20歳のアイリーン嬢のケースでは、彼女の結核で亡くなろうとしていた母を60日間の毎夜見ていた。このケースは私があなたに伝えようとしてきた点をよく示している。


アイリーン嬢のケース


 母の死後、彼女は手足を動かして死体を蘇らせようと努めていた。それから彼女は夢遊病となり、四肢で立ちあがろうとして、その体が床に倒れて、さらに再びベッドへと立ちあがろうとする事を無限に繰り返していた。あなたはこの恐ろしいシーンを心に浮かべられよう。母の葬儀が終わってからしばらくして、この奇妙で印象的な症状は始まった。これは私が見てきた夢遊病者の中でも最も印象的な1つであった。この危機は数時間に及び、ドラマティックな演技を示していた。どの役者もこれほど完璧に、このような哀れなシーンを再演する事は出来ないだろう。


 この若い娘は、母の死で起きた全ての出来事を、いかなる詳細も忘れる事無く、再び繰り返す習慣があった。時には彼女は起きた出来事全てについて流暢に話すのみであり、質問をすると返答をしたり、質問のみをして返答を聞こうとしていた。別の時には彼女は情景を見るのみで、恐ろしい顔をして、様々なシーンについて語り、見たものに従って動いていた。


 また別の時には、彼女は全ての幻覚、言葉、行動を組み合わせ、この単独のドラマを演じていた。彼女のドラマで死が起きた時には、彼女自身が同じ事を行い、自殺しようとすらした*2。彼女は大声で議論をし、その助言を受け取るために彼女の母と会話しているように見え、機関車によって引かれる空想をしたりしていた。この事も彼女の人生の実際の出来事の再構成である。彼女は線路にいるかのように幻想を抱き、部屋の床に横たわって、恐れと切望が混ざった心で自らの死を待っていた*3


 彼女はこの姿勢で、真に望んでいる表情を浮かべ、数分ほど留まっていた。列車が彼女に近づいて来るのを心の目で見ると、恐ろしい悲鳴を上げて、自らが死んだかのように動かなくなった。そして彼女はすぐに立ち上がると、先のシーンの1つを再び行おうとした。事実、これらの夢遊病者の特徴の1つは、延々と自らの演技を繰り返し続ける事にある。


 様々な発作で常にこのようになり、同じ動き、表現、言葉を繰り返すだけではなく、同じ発作の中でも特定の時間の間、同じシーンが5回や10回ほど繰り返された*4。だがやがてはこの刺激は消え去っていき、夢は曖昧となり、ケースによっては徐々に、あるいは突然に、患者は通常の意識に戻り、日常の生活を行い、それまで何が起きたかを全く覚えていない。


アストラル体投射 14
↑ アストラル体投射


*1 キャリントン注。これと関連して、M.E.カドワランダーの「ハイズビルの歴史」を参照せよ。
*2 マルドゥーン注。ここでは、心の様々な部分が単独や組み合わさって働くのが良く示されている。肉体を支配し動かす隠された意識の心は、記憶の中の強い印象(ストレス)からの示唆を受け取り、忠実にそれを行おうとする。隠れた意識に示唆を与える部分は、肉体を動かす部分ではなく、このドラマを演じさせている。この制御する力は隠れた意識である。母の死の示唆が来るとともに、心は連れ去られ、機関車で引かれる印象――この娘の心の別の強い「ストレス」である――が制御する知性に働きかけ始めて、彼女の母の代わりに彼女自身の死をなそうとした。これは先に述べた、アストラル体の夢遊病者がパン屋へ行こうとして、途中で銀行に近づいてから、金を下ろす習慣があったので代わりに銀行へと入ろうとするのに似ている。
*3 マルドゥーン注。これがアストラル体で離脱している時に起きたとしたら、その場所、あるいは夢で見る似たような場所の線路に離脱する事が多い。
*4 マルドゥーン注。これが起きた時には、「ストレス」を構成する中の一部の諸印象は、残りの部分の諸印象よりも強くなっている。